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慈愛の芽吹き、カティア・リヴィエール

 カティア・リヴィエール――20歳、エルフェリア王国の小さな町の教会に所属する修道女。透き通るような薄緑色の長髪、白くきめ細やかな肌、そして目を引かずにはいられない圧倒的なボリュームの胸元を、複雑な模様が刺繍された純白のローブが優しく包み込んでいる。その立ち姿はおっとりと穏やかで、町の人々に自然と安らぎを与える存在だった。幼いころから聖堂で植物と向き合い、祈りの中で魔法を育んできた彼女は、まるで生命の息吹そのもののようだった。


 深呼吸を一つし、舞台へと進み出る。教会本山の白い回廊を思わせる装飾に囲まれ、淡い光に包まれたその場は、まるで大聖堂の中にいるようだった。彼女の視線の先には、穏やかな表情の青年――異世界から来た流転者、シンジが立っていた。その距離はまるで花壇越しにそっと見つめ合うような、柔らかで親密な空気を感じさせた。


「シンジ様……私は、あなたのことを考えると胸があたたかくなるのです……。これまで、誰かを好きになることなんて知らなかった。でも、あなたを知って……初めて、心が揺れるのを感じました……」


 カティアは胸元でそっと手を組み、瞳を伏せ、小さな声で続けた。

「私は、教会でたくさんの人を癒し、祈ってきました。誰かのために尽くすこと、それが私のすべて。でも……もし許されるなら、これからはあなたのために……笑顔を届けたい。そばにいて、支えたい……」


 彼女は小さく笑い、そっと視線を上げた。

「私は強くないし、完璧でもありません。でも、あなたと一緒なら、少しずつ……もっと優しく、もっと強くなれる気がするのです……。だから……どうか、私を見てください……」


 そっと小さく息を吸い、カティアは微笑んだ。

「これから使う告白魔法は、元々、私がみんなを笑顔にするために作った魔法を改良したものなんです。だから、ちょっと告白っぽくないかもしれないんです。ごめんなさい。それでも見てください。私の全てを!」


*******


 小さな教会の庭で、彼女は何年もかけて魔法を磨いてきた。木が芽吹き、枝を広げ、色とりどりの花が咲き乱れ、人々の顔が笑顔に変わっていく。それは戦うための力ではなく、人の心を癒やし、支えるための魔法だった。子どもたちが彼女の魔法に歓声を上げ、老人たちが花の香りに顔をほころばせ、町の人々が「ありがとう」と声をかけてくれる――それが、彼女の幸せだった。


 告魔フェスの存在は子供の頃から知っていた。けれど、そんな大舞台は自分には縁のない世界の話だと、心のどこかで決めつけていた。静かに町の中で暮らし、植物と人々に寄り添い続ける。それが、これからも自分の道だと信じて疑わなかった。


 しかし、運命の瞬間は突然訪れた。魔法映像の中で、流転者・シンジの姿を初めて目にしたとき、胸の奥が熱くなり、思わず息を呑んだ。初めて覚える感情、初めて味わう胸の高鳴り。それは、彼女にとって間違いなく一目惚れだった。けれど、そんな自分の想いに気づいた途端、心に浮かんだのは「無理だ」という言葉だった。


 自分はただの小さな町の修道女、特別な人間ではない。きっと届かない、届くはずがない。そう諦めかけていたとき――町のみんなが、彼女の背を押した。「カティア、君ならきっと伝わる!」「行っておいで!」「私たち、みんな応援してるから!」。老若男女、町中の人々が彼女を笑顔で送り出してくれた。あの時の、あたたかい手と声、そして見送りの涙と拍手。それが、カティアの胸に最後の決意を芽吹かせたのだった。


*******


 カティアはそっと舞台の中央で立ち止まり、両手を胸元で優雅に重ねる。そして大きく息を吸い込み、瞳を閉じ、心を込めてささやく。


「あなたに、この愛の芽吹きを……円環樹-アフェクシア・ブルーム!」


 そのとき――カティアの足元で、ぽうっと柔らかな光が芽吹いた。


 まるで祝福の鐘に応えるように、二つの小さな光球が地表から浮かび上がり、空中でゆっくりと回転を始める。やがてそれは、優しい緑の輝きを放ちながら若木の姿へと変わっていった。


 双つの若木はすぐに枝を伸ばしはじめ、その動きはまるで寄り添う恋人のように、互いの葉を重ね合っていく。しなやかに絡み合い、やがて一つの大樹へと融合していくその成長は、まさに生命そのものが恋をしているかのようだった。


 やがて木全体が淡く脈打ち始め、枝先からは無数の光の蕾が生まれる。ぷつ、ぷつ、と静かに音を立てながら、色とりどりの花が次々と開花する。その瞬間、舞台全体に甘く澄んだ香りが広がり、まるで楽園の風が吹き込んできたかのような心地よさが満ちる。


 花々の隙間からは、小さなピンク色の♡の実がこぼれ落ちる。それらは地面に触れた瞬間、小さな「ぽんっ」という音とともに光の波紋を広げ、新たな芽吹きとともに生命を循環させていく。


 実が落ち、芽吹き、育ち、咲き、また実を結ぶ――その繰り返しが加速度的に広がっていき、舞台全体はいつしか、命の律動が響き渡る、色彩豊かな花園へと変貌していた。



 ――実況席。


「えぇっと、資料によると告白魔法名『円環樹-アフェクシア・ブルーム』です!カルディナさん、これはどういった仕組みなんでしょうか?」


「はい、この魔法は生命魔法の中でも珍しい多段階連鎖制御型です。まず二つの基点となる生命核を同時に生成し、互いに絡ませて魔力を循環させることで安定した大樹構造を形成しています。さらに、そこから複数の小規模な生命魔法を連続的に派生させ、舞台全体に広がる自己増殖式の成長展開を実現しているんです。ここまで複雑な魔力分岐を崩れずに保つには、極めて高い制御力と集中力が必要です。テーマの美しさだけでなく、技術面でも非常に高度な魔法ですね」


 舞台の外では、観客たちが思わず息を呑み、見守っていた。舞台内ではただ静かに、カティアの想いと笑顔が、そっとシンジに向けられていた。



――――――


 シンジは控え室に戻る途中、息を吐き出し、軽く額に手を当てた。アレクシアーナ、カティア、どちらも信じられないほどの美女。しかもその本気の気持ちが、まっすぐ伝わってきて、胸が熱くなる。


 正直、初めは思っていた。会ったこともない人間に、いきなり告白されて嬉しいなんて思えるわけがない、と。けれど、実際に二人の真剣さ、思いの強さ、魔法に込められた気持ち、それがまるごとダイレクトに心に響いてきて、自分でも信じられないくらいドキドキしていた。


(それにしても……カティアさん、やばかった……!あの胸、あれはもう反則だろ……!)


 思い返すたび、顔が熱くなる。舞台上の彼女の笑顔や魔法に心を打たれながらも、正直視線を必死にそらしていたのだ。全力で気持ちを受け止めようとしても、無意識に胸元に引き寄せられる視線を止めきれない。男子高校生なんて、結局そういう生き物だ、と内心で情けなく笑う。


 そしてふと思い出す。この後、まだ8人も控えているという事実。


「……無理だろ、これ、5人に絞るなんて」


 シンジは静かに天を仰ぎ、ため息をついた。



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