3―2
「――あ、ソウル!」
「げっ」
考え事をしていたので向こうの方に早く気付かれた。ここまで来て眼前で引き返すのは負ける様で嫌なのでそのまま進む。
「迎えに行こうと思ってたのよ」
「何か用か」
「襲われたそうね」
「ちッ」
ほんの昨日の事だというのに耳が早い。いかにも嫌そうな舌打ちをするソウルに、ルクエールは青筋を浮かべた。
「どういう意味かしら?」
「つーかだからどうした」
「そうね。お前が襲われたという事は王座狙いではなさそうね」
「どうだか。気に食わないから、というだけで俺を殺そうとする奴は少なくないからな」
ソウルに関しては目的と何ら関係無い、という事も有り得るのだ。
「どうかしら。お前を殺したい者達がいるのは否定しないけれど、目的があって企てを行っているのなら、その最中にそんな余計な事をするかしら?」
「……」
もっともだ。そんな事をするのは余程の馬鹿だなとソウルも心の中で頷く。あくまでも心の中でだけ。
「何にしても、無事で良かったわ」
「貴様俺を舐めてるのか? 俺に負けた分際で」
純粋な心配に雑言で返って来た事に対しても勿論腹立たしかったが、それ以上にその内容はルクエールのプライドを傷つけるもので、自制の為に強く拳を握った。
「子供の頃の話よ」
「今でも変わらんわ」
「……どうかしら」
周りの空気が一段冷えた。ルクエールの纏う氷の魔力が濃くなったのだ。
「ふん。拮抗しているのは今だけだ。貴様と俺の外見を見ろ。既に貴様は成人近い。もうそう魔力の伸びは期待できん。所詮貴様と俺様ではキャパシティが違うのだ!」
魔族の外見年齢はその者の魔力量による。時を重ねるにつれ魔力は増え、その力に体が耐えられなくなった時に成長していく。
つまりより強大な魔力を身に付けられる者ほど成長は緩やかだ。既に七千を数えるラーが未だ十七、八程度で千八百歳のルクエールとそう変わらない外見なのもその証。
「そうね。ハーフのお前が正しく魔族と同じなら、だけれども」
「っ……」
それが唯一の不安材料だ。例が少ないだけに、いつどうなるか知れない身。ぎ、と唇を噛んでソウルはルクエールを睨みつける。
(……別に喧嘩をしに来た訳ではないのだけれど)
挑発に乗ったのはこちらだが、今日はそんな気分にはならない。魔力を収めるとソウルが意外そうな顔をした。
「私はお前を気に入っている、と言っているわよね」
「俺はお前なんぞ大嫌いだ」
「……知ってるわ」
第一印象は何でもなかったろうが、その後がまずかった。ルクエールもそれは認める。
好かれるような事はしてこなかった。出来なかった。
――恐かったから。
「どうしてお前は半端なのかしらね」
「俺様のが聞きたいわ」
「そう言えばあの人間の女、どうしたの」
どちらかと言えば、ルクエールにとってはこちらが本題。妙にソウルがマナを気に入っていたらしい所が気に掛かっていて、その所在を訊ねた。
まさかと思うのだが、ソウルは生まれと育ちもあって体制に反する事を厭わない。もしかしたら――
「とっくに帰ったぞ」
「そう」
さらりと答えたソウルに嘘は見えなかった。あまり嘘をつくのは上手くない男だから、本当だろう。
――ほっとした。
「人間が一体何をしに来ていたのかしらね」
「……」
マナの目的を、勿論ソウルは知っている。しかしそれをルクエールに言っていいものかどうか。いやそもそも別に言う必要はあるまい。
……馬鹿にされる気がする。自分が契約に応じてもいいと思っていた事も含めて。
「ソウル?」
しかしソウルの沈黙はルクエールに不審を与えた。呼び掛けられはたと気が付いて。
「珍しいではないか。お前が人間に興味を持つとは」
「興味など無いわ。お前が構っていたという以上のものはね」
言い方は過去系だ。マナが帰った以上、終わった事として済ませて当然だ。
「ガキの頃の事をネチネチと……。いい加減貴様も大人になれ。そもそも俺が気に食わんからと言って俺が好いたものを壊そうとはどーゆー考え方だ」
「子供なのはお前でしょう?」
「何をッ!?」
呆れて息をついたルクエールにソウルは素直に噛みついた。この素直さも、嫌いではなく。
「私はお前が気に入っている、と言っているのよ」
好きだ、とは言えないのは――自分の弱さ。
「う、嘘こけ。気に入っている相手を殺そうとするか?」
「いつの話をしているのよ」
言われてソウルは言葉に詰まった。ルクエールの仕掛けてくるものの質が変わっていたのは判っていたから。
「気に入らなかったのは本当よ。自分に勝った相手がよりにもよって半端だったんだから」
「やはりそうではないか」
「――気に入らなかった……、と言っているの。私は」
「……っ」
流石に言われている意味が判ってソウルは戸惑って息を飲む。ルクエールの眼が泣きそうだったから。
初めて見た。泣く事なんか無い女だと思っていた。女らしい可憐さや清楚さや繊細さなど見た事も無かったし。
――いや。
見てなど、来なかったし。
「……じゃあ、お前本気で俺を愛人にしようとしてたのか?」
愛人に本気というのは変な表現だが、ソウルとて自分が王座に望まれない事など十分承知している。判っていて狙う決意をした訳だが。
ソウルの言っている『本気』とは裏も表も無く、という意味でだ。
「……そう言ってるでしょう」
「……俺の意思は無視かい」
「だってどうせ頷かないでしょう? プライドの高い男だものね」
(男、か)
そうか本当にそう見てたのか。それは――嬉しくない訳ではない。己のキャパシティの証明ではあるが、幼い容姿を気にしていない訳でもないし、自分を認めてくれる存在は本当に少ないから。
「それとも、大人しく納まってくれるのかしら?」
「悪いがごめんだ。大体俺は女の下に敷かれるのは好きではない」
「じゃあやっぱり、仕方ないわね」
「……まあ、そうだな」
愛人など絶対ごめんだ。ルクエールの気持ちが本物でも。彼女がどうしても諦めないのであればソウルの方向性も変わる事は無い。
「まあそれも全て片付いた後の話、ね。今のままではちょろちょろ鬱陶しくて仕方ないもの」
「それは同感だ」
自分を嫌っている訳ではない相手に構える必要はない。格段に態度を軟化させたソウルにルクエールは微笑する。
「っ」
綺麗に、嬉しそうに笑うその表情が何故かぐらいはソウルにも判る。人に聞けば間違いなく『美人だ』と返って来るであろうルクエールを初めて女として――可愛い、と思った。
(いや! 断じてそんなのとは別物だしなッ!)
「ソウル?」
微かに頬を染めたソウルにルクエールの方が首を傾げた。自覚は無い。というよりもきっと意識してやったものでもないだろうし、そもそもソウルが自分を意識するとも思っていないのだ。