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放電⭐ラブビーム! ミレーユ・ヴォルトネール

 ミレーユ・ヴォルトネール。19歳にして、魔法パフォーマンス界の最前線を突き進むスーパーアイドル。肩上でふわっと跳ねたライムイエローのショートヘアに、大きな放電回路付きピアス、小柄な体にボルトモチーフのジャケットとショートパンツ、太ももバンドが特徴的な衣装で、どこにいても目を引く存在だ。雷と音を操る魔法を駆使し、都市全体を巻き込むエンタメ演出で瞬く間にスターダムへ。子供から大人まで幅広く支持される、その圧倒的な“存在感”こそが彼女の武器だ。


 名前が呼ばれると同時に、場内には爆音のイントロが響き始めた。おなじみの代表曲『Spark×Beat』――彼女の登場を告げるテーマだ。


「みんなーっ! 静かすぎっ☆ もっと騒いでこーよーっ!」


 舞台袖から顔を出すなり、ミレーユは元気よく両手を振りながら叫ぶ。


「この音楽? もちろん私の! 運営さんにお願いしといたんだ~っ☆ 応援よろしくねっ♡」


 客席は一気に湧き立ち、歓声と拍手が渦巻く。その熱気を背に、ミレーユは舞台へと駆け出した。


 そして――


 彼女の身体が、舞台中央の結界膜をくぐる。


 その瞬間、音が消えた。


 歓声も、BGMも、すべてがぴたりと止まり、無音の世界が訪れる。


 聞こえるのは、自分の鼓動だけ。空気が変わる。


(……あー……やっば、さすがに緊張してきた)


 静かになった舞台の上で、ミレーユは少しだけ呼吸を整え、目の前のシンジを見つめた。そこには、客席の騒がしさも、世間の期待もない。音のない世界で、彼だけが立っている。


「初めましてっ……ミレーユ・ヴォルトネールです!」


 軽くウインクしながら一歩踏み出す。


「あのさっ、シンジくん――さっき、泣いてたよね」


 ミレーユは、にこっと笑いながら言った。ふざけた調子でも、軽口でもない。まっすぐに、静かに。


「私には、その気持ちぜんぶは分かんないよ。きっと、想像もつかないくらい……悲しかったり、懐かしかったり、そういうの、たくさんあったんだと思う」


 一拍おいて、口元をきゅっと引き締める。


「それってね、とっても大切なことだって思う。誰にも奪えない、シンジくんだけの宝物だって。――でもさ」


 彼女はふっと微笑み、ステップ一歩、軽やかに近づいた。


「私は“今のシンジくん”に、笑っててほしいんだ」


「いつだって笑えるように――

 悲しくなったって、何度でも立ち上がれるように――

 私が全力で、元気飛ばすからっ!」


 にっと笑って、指先でポーズを決める。


「だから、今この瞬間の私を――ちゃんと見ててねっ☆」


*******


 ――地方都市の、小さなステージ。

 音響も照明も整っていない、手作りの舞台。それでも観客の前に立つだけで胸が高鳴った。

 大きな夢を語るには、まだ声も震えていたけど。


『君の魔法は派手なだけ』『本気の気持ちなんて伝わらないよ』


 何度もそんな言葉を投げられて、それでも負けずに笑ってきた。

 ステージの裏で、悔しくて泣いた夜もあった。でも、そのたびに決めてきた。

 「私は、誰かの心を照らせる魔法を使うんだ」って。


 そして今――その“夢”は、すでに現実になっている。


 ミレーユ・ヴォルトネール。

 その名を知らぬ者はいない、魔法アイドル界のトップスター。


 ドームを埋め尽くす観客の歓声、世界配信されるステージ演出。

 どんなに煌びやかな舞台に立っていても、心の真ん中には、いつもあの小さなステージがあった。


 だからこそ、恋なんて知らなかった。

 けれど、大会開催の発表のとき、画面越しに映ったその姿――微笑んでいたはずなのに、どこか寂しげで、胸がぎゅっとなった。

 私が、この人を笑顔にしなきゃって。そんな気持ちが、自然と湧いてきた。


 彼の前で魔法を放つ自分を、ずっと想像してきた。

 たぶん、これは夢なんかじゃない。

 魔法は、想いを伝えるためにある。だから――


*******


 ミレーユは深く息を吸い込んだ。静かに、シンジとの距離を一歩、二歩と取る。大きな動きではないが、舞台の空気に集中するようにして、胸の前で両手を広げ、力強く宣言する。


「いっくよーっ☆ 『エレクトリ♡恋パルス』ッッ!!」


 その声と同時に、彼女の魔力が空間に炸裂した。雷光が走り、ドンッという低音が弾け、空間を貫くような音波のリングが展開される。


 次の瞬間、空中からミレーユの歌声が流れ始めた。誰も聞いたことのない新曲――この日のためだけに用意された、恋の魔法そのものだった。軽快でエネルギッシュ、なのにどこかあたたかい旋律が魔法のビートと混じり合い、シンジと観客の心を揺さぶる。


