表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/33

第6話

 新井のマンションは新聞社からタクシーで約20分の所にある。雄多郎も過去に一度だけ訪ねた事があったが、なぜだったのか憶えていない。沢山のスクープをものにしている新井は、よく局長賞を取っている。雄多郎の住んでいるマンションと比べると、グレードはワンランク上である。新井のマンションは8階建ての3階にあり、エレベーターを降りてすぐ右の301号室である。雄多郎はインターホンを押してみたが応答は無い。もう一度押してみた。応答は無い。今度はドアを叩いてみた。

「新井、いるのか?俺だよ、早見だよ」

応答は無い。雄多郎の後ろで明日香が不安気に立っている。雄多郎は笑顔で言った。

「管理人室へ行ってみよう」

二人は1階に降り、管理人室のドアを叩いた。眠そうな顔で初老の管理人が出てきた。

「東都新聞の早見と申しますが301の新井、最近見かけましたか?」

「あぁ、あんた新井さんの新聞社の人?」

「ええ、そうです」

「もうずっと留守してるね。新聞や手紙が郵便受けに入りきれなくて、うちで預かってるんだけど・・どこ行ってるの、仕事?」

「それがちょっと行方不明で・・こっちも探してるんですよ」

「えー本当?大変だね。ほんと、ここんとこずっと見ないよ」

「管理人さん、部屋の中見てもいいですか?もしかしてって事もありますから・・」

「それは困るよ、規則違反だから」

「でも、心配して田舎から妹さんも出て来ていらっしゃるんですよ」

言いながら、雄多郎は明日香の肩に手を置いた。明日香は突然振られ、ビクッとした。

「あんた、新井さんの妹さん?」

明日香は少し間を置いて答えた。

「ええ」

「妹さんなら仕方ないね。ちょっと待ってて」

管理人は鍵を取りに部屋の奥へと入った。二人は顔を見合わせた。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫、大丈夫。ちょっと見るだけだからさ」

管理人から鍵を借りた雄多郎は、すぐに返す事を約束し、明日香と3階へ戻った。ドアに鍵を入れて、そっと開けてみる。すえた臭いが漂っている。電気はついていない。暗い、カーテンも閉めきっているようだ。

「新井、俺だ、早見だ。おーい新井入るぞ」

外で待っている明日香を手招きした。二人は靴を脱いで上がった。新井がいる様子はない。入ってすぐ左がキッチン、その向かいにユニットバス、奥に進んでリビングがある。その奥が寝室である。キッチンには洗っていない食器が山積になっており、床には缶ビールの空き缶が何個も落ちている。リビングに入るとテーブルには新聞や雑誌、またも缶ビールの空き缶が大量に転がっている。タバコの吸殻が灰皿に入りきれない程、山になっている。なんとなく生活感が無く、何日も部屋を空けているといった感じである。後からついて来る明日は、口と鼻をハンカチで押さえている。この色々な物が混じり合った臭気がたまらないのであろう。一人暮らしの男の部屋ではよくある臭いだが、やはり異常な臭気である。リビングにはテレビ、ステレオ、ソファー、小さ目のテーブルと、普通の部屋だが、何日も掃除をせずに埃が溜まっていた。雄多郎と明日香はリビングの中央に佇んだ。もう一つスライドする木目調の扉があり、そこが寝室になっている。扉を開けようと手をかけた時、その部屋から物音がした。雄多郎と明日香は一瞬ドキッとして、後ろへ下がった。二人は顔を見合わせた。雄多郎は唾を飲んだ。

「新井、いるのか?早見だ、開けるぞ」

少し震える声で言いながら、スライド扉を20センチ程開けてみた。強い臭気がして雄多郎はむせた。部屋は暗い。雄多郎は全部扉を開けた。明日香も後ろから中を覗こうとしている。扉のすぐ右が壁になっていて、壁に沿ってつきあたりに机があり、パソコンや書類などがおいてある。左側にベッドがある8畳程の部屋だ。暗かったが、少しずつ目が暗闇に慣れてきた。体を半分以上部屋に入れて、慣れてきた目で左側を見た時、雄多郎はギョッとした。ベッドの横が壁になっていて、その壁を背にして毛布を被り膝を抱えて座っている人らしきものが、ベッドの上にいたのだ。雄多郎は声を掛けてみた。

