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第26話

 長塚から一方的に切られた携帯を胸元に収めながら、目の前にそそり立つビルを雄多郎は眺めた。メールに記された住所は熊本市内だった。二十階建てのビル。バブル当時に建てられた物だが当時の面影は残っていない。場所も市内ではあるが交通機関が不便で高額な借り賃の関係もありバブル後は大手企業に買収もされずに残っていたらしい。数年前にユニバーサルエナジーがビルごと買い取っていた事実を初めて知った。今回の件がなければ雄多郎も気付く事はなかったはずである。廻りに高層の建物は殆ど無く開発途中でバブルの崩壊が起こったのか、本来であれば高層ビルの立ち並ぶ副都心計画があったのかもしれなかった。今では表から見れば無人のビルとしか言い様の無いほど手入れがされていなかった。会社名のプレートを入れる集合看板には一社の名前もなく、借主のユニバーサルエナジーの名も無かった。正に無人の廃ビルと言えた。秘密の隠れ家にするにはちょうどいいが響木社長一人が使うにはあまりにも贅沢である。雄多郎とマリ子は顔を見合わせたまま、二人して生唾を飲み込んだ。唾を飲んだ音が重なり二人はおかしくなった。雄多郎は思っていた。マリ子だけは何があっても無事に帰したい、雄多郎に取ってマリ子は特別な存在なのだ。響木社長の目的がわからない以上、最大限に注意して掛からねばならなかった。フェイズⅡイコール響木元一郎であれば雄多郎が最も苦手とする人物像である。阿蘇の研究所で姿を現した社長は、見た目威圧的で傲慢、その上闘争心の固まりの様な男。雄多郎が苦手とするタイプであった。安河内とは違った威圧感、口よりも先に手を出しそうな感じである。雄多郎は気が重かった。今からその様な男、いや人間では無い人工生命体と対峙しなけれがならないのだ。阿蘇の研究所よりも数倍心臓は打ち続けていた。隣にいるマリ子に(やっぱりやめよう、マリちゃん。帰ろう)その言葉が何度も出掛けた。しかし、マリ子にたしなめられる事もわかっていた。マリ子はやる気であり、詳しい事情を知らない事もあるが、マリ子は一度言ったら引き下がらない。たとえ命が危険であってもジャーナリストとしての埃を持っているのだ。二人は入口に進んだ。大きなガラス張りの自動扉が開いた。二人の到着をまるで観ているかの様に、同時に正面のエレベーターが音をたてて開いた。間違いなく二人の行動を見ている。1階フロアには誰もいなく閑散としていたが電灯は全て点灯しているので暗くはない。二人はフロアを進んでエレベーターに乗り込んだ。問答無用という感じで扉は閉まり自動的に上昇を始めた。次々と階を通過しエレベーターは20階の最上階で止まり扉を開いた。雄多郎とマリ子は不安な表情で扉が開いていくのを見つめた。目の前に現れた光景は真紅の絨毯を敷き詰めた、前方に伸びた通路だった。(真っ直ぐに進め)

雄多郎は「八ッ」としてマリ子の顔を見た。

「マリちゃん。今、何か聞こえた?」

「いいえ、何も聞こえなかったけど」

(真っ直ぐに進め)もう一度耳に直接届くその声を聞いて雄多郎は確信した。

“フェイズⅡ”フェイズⅡがその超能力を使い、雄多郎だけにに直接呼び掛けているのだ。それはテレパシーと呼ばれる物かもしれない。二人は紅い絨毯の通路を進んだ。通路の左右の壁には何も無く白で統一されていた。外観はまるで手入れされていなかったがこの20階は側面の壁といい真紅の絨毯といい、きれい過ぎるほど手が行き届いている。この階は過去にどこかの会社の上層部、重役達が使用する為に作られたと思われた。二人は塵一つない通路を進んだ。

(突き当り。正面の部屋へ入りたまえ)

マリ子には何も聞こえておらず、呼び掛けに反応する事は無かった。突き当りには観音開きの扉があり、紅い革で覆われた扉を見ただけでその重さが感じられた。よく劇場で見掛ける類の物である。雄多郎の額から汗が滴り落ちた。

