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第3話

 走るパトカーの後部座席に、雄多郎と長塚は座っている。雄多郎は長塚に事件の経緯を説明した。長塚は黙って聞いていたが、口を開いて雄多郎に質問した。

「男の顔を見たんだな?どんな顔だった?」

「いい男でしたよ」

実は男の顔を見たのか、ハッキリとは憶えていなかった。なんとなく見たような気がしただけなのかもしれないが、ここでよく分からないなどと言うと、長塚からの情報が得られなくなるので一応憶えているという事にした。

「この後、署で似顔絵作りに協力してもらうぞ」

「まかせてください警部。ところであの女性の事を詳しく教えてくださいよ。ね、いいでしょう?」

「俺様は今から独り言を言うぞ。ただの独り言だがな・・」

「警部、いいんですか?」

さっきから長塚と一緒にいた若い刑事が、運転席から後ろを振り返り言った。

「いいんだよ、お前は黙ってろ。女は酔っ払いだ、本当の聴取は明日だ」

「彼女はだいぶ酔ってたんですか?」

雄多郎は少し残念に思った。酔っ払いの証言は不明確な点が多い。

「そうだ、かなりの泥酔状態だ。さっきも今ひとつピントが合っちゃいなかった」

「彼女と安藤の関係は?あっ、その前に彼女の事を教えてください」

「名前は吉田(よしだ)京子(きょうこ)22歳、家事手伝い、まぁただのフリーターだ。安藤の事は知らないが、何度か最寄の駅で見かけた事はあるそうだ。今日は短大時代の仲間数人と3件ほど飲み歩き、終電に乗って駅に着いたが、あいにくタクシーがいなくて歩いて帰ることにした。雨の日はタクシーも繁盛しているからな。かなり酔ったらしく千鳥足で歩いていると、後ろで人の気配を感じた。彼女は急ごうとしたがなかなか足がもつれて前に進まない。この近づき方は間違いなく痴漢だと思い怖くなった。急いでいるけど速度はあがらない。後ろの足音が、すぐそばまで来たので振り向くと駅で見かける男だった。小雨で濡れていた安藤の目は赤く充血していたようだ。それから安藤は変ったそうだ」

雄多郎は冗談交じりで言った。

「オオカミにですね」

「そうだ狼にだ」

「男は本当にみな、オオカミですからね」

「そうじゃねぇ、本物の狼にだよ。あの昔の映画に出てくる狼男に変っちまったそうだよ」

長塚は半分ヤケ気味にそう言った。

雄多郎は思わず吹き出して笑ったが、段々と腹が立ってきた。馬鹿にされているような気がしたからである。雄多郎は半分笑いながら半分はムッとして長塚に言った。

「もう冗談はいいですから真面目に答えてくださいよ警部、お願いしますよ」

「バカヤロウ!」

長塚のどデカい怒鳴り声が車内に響いた。思わず雄多郎は両耳を押さえた。

「いいか、今の話はついさっき、吉田京子から聞いた話だ。こいつも聞いてたんだ」

長塚は運転席の若い刑事を指差した。若い刑事もうなずきながら言った。

「まぁ、だいぶ酔っていたんで幻覚を見たんでしょう」

「そんな事はお前に言われなくても分かってるよ、腹立つなー」

雄多郎は長塚をなだめながら言った。

「警部、彼女が酔っていたという前提で、続きを聞かせてください。お願いします。もう話しの腰を折ったりしませんので・・」

長塚はフンと鼻を鳴らしてから続けた。

「狼男に変身した安藤は彼女に跳びかかり、押し倒した。倒れた彼女は背中の痛みと恐怖で段々と気が遠のいていった。狼男、いや安藤が彼女に覆い被さった次の瞬間、安藤は彼女の横に1メートルほど吹っ飛んだらしい」

「なぜですか?」

「遠のく意識の中で彼女は見たそうだ」

「何を見たんです?」

長塚は自分でこれ以上は言いたくないようで、前の若い刑事に向かって言った。

「おい、お前が言え」

若い刑事は後ろを振り返らずに雄多郎に言った。

「テレビの仮面ヒーローが立っていて安藤の腹を横から蹴り上げたそうです。ほとんど意識は無くなっていましたが、仮面ヒーロー対怪人の戦いは続いていたそうです」

「どんなヒーローだったんですか?」

若い刑事も半分面倒くさそうに言った。

「なんせ酔っ払いの言う事ですから・・昔からテレビでやってるヒーローものの主役ですよ」

雄多郎はあまりにも現実離れした話に面食らったが、長塚に聞いてみた。

「警部、安藤を殺ったのはその仮面ヒーローでしょうか」

「外傷は無かった。死因は心臓発作だと言ったろう。まぁ彼女の話が半分としても、お前さんが現場近くでぶつかった男も少し気になる、確かにもう一人いたという事だからな」雄多郎は思った。(彼女の悲鳴が聞こえてから、男とぶつかりながらも彼女の元に行くのに2分とかかっていない。ヒーローの格好からあの服装に着替えるのにはあまりに時間が無い。黒のコートの下には確か黒のタートルネックだったはず。それに奴は手ぶらだった。まさか、奴も変身したのでは・・)

