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第15話

雄多郎は夢を見ていた。幼い頃の夢である。母は雄多郎を産んだ直後に亡くなっていた。父親一人にここまで育てられたが、父も5年前に逝ってしまった。寡黙な男で雄太郎の中ではいい父親であった。愚痴一つこぼさず雄多郎を育て上げた。暮し向きはいい訳ではなかったが、サラリーマンの父はこつこつと勤め上げ、雄多郎に不自由はさせなかった。しかし酒が好きでよく飲んでいた憶えがある。なぜ再婚しなかったのか分からなかったが、雄多郎が東京の大学に合格して阿蘇を離れて以来、いよいよ一人になり定年退職した後は毎日酒を飲み、何をするでもなく生活していた様である。死因は肝臓癌、しかしその死に顔は安らかであった。雄多郎は東京で暮らし始めてからも父の事は気になっていたが、父が無理して行かせてくれた大学、自分の夢を父の為にも叶えなければと思い勉強した。なんとか新聞記者にはなれたものの、上手くいかない歯痒さ、今の自分自身への自身のなさが、帰郷をためらわせていたのだ。雄多郎が病床の父の元へ帰った時、父はすでに意識が無かった。自宅で倒れている父を近所の人が救急車を呼んだ時はすでに癌は全身に転移しており、手遅れの状態だったらしい。今になってみれば、男手一つで自分を育ててくれた父の人生とは一体何だったのだろうかと思う。考えてみれば父は雄多郎の為に生きていたとしか言いようがなかった。雄多郎が就職して自分自身でお金を稼げるようになり、自分自身で生活が出来る様になってから静かに死んだ。父は雄多郎がここまで生きていく事のみを望んでいたのだろうか、親とは全てそうなのだろうか、雄多郎には分からなかった。自分にも子供が出来ればわかるのだろうか?ただ、今は父に対しては深い感謝の気持ちしかなかった。正に雄多郎の為にだけ人生を費やした父に感謝をしても感謝しきれない気持ちだった。そんな父の夢、遠い過去にしまっておいた記憶が夢の中で再び蘇っていた。物心ついた雄多郎をよく酒を飲みながら、あぐらをかいた膝の上に乗せて度々父が語っていた。酔って赤くなった顔で父は楽しそうに語っていた。

「雄多郎、お前は神様の授かりものだ。子供が出来ない母さんに神様が授けてくれた。阿蘇のお山が真っ赤に染まった日、母さんのお腹にお前は生を受けた、だから神の子だ。母さんはいなくてもお前は逞しく生きていけ、わかったか」

雄多郎は父が何を言っているのか理解はしていなかったが幼い頃、父が繰り返し言っていた事は憶えいていた。母は体が弱く子供が産める体ではなかったらしく、二人は子供を作る事をあきらめていたらしい。しかし、阿蘇山が異常な発光を記録した日が一日だけあった。その発光は約一分間続き町の住民を混乱させたと古い新聞が記事を残していた。噴火の兆しではないのかと町の住民はそこそこ非難した様であるが、その一分間以降何も起こる事はなく、住民は自宅へ引き上げて行ったのである。約28年前の出来事であった。それ以来阿蘇山には何の変調も記されていない。雄多郎の父が言うには、その発光の後に母のお腹に雄多郎が宿ったらしい。しかし、詳しい事を今は亡き父に問う事は無意味であった。物心がついてきた雄多郎の自宅の近所に同い年の少女がいた。苗字が思いだせないがユウカと言う名前だった。色が白くとても可愛かったと憶えている。雄多郎とユウカは良く遊んでいた、名前に同じユウと言う字が着いているので二人はお互いをユウちゃんと呼び合い、ユウカは体が丈夫な方ではなかったので、いつも雄多郎の後に付いて廻っていた。近所のいじめっ子がユウカをいじめていると雄多郎すぐに駆けつけた。しかし、雄多郎は喧嘩が強い訳ではない、人一倍正義感だけは強く、ユウカを助けようとするのだが、すぐにいじめっ子数人に袋叩きにあった。

