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第7話

 雄多郎はM中央署の取調室にいた。信じがたい出来事の後、管理人からの要請で到着した救急車が、明日香を病院へと搬送した。まだ明日香は目覚めていなかった。同時に警察が到着し、年配の刑事と若い刑事が二人やって来た。死んでいる新井を見て、雄多郎に怪訝そうな顔をしたが、雄多郎はこの二人の刑事に、詳しく事件の話をする気は無かった。

若い刑事と目が合った時、雄太郎も刑事もお互いがハッとした。なんと昨日、長塚と一緒にいた刑事だった。若い刑事は言った。

「また、あんたか・・」

雄多郎はついていると思った。この現場が昨日と同じM中央署の管轄であると言う事だ。であれば長塚と話をする事が出来る。雄多郎は長塚と話をさせてくれるように、若い刑事に頼んだ。刑事は長塚に電話を入れ、雄多郎の事を告げた。電話を切ってから、刑事が

「警部が話を聞くそうだから、署まで行きましょう」

雄多郎は年配の刑事に礼を言ってから、若い刑事と一緒に301号室を出た。それと同時に鑑識係が部屋へ入っていった。ちょうどエレベーターの前で、管理人が別の刑事に質問を受けているところで、雄多郎と目が合ったが、すぐに背いた。大方、事件に係わりたくないのだろう。気持ちは分かる、騙されたとはいえ他人を部屋に入れてしまった上に、こんな事になってしまったのだから同情しなくもない、しかし雄多郎はそれどころではなかった。兎に角、考える事が多すぎる。一本づつ糸をほどいていこうと思った。M中央署の取調室で待つこと20分、やっと長塚が現れた。荒々しくドアが開いて、入ってくるなり長塚は言った。

「しかしまぁ、お前の前にはよく死人がでるなぁ・・訳を聞かせてもらおうか、訳を!」

「警部、電話待ってたんですよ。今朝の警察の発表はなんですか、事実と違う。あの男の事が抜け落ちているじゃないですか」

「いいか、早見よく聞け。吉田京子は泥酔していた。狼男の話も、夢か幻覚の可能性が高い。不審な男を見たのはお前一人だけ、安藤の死因は心臓発作。お前誰が聞いても、ヒーローだ、狼男だって話、信じられるか!そんな話に入り込む余地があると思うか?」

「しかし警部、また出たんですよ、あの男が。あの男が新井の心臓を停めたんですよ」  

雄多郎は少し興奮気味だった。いや、興奮せざるを得なかった。昨日の事件をただの婦女暴行で片付けられては、先ほどの新井の一件もまた、真実が見えなくなってしまう。

「まぁ、早見落ち着け。俺はお前が嘘を言っているなんて、思っていないんだ。世の中ってやつはこんなもんだ。十人いて八人が白と言えば、それが黒でも白になっちまう。人間は自分がその目で見たものしか信用しないんだ。まぁ、諦めるしかねぇな」

長塚は諭すように雄多郎に言った。雄多郎は悔しかったが伊達に新聞記者をやっている訳ではない。長塚の言っている事は良く理解出来ている。残念ながら雄多郎には返す言葉が無かった。しかし明日香だ、明日香がいる。新井の変貌を見たかもしれない。

「警部、明日香さんはどうしました!気が付きましたか?」

「あぁ心配ない。床で頭を打ったみたいだがもう大丈夫だ」

「彼女、何かを見たと言いませんでしたか?」

「新井に押し倒されたみたいだな。それからついさっきまで意識はなかったようだ」

「そうですか・・」

雄多郎はがっかりした。せめて新井がワニに変るところも見ていて欲しかったと思った。

「早見、もういいだろう。そろそろ話を聞かせてくれや」

「嫌です。話したくなくなりました」

「なんだと、ふざけるな!」

長塚の声は取調室の外にまで響いた。

「だって、信じてもらえませんよ、このままじゃ」

「信じる信じないは、話を聞いた後だ。お前は今、重要参考人なんだぞ」

「分かってますよ!いいですか警部、これから話す事は嘘じゃありませんから。信じる信じないは警部の勝手ですけど・・」

雄多郎は今朝から起こった事を順を追って話した。明日香の事や、新井、ユニバーサルエナジーの事などを話したが、新井のマンションでの事はあまりにも荒唐無稽であった。長塚のこめかみが時々ヒクヒクと反応しているのを雄多郎は見た。話し終わってから数分、長塚は動かなかったが、一時して端で調書を取っていた若い刑事に言った。

