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6.ヒロイン(仮)とアリス


 気付けば季節は夏へと変わっていた。


 私は相変わらず勉強に忙しく、何とか成績トップの座を保ち、クラスの子達とも仲良くやっていた。

 幸せ絶頂のメイニーや他の婚約者持ちの友人からも誰かいい人いないのかとか言われるけど、こちとら色恋に割く余裕はないし、平民の私は貴族の子たちと違って差し迫った結婚をする必要もないので適当に流している。


 で、デイジーだけど、往生際が悪いようで、攻略対象者達にめげずに食らいついているようだ。


 まず狙ったのはお相手がいないディラン様だったけど、あまりにも取りつく島がなさすぎて、デイジーの精神が耐えられなかったらしく、いつの間にか姿を現さなくなった。


 次にウィリー殿下だけど、なんとエリザベス様の助言で、ゲーム時より早いこのタイミングで王位継承権を放棄して、商会設立の準備のため学園をやめてしまった。

 これにはさすがのデイジーも彼の攻略を諦めざるを得なかった。


 次にアレクサー殿下とザイル様に狙いを定めたけど、そもそも想い合っている婚約者のいる二人への接触は難しい。迷惑だから近付かないでくれとそれぞれから、公衆の面前ではっきりと宣言されていた。


 そのどれもこれもに、私は傍観者としていたんだよね。

 これが本来のヒロインへのゲームの強制力とでも言うのだろうか。


 ディラン様の時は、毎回凍える視線を浴び続けるデイジーを見る羽目になる私の心臓も凍りそうになった。私に向けてじゃないと分かっていても。


 後の二人に関しては結構手厳しいことを言われ、涙目になりながら立ち去っていくデイジーを、自業自得だけど他に誰かいい人を見つければいいのに、折角可愛い顔してるんだから、と思いながら眺めていた。


 そうしてそれからぱったりと、デイジーの突撃行動が止まった。


 ああ、ようやく諦めたのかなと何気にほっとしていたある日、私はそれを見つけた。


「手紙……?」


 移動教室から帰ってきて机の中に教科書をしまおうとして、さっきまではなかった白い封筒を発見する。


 宛名は私。差出人の名前はない。なんだろうと思いながら開けると、中には一言。


『放課後、裏庭の東屋で待っている』


 とだけ書かれていた。


 なにこれ、どうしよう……と頭を悩ませていると、メイニーがいつの間にか背後にいて手紙を取られてしまう。


「えー、これってもしかして、告白じゃない!?」


 さすが、現在恋愛真っただ中のメイニーだ。即座に恋愛イベントの可能性を示唆してきた。


「でも、差出人の名前がなくて」

「きっと照れ屋なのよ! 素敵じゃない、手紙で呼び出して告白なんて、ロマンチック!! 字も綺麗な方だし、一度会ってみたらどうかしら」

「うーん」


 今の私はこの見た目だ。取り柄と言えば勉強ができるだけの平民少女。告白してくるようなそんな奇特な人がいるのか。


 しかも話の内容も書いていなくて名前もないなんて、普通に考えて怪しいんじゃ……。

 悪戯の可能性が高いし、もしかしたら私の前世を察した誰かからの手紙かもしれない。


 だけど、もしも悪戯じゃないとしたら?

 本当に人が待っているかもしれない。何にしろ確認はした方がいい。ちなみに告白の可能性は一ミリも考えていない。


 というわけで、私は手紙に書いてあった場所へ、放課後出向くことにした。


 結果的に言うと、勿論メイニーの想像する告白的なラブイベントではなかった。


「アリス・メイト! あなたにお話があるの」


 東屋の中にピンクの髪が見えた時、正直帰ろうか悩んだ。

 

 何故に? いや、ゲームヒロインのデフォルト名を持つ私に、何らかの接触があってもおかしくないと思っていたけど、このタイミングで一体何を言いたいのか、という意味での何故に、である。

 だけどここで逃げたってずっと付きまとわれそうな気がしたので、浮かない気持ちを抱えたまま東屋へと足を向ける。


 そして今、私の名前を呼び、思いっきり睨みつけてきている少女は、間違いなくデイジー・ベレールだった。


「それで、何の用?」


 出来たら早く終わらせてほしいけど、長引きそうだし、なんか嫌な予感もするなと思いながらそう尋ねると、彼女は序盤から突っ込んできた。


「そんな地味な見た目だから全然気付かなかったわ! 単刀直入に聞くけどあなた、私と同じ転生者でしょう!? しかもゲームのことも知っている」


 しらを切るべきか、肯定すべきか。

 当然私は前者を選んだ。


「一体何のこと?」

「しらばっくれないでよ!!!」


 結果、彼女が怒り狂うことになった。


 うん、これで彼女が前世の記憶持ちで、ゲームの世界とここが同じだと知っているのは確定だろう。

 さて、ここからどうしようか。ずっとのらりくらり誤魔化すか、正直に話すべきか。

 けれどどっちにしても、彼女の怒りの火に油を注ぐことには変わりないだろうな。

 対応を決めきれず黙っている私だったけど、私が喋らずとも彼女は一人で色々話してくれた。


 デイジーが前世を思い出したのは、生まれてすぐのことらしい。けれどここが乙女ゲームの世界だと知ったのは、やっぱり彼女の奇行が始まったと言われる入学前の時期だという。