「どうやら、ここみたいだね」

マリ子も緊張して頬を引きつらせている。

「雄多郎。勝手に入ってきたけどここで間違いないの・・・」

勝手にではなく、指示どうりである。

「ああ、間違いないよ。奴がここだと言っている」

「奴って、誰?」

「社長に決まってるでしょう」

「なるほど、響木社長にはそんな特殊能力も備わってるってわけね」

マリ子は響木社長がなんらかの方法で雄多郎にコンタクトを取っている事を理解した。雄多郎は真剣な表情で言った。

「だからマリちゃん。奴は危険なんだ。危ない真似だけはしないでくれ。ここを生きて帰るのが先決なんだからね」

「わかってるわよ。奴の写真が取れるだけで御の字だわ」

マリ子にはすでに緊張感は無く、そばにいる大きな獲物に対する興奮感が伝わって来た。それがいいのか悪いのか今の雄多郎にはわからなかった。それは記者の習性の様な物であり危険を忘れる危険な感覚だった。

「雄多郎。行きましょう」

「ちょっ、ちょっとマリちゃん」

不安は最高潮だった。奴が雄多郎を自身の代弁者とする為に呼んだと推測していた。だから二人に手を出す事はないとふんでいるのだが、あくまで雄多郎の推測である。はずれているかもしれないのだ。マリ子は雄多郎を差し置いて扉を開いた。

「失礼します」

マリ子の凛とした声が室内に響き渡った。

室内は最初暗く電灯が点いていなかったが、扉に近い電灯から次々に灯り始めた。室内は20メートル程の長さがあるのだろうか、会議室の様に長テーブルが口の字を縦長に作り、黒い革張りの椅子が正面と左右、廻りのテーブルに何脚づつか等間隔で配列されていた。白の壁と黒い椅子とテーブル、広い空間には白と黒しかなかった。二人は明るくなった室内を見渡して「ギョッ」とした。最初は無人かと思った室内の入口扉の真正面、二人が入って来た正面の一番遠い場所、口の字が短くなっている中央のテーブルにその人物は両腕の肘を付け、手を組み、手の甲に顎を乗せ、目を閉じていた。その人物は見間違おうはずの無い雄多郎が阿蘇の研究所で演説を聞いた、ユニバーサルエナジー社、社長の響木元一郎だった。雄多郎はあの時の威圧感を思い出し、体が固まってしまったかの様だった。その上フェイズⅡという本体を持っている。雄多郎には全く、到底太刀打ちできない未知の生物、万能無敵の生命体、そして人類獣人化計画の首謀者。雄多郎はその場を動けずに、声も出なくなってしまっていた。

「響木社長ですね。この度は東都新聞に取材許可を頂きましてまことにありがとうございます。私は中條マリ子と申します。これが社長が御呼び頂きました・・・・」

マリ子は雄多郎を見て驚いた。目を大きく見開き、口を開けたまま呆然と立ち尽くしていた。マリ子は雄多郎の側に寄り上着の袖を引いて耳元で囁いた。

「何してんの、雄多郎。しゃんとしなさい」

言葉と同時に雄多郎の尻を叩いた。その瞬間、雄多郎は我に返ってマリ子を見た。マリ子は怖い顔をして言った。

「雄多郎。大丈夫なの?」

雄多郎は顔を引きつらせながら作り笑顔で全身から汗を噴出していた。

「ありがとう、マリちゃん。大丈夫だよ」

今のは響木社長の仕業ではなく、雄多郎の恐怖心がさせた事だった。

「東都新聞の早見雄多郎です」

響木社長は今だに目も開けずに口をつぐんでいたが初めて口を開いた。

「掛けたまえ」

その声は野太く、低く地の底から湧き上がって来る様な声だった。二人は言われたとおりに社長の正面に腰をおろしたが、長テーブル五つ分の距離があり遠く感じた。マリ子は肝が据わっていた。