ユウカは泣きながら雄多郎を助けようと喧嘩に入ってきた。叩かれる雄多郎と泣き叫ぶユウカを見ながら戦意を無くしたいじめっ子たちは白けた様子で帰っていった。常にこのパターンが多かった。二人の仲の良さはいじめっ子の標的にされる事が多かったのだ。なぜ二人をここまで結び付けたのか、実はユウカにも母親がいなかったからだった。同い年で同じく母がいない、父親に育てられている、二人は同じだったのかもしれない。二人はとても仲が良かった、毎日二人は遊んでいた、毎日楽しく生きていた。しかし、別れは突然やって来た、二人が地元の小学校に入学した年の夏、ユウカは転校した。ユウカの父の転勤である。ユウカの父もサラリーマンであり転勤もしかたなかったのである。どこへ行ったのか等、今は憶えていない、二人はユウカの転校の日まで毎日の様に遊んだ、それは二人の今を確かに記憶する為だったのかも知れない。ユウカが阿蘇を離れるその日、雄多郎は学校に行かなかった、ユウカが乗る電車を見送る為である。阿蘇駅から熊本市内へ向かう列車を雄多郎は丘の上から見送った、列車の中でユウカは泣いていた、列車が丘にさしかかった頃ユウカは手を振る雄多郎を見つけた、ユウカも雄多郎に手を振った、雄多郎はユウカを見つけて駆け出した。ユウカの名前を何度も呼んだ、何度も転びながら列車に駆け寄るが列車は速度を上げながら雄多郎の視界から消えた。雄多郎はユウカの自分を呼ぶ声を聞いた気がした、顔は土と涙と鼻水でグチャグチャだった。雄多郎はその日、夕暮れまでその場を離れる事ができなかった。

「ガクン!」飛行機がエアーポケットに落ちて高度が下がった時、雄多郎は目覚めた。

ここがどこであるのか、一瞬思い出せなかった。自分が今、熊本行きの飛行機に乗っている事を思い出すのに数秒掛かった。涙が頬を伝うのを感じた、なぜ泣いているのか雄多郎は疑問に思い、手の甲で涙を拭った、そしてすぐに自分が夢をみていた事を思い出した。なぜ、今まで思い出す事さえなかった過去の夢を見たのか、雄多郎には分からなかった。しかし、今雄多郎の置かれている立場、久しぶりに阿蘇に帰ると言う感情が過去の忘れていた出来事を呼び起こしたのかも知れなかった。ユウカは今、どこでどうしているのだろうかと、昔の感情を思い出して一人で微笑んだ。雄多郎はユウカが本当に好きだった、ユウカが毎日自分のおやつを半分くれた事、雄多郎を助けようとして泣いていた顔、夢を引き金にして記憶が溢れてくる様だった。ユウカが今もどこかで元気に暮らしていてほしいと心から願った。熊本空港に到着するアナウンスが機内に流れた、懐かしい思い出を記憶の奥にしまいこみ、これから何が起こるのか何が待っているのか、雄多郎はへこみそうになる気持ちを奮い起こした。

熊本空港に到着してから雄多郎はレンタカーを借りていた。阿蘇方面へ向かう為車を国道

57号線へ進めた。阿蘇へは車で57号線を40分程度走らせることになる。阿蘇山は世界最大級のカルデラ型活火山である。九州のほぼ中央に位置しており「阿蘇くじゅう国立公園」の中にあって標高千メートル前後のなだらかな斜面からなる外輪山とカルデラ内に発達した中央火口丘群とで形成されている。阿蘇登山と言えば中岳火山見物が一番有名であり、ときおり厳しい表情を見せる地鳴り噴煙は自然の息吹を感じさせている。群生する高山植物、豊富な温泉、広大な草原と放牧牛たちは、人々の心和ませて有名な観光名所となっている。阿蘇までの道のりは混んではいない今の時期であれば紅葉見物でにぎわうのであるが、今週から降り続く雨がいつもより早く紅葉を散らしていた。平日と言う事もあり車の数も少なかった。ホームページで入手したユニバーサルエナジーの研究所は南阿蘇にあった。場所は白水村白川、名水で知られる白川水源のすぐ側である。国道57号線から国道325号線を高森方面へ向かうと白川水源地がある。雄多郎も子供の頃よく水を汲みに来た憶えがあった、年間を通じて14℃と安定しており、夏は冷たく冬は暖かい水は口当たりが素晴らしいのである。純度が高く、その瑞々しさが体の隅々にまで行き渡ると言う日本一の水と評判である。水源の池は森の中にあり、まるで守られている様で池の底には藻が群生して小さな森が幾つも育っている、その小さな森に囲まれた砂地に沸き出口があり、水は砂を吹き上げながら湧き出している。その部分は青色に染まり不思議に輝いて見える、ずっと見入ってしまう美しさであった。雄多郎は何時間もその輝きに見せられた事があった。毎分60トンの湧き水が流れ出し、やがて熊本市の中心を抜ける一級河川白川となり島原湾に注ぐと言う事である。美しい水源とユニバーサルエナジーとの組み合わせが雄多郎にはミスマッチを思わせた。携帯電話が鳴った、マリ子からだった。マリ子の声はいつもと違い沈んでいた。

