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聖務の与者、ニノセ シンジ

 翌朝、目を覚ますと、昨日とはまた別の仮面の子が、控えめな声で「朝食のご用意ができました」と告げに来た。

 目玉焼きとパン、それにスープ。リクエスト通りで、朝から気分が少しだけ明るくなる。


 食事を終えると、部屋に資料の束と仮面の子――いつものように“アイ”と名乗る――が待っていた。


「それでは、これより、今後の生活と、世界告白魔法フェスティバルについてのご説明をいたします」


「……告魔フェスって、なにそれ?どういうものなんだ?」」


「簡潔に申し上げますと、世界中から選ばれた女性たちが“告白魔法”を通して、流転者であるシンジ様に想いを伝えるための公式な結婚選抜制度です。……なお、私たち“アイ”が仮面をつけているのは、正式な妻との初夜を迎えるまで、流転者様が判断を誤ることのないようにするための措置でもあります」


「結婚……選抜……」


 あまりに壮大な響きに、思わず言葉を失う。


「一次選考にはおよそ10万人がエントリーし、魔術知能による構想分析や適性判断を経て、1万人に絞られます。その後、さらなる精査で100人の最終候補に。そして、舞台に立つのは、選び抜かれた10人のみ」


「10人……」


「はい。そしてその10人の中から、シンジ様には“嫁候補”として5名を選んでいただきます」


「……えっと、嫁って、つまり……」


「日常生活を共にするのは、最終的に選ばれた“正式な妻”の方となります。ただし、選ばれなかった残りの4名も“ハーレム構成員”として国家に認定され、やはり定期的に子をなす義務が発生します。そして、選ばれなかった残る5名は“ハーレム候補”として扱われ、将来的にシンジ様のご判断で関係性を築くことも可能です」


「子をなす……ってことは……」


「はい。肉体的な関係は必須となります」


「……は、はぁ……」


「また、シンジ様がご希望される場合、島内にいる“アイ”たちからも自由にハーレムを追加していただくことが可能です。規定数や上限はございませんが、“定期的に子をなす”という国家的義務により、一定人数は必ず選んでいただく必要があります」


「アイたちも……?」


「はい。大会終了後、認識阻害と仮面は順次解除され、すべての“アイ”は個としての存在に戻ります。その際、シンジ様が望まれれば、誰でもハーレムに加えることができます。生活のすべてを共にする必要はございません。シンジ様が望む関係性を築いていただければ、それが一番です」


「えっと……その……アイって、どのくらいいるの?」


「現在は約300名、今後さらに増員され、最終的には1000人規模を予定しております」


 思わず息をのむ。


「そして皆、“あなたに選ばれること”を目指してここにいます。契約魔法によって個性は伏せられていますが、誰ひとり例外なく、シンジ様を敬い、慕っております」


 アイの説明は丁寧で、でもあまりに現実離れしていて、逆に緊張感を増幅させた。


「は、はぁ……」


 つまり、目の前のこの“アイ”とも、そういう関係になる可能性があるってことか。

 しかも、自分の判断次第で、いくらでも増やせる? 本気で言ってる?


 理屈とかは正直よくわからない。でもそれ以上に、とんでもなくぶっ飛んだ大会だと思った。

 10万人の中から選ばれた女性たちが、自分ひとりを巡って戦う? そのうえ、ハーレムを組んで子づくりの義務?


 夢みたいすぎて、現実がにじんで見える。

 ……頭がついていかない。


「ほかに何か聞きたいことはありますか?」


 と尋ねられ、思いつくまま色々と質問を投げる。他の男がどれくらいいるのか、その人たちは普段どんな暮らしをしているのか、島の外に出られるのか、どこまで自由があるのか――