「写真と今日の取材を録音してもよろしいですか」

響木社長は無言のままうなずいた。マリ子はバックからボイスレコーダーを取り出し、カメラを構えて響木社長の前まで落ち着いて進んだ。雄多郎は目でマリ子を追った。

(良く来たな。早見雄多郎)

雄多郎は「ドキッ」として、響木社長を見た。口元は全く動いていない。先程と同様、直接雄多郎に呼び掛けているのだ。マリ子は響木の側にボイスレコーダーを置き録音を始め、それから社長の写真を取り始めた。

(俺の頭に直に話しているのか)

(そうだ。早見雄多郎)

雄多郎は響木を凝視した。

(俺の言葉が聞こえている)

(そうだ。全て聞こえている。お前の心の声もこの女の心の声も全て聞いている)

(人の心を勝手に読むのはやめてくれ)

(そうか?都合の良い事もある。この女はまだ我々の計画を知らない様だな。知らない者は何も知らないまま死んで行くのが良いとは思わないか、早見雄多郎)

「クッ!」思わず雄多郎の口から漏れた。マリ子は色々な角度から写真を取り続けたが、今だに響木は目を閉じて手を組んだままである。

(俺を呼んだのは当然、取材や御詫びの為じゃないんだろう。俺をお前の代弁者として利用する為なんだろう。安河内の言っていた事を公表して人類を降伏させ、お前の足元に膝ま就かせる、そうなんだろう。違うか)

(違う)

(へっ?違う?何が違う!)

(私は人類に計画を伝える気等、毛頭ない)

雄多郎の頭の中に疑問と恐怖がうづ巻いた。代弁者でないとすれば、なぜ自分を呼ぶ必要があるのか、単に計画を知った為に処分されるのか。雄多郎はあせっていた。

(そうあせることはない。だがお前の読みは正しい。そう、お前は知る必要の無い事を知ってしまった。お前は本社で死ぬべきだったのだ。又は獣人になるべきだった)

雄多郎は絶望感に襲われた。何をやっても無駄であり、心はすでに読まれている。行動のしようも無いのだ。奴は計画をすでに実行していた。翌々考えれば雄多郎を代弁者にしなくとも計画は進み、人類が気付いた時には、いや気付く暇も無く獣人化して殺し合いを始めるのだ。人類に伝える事は奴にとっては無意味、雄多郎は自分のバカさ加減を呪った。

こんな所にマリ子を連れて来た事を。マリ子が数枚の写真を取り終えて雄多郎の隣の椅子へ戻って来た時、雄多郎の顔は真っ青になっていた。先程の大汗は引いて、今度は逆に体は冷たくなって来ていた。

「雄多郎。気分でも悪いの、大丈夫?」

二人は目を合わせた。雄多郎は力無く微笑み掛け、次に響木に厳しい表情を向けた。

(たのむ、俺はどうなってもいいんだ。彼女だけはここから無事に帰してくれないか。彼女は計画の事は知らない。たのむ!)

響木はそのままの体勢を崩さずに口の端を上げて鼻で笑った。目はまだ閉じたまま、今日初めて違う表情を見せた。

(早見雄多郎。それこそ無意味というものだ。ひとつ面白い話を聞かせてやろう。宇津木ケイの曲を知っているな。お前も研究所で聴いた曲だ。あの曲は完全なアレンジを施して完成した。完璧だ。お前も見ただろう、あの曲を聴いて完全な獣人の姿に変化する被験者の姿を)

(いや、完全では無かった。獣人化しない人間もいた。お前の作った物は人間の欲望や闘争心に反応している。だから新井は・・・新井は未完成のCDでも獣人化してしまったんだ。人一倍闘争心が強かった新井は・・)

(そうかもしれんな。しかしその事に何の意味がある。獣人に変化せずとも襲われれば闘うか殺されるかの二つに一つなのだ。闘争心ある者は獣人化し、無き者な死を迎える。計画に何の問題も無い。そしてこの世界は美しく再生するのだ)