 その歌に合わせて、⭐、♪、♥、⚡のエフェクトが視界に舞い、≪(≧▽≦)≫や≪(♡ω♡)≫≪(☆∀☆)≫といった顔文字が弾むように跳ね回る。

 ピコーン⭐ シャララ~ン♪ ズキュゥン♥ バチバチッ⚡

 雷の軌跡が星を描き、音符のように光が駆け、ハート型のスパークが舞台を横断する。


 外の会場では観客たちはその派手さと可愛さに大熱狂していた。

「かわいい!」「ミレーユちゃん最高!」と声援が飛び交い、まるでドームライブのような熱気に包まれる。


 ステージの中心で歌うミレーユは、まぶしい笑顔を浮かべながら、歌声と魔力を完全にシンクロさせていく。彼女の声が響くたび、魔法が応えるように世界を彩った。


 歌いながら、ミレーユは力いっぱいステップを踏み、回転し、手を大きく振り上げる。髪がふわりと跳ね、汗がきらきらと飛び散る。

 息を弾ませながらも、その表情は最後まで笑顔だった。

 ステージの中心に立つその姿から放たれる光と音は、一直線にシンジへと向かって伸びていた。

 まるで、そのすべてが彼ひとりに向けた、愛のビートのように。


 ミレーユの体全体からあふれ出す魔力と熱が、ステージを震わせていた。



 ――実況席。


「い、今、声……出してましたけど? あ、あれ大丈夫なんですか!? 告白魔法中に会話は禁止のはずでは!?」


 実況の動揺をよそに、解説者は冷静に頷く。


「問題ありません。あれは“魔声”と呼ばれる、魔法効果の一部です」


「ま、魔声……?」


「ええ。魔力に共鳴する特殊な音波のことです。非常にまれな才能で、声を使って魔法の制御をすることができます。単なる叫びではなく、あくまで魔法の一部……彼女の専売特許とも言える技ですね」


「なるほど……! さすがトップアイドル、魔法の使い方も独特だ!」



 そして――最後の一音が空へと消えた瞬間。

 ピタリとすべての演出が止まり、光が静かに収束する。

 ほんの一拍、世界が止まったかのような沈黙。


 次の瞬間――


 「キャーーーッ!!!」

 「ミレーユーーーーーッ!!!」

 「最高っ! 最高すぎるぅぅぅッ!!!」


 場内が爆発した。


 結界の外で跳ねるように立ち上がる観客たち、魔導スクリーンの前で飛び跳ねる子どもたち、都市広場の大投影で声を枯らす群衆――世界中の魔力増幅通信を通じて、歓声と喝采が波のように駆け抜けていく。


 まるで世界が、ひとつのライブ会場になったかのようだった。


 魔法観覧装置は熱狂度の振動を計測し、異例の「安全警告」すら表示される。


 でも誰も止まらない。止まれない。


 それほどまでに、彼女のステージは――熱かった。


 恋という魔法が、雷のビートとともに世界を揺らした瞬間だった。



――――――


 観客席の一角、ふたりの少女が座席に身を沈めたまま、言葉も出せずにスクリーンを見上げていた。

 会場はまだ沸きに沸いている。ミレーユコールと拍手が渦を巻き、魔導スクリーンには再放送された演出ハイライトが映し出されている。


 けれどその喧騒の中で、ふたりだけが、ぽつんと音の外に取り残されたように静かだった。


「……マジで……来ちゃったね、うちら……」

「うん……うそみたい……ほんとに新曲、出してきた……しかも、告白魔法として……」


 『エレクトリ♡恋パルス』。ミレーユのファンたちの間でささやかれていた“告魔フェスで新曲解禁ある説”。

 ふたりはその噂を信じ、普段は中継で満足していたのに、今回は――全力で抽選に申し込んだ。


 そして、あの奇跡の通知が届いたのは、片方の元にだった。


「誘ってくれて、ほんとにありがとう……うちは現地で観れたこと、一生忘れない……」

「バカ、同志でしょ。約束したじゃん、“当たった方が絶対もう片方を連れてく”って」


 目元をそっとぬぐいながら、手を握ったままふたりは笑い合う。

 それは、10年近くミレーユを追い続けた、ふたりだけの時間がつないだ絆の笑顔だった。


「……でもさ、あんなの見せられたらもう……泣くしかないじゃん……」

「わかる……あれもう、完全に“恋”だったよね。シンジくんに向けた魔法っていうか、あの人にしか見せない顔だった……」


「……お願い、シンジくん……あれに応えてあげて。あんなに真っ直ぐに、全部ぶつけてたんだよ……」

「うん……シンジくん、選んであげて……ふたりには、絶対、幸せになってほしい……!」


 言葉のあと、ふたりはそっとスクリーンを見上げたまま黙り込んだ。

 まわりはまだ熱気に包まれ、歓声と興奮が渦を巻いている。けれど、ふたりの間にだけ、静かな空気が流れていた。


「……ねぇ、もしさ」

「うちらも、誰かのために告白魔法使うなら――その“誰か”って、もう決まってる気がしない?」


「……うん。私も決まってたかも」


 ふたりは少しだけ顔を見合わせて、すぐに視線をそらした。

 でも、その手だけは、握ったままだった。

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