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 3―5

「……マナ?」


 ソウルの叫んだ名前に反応し、ユイリはぽつりと呟いた。声は決して大きくはなかったが、その一言を境にしんと当たりは水を打ったように静まり返った。

それはその一言に、ただならぬ悪意が含まれていたから。


「……そうか。あんたあの時の魔族か」


 ユイリの言葉に、どういう事だとちらりとルクエールはソウルを見る。途端うろたえて眼が泳ぎ知っていたのだと良く判った。この反応で知らなかったという事もないだろう。


(だから私と共に?)


 放っておけば自分がユイリを殺す事など容易く想像出来る。だとしたらソウルが一緒にいろと言ってのも、ただこの女を守るためで――

そして既にソウルがユイリと接触しているのならば。


「ソウル。お前何か知っているんじゃなくて? 私に言っていない事を」

「ふ、ふん! 何も全てを共有する必要は元々ないはずだ。俺が何を知っていようと知らせまいと、とやかく言われる筋合いは無い!」

「お前……ッ」


 流石にバツは悪そうだったが、内容に対する反省は無い。握った拳が屈辱と憤りにぶるぶると震えた。


(よりによって人間などに――ッ!)

「ル、ルクエー、ル?」

「ソウル。お前にはやはり調教が必要だわ」


 暗殺騒ぎの中心に近付けるであろうユイリの存在も、今のルクエールには取るに足りないもの。逃がそうが巻き込まれて死のうがどうでもいい。大体人間などを使って襲ってくる段階で、もう相手が矮小な輩だというのは知れている。


「お前は私のものなのよ!」

「違うっつっとろーがッ! あッ!」


 ソウルとルクエールの構えが本格的になると、さっとユイリはその場から駆け出した。当然といえば当然だ。


「おい! 逃げられるだろうがッ!」

「構わないわよッ!」


 怒鳴るソウルにそのままルクエールも怒鳴り返して来る。その態度がイライラした。


「貴様、いい加減にしろよッ! 例えそれで俺がお前に服従して、満足か!」


 もし自分がルクエールの立場であれば、そんな形は望まない。自分が好きな相手には、笑っていて欲しい。笑ってもらえる世界を守ってやりたいし、そして何より、自分を好きになって欲しい。


「満足な訳ないでしょう!」


 ルクエールとて判っている。判っていて――そう言っている。


「私はお前のようにはなれないわッ」

「……ルクエール」

「それでも、私は……」

「……悪かった」

「……いいえ」


 ふ、と息を吐いてルクエールは槍を下ろし、魔力を収めた。

『ルクエールの力になれ』ふとそう言った父の言葉を思い出す。父はルクエールの自分への想いを知っていたのだろうか。だからあんな事を言ったのか。

確かに――魔王となるルクエールと共にいれば、安泰だろう。例えこの先どうなっても彼女は決してソウルがハーフだから、という理由で無意味に迫害はしてこないだろうから。

まして父の言うように、ルクエールの望むように『愛人』という枠に収まり彼女を愛せれば。


(……冗談じゃないッ)


 ルクエールへの苦手意識は嫌いと言うまでのものではなくなったが、そもそも女に守ってもらうなど、そんな生き方は御免だ。

いや、女でなくても他の誰かの恩恵で生きていくなどソウルのプライドが許さない。


「お前は一体どうしたいの?」

「黒幕を吐かせ制裁を加える。それだけだ」

「それだけ、ね」


 言うだけならその通りだ。しかしソウルの言葉の意味を判っている今では溜め息が一緒に出る。


「黒幕だけを――ね」

「……そうだ」

「お前、あの小娘と関わりがあるのを知っていたわね」

「……ああ」


 誤魔化して誤魔化しきれるものではないだろう。ユイリとマナの顔立ちは明らかに姉妹だろうと判るぐらいには似ているし、不自然なソウルの態度にもそれできっちり説明が付いてしまうので。