「どうしたの、マリちゃん何かあったの?」

雄多郎は不安な気持ちで聞いた。

(あのね雄多郎、大沢さんがね、事故で亡くなったの)

「何だって!いつ?」

雄多郎は慌てて聞き返した。

(昨日、って言っても今日ね、深夜1時頃、自宅近くの大通りで車にはねられて・・・・即死だったみたい)

いくら嫌な男でもマリ子にとって上司である、マリ子は声を詰まらせていた、昨日まで元気だった人間がもうこの世に存在しない事が未だに信じられないのだ、雄多郎も信じられなかった。

「大沢さん、酒でも飲んでたのかなぁ?」

(昨日は九時頃局を出ているわ、ビデオを見る為にそわそわして帰ったらしいよ、飲みには行ってないと思うけど。)

「じゃあ、どうしてそんな時間に外出したんだろう、それに昨日の夜は、」

(そうよ大雨よ、都内には大雨警報がででいたの)

「どうしてそんな大雨の中を・・・」

(雄多郎、目撃者がいるのよ)

「本当!誰なの?」

(それが警官二名と女性が一名、現場の側は痴漢が多く出る場所で警官が巡回中だったの、警官が女性と不信な人影を認めて近付いた所、人影は逃走したらしくて警官は後を追ったみたいなの、ちょうど大通りを出た所に車が来て人影を跳ねた、倒れていたのは上半身裸の大沢さんだったらしいのよ)

雄多郎は嫌な予感がしていた、大沢がいくら女好きでも大雨の中を女性を襲ったりするだろうか、マリ子は続けた。

(雄多郎、記者クラブの友人から聞いたんだけど・・・・)

マリ子は何か喉の奥に物が詰まった様に言いにくそうにしていた。

「どうしたの?、マリちゃん」

(これは記事にはなってないんだけど、大沢さんは、まるで獣の様に四つん這いで逃げたらしいの、パトカーでも追いつけない速さで・・・・、警官はとても人間には見えなかったって言ってるらしいわ)

「あの時と同じだ、吉田京子を襲った、安藤和雄と、」

雄多郎は呟いた、安藤は確かに狼男に変化していたのだ、あの時はカガミが吉田京子を助けた、今回はたまたま巡回中の警官がいなければ女性は殺されていただろう、ユニバーサルエナジーの人類獣人化計画は間違いなく進んでいる、どのような方法を使って大沢さんを獣人に変えたかわからないが、確実に奴らは計画を進めているのだ、雄多郎は安河内健作のあの冷たい目を思い出し全身から血の気が引いた。そしてまだ見たことの無い響木元一郎なる人物の事を考えると恐怖が全身を突き抜け、逃げ出したい衝動にかられた。ハンドルを持つ手が汗ですべる。マリ子は雄多郎のユニバーサルエナジーへのセミナー潜入を危惧していた、できるだけ元気な声を出してマリ子を安心させた。マリ子は感のいい女なので、今世間をさわがせている事件に雄多郎が片足をつっこんでいるくらいの予想はしているのであろう。しかし、マリ子にも仕事がある、自分の仕事を放って雄多郎に合流できる訳ではない、雄多郎はマリ子が自分の様な男を心から心配してくれていると感じた。涙が出るほどうれしかった。心配するマリ子を逆に元気づけてから大沢さんの葬儀には参列できない事を告げて電話を切った。車を走らせながら雄多郎はふと思った。前回の安藤の時は目撃者はいなかった、しかし、今回は警官二人が獣人らしき大沢さんを見ている、これは大きな発展だと思った。警官は自分の見た事を錯覚だと思うだろう、いや、錯覚だと思わされるのだ。上に報告しても(大雨で良く見えなかったはずだ)等と一蹴されそれで終わらされてしまうのだ。治安を守る警察官が市民の見本とされる警察官がその様な物を見たということこそが頭の中身を疑われる、このままでは二人の警察官の目撃は間違いなく抹殺される。しかし、長塚はどうだ。長塚は雄多郎の見た新井がワニに変った事をまるっきり信じていない訳ではない、長塚自身が目撃した警官に話しを聞けば雄多郎や吉田京子の言った事に更に信憑性を感じてくれるのではないか、雄多郎は車を路肩に停車して長塚の携帯に接続した。電話口に出た長塚はいつもの大声を発した。

(早見か!お前、今何処にいるんだ!)