雄多郎は自分の考えのバカらしさに苦笑した。パトカーの窓を叩いていた雨も小降りになり、ほとんど上がったようだ。パトカーはM中央署の玄関に入っていった。雄多郎は取調べの前に長塚に言ってトイレを借りるふりをし、便座に腰をおろしてバッグからノートパソコンを取り出し記事を打ち込んだ。そして記事を局に送信した。

「午前1時半、まだ朝刊に間に合う」

雄多郎は社に電話を入れ、大沢に記事を送った事と、今から捜査に協力する事を告げた。それから事件の第一発見者として、細かく調書を取られた。男の似顔絵作りには苦労させられた。なにせ見たのは、黒い襟から見えた顔の上半分だったからである。長塚に迫られて雄多郎はかなり疲労した。M中央署を出たのは午前4時をまわった頃だった。このまま局に戻ろうと思ったが、ズボンやシャツが雨と男にぶつかった時のせいで泥だらけだった事に気づき、一度マンションに帰ってシャワーを浴びてから、社に行く事にした。パトカーで自宅マンションへ送ってもらい、ソファーに腰を下ろしてタバコを一本吸った。タバコをくわえたまま、ソファーに横になり今日の事を回想してみた。雄多郎は吉田京子の話に興味があった。(いくら酔っていたからといっても、普通の人間が狼になるなんて・・幻覚にしてもどうなんだろう。おまけに仮面ヒーローが助けてくれるなんて)雄多郎は明日、彼女に話を聞いてみようと思った。しかし今日はラッキーだとも思った。偶然にも事件現場に出くわすとは。雄多郎は明日の朝刊が楽しみだった。安堵と疲労で急激に睡魔が襲ってきた。タバコの火を消して少し目を閉じたのがいけなかった。目が覚めて時計を見ると午前8時を過ぎていた。雄多郎は飛び起きて玄関のポストから朝刊を抜き取った。慌てて朝刊を広げた。雄多郎の記事は出ていた。雄多郎は小さく声を上げた。

「やった!」

しかし、よく読んでみると雄多郎の書いた記事と若干違う。そうだ、吉田京子の証言が抜け落ちているのだ。雄多郎は一瞬頭に血が昇って編集局に電話を入れ、サブの大沢を呼んだ。電話に出た大沢は開口一番に言った。

「早見、何やってんだよ、連絡も入れないで。取調べは終わったのか?」

「そんな事より大沢さん、俺の記事に手を入れましたね!」

「当たり前だ!狼男だの変身ヒーローなんぞ書いたら他社の笑いものだぞ」

「しかし、俺は重要参考人を見てるんですよ」

「早見なぁ、警察からの発表があった。この事件は単なる婦女暴行未遂だ。襲った男は突然の心臓発作で死亡だ」

「しかし、彼女の証言と俺の見た男は・・」

「被害者の女性はかなり酔ってたそうじゃないか、お前がぶつかった男もただの通行人かもしれない」

雄太郎は食い下がった。

「じゃぁ、俺はなんの為に似顔絵作りに協力したんですか!」

「まぁそれは、被害者の証言ではもう一人いるような話だったからなぁ。幻覚という事もある」

「もう一人事件に関係している人間はいます。俺はこの目で見たんだ」

雄多郎があまりにしつこいので、大沢はなだめるように言った。

「いいじゃないか早見、間違いなく他社を出し抜いたんだ。よそはこの件を扱っていない。お前がやったんだ、それでいいじゃないか。なぁ?それから今日お前にお客さんが来るみたいだから、なるべく早く出て来い。じゃぁな!」

一方的に大沢は電話を切った。雄多郎は受話器を持ったまましばらく立ち尽くしていた。雄多郎は納得がいかなかった。雄多郎はあの男がいなかったものとして処理される事に、我慢できなかった。雄多郎はM中央署に電話を入れて、長塚を呼び出したがつかまらなかった。自分の携帯番号を告げ、連絡を待つ事にした。シャワーを浴びたが雄多郎の心は晴れなかった。


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