最終回
これがホントの最終回です。
熊本市内にあるユニバーサルエナジーのビルにゼロが戻った時、カガミの姿は消えていた。マリ子はカガミの手によってきれいに寝かされていた。ゼロは雄多郎の姿に戻った。カガミの傷が心配だった。相当な深手を負っている。向こうの世界に通じる穴は閉じられており、カガミには帰る事はできないのだ。この世界で生きていくしかない。雄多郎はカガミに対して深く感謝していた。我々が作り出したフェイズⅡを葬る為に自らの命をかえりみずに向こうの世界からやって来たのだ。28年前、自分が決着を付けていればカガミがこちらの世界に来る事もなかったのだ。カガミには感謝しきれない思いでいっぱいだった。カガミがいなければ、全てを思い出す前に死んでいたのかもしれないのだ。雄多郎はカガミに再会できる事を心から望んでいた。そしてまた必ず会えると思った。マリ子が気が付き、低い呻き声をもらした。
「マリちゃん、大丈夫かい。マリちゃん」
マリ子は目を覚まし、雄多郎は背中を支えて上半身を起こした。意識はしっかりしている。
「雄多郎。私・・・どうしちゃったの・・・」
マリ子は部屋中の瓦礫の山と穴が開いた天井から差し込む外の光を見て口を開けたまま唖然とした。
「いったい・・・何があったの・・・?」
雄多郎は思わずマリ子を抱きしめた。
「よかった。マリちゃん・・・本当によかった。生きててよかった」
雄多郎の目から涙がこぼれてきた。マリ子が無事だった事が何よりもうれしかった。意味がわからず、抱かれるマリ子の目に数メートル先の瓦礫の山が崩れるのが見えた。山が崩れて、一人の男が両膝をついて姿をあらわした。顔と全身が埃と粉塵で真っ白である。その顔は呆けた様に辺りを見回した。
「あー!社長!」
マリ子の声に驚いて雄多郎は後ろを振り返り、響木の姿を見た。数時間前までのあの威圧感は嘘の様に消え去り、まるで気弱な小動物の如く怯えた様子である。彼もまた被害者であると雄多郎は思った。再度マリ子を抱きしめてから
「もう、終わったんだよ。全部、マリちゃん、終わったんだよ。よかった・・・」
抱きしめられたままのマリ子は未だに意味がわからず、救急車やパトカーのサイレンの音がこのビルに集結している事は理解していた。
夕暮れの深い森が囲む山道にカガミはいた。肩と腹を押さえて前かがみにフラフラと歩いていた。息は荒く、体は左右前後に揺れる。少し歩いては道に転がり、必死に立ち上がりまた歩き出す。何度もそれを繰り返した。少しずつ山道を前進していくカガミ。
「死ぬもんか・・・こんな事で死ぬもんか・・・死んでたまるか・・・・」
同じ言葉を繰り返し、転んでは立ち上がり、汗の粒が頬にしたたり、髪の毛が顔にまとわりつく。何度も何度も同じ言葉を繰り返しながらカガミは夕闇の迫る山道を進んだ。
エピローグ~数日後
新聞社のデスクで雄多郎はパソコンを前にして自分自身がフリーズしていた。長い時間考え事をしているのだ。柳田兄妹は雄多郎には感謝しても感謝しきれない、といった心情で熊本に帰っていった。彼ら兄妹にとっては正に悪夢の様な出来事だったに違いない。長塚警部は雄多郎の言った事を実行してくれていた。宇津木ケイのCDを聴いたと思われる行方不明者は今もなお存在している。警察と自衛隊による共同捜査は今も続いていた。雄多郎はこれ以上獣人による犠牲者が出る事の無い様、心から願い、自分自身が行方不明者を探す事も覚悟していた。彼ら全てが見つかり処分されてからこの事件は終わる。マスコミ関係者の変死体がでる裏には警察が動いているのであり、雄多郎はいつもこの記事を書くたびに心が痛んだ。全ての引き金は自分もふくめた未来の人間達が起こした事であり雄多郎は今後命の続く限り同じあやまちを繰り返さない為に行動していく決心をしていた。それは雄多郎に架せられた宿命でもあった。証拠物件の処理には長塚が警察の上層部とぶつかりながら悪戦苦闘していた。この事件は雄多郎が全てを語らない限りは全容を見る事はできない、しかしこの時代では全てを語ったところで理解される訳がなかった。あまりにも今の科学力では到底解明不能であるからだ。ましてむやみに多くを語り世情不安を引き起こす必要もないと雄太郎は思った。よって新聞記事にできる事にも限界があった。あくまでユニバーサルエナジー社の犯行で決着は付いている。響木社長を含む生き残った関係者はやはり、先の犠牲者と同じく記憶を無くしていた。安河内も同様である。皆、呆けた様になり警察の尋問にまともに答えられる者は一人もいなかった。全てフェイズⅡによる洗脳とみて間違いなかったが、彼らの起訴は免れなかった。人間を人体実験によって獣人に変え多くの犠牲者を出した責任は誰かが取らなければならない。雄多郎自身も彼らを庇護する為には全てを語らなければならない。雄多郎に話すつもりはなかった。カガミの存在を知る者は柳田兄妹と長塚だけなので、誰も知る事はない。宇津木ケイについては利用されて行方不明となり、多分死亡しているとされた。熊本のビルにあった血と肉片については雄多郎は知らぬ顔を決めていた。マリ子と一緒に気を失い何もわからず、と言う事にした。マリ子は話をよく合わせてくれた。マリ子にとってもこの事件は自分の思考範囲をはるかに越えており、雄多郎に全てまかせると言ってくれていた。実際、マリ子はビルの中では響木しか見ておらず、誰の血と肉片であるかは今後永久にわかる事はないだろう。雄多郎はケイの事を思い出していた。最後にケイは確かに笑顔を見せたと思った。見間違いかもしれないが、もしかしたらケイも死にたかったのかもしれないと・・・。雄多郎もゼロの記憶よりも雄多郎の記憶の方が強い。であれば20数年間、人間として生きてきたケイの記憶は自分自身の死を望んでいたのかもしれない。あまりにも悲しすぎた。幼なき日のユウカを思う度に雄多郎の胸には熱いものがこみあげた。
「雄多郎。局長賞、おめでとう!」
そう言ってからマリ子は雄多郎の背中を強く叩いた。驚いてイスから転げ落ちそうになった。
「あぁ、マリちゃん。ありがとう」
「何、ぼっとしてるの。さぁ頑張って仕事、仕事」
マリ子はウインクしてから自分のデスクに戻って行った。雄多郎は当事者である。記事にするのはどこよりも早く、他社が知らない事も多かった。念願のスクープをものにし、局長賞も取る事ができた。しかし、決して心から喜べなかった。雄多郎が今、心から喜べる事はただ一つ、マリ子の笑顔を又見る事ができる。ただそれだけだった。最近ではゼロであった頃の前世の記憶はすこしづつ消えてきていた。だが雄多郎は忘れない、忘れてはいけないと思った。ゼロの記憶はこれからの雄多郎の人生を支え続け、やるべき事をおしえてくれるのだ。雄多郎はゼロであり、ゼロは雄多郎であり続ける。季節は変わり、空は冬の訪れを告げていた。そして平穏な日々は戻りつつあった。
了
ご愛読ありがとうございました。
次回作にご期待ください。