雄多郎は少しだけ携帯を耳から遠ざけながら

「今、阿蘇に向かっています」

(何だと、何でお前そんな所にいるんだ!)

「警部、それよりうちの大沢さんの事ですけど、目撃した二人の警官から話は聞いたんですか?」

(まだだ!それ所じゃねえんだよ!同じ様な事が昨日だけで三件起こってやがる)

雄多郎は携帯を落としかけて慌てて掴みなおした。

「何ですって!どういう事ですか?」

(殺しだよ、お前の所の大沢さんとやらは未遂だったが、別の場所で三体の死体が見つかった、被害者はどれも酷い外傷を受けている、鑑識の話じゃ死亡原因どれも大量出血によるショック死、傷口は武器による物ではなく・・・・・)

「何ですか?警部おしえて下さい」

長塚は少し間をおいてから答えた。

(まるで、何かに噛み付かれた様な裂傷があるそうだ、それにたくさんの爪で引っ掻いた様な跡が見つかってる、中には首と胴が皮一枚で繋がっていたのもあるらしい)

雄多郎は確信せずにはいられなかった、獣人の仕業であると。昨日の夜、大沢以外にも獣人に変化した人間が数人いる、そして町を徘徊している、ユニバーサルエナジーは何らか方法を使い計画を進めている。

「警部、それははっきり言ってまるで獣に襲われたと言う事ですね」

雄多郎は電話の向こうの長塚の苦渋に満ちた顔を想像した。長塚の声のトーンは最初に比べるとかなり落ちている。

(あぁ、まるでライオンや熊にでも襲われたとしか考えられないって言ってやがる)

「警部、大沢さんの現場にいた警官二人の話を良く聞いて下さい、いや、他にも目撃者がいるかも知れない。目撃者の見た事を全て信じて下さい。目撃者が言う事は全て事実です、俺の見たワニに変った新井の話もこれで信じてもらえますよね、警部!」

雄多郎はそれを一気にしゃべった為に息が切れた。

(待てよ早見、あせるんじゃねぇ、兎に角犯人を捕まえてみなきゃ話になんねぇ)

雄多郎はさっきよりも声を荒げて言った。

「何言ってるんですか、長塚警部!よく聞いて下さいよ、犯人なんかじゃない、もう獣なんです、理性なんかない、これからいくらでも人を襲い続けます、捕まえるなんて無理なんですよ、もう殺すしかないんです、もう人間には戻れないんですよ、早く上を説得してユニバーサルエナジーに踏み込んで下さい、全て奴らのやった事です、奴らを止めなければどう仕様もない!」

(バカヤロー!、落ち着け早見!慌てるんじゃねぇ、日本てっのはなぁ法治国家なんだ、警察だって組織なんだよ、何の証拠も無しに動けねえんだよ!わかったか!)

話の途中で遮られた雄多郎だったが引かずに続けた。

「証拠ならこれから探しに行きます」

(何だと!、ちょっと待て、お前さっき阿蘇にいるって言ったな、そこに何があるんだ、おい!)

「ユニバーサルエナジーの研究所があるんですよ、今からそこのセミナーに参加します」

(バカヤロー!お前は動くなと言っておいたはずだぞ、中野はどうした!)

「中野刑事がどうしたんです?」

長塚は言葉を濁しながら(何でもねぇ・・)

「兎に角、警部、ユニバーサルエナジーですよ、奴らが主犯です、間違いありません」

雄多郎は話を続けようとする長塚の携帯の接続を切った。雄多郎は落胆した。やはり警察はあてにならないのだろうか、証拠を揃える前に一体何人の人間が死んでしまうのか、気持ちは暗くなった。自分一人で何ができるのか、一人で阿蘇に乗り込んで、ただ殺されに行くだけではないのか、雄多郎はこのまま姿を消してしまいたいとも思っていた。世界中がこのままどうなっても構わない、自分には関係ないと決め込んで逃げてしまおうか・・とも。しかし、どこへ逃げるのか、逃げ場等無い事も分かっていた。自分自身さえ獣人に変ってしまう可能性さえあるのだから、逃げ場等ないのだ。人間がいない場所等この世界にはない、自分が傷付けるのか、傷付けられるのか二つに一つしかないのだと。ただ、今はマリ子の事を思い出し気持ちを奮い起こすしかないと言う事も・・・雄多郎は再び車を発進させた。


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