第13話
雄多郎は、手摺りの上から飛んだ時、大きな悲鳴をあげた。昔から高い所は苦手である。飛行機も嫌いだし、観覧車等絶対に乗らない。まして今はやりのバンジージャンプにいたっては、やってる人間がまさに別世界の人間の様に思えた。
雄多郎は、叫びと共にすぐに目を閉じた。地上に叩きつけられるのに数秒とはかからないだろうが、雄多郎はほとんど失神状態であった。特に男は女性に比べて弱いらしく、飛行機事故においても、墜落の途中で殆どの男が気を失ってしまうらしい。とにかく、雄多郎も半分気を失いかけていた。激しい風と落下の恐怖は一瞬であった。飛んだ瞬間からどれ位の時が経ったのか、耳元で雄多郎を呼ぶ声がした。目を閉じたままだが、体に重力を感じる、自分を支える物が下にある事を少しづつ感じた。恐る恐る目を開いていく、目の前に写る景色は全く別物だった。
上空には橋が見える。どうやら橋の下にいる様で、すぐ横を川が流れている。雄多郎は橋を支える白いコンクリートの柱に背中をもたれていた。下に敷き詰められている砂利が冷たく、ひんやりしたが、気持ちは悪くない。興奮した体を冷ましてくれる様だ。辺りを見廻しながらつぶやいた。
「どうしたんだ、一体、ここはどこだ?」
先程のユニバーサルエナジー本社の下には川も橋もなかったし、オフィス街であった。
今は郊外といった風景である。すぐ横の川で男が自分の肩の傷口を水で濡らした。ハンカチで傷を拭っている。
男はすでに仮面の男ではなく、人間の姿に戻っていた。肩の傷口に何か白いシップの様な物を貼り付けている。
「おい、助かったのか?俺はどれ位気を失っていたんだ?」
男は雄多郎を見ながら言った。
「一分と経ってはいない」
「なんだって、冗談はよせ、ここはどこだ」
雄多郎は勢い込んで男に聞いた。
男は面倒そうに答えた。
「あの場所からは20キロは離れている」
「バカな、さっき一分と経っていないと言ったじゃないか」
「瞬間移動したんだよ、テレポーテーションと呼ばれるものだ」
「はぁ?そんなSFじゃあるまいし、そんな事信じられるか」
男は雄多郎の側に近付きながら
「別に信じなくて結構だ、この事は忘れるんだな。誰かに言っても信じちゃもらえないだろうけどな」
雄多郎は色々な事を思い出した。この男に聞きたい事が山ほどあったのだ。雄多郎は立ち上がり、男の胸元を掴んだ。
「おい、奴らは何者なんだ。安河内の言っていた事は本当なのか?それに、あんたは誰なんだ、教えろ!」
男は雄多郎の手を振りほどき、雄多郎の顔面に拳を一発見舞った。雄多郎はぶっ飛んで、砂利の上に倒れた。
「二度も三度も命を助けてもらった者にする態度か。それに貴様には関係ない。これ以上立ち入れば本当に命を落とす事になるぞ!」
雄多郎は鼻血を出しながら、上半身を起こした。鼻血を拭いながら
「関係ないだと、お前が殺したワニは俺の仲間の新井だったんだ。それにさっきのライオンやカラスも元はと言えば人間じゃないか、一体何人殺せば気が済むんだ」
雄多郎は口から血を吐き捨てながら言った。
「奴らはもう人間ではない、人間には戻れない、もう人間の意志など無いのだ。正に野獣なのだ。その上洗脳されて操られている、倒すしかないんだ」
男の顔に少し悲しみが宿った。仮面の上からでは読む事が出来ない顔である。
雄多郎は男が平気で人間を殺している訳ではないという事を少し感じた。
「あんたは、人間か、それとも・・・」
男は少し顔をほころばせて言った。
「おい、おい、俺は宇宙人でも何でもないぜ、あんたと同じ人間だよ。但し、この世界の人間じゃない」
「この世界じゃない、じゃ、どの世界だ」
「話をしてもあんたも信じられないだろう。とにかく、これ以上首を突っ込まないで欲しい。我々の問題だ」
雄多郎はムッときたが、堪えた。