 折角貴族の娘として前世持ちで生まれたんだからとはっちゃけた彼女は色々やらかしてたっぽいけど、ゲームのことを思い出してからは、名前も生まれもヒロインとは違うけどどうせなら自分がヒロインになって大好きだったヒーローたちを攻略してやろうと思って、とりあえず見た目を真似てみた。


 そして入学式で、強烈なピンク髪の見た目のヒロインの姿がないと思ったデイジーは、これは本格的にヒロインの座は自分のものだと思い、まずは一番好みだったアレクサー殿下を狙ったそうだ。

 けれど、ゲームでは険悪だったはずのエリザベス様とはラブラブで取り付く島もなく、他の三人を好きだった順に攻略していったけどどれも玉砕。


「あのエリザベスの中身も絶対に同じ転生者だと思うの。だからアレクサー殿下との恋が進まないのよ! だけどそれ以外も進展しないなんておかしいじゃない!? だからあたし調べたの。そしたら、ヒロインがデフォルト名でこの学園に入学してるって分かったの!! しかも、本当はピンクの髪なのに、染めてるんでしょう!? そんなくそだっさい格好してるから全然分からなかったけどね!」


 そうまくしたてると、彼女は私にびしっと指を突きつけた。


 まあ、くそだっさいは否定しないけど。


「はあ。言っていることはよく分からないけど。それでなぜ私を呼び出したの?」


 彼女の話を聞きながらしらを切り通すことに決めた私は、用件を尋ねる。あまりいいお話ではないようだなと考えていたけど、私はもっと彼女を警戒すべきだった。


 ヒロインになりきって髪の毛染めちゃったり、高位貴族の面々に突撃しちゃたり。ここはゲームと同じ世界観とはいえ、私たちにとっては現実だというのに。

 それを理解できないくらい、デイジーはヤバイ奴なのだ。


 デイジーはニヤリと悪魔のような笑みを浮かべると、


「つまりね、あたしは考えたのよ。ヒロインのあんたがいるから、あたしはうまくいかないんじゃないかってね。じゃあ、あたしが本当のヒロインになる為にはどうしたらいいのか。……簡単だわ。あなたがいなくなってしまえばいいのよ」


 そして懐から取り出したものを見た時、私は彼女の狂気をようやく理解した。


「死ねーっ!!」


 そう叫んで、彼女は手にした短剣を振りかざし、鬼気迫る表情で私に襲い掛かった。


「ま、え、嘘────っ!?」


 間一髪横に逸れて攻撃を避ける。


「かわしたわね?」

「当たり前じゃない!!」


 なぜ避けたのか分からないという表情をされ、私は思わず叫ぶ。 

 これは本格的にまずい。私には護身術なんてできないし、武器を手にした彼女を倒すなんて無理。とにかくこの場を収めてもらおうと説得を試みる。


「ねえベレールさん、こんなこと間違ってるわ! 仮に私があなたの言っていたヒロイン的なものだったとして、私がいなくなったらあなたの好きな人とうまくいくなんて保証はどこにもないと思うんだけど!?」


 けれど、頭に血が上り切った彼女は、言葉が通じる相手ではなかった。


「許さない、許さない、許さない……」


 血走った瞳で私を見つめる彼女に既に理性は残っていない。

 怨嗟のこもった声で再度短剣を振り上げる彼女への説得を諦めた私が取れる方法は、ただ一つ。


 この場から逃げる────!


 彼女を背にし、私は全速力でそこから離れる。

 だけど私を抹殺しようと本気で思ってるデイジーが勿論諦めるはずもなく。


「待ちなさい!!」


 声にちらっと振り返ると、鬼のような形相で追いかけてきているのが分かった。


 ヤバイ、あれマジで刺す気満々じゃん!!

 というか、普段から人気がほとんどない裏庭の最奥に呼び出すなんて、最初から私を襲う気だったんだろう。

 今更ながら、私は自分の迂闊さに後悔していた。


 が、過去を振り返っても後の祭り。今はこの状況をどうにかしないと!


 とりあえず助けを求めよう! けどこのまま校舎に向かったら無関係な生徒まで巻き込むかもと考え、ここからそう遠くない裏門近くの警備室に足を進める。彼らなら、デイジーを止めてくれるだろう。

 だけど目的地に辿り着く前に、木の根っこに気付かずそれに足をとられ転んでしまう。


 まずい、そう思った時には、既にデイジーが私に向かって思いっきり短剣を振りかぶっているところだった。


 あぁ、こんなところで私の人生は終わるのか。せめて来世は、乙女ゲームとか転生とか関係ない人生を生きたいなぁ。お父さん、お母さん、先に逝っちゃってごめん……そう思いながら、この世を手放す覚悟を決めた私が顔を手で覆って目を瞑った時だった。


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