「……あの女の、何が良いというの?」


 『人間』というくくりを無しにした『マナ』という女に対しての、女としての嫉妬。


「馬っ、話を飛躍させるなっ」


 少なからず、マナを女として見ていないとは言わない、勿論。しかしルクエールが言うほどはっきり意識はしていなかった。

正直――その手の感情はまだよく判らないのだ。

マナの事は結構好きだが、同士としての情の方が深い。いっても友人、ぐらいだろう。


「マナは俺と同じだからだ。それに煩わしい事を考えなくて済む。関係の無い人間だからな」

「同じ? お前と?」


 関係無い、の辺りは判る。ソウルがハーフであろうと純血だろうと、人間であるマナにはそれこそ関係がないからだ。それはソウルにとって確かに気楽だろう。


「あいつの一族はアルバトラズだ」

「アルバトラズ……って昔人間達のパーティーに必ず一人はいた、あの?」

「ああ」

「ふぅん……そう。まだ続いてるの。珍しいわね」


 ルクエールの感想を聞いて、そう言えばそうだと言われてから気が付いた。ソウル達にとっては数百年も人生の一部だが、人間にとってはかなり長い時間。

英雄の血族だってパタパタ絶えて行く中で珍しいと言っていいだろう。

だからこそ――無駄な所にまでプライドが高いのだろうと、そうマナへと同情する。


「けれどそれならあの小娘に聞けば判るのではなくて?」

「マナは何も知らん。お前も感じただろ、マナには魔力が無い。アルバトラズには不要な人材だ」


 例え当主の娘であっても――


「そう」


 その答えにルクエールは納得して頷いた。マナの一族での立場がどうだろうが、ルクエールには興味の無い事だが。


「それでお前と『同じ』なのね」

「そうだ」


 そんな事で、という思いがルクエールの中に浮かんだが、寸での所で口には出さずに飲み込んだ。その程度の事ですら特別になってしまう程、ソウルにとっては根深い劣等感になっているのだ。

乗り越えた訳ではない。気にしないほど無神経でもない。ただ負けない為に強くなろうと、強がっているだけ。


(私なら)


 そんな傷を負っている事も忘れるぐらい、守ってみせる。いや、そうしなければならない。

それ以上の感情を与えられなければ、きっと自分に彼と付き合う資格は無い。その傷をまた一つ深くしてしまった自分だからと、そう――思った。


「とにかく、俺はあいつを追う。これ以上舐めた真似をされたくないのも本当だからな。……お前はどうする」

「行くわ」

「……」


 ルクエールが行くという選択肢を取ると予想していたのかしていなったか、どちらにしてもソウルは微妙な表情をした。ユイリを追うのに側にいられるのも嫌だが、やはり放っておくのも心配だという所か。


「心配しなくても、もう殺そうとはしないわ」

「……何故だ」

「とりあえず、お前があの小娘を庇うのが恋愛感情ではないと納得したからよ。心を慰める為だというなら、まあ許してやらなくはないわ」

「何でエラソーなんだオイ」


 ルクエールの言い様は面白くないが、言われた内容自体は少し、嬉しかった。

ルクエールの譲歩はただ自分の為にだったから。


「ルクエール」

「何」

「すまん。……ありがとう」

「っ」


 かぁ、とそれだけで頬が熱くなり単純な自分が恥ずかしい。


(仕方ないじゃない)


 ソウルとこうして話す事自体稀だったのだから。まして謝られるなんて。礼を言われるなんて。

――笑ってくれるなんて。


「行くぞ」

「ええ」





(――ん)


 覚えのある魔力を感じて、ラーは何を見るでもなくぼんやり外を眺めていた目を部屋へと戻した。

以前に感じたものよりも多少強い魔力を持っているようだが、波長は同じだ。

ソウルに言われた通り――いや言われなくてもだが――普段なら関わったりはしない。


(……さて)


 このまま放っておけば、早々に誰かに見付かり騒ぎになるだろう。ソウルがわざわざ自分に頼んだぐらいだ、それはきっと避けたいはず。

ソウルの気配を探ってみると、ルクエールと共にいて動く様子は無い。魔力に乱れは無いから珍しく争っている訳ではなさそうだが。


(……全く)


 人に頼んでおいてみすみす火種を逃がすとは何事か。甘いし間が抜けているし――


(仕方ない奴だ)


 く、と苦笑して立ち上がる。彼を少し知る者がいれば目を見張っただろう。

自分の事にすら怠惰なラーが、自分と関わりのない事で動くとは、と。

だが勿論、ラーの中では矛盾していない。

 相手は隠れながら慎重に移動しているようだから、慌てず歩いて行っても余裕で追いつく。辺りに自分より先に彼女に辿り着きそうな者もいない。

果たしてあっさり障害なく彼女の元まで辿り着き。


「――おい」

「っ!」


 逃げられても逃がさないように十分間合いを詰めてから声を掛ける。すぐ側で掛けられた声にユイリは驚愕して勢い良く振り向いた。

勿論辺りの警戒を怠ってなどいない。ただラーの魔力制御が彼女の感知能力を上回っただけである。


「あ……ッ」

「ここでウロウロしてると殺されるぞ。基本、俺達は人間に優しくないからな」

「……っ」


 無感情に言われたラーの言葉はユイリには相当怖かっただろう。瞳に何の興味も映っていないのが余計真実味を与えてくれた。


「ついて来い」

「え……っ?」

「死にたいのか」


 ラーにそのつもりはないが、まま脅しているセリフである。答えられずにいるユイリに溜め息をついてぐいとその腕を引く。


「あッ」

「大人しくしていろ。その方が多分お前は無事に帰れる」

「……大人しくしてたら、いつ離してくれるの」

「せいぜい十数分だ」


 ソウルが動き出し、ユイリを探すまでの間だけだから。


「十数分って……」

「いいから来い」


 うだうだと話すのが面倒になって、ラーは構わずユイリを引き摺って歩き出した。騒ぐようなら気絶させておこうと決めた。


「ち、ちょっと――」


 無論連行されるユイリは慌てたが、力でも魔力でもラーに敵わない事は判るのだろう、無駄に暴れたりはしなかった。

出来ればソウルに渡せるまで、このまま黙っていてくれるといいのだが。

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