第31話
全身は黒く輝き、肩や胸についた甲冑は光沢をかもしだし、そしてその仮面からも黒い光を放っていた。カガミとは色や形は違うものの、基本的な作りは同じである。全く同じ作りのベルトが腰についているが武器はない。雄多郎だった者は大きく肩で息を吐いてから立ち上がった。カガミを見つめた。カガミは満身創痍で見つめ返しながら呟いた。
「ゼロ・・・ゼロが生きていた・・・早見がゼロだった・・・?」
傷ついたカガミの言葉には本心からの以外な事実に対する驚きが集約されていた。雄多郎、いやゼロの脳裏には急激なスピードで過去の記憶が蘇っていた。それも雄多郎として生まれる以前の記憶が波の様に押し寄せた。ゼロは自分の両手を見ながら呟いた。
「思い出した・・・全てを・・・」
28年前のあの阿蘇での事が蘇っていた。ゼロポイントを脱け出たゼロはフェイズⅡと対峙した、それはまさしく今と同じように・・・。ケイはゼロの姿を見ながら目を伏せた。
「雄ちゃん・・・あなたも思いだしてしまったのね。やはり死を目の前にして思い出す・・・私もそうだった・・・」
今となっては、雄多郎の言葉がフェイズⅡには通じないという事をゼロが一番よくわかっていた。それはゼロ自身がプログラムしたからわかる事だった。
「あの日、俺は負けたと思った。しかし、負けたわけではなかった。相打ちだんたんだな。細胞レベルをなくした俺は分子レベルで、ある女性に寄生した。それが母だった。これは俺が生まれ変われるかどうかの賭けだった。俺は新生児として再生する事ができた。だがそれと引きかえに母の命を奪ってしまったのだ・・・」
ゼロはうつむいたが、顔を上げてケイを見た。
「正かお前も、そうやって生き延びていたとは驚いたよ。しかし、生まれる以前の記憶がいっさいなくなっていたとは思わなかった・・・お前が思いださなければ俺も思い出す事はなかった・・・こんな事がなければ思い出す必要もなかった・・・」
「あなたは私を思いださなければよかった・・・」
「そうかもな・・・でもこれが現実だ。俺とお前の・・・」
「雄ちゃん、あなたは私を殺せるの・・・?」
「お前と同じだ。俺は雄多郎だがゼロでもある。躊躇はしない」
「そう・・・私とあなたはやはり、こうなる運命だったのね・・・」
ゼロは身構えてから腰に手をやったが、武器がない事に気付いた。
「雄ちゃん。今のあなたに勝ち目はないわ。今のあなたには無理よ。私はあなたにプログラムされたままに使命を果たそうとしているの。あなたと私の目的は同じ、殺し合う必要はないわ。一緒に新たな世界を作りましょう」
「それは無理だ、我々はそのプログラムを間違えてしまった。間違えたものは正さなければならない。それはお前を殺すしか方法はない」
そう言ってからゼロは動きを止めた。ゼロは動けなかった。目から涙が溢れ出る。雄多郎が泣いていた。雄多郎はゼロ自身だが、ゼロの記憶は今蘇ったもの、雄多郎として生きてきた自分が今の自分なのか、ゼロとして生きていた遠い過去の自分が本当の自分なのか、わからなくなっていた。雄多郎は自らが創り出した者を失敗だからといって処分しょうとする行為に納得していなかった。ユウカとの思い出はそれだけ雄多郎には鮮烈に残っていた。雄多郎は共存の道を求めていた。しかし、今まで何万人という犠牲者を出し、この先も人類を根絶やしに追い込むフェイズⅡとの共存の道はないという事も理解していた。ゼロは思った。人の生まれ変わりとは厄介なもので、生まれる以前の記憶があるという事は、自分自身が多重人格になったか、あるいは一人が二人分の心を持った様な奇妙な感覚にとらわれていた。戦いたくない心が涙となり、体はフェイズⅡを倒す為に動き出す。 「そうね・・・今となってはあの時の決着をつけるしかないのね」
ケイの体から又もオーラが出始めた。ケイを包むオーラは鋭い何本かの触手となり、ゼロを貫く為の準備を始めた。ゼロは長期の戦いが不利である事を認識していた。武器のないゼロがフェイズⅡに勝つ為の方法は一つしかなかった。
「カガミィィィィィー!」
