第2話
救急病院の治療室の長椅子に雄多郎は座っていた。出来れば警察が事情聴取をする前に女から話を聞こうと思っていたのだ。(早く目を覚ましてくれ)雄多郎は思った。しかしその考えは見事に打ち砕かれてしまった。聞き慣れた声が病院の通路を歩いてくるのが分かった。M中央署の長塚警部である。ベテランで歳は50を過ぎた位。泣く子も黙る鬼警部。なぜか記者連中とは仲良くしない。まるで記者を嫌っているかのようで、我々にはまず情報を流さないので有名だが、一度犯罪を犯し、更生した者への面倒見の良さは今でも元受刑者が慕ってくる程、有名なのだ。まさに罪を憎んで人を憎まずという刑事の中の刑事的人物なのである。見た目はゴツいがハートは熱いというタイプだ。長塚警部は若い部下の刑事と一緒に雄多郎に近づいてきた。
「東都新聞の早見か!あんたが第一発見者だってな!」
長塚警部の声は相変わらずでかい。病院全体に響いているようだ。
「警部、男の死因は何ですか?教えてください」
「まぁいいだろう、特別だぞ」
「はい、ありがとうございます」
「心臓発作だよ」
「心臓発作?心臓発作って、あの心臓発作ですか?」
「心臓発作にどの心臓発作があるってんだよ!」
雄多郎は意外に思った。死んだ男はまだ若い。心臓発作を起こすような年齢ではないはずだ。
「男は心臓に何か病気があったんですか?」長塚警部はアゴをさすりながら言った。
「いいや、いたって健康だったようだぞ」
「じゃぁなぜ心臓発作なんか・・」
「それはこれからの調べだな」
「警部、男の身元は分かったんですか?教えてください」
長塚は満面に嫌そうな表情を浮かべ答えた。
「まぁいいだろう、明日になれば分かる事だからな。男の持っていた免許証からすぐに身元はわれた。安藤和雄、21歳。M大学の学生だ。前科は今のところ無いようだ」
その時、治療室のドアが開いて医者が出てきた。長塚は雄多郎を押しのけて医者の前へ出た。
「先生、話は聞けますか?」
「今、目を覚ましたところです。まだ少し興奮状態ですが、ちょっとぐらいならいいでしょう」
長塚がドアを開けようとした時、医者が長塚に小さな声で耳打ちした。
「だいぶ呑んでるようですな」
「酒ですか?」
医者はうなずいた。長塚と若い刑事が中へ入る時に雄多郎も一緒に入ろうとしたが、長塚が言った。
「お前はダメだ」
「やっぱり・・」
雄多郎は作り笑いをした。二人の刑事に続いて、医者も再び中へ入っていった。雄多郎はドアに耳をくっつけて中の話を聞こうとしたが、残念ながら聞こえなかった。雄多郎は待った。中の状況は全く分からなかったが、ドアが開くのにそう時間はかからなかった。中から二人の刑事が出てきたが、どちらかと言えば顔色は冴えないようだ。
「警部どうですか、話を聞かせて下さいよ。お願いします」
長塚は雄多郎に一瞥をくれただけで前を通り過ぎようとしたので、雄多郎はヤバイと思った。ここで話を聞かなければ待った甲斐が無いと思った。雄太郎は長塚の前に素早く立った。
「なんだ?」
雄多郎は迷ったが言う事にした。
「俺見たんですよ」
「何をだよ」
「現場に向かう途中、怪しい男とぶつかったんですよ」
長塚は雄多郎の肩に手を回し、少し笑いながら言った。
「お前、そういう話はな・・」
「はい」
「はやく言え!」
長塚は言うと同時に、肩に置いた手を雄多郎の前に回して自分は後ろに回り、腕で首を締め上げた。
「く、くるしいー、放してください」
雄多郎は首に回った長塚の腕をたたいた。長塚の腕はほどけた。雄多郎は荒い息で
「ハァハァ・・警部勘弁してくださいよ。もう少しで落ちるところですよ」
長塚は豪快に笑った。治療室の女性の看護士がドアを開けて、長塚を睨みながら言った。
「今何時でここをどこだと思っているんですか」
長塚は頭を掻きながら
「すいません、すいません、気を付けます」
看護士はとても嫌な顔をしてドアを閉めた。雄多郎は内心いい気味だと思いニヤついた。
「お前、今笑ったな?署に来い、たっぷり話は聞いてやるから」
「情報交換と行きましょうよ、警部」
「バカヤロウ!情報を入れるのは市民の義務だぞ!」
ドアが開いてさっきの看護士がまた睨んだ。長塚も慌てて雄多郎の背中を押し、その場を立ち去った。