「おい、新井だろ?どうしたんだ大丈夫か」

その物は反応を起こさない。雄多郎は恐る恐る近づいた。何度か名前を呼んだが、反応が無いので、思い切って肩を揺すってみることにした。肩を揺すって言った。

「おい、新井!」

俯いていた顔が音もなく上がった。その顔は手入れを何日もしていないので、髭で覆われていた。目は血走ったように充血しているが、間違いなく新井である。

「おい、新井。俺だ、早見だ。俺が分かるか!」

新井は雄多郎と目を合わせたが、しばらくの間無言だった。やがて口を開き

「なんだ、早見か。ここで何してる」

その言葉は惚けたように、言葉に力が無い。

「お前こそ10日間も連絡しないで、何やってるんだよ」

新井の反応は、あまりにもいつもの新井らしくない。薬でもやっているのだろうか・・雄多郎は思った。後ろで立っている明日香を思い出し、聞いてみる事にした。

「新井、柳田広二さんを知ってるだろう?柳田さんと会ってたんじゃないのか?」

新井の目の焦点は合っていない。返事も無い。

「新井、お前の大学時代の友達の柳田さんだよ。分からないのか?」

新井の返事はなかなか返ってこない。我慢出来なくなった明日香が後ろから飛び込んできて、大きな声で新井に言った。

「お願いします、教えてください!私、柳田広二の妹の明日香です。兄を知りませんか?

新井さん、お願いします!」

その激しさに雄多郎も唖然としたが、一緒に柳田の事を聞いた。先程より目の焦点が合ってきたようでもある。何度か繰り返し訊ねていると、新井が口を開いて言った。抑揚の無い口調で

「柳田はもうここにはいない」

「何処へいったんだ?」

「連中が連れて行っちまったよ」

「連中って、一体誰なんだよ、新井!」

「ユニバーサルエナジーだよ」

雄多郎と明日香はその名を聞いて、顔を見合わせた。今度は明日香が聞いた。

「ユニバーサルエナジーは兄が勤めている会社です。なぜ兄が会社に連れて行かれたのですか?なぜ会社は私に嘘を・・」

明日香は涙ぐんで、泣き声に変ってきた。

「新井、ちゃんと答えろよ、分かる様にな」

新井は相変わらず抑揚無く言った。

「ユニバーサルエナジーの秘密を、俺に教えに来た」

「秘密ってなんなんだ、お前に秘密を漏らしたから、ユニバーサルエナジーに連れ去られたということか」

新井は正面を向いたまま左手を伸ばして、指を指した。その先にはCDプレーヤーがありヘッドホンがついている。雄多郎はCDプレーヤーを探ってみたが、なんの変哲も無いプレーヤーだった。しかしCDトレーの中には一枚CDが入っている。イジェクトボタンを押してCDを取り出してみると、以前にも目にした事がある、ユニバーサルエナジー社の潜在能力開発の教材CDだった。

「このCDがどうした?このCDは過去に警察も調べた。何の効果も無いCDだぞ」

新井が突然笑い出した。しばらく笑った。

「何が可笑しいんだ」

新井は笑いながら言った。

「それを聴いていれば変るんだ。人間以上のものに・・。そうしたら大スクープだぞ、早見!」

「何を言ってるんだ、新井。これはただのCDだぞ。確かにこれを聴いて勉強や仕事が上手くいった人もいるだろう。そうならない人も沢山いる。上手くいったものもそれ以上の努力をしているんだ。このCDはそれ以上、それ以下でもない」

新井は笑いを噛み殺しながら言った。

「違う違う、そうじゃないんだ早見。このCDはそうじゃないんだ」

「なんだ新井。このCDに何かあるのか?」

「だから柳田はここへ来たんだろう」

「えっ!」

雄多郎はこのCDに何か特別な秘密があるという事を柳田の態度で感じない訳にはいかなくなった。雄多郎と明日香が見守る中、新井は笑い続けた。その笑いは少しづつ大きな笑いへと変っていった。今はその笑いを止められる状況ではなかった。まるで頭が狂ってしまったように笑っているのだ。しかしその笑いは突然潮が引くように収まって行き、今度は咳に変った。新井は激しく咳きこみ始めた。かなり苦しそうに咳きこんでいる。明日香が傍によって新井の背中を摩ったが、新井の咳はなかなか止まらないようである。咳きこみながら新井の声が小さくした。明日香は背中を摩りながら