「この世界がなんだかおかしい訳だから、無関係とは言えないんじゃないかなぁ」
「大丈夫だ、俺が解決する」
「あんた一人で?」
「そうだ、一人でだ」
雄多郎は友好的に言った。
「俺も協力させてくれないかな」
「いや、結構だ」
「俺も新聞記者のはしくれだし役に立つよ、なぁ、協力させてくれよ」
男は厳しい目を雄多郎に向けた。
「“フェイスⅡ”をなめるなよ、奴に立ち向かえるのは俺だけだ!」
「フェイスⅡ!」
男はしまったと言う様な顔をして、空を見上げた。
「フェイスⅡってなんだ?そいつが獣人化計画のおおもとなのか?」
男は雄多郎の質問には答えずに立ち去ろうとして、背を向けた。
「待ってくれ!」
雄多郎は叫んだ。
男は背を向けたまま立ち止まった。
「本当にそうだな、何度も助けられてお礼も言わないなんて、本当にありがとう」
男は再び歩き出した。
「俺は早見、早見雄多郎、東都新聞の記者だ、あんたは?」
男は歩きながら振り返らずに言った。
「カガミ・・・」
雄多郎はカガミと名乗った男の遠ざかる背中を座り込んだまましばし見ていた。
思い出して、雄多郎は叫んだ。
「おい、肩の傷大丈夫か?」
カガミは振り返らずに手を上げた。
雄多郎は思った。奴の言った事は本当である、こんなことは誰も信じはしないだろう。人類獣人化等、正に信じがたい話、しかし、この目と耳で聞いて、見た事を信じない訳にはいかない。これはスクープ等のそんな小さな問題ではないのだ。なんとかしたい、なんとかしなければ。雄多郎はポケットから取材ノートと書かれた小さな手帳を取り出し、ページをめくった。12日阿蘇の研究所にてセミナーと書かれている。
「じゅ、12日!」
雄多郎はノートを顔面に近づけてうなった。
「12日って明日じゃないか、気が付かなかった、局に戻らなくっちゃ」
響木元一郎に会わなければいけないと思った。この恐怖の計画の実行者、明日研究所で何が行われるのか。先程、カガミが言った“フェイスⅡ”とは、奴の事なのか、とても人間とは思えない響木社長とは何者なのか、阿蘇へ行けばわかると雄多郎は思った。
雄多郎は重い腰を上げた。もう何があっても驚くまいと今度こそ思った。恐怖心はあったが、マリ子の事を思うと前より恐怖を感じない。マリ子が獣人に殺されたり、獣人になってしまう様な事は、絶対にさせない。絶対に阻止しなければと思った。今は恐怖よりその気持ちの方が勝っていた。鼻血を拭ったがすでに固まり、失血は止んでいた。
局に戻った雄多郎の顔を見たマリ子が、少し驚きの表情をした。マリ子が自分の席を立とうとするのを、手を上げて制しながら、雄多郎は早足で大沢のデスクに向かった。
大沢は雄多郎の顔を見るなり言った。
「何だ!早見、その顔は、ひでぇな」
「サブキャップ!聞いてください!」
「いいから、お前鏡を見てみろ」
大沢は引出しから手鏡を取り出して、雄多郎に投げてよこした。雄多郎は手鏡を落としそうになって慌てて受け止めた。大沢は自分の格好には人一倍気を遣う方である。歳は40近くで、腹は出てきている上に、頭髪も年々薄くなってきている。しかし、それには気付かず、自分は今ももてると勘違いしているのだ。プレイボーイを気取って、未だに独身で昔は随分もてて遊んでいた為に婚期を逃したと言っているが、本当の所はわからない。よく見かけるのは鏡で自分の顔を何分も見ている所だ。女性社員は気持ち悪がってあまり近付かないが、当り障りの無い対応をしていないと後で報復に出られてしまうのだ。以前も自分が気に入った受付の女子社員へ声を掛けたが断られた為に、社内にその子の男性関係について根も葉もない噂を流し、その子を自主退社へ追い込んだと言う過去がある。しかし、噂の出所が大沢であると言う証拠は無い。しつこく付きまとっていた所を何人もの社員が目撃している。九分久里間違いないと誰もが思っているのだ。
