第17話
雄多郎はなるべく早く明日香をうながし、出口に進んだ。一体何人の人間がこの歌を聴くのか、そう思った時、雄多郎の心の中に暗雲がたちこめ恐ろしくなった。
(そうなのだ、これこそがユニバーサルエナジーの作戦なのだ。ただの自己啓発のCDでは多くの人間に聴かせる事はできない、しかし、前回の宇津木ケイの曲は100万枚というミリオンセラーを飛ばした、CDを購入した者は勿論、日本人口の何100万人の人間が、テレビ、ラジオ、又はインターネットを通じて聴く事になるだろう。何万人、何100万人の人間が獣人化していく可能性があるのだ。そして殺し合いが始まる、獣人か人間かどちらかが生き残るまで・・・)
雄多郎は大いなる絶望を感じながら進んだ。
響木という社長の事を考えた。なぜ、あの男にこの様なことが出来るのか、雄多郎には理解不能だった。見た目は人間だが、果たして本当に人間なのか、とても一人の人間の成せる技ではない。考えれば考える程頭は混乱して行く、だが、雄多郎はまずこの場を乗り切る事の方が先決である、一人ではないのだ、明日香がいる。早くここを抜け出さなければならない。出口付近にはまだ難を逃れた、無傷の者もいたが、ケイの曲によってすでに正気を無くしていた。雄多郎は呼び掛けた。
「おい!、しっかりしろ、この曲を聴くんじゃない、この歌を聴いちゃだめだ!」
しかし、呼びかけもむなしく反応はすでにない。獣人への変化は免れないのか、やはり、自分を変えたいと思っている向上心の強い者達の集まり、遅かれ早かれ獣人に変っていくのか。今では正気な者は雄多郎と明日香の二人だけにになっていた。
「明日香さん、いいかい、今はお兄さんの事だけ考えるんだ、もうすぐ、お兄さんに会える。それまで頑張るんだ。この曲を聴くんじゃない。いいね」
明日香は片方の耳を雄多郎の胸に押し当て、もう片方の耳を手で塞いでいた。曲の合間、獣人は動きを止め、曲はすでに最後のサビを繰り返していた。もうすぐ出口という所で、雄多郎は今までいた所を振り返って見た時、テーブルの上にはバックがあった。
(しまった!)雄多郎は自分の間抜けさを呪った。この状況に慌てた為に録画中のビデオカメラを仕込んだバックをテーブルに置き忘れていたのだ。長塚警部が言っていた証拠。
この真実を録画した証拠、この恐怖の惨劇を収めた紛れも無い証拠のビデオ、この映像があれば警察も動かざるをえない証拠のビデオ。雄多郎はくやんだ。取りに戻りたかったが、今は一人ではない、明日香がいる。心は葛藤した、ほんの5m戻るだけである。数秒間明日香を残して取りに戻るべきなのか、しかし、小刻みに明日香の体は震え、とても今離れる事はできず雄多郎は焦っていた。だから曲がすでに終了している事に気付かなかったのだ。瞬間、見詰めていたバックが消えて宙に舞い上がり、孤を描いて約10m先のステージ付近に音を立てて落ちた。最初は何が起こったかわからず雄多郎はバックの行方を追っていたが、それが曲の終わりと同時に覚醒した熊人間が、鋭く尖った爪を仕込んだ太い腕でバックを大きくなぎ払った後であると言う事がわかり雄多郎は目を大きく見開いた。先程までの動物本能のままの無軌道な動きではなく、明らかに数十体の獣人の群れは雄多郎と明日香に向いていた。間違いなく洗脳されていると分かる獣人達は、横並びにじわじわと二人に迫って来た。獣人は正に人間を殺せと命令を受けているかのごとく、二人を標的にしているのがわかり、少しづつ獣人の方を向いて後ろにさがって行くしかなかった。幸いにも後ろは出入り口のドアであり、二人はドアに背を付けた。雄多郎は後ろ手にドアノブを探し、ノブを掴んだ。ドアは右に回して通路側に開く様になっており、雄多郎はノブを回したが右にも左にも回らず、ロックされていた。予想はしていたが絶望感が突き抜けていた。(くそ、これで終わりなのか、もうだめだ・・・)
獣人は二人に迫っていた。目と鼻の先、逃げ道はない、狼やハイエナ、ワニやトカゲの様な爬虫類に変化した者、鳥類に蝙蝠や熊といった哺乳類。これら一体づつに二人を殺すには十分な殺傷能力を持ち、もう何処にも二人の逃げ場は無い。明日香が震える声で言う。