「大丈夫ですか。なんですか?」

もう一度、新井の口元に耳を持っていった。

「早見さん、水だそうです。お願いします」

「わかった」

雄多郎は寝室を出て、キッチンへ急いだ。コップを探したがなかなか見当たらない。辺りを見渡したが、食器棚がないのである。新井は水分といえばビールを飲むようだ。流しの中の汚れた皿と一緒にコップがあるのを見つけた。水道の蛇口を捻り、コップに水を入れた時だった。蛇口から出る水の音と、明日香の悲鳴が重なった。しまった・・、雄多郎は慌ててコップを放り出して引き返した。雄多郎は自分の愚かさを呪った。どう見ても、今の新井は普通ではない。狂気といっても良い状態だ。そんな新井と明日香を二人だけにして部屋を出た事を後悔した。慌てて部屋に戻った時、最初に目に入ったのはベッドの下に倒れている明日香である。雄多郎は叫んだ。

「明日香さん!」

倒れている明日香に近づこうとした時、雄多郎の足は止まった。ベッドの上に立っている新井は、雄多郎には背を向けている。少しづつ上半身を雄多郎へ向け始めた。その時、雄多郎は驚愕した。新井だと思ったそれは、明らかに新井ではなかった。新井が着ていたTシャツの袖から突き出た腕は、手の先にかけて人間の肌ではなく、黒くて隆起したものが手の先まで伸びており、筋肉を盛り上げ、明らかにTシャツのサイズが合わず、はちきれんばかりにしている。隆起した腕には沢山の皹割れが入っており、その皮膚は強靭で硬そうである。雄多郎は驚きと恐怖のあまり、体が金縛りにあったように動かなかった。しかしその皮膚感には、どこか見覚えがあった。

思い出すまでもなく、新井だった物が完全に上半身をこちらに向けた時、すぐに思い出した。雄多郎は自分の声をようやく絞り出して言った。

「あ、新井、ど、どうしたんだ・・?」

雄多郎はしどろもどろになっていた。

「お、狼男じゃない・・ワニだ・・」

雄多郎に向いたその顔は、ワニそのものだった。ワニのその口は、動物園や動物図鑑で目にする特有の長い牙を剥いていた。ただその目だけは鋭く赤く発光しているようだ。動物のワニが直立で服を着ている姿は、滑稽でギャグ漫画の世界であれば、見た者は笑わずにはいられないかもしれない。が、しかし現実であれば、あまりの現実離れで恐怖するしかないのだ。当然、笑う事など出来ない。

「新井、どうしちまったんだよう」

雄多郎の膝はガクガクだった。立っているのが必死だった。元は新井だった。いや、新井だったはずである。しかし、ここにいるワニは新井なのか、そうではないのか、雄多郎には理解できなかった。明日香は新井の姿を見て悲鳴を上げたのだろうか、それとも新井はすでに人間ではなく、このただの肉食動物に変わり果てて、動物の理性のまま明日香を襲ったのだろうか。色々な考えが一気に押し寄せた。兎に角、雄多郎は気持ちを落ち着かせる努力をしながら言った。

「おい、新井だよな?俺が分かるか、安心しろ。心配はいらない、俺が何とかする」

落ち着いたつもりで言った言葉だったが、支離滅裂である。次の瞬間、落ち着きも何も全て吹き飛んだ。新井だった者のズボンの尻が裂けたのだ。そこからワニの尻尾が勢いよく飛び出したのだ。“バリッ!”その音とその光景を見て雄多郎は腰が抜けたかと思い、床に尻餅をついた。雄多郎は半泣き状態だったが、あまりの異様さに半笑いでもあった。新井だったワニは正に人間ワニという名称がピッタリだ、と変な考えが浮かんで消えた。人間ワニは完全に雄多郎の正面に向いた。先程まで直立だった人間ワニは、両手をついて四足の状態になり、腹をベッドにピタリとつけた格好になった。正に今、本当のワニの格好になった。人間ワニは、服を着ていること以外、人間大の巨大なワニである。大きな牙を剥いて、大きな獣のような雄叫びを上げた。ワニって雄叫びを上げるものだろうか、雄多郎は思いながらそれどころではないと思った。次の瞬間、人間ワニは跳んだ。ベッドから下に倒れている明日香を跳び越えた。その速さはやはりただのワニではない。動物園やテレビ等で目にするワニは、どちらかと言えば動きはスローなはずである。しかし人間ワニのスピードは犬並の速さである。雄多郎に向かって跳んできたワニを間一髪、かろうじてよけた。雄多郎がよけた為、人間ワニはそのまま強く壁に激突した。一瞬もうダメかと思ったが、かろうじてよけた雄多郎は、本当に腰が抜けていないで良かったと思った。我ながらよけるタイミングの良さに自分を褒めたくなった。しかし、まだ尻餅をついている状態である。壁に激突した人間はその動きを止めた。しかし数秒後、人間ワニは閉じていた目を開けた。その時、雄多郎と人間ワニの目が合った。そして雄多郎に向かう用意に入った。雄多郎は立ち上がろうとしたが立ち上がれない。全力で尻を上げて、後ろの扉から這い出た。雄多郎も四つん這いで逃げた。人間ワニも寝室から這い出た。後ろから猛スピードで追って来る人間ワニ。10畳ほどのリビング、雄多郎はすぐ壁に突き当たった。リビングを出てキッチンに続く方角は逆方向だった。雄多郎は慌てて、逃げ場の無い方へ行ってしまったのである。壁を背にした雄多郎にもう逃げ道はなかった。