雄多郎はその内一発ぶん殴ってやろうといつも思ってはいるが、そんな大それた事を自分ができる訳がない事もわかっていた。大沢の鏡を見て雄多郎は内心びっくりした。
ユニバーサルエナジーへ行ってから、自分の顔等見てもいなかったが、まず頭髪が爆発していた。走ったり、転んだり、おまけにビルからも飛び降りた。当然である。顔の汚れもひどかった。おまけにカガミに殴られた鼻の下にはまだ血がこびりついていた。
ここに来るまでにタクシーの運転手や受付が変な顔をしているのも頷けた。
しかし、雄多郎はそれ所ではなかった。
「大沢さん、明日阿蘇へ行かせて下さい」
「阿蘇!阿蘇ってあの熊本の阿蘇山か?」
「そうです、その阿蘇です」
「何の為にそんな所へ行くんだ」
「ユニバーサルエナジーが明日、阿蘇の研究所でセミナーを行うんです。明日は大変な事が起こりそうなんですよ」
大沢はもううんざりという顔で
「おまえなぁ、いつまでそんな事をやってるんだよ、東都新聞はなぁ、お前にタダ飯を食わせてる訳じゃないんだぞ、お前にはやる事が山ほどあるんだからな。そんな所行ける訳ないだろ。ユニバーサルエナジーについて、警察からの特別な話は何も入ってないしな、お前バカじゃないのー」
大沢がそう言うだろうと覚悟はしていたが、あまりにも予想通りな答えに雄多郎は肩を落とした。
今まで見てきたことを話しても大沢は信じないであろう。自分が大沢の立場であれば、やはりそうなのかもしれない。雄多郎は予定していた言葉を続けた。
「わかりました。では休暇を下さい。俺は有休を消化していません。阿蘇は俺の田舎です。里帰りします。それなら文句は無いでしょう」
大沢は必ず何らかの理由をたてて、認めないと思っていたのだが、大沢の答えは雄多郎の予想していたものと違っていた。
「だめだ、と言いたい所だが、まぁいいだろう、特別に認めてやる。行ってこいよ」
「サブが何と言おうと俺は休暇をもらいますよ!」
「だからやると言っとろうが」
「へっ?」
雄多郎は大沢の言葉が信じられなかった。
「本当ですか?」
「しつこいぞ、どこでも好きな所へ行ってこい。だがな、早見、それなりの結果が出せないと、お前もそろそろやばいぞ。今後の身の振り方も考えておけよ」
大沢はそう言うと、椅子を回転させて雄多郎とは反対方向へ体を廻した。もう話は済んだという事である。雄多郎は複雑だった。自分自身が社に何の期待もされていないという事が。しかし、そのお陰で休暇も取れた。この事件は、小さな話ではない。迷っていてもダメなのだ。どうせ行かせてくれなくても勝手に行くつもりだったのだからと、雄多郎は気持ちを切り替えて自分のデスクに戻った。
雄多郎のデスクの側でマリ子が心配そうに雄多郎を見つめて立っていた。雄多郎はマリ子に掛ける言葉が中々見つからず、頭を掻きながら、笑顔でマリ子に近付きながら
「ちょっとやぼ用で休みが欲しくってさぁ、サブの奴珍しく簡単にOKをくれたよ。なんだか気合を入れた分、拍子抜けしたよ」
マリ子は雄多郎ごしに大沢を見ながら言った。
「多分あれね」
そう言われて雄多郎は大沢を振り返った。
大沢のデスクのすぐ横にテレビがあり、芸能番組を写し出していた。画面には若い女性が歌っている場面が写し出されている。右下のテロップには「幻のシンガー宇津木ケイ、第二弾シングルいよいよ登場!」と出ている。透き通るような白い肌、大人びてはいるが幼さを残したその顔は、ある人から見れば美しく、ある人から見れば可愛い。しかしその歌声は心地よく、歌に興味のない雄多郎でさえ心を奪われてしまいそうな程に、美しい歌声である。いつまでも聴いていたくなるメロディーに合わせたその歌声は、体の隅々にまで浸透していく様である。