雄多郎が以前思った事。それは人間が闘争心を捨て去る事。それはあまりにも無理な話であり、実際今、雄多郎自身が怒りに支配されていた。目の前の男をぶち殺してやりたいという闘争本能がふつふつと湧き上がってきていた。

(お前に教えてやりたかったのは、もう間もなく東京本社からケイの曲が全世界に向けてネット配信されるのだ。それもウィルスとしてな。パソコンを開いている所へは全て、好む好のばざるに係わらずケイの曲は流れ始める。全世界へだぞ。各国の政治、経済、防衛の中枢から一般家庭のパソコンまで全てだ。そして曲は繰り返し流される。この世が終結するまでな。ケイの美しい歌声で最期を迎えられる。何と幸せな人間共なのだ。早見雄多郎、その女は返してやってもいいが、このビルを出た途端、獣人の餌食になるのは目にみえている。だから無意味と言ったのだ。わかったか!)

雄多郎は怒りで頭の中が熱くなった。冷静さを失っていたのだ。両方の手の平でテーブルを強く叩いて立ち上がった。勢いで後ろの椅子も激しく倒れた。

「ふざけるなぁー!、そんな事させるかぁー人間をなめるなぁー!、フェイズⅡ!」

雄多郎は興奮して大声でまくしたてていた。マリ子は突然の雄多郎の行動にたじろいだが察知するのも早かった。響木を見た。

「響木社長。あなたには口がついてますよね。そんな卑屈な手を使わずに堂々と自分の口からお話されて下さい。それとも、話方をお忘れになったんでしょうか!」

「マリちゃん!」

雄多郎はマリ子の声で我に返り自分が冷静さを失っていた事に気がついた。そして自分が取った言動を痛烈に後悔した。マリ子の言葉は強く、きつかった。男の機嫌を損ねるには十分だった。響木は今日会って初めてその目蓋を開いた。大きく目を見開き、太い眉は吊り上り、口元は逆三角形に変形し長い藻見上げの近くまで動いた。笑っているのか怒っているのかわからない、割れた顎が不気味に上を向いた。そして何とも表現しがたい表情に変えた次の瞬間。マリ子の頭が椅子の後ろに垂れて止まった。

「マリちゃん、マリちゃん」

雄多郎は強くマリ子の肩を揺すって名前を呼んだが、マリ子に反応はなかった。胸に耳を当てた。かすかだが心臓の鼓動は聞こえ、一瞬安堵したが。

「マリ子に何をしたぁー!。彼女に手を出したら絶対に許さない。お前を殺す」

響木は口を開き、声に出して言った。

「外野がうるさいので少し黙ってもらっただけだ。心配するな死にはしない」

雄多郎は怒りと後悔で全身が震えた。そしてマリ子の名を何度も呼んだが反応はない。

「もうこんな所はたくさんだ。彼女を連れて帰る」

響木を思いっきり睨みつけてから意識の無いマリ子の肩を抱いて椅子から立ち上がらせようした。と同時に今日初めて響木も椅子から立ち上がった。

「早見雄多郎よ。勘違いしてもらっちゃこまる。お前はここからは出られない。知りすぎた者は死がお似合いだ」

響木は右の腕を前に突き出してから掌を大きく開いた。その顔は狂気に満ちていた。次の瞬間、響木の掌から蜃気楼のような物が発せられ、掌から先の景色が浮き上がって揺れだした。雄多郎には考える余裕も無く、突然誰かに首を掴まれた気がしたが、それが響木の仕業である事はすぐにわかった。響木の手の動きが何かを掴む様な動きに変っていたからだ。雄多郎は息苦しさに両手を首に持っていった為にマリ子は床に倒れこんだ。雄多郎の目の前は蜃気楼の様に揺れ動き、やがて雄多郎を包み込んでいく。首が少しづつ絞まり続け声を出す事もできず、もがいたがどうにもならない。やがて床から足が浮き上がった気がしたが、現実だった。体は床から1メートル程浮き上り、そして早い速度で後方に押されて、背中を扉の横の白い壁に強く打ちつけられた。強い力で背中はぴたりと壁に張り付き、自分ではどうする事もできず宙吊り状態である。首は絞まり続け意識は朦朧としてくる。目の下に倒れているマリ子が見えた。雄多郎はこの数日間、幾度となく危険な目に遭い生き延びて来たが、もうその気力を奮い立たす状態にも無かった。もうすでに意識は消え掛け、雄多郎の生にも限界がきているのかも知れなかった。

“ドーン!、ガラガラガラガラ、バーン!”