「やめろー、よせー、お前は新井だ!新井、目を覚ませー!」

雄多郎は人間ワニに叫んだが効果なし。人間ワニは大きく口を開けて、雄多郎に突っ込んで来た。その口で噛まれれば、人間の首など一発で噛み千切られてしまうだろう。人間ワニは尻をついて膝を折っている雄多郎の股に割って入ってきて、その牙を剥いてきた。もう視界には人間ワニの大きく開かれた口の中しか見えなかった。下顎から大量の唾液がしたたり落ちている。雄多郎は顔を背けた。死を覚悟しなければいけない状況である。雄多郎は恐怖で強く目を閉じた。人間ワニの雄叫びがした。もう駄目だ・・と諦めかけた時、閉じた目の前で人間ワニの気配が消えた。雄多郎は恐る恐る目を開けてみた。何者かが人間ワニの尻尾をつかんで引いたのだ。雄多郎の視界に写ったのはなんとも驚く光景だった。不思議な、いや奇妙な格好をした人間が、人間ワニの尻尾を右脇に抱えて引いている姿だった。な、なんなんだ・・。雄多郎の頭に、吉田京子の顔が浮かんだ。テレビの変身ヒーローという言葉が、頭の中に木霊した。そうか、これの事か。目の前にいる姿は正にテレビの変身ヒーローという形容にぴったりである。全身の色は青、体の部分部分にプロテクターのような物がついていて、胸部には甲冑をつけている。おまけにベルトをしていて、横のホルダーには銃のような物が収まっている。人間の素肌の部分は一切見えず、かといって青の部分が皮膚とは思えない。やはりスーツである。顔はヒーローものでよく見る仮面をつけてるようで、見た目には一部の若者の間で流行っているコスプレと言われるものに良く似ている。しかし、ただのコスプレの若者の動きではなかった。右手で尻尾を抱えながら、暴れる新井だった人間ワニの腹に一発蹴りを入れた。尻尾を離した為、人間ワニは一メートル程跳んだ。かなりの脚力である。人間ワニはテーブルをなぎ倒して落ちた。人間ワニは先程の四足歩行から、ついに立ち上がって人間と同じ二足となり、ヒーローに向かって突進していった。口を大きく開けて、噛み付くつもりである。ヒーローの顔めがけて、その口を突き出してきた。その口を左右に上手くよけるヒーロー、速い動きである。今度は右の拳を人間ワニの腹に打ち込んだ。人間ワニは腹を押さえ数歩下がったが、今度は鋭い手の爪でヒーローを裂こうとしている。この爪の攻撃を左右の腕で上手く返すヒーロー、立ったままの応戦、すでに部屋の中は両者の戦闘で物が壊れ放題である。まるでテレビを見ているようだ。正義のヒーローと悪の怪人との戦いといったもので、雄多郎は今起きている事が信じられなかった。今まで生きてきてこんな馬鹿な光景を目にするとは夢にも思わなかったし、信じられなかった。しかしこれは現実なのだ。夢を見ている訳ではない。今ここにカメラが無いのが残念である。雄多郎は機械については音痴である。最近ではカメラを内蔵した携帯電話が主流になっているが、雄多郎自身、携帯が嫌いでもう何年も古い形の携帯を使っていた。こういう時に自分自身を悔やむ事が多いのが雄多郎である。次の瞬間、人間ワニの尻尾がヒーローの腹を捕らえた。ドスッ!鈍い音がしてヒーローは床に片膝をついて脇腹を押さえている。苦しそうである。仮面らしきものの上からでは、その表情は読み取れないが、かなり息が上がっている。ヒーローめがけて人間ワニは再度、尻尾による攻撃を加えた。一発、二発、ヒーローの動きは今、完全に止まっている。人間ワニは最後に自身も半回転させ、遠心力を利用して、かなり強力な一撃をヒーローに見舞った。ヒーローはソファーに吹き飛び、ソファーと一緒に後ろに倒れた。ヒーローの姿は見えなくなってしまったが、一ときして倒れたソファーの後ろからヒーローが立ち上がった。ヒーローは静かな動作でベルトのホルスターから何かを抜いた。最初、銃かと思っていたが違っていた。棒のような物である。銀色で、警官が持っている警棒に近い。その棒が音と共に伸びた。20センチの物が倍の40センチ程になった。その棒の先から、電気のような物が迸っている。人間ワニが突進してきた。ヒーローも正面から突っ込んでいった。ヒーローはその棒を人間ワニの胸に突き当てた。ヒーローも人間ワニも動きを止めて動かなくなったが、次の瞬間人間ワニは床に崩れ落ちた。雄多郎はその光景を呆けて見ていた。人間ワニは完全に動かなくなった。ヒーローは素早く立ち去ろうとして小走りに尻餅をついている雄多郎の前を通り、リビングから出て行った。雄多郎は慌てた。