ゼロは叫んでいた。カガミはゼロの呼び掛けに全てを察知していた。カガミは震える指で腰のバックルを開いた。バックルの中には金色に輝く一つの弾丸があった。壁に打ち付けられたままのカガミは、傷ついた体に鞭を打つ様に動き、金の弾丸と武器の棒を足元に落とした。今のカガミにはそれが精一杯だった。それを確認したゼロはカガミに向って走り出した。ケイから伸びる触手は、走るゼロの足元を問わず何本も襲い掛かる。光の触手は地面に突き刺さり、穴を開けていく。ゼロは素早くそれをかわしながらカガミへと向った。ゼロが走り抜けた後にはいくつもの穴ができ、瓦礫を階下に落としながら噴煙をあげた。カガミに辿り着く寸前、一本の触手がゼロの脇腹を強く打った。ゼロは前のめりに倒れ込み、カガミの真下に転がった。光の触手はゼロの右足首に巻きつき、そのままゼロを逆さに吊るし上げた。逆さまに宙吊りになったゼロは少しの間もがいたが、すぐに動きを止めた。触手はケイの側までゼロを連れてくる。逆さのゼロとケイは1メートルの幅で向き合った。ケイは無表情で言った。
「雄ちゃん。今度こそさよならね・・・」
ケイから発生する数十本の光の触手が、ゼロをずたずたにつらぬき、引き裂く為にざわざわと虫の群れの様にゼロに向って一勢に伸びようとした時、ケイの表情が変わった。ゼロの手の中に棒と金色の弾丸があった。ゼロは素早く銃の形に変えてから金色の弾丸を銃に装填した。瞬時の早業だった。
「さようなら・・・」
それはゼロであり雄多郎である、まぎれもない二人の言葉であった。ケイが触手でゼロをつらぬかんとするより一瞬早く、ゼロは銃の引き金をケイ目掛けて引いた。弾丸はケイを包む光のオーラを完全に突き抜けケイの胸に撃ち込まれた。ケイは白のワンピースの胸に拡がっていく紅を見ていた。それからゼロの方を向いた。ゼロは初めてケイの笑顔を見た気がした。ゼロの足首を掴む触手が消滅してゼロは床に落ちた。ケイが消えていく。ケイは細かな分子となり空中に消えていく。それはあまりにも呆気ない最後だった。ケイが消えていくのに数秒もかからず、その後再生能力を奪われたケイの肉片や臓器が大量の血液と共に白い床に散乱した。床に倒れたまま足元に流れ来る紅い血を見ていたゼロは仮面の下で泣いていた。あの美しかったケイが、あの日のユウカが無残な肉片となり消え去った事が悲しかった。雄多郎は泣いた。そしてゼロも。自らが作り出したものが招いた多くの悲劇に。そしてあまりにも多くの被害者を出した事に泣いていたのだ。長かった争いも今終わった。雄多郎とゼロの中で多くの痛みをともない終わりを告げた。後ろでカガミの呻き声が聞こえた。ゼロはカガミの側へ行き、静かに支えて壁から降ろした。素顔のカガミは痛みを堪えながらゼロを見て言った。
「あんたがあのゼロだったとは・・・驚いたよ」
ゼロはそれには答えずにカガミの手当てをし、傷口に止血テープを貼っていく。
「俺が最後の武器を持ってる事、よくわかったな」
「カガミがあの時おしえてくれたじゃないか、フェイズⅡを倒す武器がスーツに組み込まれてるって。あの時は未完成だったけど、あれから30年近く経ってる、フェイズⅡを完全に倒す武器は必ず完成しているとは思っていたよ」
「そうだったな。でも一発しかなかったから冷や冷やしたよ。あれを外せばもともこもなかったからな」
「そうだな・・・」
「それより、こんな所にいていいのか?」
「えっ?」
「もう間もなく、ケイの歌が配信される」
ゼロは思い出して慌てて立ち上がった。
「あんたやっぱり、早見、早見雄多郎だ。間違いなく早見だよ」
カガミの言葉には親愛の情が込められていた。
「そうだよ。何いってるんだ。俺は間違いなく早見雄多郎に決まってるだろう」
ゼロは倒れているマリ子を見た。
「大丈夫だ。彼女は俺が見ている。急いで行ってくれ」
「わかった。たのむ・・・俺、できるかな・・・」
「できるさ、簡単な事さ。あんたは伝説のゼロでもあるんだぜ」
ゼロは遠くを見てから数秒して、カガミの前から姿を消した。カガミは咳き込んで肩で何度も荒い息を繰り返した。
「ありがとう・・・ゼロ・・・早見雄多郎・・・」