 ひとつひとつ、丁寧に答えてくれる。

 最後に、大会の概要資料と分厚いアンケート用紙を渡された。


「なお、追加の参加条件がございましたら、できるだけ早めにご検討いただけますと助かります」


 そう言って一礼しかけたアイが、ふと躊躇うように顔を上げた。


「……それと、もう一点、重要なお話がございます。すでにお疲れかと思いますが、これは必ずお伝えしなくてはならないことです」


「ん……なに?」


「シンジ様の……身体についてです。大会が終了し、正式な関係を結ばれるまでは、発生した精子が失われてしまうのは、非常にもったいないと判断されております」


「……は? せ、精子……って、あの……え?」


 唐突すぎる単語に、シンジは完全に固まった。顔がじわじわと熱を帯びる。


「はい。ですので、期間中は“精子保存”のご協力をお願いしております。専用の魔道具をご用意しておりますので、可能なら一日一回、搾精していただけますと……」


「い、いちにち……いっかい……!?」


 声が裏返る。顔から火が出そうだった。


 別のアイがそっと続ける。


「保存されたものは、研究資料や備蓄のほか、大会後に自由となった私たち“アイ”が、定期的に人工授精を受ける際の種としても活用されます」


「義務ではありませんが……一回の射精で、人生が変わる人がいます。どうか、お願いいたします」


 その瞬間、その場にいた全員のアイが、すっと頭を深く下げた。


 シンジは言葉も出せず、ただ目の前の光景に口を開けたまま固まっていた。


「また……本当に遺憾ではありますが、私たちは処理をサポートすることが許されておりません」


「……じゃあ、その……触れたりはダメってこと?」


「はい。契約魔法により、いかなる形でも“直接の関与”は制限されております。ですが、最低ひとりは“見守り役”として立ち会わせていただく必要があります」


「……そ、それって……マジで? 毎回、誰かが……?」


 顔を覆いたくなるような羞恥に、シンジは思わず目を逸らした。


「見えない場所で行っていただいても構いませんが、精液はすぐに魔法処理を施す必要がありますので、どちらにせよ、立ち会いはございます」


「…………」


 説明は続いたが、シンジの耳はもう真っ赤だった。


 その日から、一週間ほどの“調査期間”が始まった。

 健康診断や体力測定、軽い学力テスト。

 趣味や特技、家族構成や出身地、そして“元の世界”についての詳細な聞き取り。

 なかでも、趣味として答えたバスケットボールについては、妙に詳しく質問された。


 そして、もうひとつ大切な日課が加わっていた――“精子保存”。


 最初の数日は、なるべく見えない場所を選んで魔法瓶を持ち込み、気配を感じないように済ませようとしていた。だが、どうにも時間がかかる。なにより、すぐそばに“見守り役”が必ず待機していて、気になって仕方がない。


 ――どうせ将来的にはもっとすごいことになる予定なのだ。


 そう考えたシンジは、ある日とうとう開き直った。


「あー……じゃあ、今日は……見てもらっていいです」


 その瞬間、屋敷の中からぞろぞろと仮面のアイたちが次々に現れ、部屋の中に整然と並びはじめた。

 一人、二人……気づけば十人を超えている。


「ちょ、え……多くない!?」


 困惑しつつも、自分で言った手前、今さらやめるとは言えない。覚悟を決めて、処理を始める。


 もちろん、すぐに勃った。だが、さすがに仮面のアイたちに囲まれた状態では、うまくリズムをつかめず、妙な緊張で焦っていた。


 そのときだった――


「頑張ってください、シンジ様」


 静かに、でも確かに響いた声。


「いつもありがとうございます」

「ご無理のないように」

「応援しております」

「……素敵です、シンジ様」


 次々に重なる、見守り役たちの声。


(ちょ、ま――えええええ!?)


 頭の中が真っ白になったその瞬間、反応はあまりにも素直すぎて――


 一瞬で、出た。


「はい、ばっちりです」

 魔法瓶を手にしたアイがいつも通りの口調で言ったとき、シンジは力なく天井を見上げていた。


 恥ずかしいとか、情けないとか、そういう感情が追いつく前に、すべてが終わっていた。


 だがそのあとは、妙な緊張も解け、毎日のルーチンとして淡々とこなせるようになっていった。


 全体的にスケジュールは緩やかで、食事はどれも美味しい。

 アンケート記入や資料作成は時間をかけてよいと言われ、気が向いたときに少しずつ進めた。

 散髪をし、スーツを着せられ、カメラのような機械で何枚も写真を撮られた。

 宣材用の素材だという。


 そして日々の予定が減っていき、暇な時間が増えた。


「町を歩いてみたい」と言うと、「お付きの者が二人ほど付きますが、視界に入らないようにしますか?」と聞かれ、「いや、一緒に歩こう」と返した。


 十五分ほど歩いて坂を下りると、町は思いのほかにぎやかだった。

 最初に通ったときよりも、明らかに仮面の子の数が増えている。

 全員が自分のハーレム候補かと思うと、意識せずにはいられなかった。

 きゅっと締まった制服のライン、無表情な仮面の奥にあるかもしれない熱――考え出すと、身体の奥がじわじわと熱を帯びていく。

 いかんいかんと頭を振ったが、逆に下半身の方が反応し始めていて、思わず視線をそらした。


「シンジ様、こちらへ来てもらえますか?」と声をかけられ、素直についていく。


 数分後、辿り着いた先にはバスケットコートがあった。

 形は違えど、ひと目でそれとわかる場所。


「まだ試作段階なのですが、シンジ様のご意見を頂戴したく。これをどうぞ」


 手渡されたボールは、微妙にサイズも弾みも違い、どこか魔力的な光を放っていた。


 ドリブルをしながら、感触を確かめる。何度も、何度も。


「……全然ちげーじゃん……」


 口では文句を言いつつも、笑みがこぼれる。

 嬉しすぎて泣きそうだった。


「シンジ様、一勝負どうでしょうか? 1on1」


 楽しそうな提案。しかも、もし勝ったら、何かひとつ言うことを聞いてくれるという。


「じゃあ、俺が勝ったら……今度からみんなでご飯食べたい。あと、俺も負けたらなんでもひとつ聞くよ」


 勝負開始――結果は惨敗だった。

 

 身体能力が違いすぎる。多分、魔法も使ってる。ズルい。


「……えっと、言った以上、なんでもひとつ聞くけど、手加減……してくれよ?」


「ふふ、どうでしょう。それはシンジ様次第ですね。では、発表します」


「シンジ様には、魔力操作を習得していただきます」


 彼女の声は楽しげで、どこか誇らしげだった。


「流転者様の世界の娯楽であれば、すぐに世界中で流行るでしょう。ただ、この世界のスポーツは、魔力で身体能力を上げるのが普通なので、シンジ様もできておいた方が、より楽しめます」


「やる!……っていうか、それ、普通の魔法も使えるようになるの?」


「“普通の魔法”がどこまでを指すかによりますが、詠唱系は少し時間がかかります。ですが、魔力による身体強化は基礎中の基礎なので、すぐに習得できます」


 そんな風に楽しげな空気をまとった彼女たちに囲まれながら、シンジはふと思った。


 ――俺も、何か返さないとな。


 この世界で、恥ずかしくない自分になれるように。

 この子たちに、ちゃんと感謝できるように。


 とりあえずは、バスケットのことをもっと詳しく教えることにした。

 動けるようになった時に、変なルールになってたら、大変だからな。


 それが、今の自分にできる、いちばん最初の“お返し”だった。


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