宇津木ケイという歌手は今年の4月に突然CDデビューをした。自分自身で作詞、作曲、編曲をする。デビューシングルはミリオンセラーになった。彼女はテレビやラジオに一切出る事も無く、詳しい事は何も公表されてなく、正にテロップ通りの幻のシンガーと言う事になる。今テレビに流れている映像がデビューシングルのプロモビデオである。世間が知っている情報は、これだけであり、彼女の生い立ちや、年齢等何もわかっていない。聞く所によると、レコード会社でも彼女とは接触が無く、彼女が作ってきた出来上がった曲、アレンジも済んだ物をそのままCDにしたという噂さえ流れている。
世間では、宇津木ケイなど存在しなく、レコード会社のCDを売る為の戦略という声も広がっている。発売元のレコード会社もこの宇津木ケイで経営悪化を救われている小さな会社である。ここまでの戦略を立てたプロデューサーも存在していない様で、ここまでの大ヒットであれば、必ずと言っていいほど育ての親と言われる存在がクローズアップされるが、それもない。それが幻と言われるゆえんである。しかし、そんな事を考える事ほど無駄であると思える程に、宇津木ケイの曲は、素晴らしいのである。誰もが何度も聞きたいと思い、毎日必ず1回聞く者もいる。雄多郎も曲名は知らずとも、この曲が好きである。CDは持ってはいないが、何度も聞きたいと思っていた。その宇津木ケイが2枚目のCDを出すという、芸能番組でのPRが映し出されていた。
「あれがどうかしたの?」
「宇津木ケイの新しい曲のサンプルCDが各テレビ、ラジオ、雑誌、新聞社に送られているらしいのよ」
「へぇー、新聞社にまで送るなんて珍しい事をするなぁ」
「そのCDを今、大沢さんが持ってて、持ち帰って聞くみたい」
「はぁー、そんなの文化部の仕事じゃない。そんな勝手な事、なんで出来るの!」
「大沢さんと文化部の八木デスクは同期で、大沢さんは八木さんに何らかの貸しがあるらしいわ」
大沢はニヤニヤしながら、宇津木ケイの映し出されたテレビ画面を頬杖をついて見ている。時折うなずいたりしている。
「それで、いつもと違う訳?」
雄多郎は呆れて言った。大沢が宇津木ケイが好きで良く曲を聞くとも知っていたが、新曲を誰よりも先に聞けるというだけで、雄多郎の休暇を許可する等とは、何と言う上司であろうか。こちらから転職を願い出たい気持ちになった。
「そうみたいね」
マリ子は笑顔で言ったが、すぐに真顔に戻った。
「それより雄多郎、何があったの?その顔、ひどい汚れ方よ」
「うん、ちょっとね」
「まさか、雄多郎が喧嘩をする訳ないし、何かトラブルに巻き込まれてるんじゃない」
雄多郎は先程のユニバーサルエナジー社での出来事をマリ子に話したかった。が、しかしマリ子が信じてくれる様な証拠も今の所は何も無い。焦ってマリ子に話しても、マリ子を惑わすだけである。雄多郎は又も唇を噛んで堪えた。
「マリちゃん、俺は明日阿蘇のユニバーサルエナジーの研究所に行って来る。そこで響木社長のセミナーがあるらしい。どうしても社長に会いたい。詳しい事は言えないけど」
「やっぱり一連の事件はユニバーサルエナジーが関係あるのね」
「マリちゃんは俺を信じてくれるの」
「雄多郎!」
マリ子は強く言って、雄多郎の目を見つめた。
「私もバカじゃないのよ、これでもあんたの事は良くわかっているつもり。あんたが、バカじゃないってこともね!」
「マリちゃん、ありがとう」
雄多郎は涙が出そうなほど嬉しかった。マリ子が信じてくれている。それだけで十分だった。明日は何があるかわからない。危険なのは間違いないのだ。実際今日も殺されかけたのだから。今度こそ殺されるかもしれないのだ。しかし、マリ子が信じてくれている。このマリ子を化け物に殺されてたまるものか。マリ子の為に阿蘇へ行く。沈みそうな気持ちもマリ子の顔を見ただけで、奮い立っていた。