「ドア、開かないんですか・・・」
「う、うん。開かない、鍵が掛かってる」
明日香の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「早見さん・・・」
顔を雄多郎の胸に押し当てた。マリ子の顔が浮かび、雄多郎も涙した。二人は抱き合い、最悪の状況に雄多郎は無意味な言葉を振り絞った。
「大丈夫だよ、側にいるから・・・」
最後まであきらめたくはなかったが、自分というちっぽけな人間が何をどうする事ができるのか、雄多郎は痛感していた。できれば明日香だけでも逃がしたかったが、どうする事もできず、死を待つのみである。雄多郎に信仰心はないが、今は神に祈るしかなかった。
「チュイィィィィィィン」
雄多郎はその時ドアの向こうに鳴り響く音を確かに聞いた。それはここ数日間に何度となく聞いた、あの特殊な機械の音、仮面の男カガミが携帯している武器の電流がほとばしる音、雄多郎は思わず叫んでいた。
「カガミー!」
その声はドアの向こうにも確実に届く程の叫び声だった。そしてドアの向こうから機械音と共に声がした。
「ドアの側から離れろ」
間違いなくカガミの声だった。つい昨日聞いたばかりのその声はあまりにも懐かしく、雄多郎には神の声にも等しかった。明日香を抱いたままドアの横に急いで移動し、その後すぐに発光した電流の固まりがドアノブの部分を大きな破壊音と共に貫通した。光の弾丸はドアの破片を周囲に飛び散らせ獣人をたじろがせた。明日香が小さな悲鳴を上げた。
発光した稲妻の様な弾丸はドアの正面にいた、熊人間の腹部をも貫通させ、腹に大きな穴を空けたままの勢いで後ろの壁に激突して砕け散った。黒煙と共に壁に円形の型を残して、光弾は消えた。熊人間は最初何が起こったかわからず、自分のどてっ腹に大きな穴が空いているのに気付くのに数秒かかった。
腹部から大量の血を噴出しながら熊人間の巨体は大きく揺れて後ろに倒れた。稲妻の弾丸は人間カラスを撃ち落した時よりも数倍大きく、前はライフル弾の大きさだったが、今は約数十センチ大の光弾になっている、弾の大きさは自分の判断で変えられる様である。
ドアが静かに外側に開かれたが、雄多郎と明日香からは外側は死角になっていた。外側から数発の光弾が発射され、確実に周囲の獣人達に命中していく。一発くらうだけで頭は粉砕され、後方に吹き飛ぶ獣人、胴にくらえば上半身と下半身が分散した。稲妻の弾丸は次々と発射され獣人を血祭りに上げていく。
獣人は奇声を発しながら、後ろに後退していくが、弾丸は容赦なく獣人達を撃ち続けた。
そしてようやくその姿を会場内に現した、仮面の男。カガミ。棒の銃身を短めにし、銃口に電流の弾丸を作り出し、折ったグリップの部分を強く握る仕草の度に弾丸は発射された。カガミは会場に入りながらも発射を止めず、撃ち続ける。これほどの武器は雄多郎も今だかって見た事の無い、未知の武器であり、今はライフルではなくショットガンに見えた。今度はカガミが叫んだ。
「早く、ここから出ろ!」
雄多郎は武器に関心している余裕はなく、明日香は下を向いたまま体を雄多郎を預けていた。
「明日香さん!しっかりしろ、ここを出るぞ」
明日香は何が起きているのかわからず放心したまま、小さくうなずくだけだった。仮面の男、カガミを見ても何の反応も示す事はなく、今以上の恐怖をそう簡単に体験できる事ではない、獣人に比べればカガミはヒーローに見えたのかもしれない。雄多郎は吉田京子を思い出した。
(カガミは吉田京子を救ったのだ、そして俺さえも3度も助けてくれた。正にヒーローと言う名にふさわしい、だが、カガミ、教えてくれ、お前は一体何者なんだ、ユニバーサルエナジーとは何だ、響木元一郎とは何者だ、何故こんな事ができる)
疑問が渦巻く中をカガミの後ろを通って、二人はやっとの事で会場から抜け出た。カガミは光弾を撃ち続けていたが、最初ひるんでいた獣人もカガミに向かって攻撃を仕掛けてきていた。