「中野、今のは没だ」

若い刑事は名を中野といった。

「えっ、どういうことですか警部」

中野は目をしばたいて言った。そして雄多郎も長塚に言った。

「やっぱり信じないんですね」

「そうじゃねぇ、二人とも良く聞けよ」

長塚は雄多郎と中野を見回してから言った。

「この一件はちょっと異常だ。早見、俺はお前が狂っているとは思えない、しかしなぁ、このまま報告すればこの件は揉み消される。なんせ目撃者がまたもお前一人だからな。マンションの管理人はその男を見ちゃいない。いいか早見、良く聞け」

長塚は顔を雄多郎へ寄せた。

「お前は動くな」

雄多郎は見透かされたと思った。信じてもらえなければ、自分で証拠を見つけるしかない。当然、動くつもりだった。

「この一件は、今起こっている連続ブチ切れ事件との関連があると思う。ユニバーサルエナジーの名前が出ているからな。何らかの裏もありそうだ」

雄多郎は少し嬉しかった。長塚の真意は分からないが、先の事件との関連を長塚が考えているからだ。頭から自分の話を否定していない事が嬉しかった。

「このことを知っているのは、柳田明日香と俺たち三人だけだ。早見、これ以上この件に突っ込むな。二度はあっても三度目はないぞ。次はお前自身が疑われる」

「それは分かりますが、俺自身納得がいかない」

長塚は宥めるように言った。

「俺に任せろよ、お前のためだ。吉田京子を襲った安藤の部屋にな、沢山の吉田京子の写真が発見された。奴はストーカーだったんだよ。新井にしても彼女に対して性的欲求を感じた。お前の話じゃ、新井の様子はかなりおかしかったんだろう。彼女を助ける為にお前と争いになった。新井は突然の心臓発作、これがギリギリだ。世の中が納得する」

「俺は納得いきませんよ」

「いいから話はとりあえずそこで止めておけ、後はこっちが調べる。ユニバーサルエナジー社も再度な。新聞社にも話を合わせておけ。その方が、いいお前の頭が疑われるぞ」

雄多郎も実のところはそう思った。この話を大沢にしても信じないだろう。あまりにも証拠が無い。当然記事にもならないだろう。雄多郎は一旦、長塚の話を呑むことにした。しかし記者としては動くななどと言われて(はい、そうですか)とは行かなかった。

「分かりました。取り敢えず警部の言う通りにします」

「よし、中野、さっきの調書と白紙の調書を二枚出せ」

中野も納得がいかない様子である。首を捻りながら言った。

「いいんですか警部。私はワニだのヒーローだの信じられませんよ」

「俺に任せておけ」

長塚は、中野から雄多郎に視線を戻して言った。

「いいか早見、さっきの調書とこっちが作る調書二枚にお前の名前と爪印をもらうぞ、どちらでも使えるようにな。どっちを使うかは今後の捜査次第だ。事実が出たら先にお前に情報を流してやる」

ここまで言われては引くしかなかった。しかし動かないつもりはない。

「早見、彼女が心配だろう。行ってやれ。彼女にも話を合わせておくんだぞ」

雄多郎は明日香の病院を聞いて取調室を後にした。中野は長塚に聞いた。

「警部、どうして奴にそこまで肩入れするんですか、奴の話を本当に信じているんですか?」

「分からん、これは俺の刑事としての勘だ。それに一連の連続殺傷事件の手掛かりが欲しい。このままじゃお宮入りだからな。ユニバーサルエナジーか・・」

前回、事件に関連のありそうな所はすべて調べている。ユニバーサルエナジーも例外ではない。しかし長塚の調べでは何も出ず、他社同様、人を狂わすものなど何も出ては来なかった。しかし徹底的に調べた訳ではない。会社の社員に聴取しただけである。

「ユニバーサルエナジー、何か隠していやがるな。中野いいか、明日から早見を見張れ。奴は必ず動く。それが記者ってもんだ。奴も真実を暴くために必死だ、徹底的にマークだ」

「分かりました。さすが警部、奴を泳がせて真相を掴む作戦ですね」

「バカ野郎、お前も気をつけろ。奴の話が本当なら、変なのがいっぱい出てくるぞ」

中野は初めから、雄多郎の話を信用している様子ではない。笑いながら言った。

「動物用の麻酔銃が必要ですね」


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