「雄多郎、危なくなったら逃げるのよ。無理はしちゃいけないわ、わかってるわね」
マリ子は強く真顔で言った。
「わかってるよ、マリちゃん、俺も子どもじゃないんだから。特ダネを掴んで帰ってくるよ。局長賞を取ったら祝杯をあげようよ」
雄多郎はマリ子を心配させない為にわざと明るい口調で言った。マリ子も又、雄多郎を察して、真顔から笑顔に変えた。
「そうね、楽しみにしてるわよ。初の局長賞だもんね。今度逃したら、もう一生取れないかもね」
「げげ、なんちゅうことを言うの、未来ある若者に対して」
二人は声に出して笑いあった。雄多郎は又、必ずマリ子に会いに帰ることを心に決めた。証拠なのだ、今度こそ証拠を得る事が必要なのだ。テープやカメラにその全てを収める事である。警察が本気で動く証拠、幸いにも長塚は全く否定はしていないのだから。テープにカメラ、その時レコーダーとカメラが入った取材バッグがない事に気が付いて、雄多郎はハッとした。そうなのだ、ユニバーサルエナジーの広報の応接室に置いてきてしまった事を今まで気が付かなかった。まぁ、あれだけの事があったのだから、気が動転していたし、それどころではなかったのだ。中にはカメラと小型のテープレコーダーが入っていた。雄多郎は舌打ちした。突然に肩を落とした雄多郎にマリ子が
「どうしたの、雄多郎?」
「いや、なんでもないよ、心配いらないよ、任せといて、本当大丈夫」
雄多郎のひきつった笑顔にマリ子も不安の色を隠せないでいるようだった。
「そう言えば雄多郎、明日香さんから電話が入っていたわよ」
「明日香さんから、それでなんて」
「両親が心配しているから熊本へ帰るって。今日の遅い便で帰るそうよ」
「そう、もう大丈夫なのかな。昨日の今日で」
「声は元気そうだったわ。くれぐれも早見さんに宜しく伝えてくれって」
雄多郎は思った。明日香の為にも早く、明日香の兄の消息をつかんでやりたかった。
小さな体で、兄の為に奔走する姿が雄多郎にはけなげに思えた。阿蘇の研究所へ行けばきっと何かがつかめると思った。早く明日香を安心させてあげたい。雄多郎は心から思った。
「明日香さんもショックだったでしょう。お兄さんの消息を調べるために訪ねた新井君があんな事になってしまって」
マリ子は事実を知らない。新井が人間ワニになってしまった事等。雄多郎は新井の両親の姿が頭に浮かんだ。警察からはストレスでノイローゼになり、錯乱状態で我々を襲った事になっている。事実は違う、明日香の兄の持ち込んだCDを聞いて獣人になったのだ。新井に罪は無い、全てユニバーサルエナジーの仕業である。最初はあのカガミと言う男を責めたが、獣人になった人間はもう人間ではないと言う事が雄多郎には今では十分理解出来た。改めて、新井の両親に原因はユニバーサルエナジーである事を伝えたかった。新井に罪はないと言う事を。
編集局には少しづつ出払っていた記者たちが戻って来ていた。しかし、雄多郎に声を掛ける者はいなかった。雄多郎は少しだけ孤独を感じた。そろそろ夕刊の構成の時間である。宇津木ケイのテレビを見ている大沢へある記者が話し掛けたが、大沢は露骨に嫌な顔をして、記者へ嫌味を言っている。いつもの風景である。しかしこの世界は変るかも知れない。
雄多郎は冗談まじりで局長賞の事をマリ子に言ったが、世界がユニバーサルエナジーの考える世界になれば、それこそ局長賞どころではない。新聞社自体が存在しなくなるのだ。雄多郎はあまりにも自分の今の生活とは違いすぎる今の状況に、カガミの言った通り、本当に知りすぎた、知らなくてもいい事を知ってしまったという複雑な心境になった。しかし、写真を手にとって見ているマリ子を見ながら、決意を新たに静かに編集局を後にした。