「まっ、待ってくれー」

雄多郎は力を振り絞り、腰に力を入れて立ち上がった。その時、ドアが閉まる音がしたので急いで後を追った。リビングを出てキッチンを通り玄関のドアを開け、外へ出たがすでに何も無かった。しかし、右手のエレベーター横にある非常階段を急ぎ足で下りる音がしたので、前の手摺から身を乗り出して音の方を見た時、階段を下りる人の影があった。下りていく相手がこちらを見上げた時、雄多郎と目が合った。奴だ・・昨日、現場近くでぶつかった男だ、間違いない。服装も昨日と同じ黒いコートを着ている。奴の顔は曖昧だったが、今完全に思い出した。奴に違いない。

「おい、待ってくれ!」

男は1階まで降りて姿を消した。雄多郎は追うべきか迷ったが、ここからでは追いつかないと思った。それより中の明日香が心配だった。雄多郎は手摺を一度強く両手で叩いて掴んだ。悔しかった。二度もあの男に出会いながら、またしても逃がした。警察にあの男の存在を証明出来なければ、今度もまた事件がうやむやにされてしまう。雄多郎はあの男を探さなければと思った。そうだ、新井だった人間ワニだ!あれは何かが起こっている証拠になる。雄多郎が部屋に戻りかけた時、声がした。

「どうしたんですか?」

エレベーターで上がって来た管理人が雄多郎の形相を見て驚き顔で言った。

「救急車を呼んでください。急いで!それから警察にも連絡を!」

何か言いたげな管理人を外において301号室に再度入った。急いでリビングに行ってみたが残念ながら人間ワニの姿は消えていた。人間ワニが倒れていた所には新井の姿があった。雄多郎は寝室へ向かった。明日香を抱き起こして名前を呼んだ。反応があり、明日香は生きていた。雄多郎は一安心した。新井が襲った時、ベッドから落ちてフローリングの床で頭を打って気絶したようである。明日香が人間ワニになってしまった新井を見たかどうかは、気が付いてからでないと分からない。明日香を残して再びリビングに戻り、倒れている新井の傍によって名前を呼んだが、反応は無かった。すでに息をしていない。雄多郎は思った。(新井、あれは本当にお前だったのか?なぜ俺に襲い掛かってきたんだ、お前本当に俺を殺そうとしたのか?)いくら問いかけようとも新井はもう死んでいた。雄多郎はショックだった。いい奴ではなかったが、昨日までの局の同僚である。目の前で死んでいると思うと、無性に悲しくなった。(新井、なぜお前は死ななければならないんだ。“CD”そうだ、この事件のきっかけになっているユニバーサルエナジーのCDだ。あのCDがどうだこうだと新井は言っていた。)雄多郎は寝室に戻りCDを探した。リビングと違い寝室は荒れていない。しかしあのCDは何処にも無かった。雄多郎は思った。(あの男だ、あの男が持っていったのだ。それしか考えられない。奴は昨日と今日、人を二人も殺した。絶対に許せない。警察が奴の存在を認めないのであれば俺が探す。納得のいく答えを聞くまでは、奴を追ってやる。いくら獣人化したとはいえ、元は善良な人間なのだ。この事件の鍵は、あの男とユニバーサルエナジーが握っているのだ。俺は追及する。草の根を分けても。)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