雄多郎の耳に激しい破壊音が響き渡った。部屋の中央、それは響木と雄多郎を対角線で結ぶちょうど真中辺り、口の字に並んだテーブルの中で起こった。突然、天井のコンクリートの壁が轟音とともに抜け落ち、天井に直径2メートル程の穴を開けた。落ちたコンクリートの破片に大量の埃が舞い、抜けた穴から外の陽の光が差し込んだ。陽の光は舞い散る埃の中に立ちつくすカガミの姿を写し出した。青いスーツを全身にまとい、胸部の甲冑が黒く輝いて見える、仮面はカガミをイメージするかの様にクールに光った。瞬間、雄多郎の首を締め付けていた物が消え去り、空中での拘束から解放され落ちて倒れた。カガミと響木は対峙した。響木はにやけてから目を大きく見開いてから言った。

「待っていたぞ、ゼロ。いやお前はゼロの偽者だったな。そこに倒れている男を呼んだのもお前をおびき寄せる為の手段だったのだ。まんまと罠に落ちたな」

雄多郎はカガミの登場にどこか期待していたが、響木の言葉に愕然とした。自分を殺す事が目的では無かった。自分を餌にカガミをおびき寄せ、邪魔者のカガミを始末する事が目的だったのだ。雄多郎は今だ荒い息を吐きながらカガミを見て、又も自分の無能さを呪った。マリ子どころかカガミまで危険な目に遭わせているのだ。

「す、すまない。カガミ・・・・」

雄多郎の目に悔し涙が滲んだ。カガミは少しだけ顔を後ろに向けて言った。

「早見。お前に付き合うのも、もう馴れたよ。それに今度はお前には感謝している。やっとフェイズⅡの居場所を突き止められたんだからな。俺は正直うれしいんだぜ」

「強がりはやめろ。貴様ごときがこのフェイズⅡに太刀打ちできるものか。ここで死ね。それがこの世界の為だ。ゼロの偽者よ」

響木は今度、両腕を前に突き出し両方の掌を強く開いた。先程よりも強力な蜃気楼現象が発生しカガミの体を一瞬にして包み込んだ。カガミの廻りのビルの破片と鉄の棒や埃が嵐の様に宙を舞い踊り降り注いできた。慌てて雄多郎は倒れているマリ子に覆い被さった。カガミを包む蜃気楼の嵐はカガミを絞め付け動きを封じているかに様に見えた。スーツの黒がささくれたち宙に消えていく。テーブルと椅子が弾け飛び、後ろの壁に叩きつけられた。危うく雄多郎は飛んで来たテーブルを避けたが、マリ子が意識を取り戻さない限りは動きが取れないままでありる。雄多郎は大声で叫んだ。「カガミー!」

カガミは振り向きもせずに言った。

「こんなものでは俺は殺れない。ひとつ教えておいてやる。俺はゼロの偽者ではない。俺はワン(1)。ゼロ(0)の次だ」

そう言ってから、カガミは腰の棒をゆっくりと抜いた。蜃気楼の影響を請けている様子は皆無である。棒は銃に形を変え、銃身の長いまるでマグナム銃の様になり、カガミは片手で銃を構えてから響木に狙いを付けた。響木はカガミの動きに一瞬躊躇したが再度両手を強く開き、蜃気楼の動きが強くなった。テーブルや椅子が勢いを増して飛び交った。雄多郎はマリ子を庇いながらカガミを見た。より小刻みに揺れる蜃気楼の中のカガミの銃身の先に電流の固まりが集まり揺れ動いた。

「バン!」 放たれた電流の弾丸は蜃気楼の壁を抜けて一直線に響木に向った。響木の顔に驚愕と恐怖が浮かんだが長い時間ではなかった。まともに電流の弾丸は響木の胸を貫いた。蜃気楼が消え、テーブルや椅子が音をたてて床に落ちて静寂が戻った。先程の喧噪が嘘の様に静まりかえった。響木は両腕を下に垂らしてから、しばらくは仁王像の如くぴくりとも動かなかったが、目蓋を閉じたその顔からは先程の狂気が抜け落ちていた。間もなくして響木は真後ろへ崩れ落ち、仰向けに倒れたまま動く事は無かった。マリ子を庇っていた雄多郎は顔を上げた。

「カ、カガミ・・・殺ったのか・・・?」

カガミは響木を撃った体勢を崩さず言った。

「いいや・・・死んじゃいない。電圧は下げてある。気絶しているだけだ」

雄多郎はカガミの言葉が信じられずに、言葉を荒げてから言った。

「なぜだ!なぜ殺さないんだ。奴は!」

「フェイズⅡじゃない!」

雄多郎をさえぎり告げられたカガミの言葉に大きく戸惑った。

「響木がフェイズⅡじゃない?どういうことだカガミ!」

「奴こそ偽者さ。ただの操り人形。ただの人間だ」

今まで自分を苦しめてきた、ユニバーサルエナジーのおおもと、この事件のおおもと響木がフェイズⅡではない。では一体何者が?雄多郎は困惑した。

「フェイズⅡの思念波はその男からは出ていない。フェイズⅡ。俺がこちらの世界に来てから感じ取る事ができなかった思念波を、今この場所で全身で感じる事ができる。あの時感じた不快な思念波、お前を探した月日、今こそ使命を果たさせてもらう。お前はそこにいる」

カガミは今度、棒の先に大量の電流を集め始めた。銃になっている棒の先にまるでボーリングの玉ぐらいの大きさになった電流の弾丸を作り出し、その光は室内を明るく照らした。雄多郎は光のまぶしさに目を細めた。

カガミが狙いをつけている場所には何も無く、響木が倒れている数メートル後ろの壁である。大きな音と共に光の弾丸は一直線に尾を引いて壁に向った。一発目が壁を打ち砕くと同時に二発目が発射され、三発、四発と矢継ぎ早に破壊力を持った光の弾丸は発射された。壁は轟音をあげて砕け散った。室内には大量の白い噴煙が舞い上がり、一時は目を開けていられない状態になった。カガミが開けた天井の穴から噴煙が逃げ出し、少しづつ煙の量が沈静化して行く。室内はまるで今から取り壊されるビルの様にコンクリートの破片がいたる所に散々していた。カガミが打ち込んだ壁のあたりも段々と現し、雄多郎は凝視した。カガミが言うにはそこにフェイズⅡがいる事になる。壁の向こうにはもう一つ部屋があり、多くの煙が舞い向こうの様子は今だにわからない。

「やはり、貴様が本体か。フェイズⅡ」

カガミがそう言ってからすぐに向こう側の部屋に異変が起こった。風が音をたてて吹き出して来たのである。白い煙は意思を持ったかに様に一本化しだした。そしてカガミの頭上の穴から蛇の様な波状を描きながら飛び出していく。まるで穴に逃げ込む生きた蛇に見えた。室内には一粒の粉塵さえも消えたかの様にクリアになった気が雄多郎はした。そしてそこに存在する強力な力と大きな恐怖を感じずにはいられなかった。雄多郎は自分の目を疑った。白い壁が破壊され、断面を醜く露出させ、三メートル以上の大きな山型の穴を形成した。その穴の前に、全くこの場所には似つかわしくない人影があった。雄多郎は目を擦りつけてからもう一度凝視した。以前目にした時と同じ白のドレスを身につけ、ストレートの黒い髪は風に揺れていた。美しいその顔は正面に向けられ、そして閉じた目蓋が静かに開かれた。その美しさに雄多郎の心臓は鳴った。

「う・・・宇津木ケイ・・・・!」


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