5.ヒロイン(仮)と第二王子ウィリー
さて。
という訳で、デイジーが攻略できる相手は実質一人に絞られたはずなんだけど。
彼女の最後の標的は、アレクサー殿下の弟、ウィリー殿下だろう。
私の一個上の学年の彼は、アレクサー殿下が王位を継ぐと同時に王位継承権を捨てて平民となり、商会を創設する。ヒロインは彼と共に商会を大きくしようと尽力し、その商会は遂には我が国を代表するほどの巨大なものになるのだ。
当たり前だがウィリー殿下も容姿端麗だ。
肩で切り揃えられた金の髪と紫グレーの瞳は実兄と同じ色合い。あまり貴族らしくない性格で、非常にフットワークが軽い。
この頃から将来を意識しているようで、彼は商会を立ち上げる時に必要なノウハウを商家出身の生徒から学んだり、王族という立場を使って様々な角度からアプローチして人脈作りに勤しんでおり、とにかく忙しく動き回っている。
つまり何が言いたいかというと、ウィリー殿下を見つけるのはゲーム内でも至難の業だった。
どのキャラクターも出逢いイベントで決められた場所にいる確率は一定の割合で、絶対ではないのだが、探せばすぐ見つかる場所にいる。
が、ウィリー殿下に限っては、いつどこに現れるかがまったく見当がつかない。
ただでさえ広大な学園のマップをしらみつぶしに歩き回っても時間が足りず、出会いイベントを逃したことも多々ある。しかも出逢いイベントを終わらせた後でも、彼の行動パターンは読めないので、結局彼とのエンディングに辿り着くために、何度も何度もセーブとロードを繰り返す羽目になる。
攻略本にも彼の行動パターンはないので頑張って探してくださいとしか書かれておらず、その遭遇率の低さと効率の悪さから、最高難易度キャラ、乙女ゲーマー泣かせと言われていた。
そんな彼との初対面イベントは、後に彼が立ち上げる商会に引き込む予定の生徒との会話を偶然聞いたヒロインが、その時話題に上がっていた商品について詳しい知識を持っており、それを話すことで徐々にウィリー殿下に興味を持ってもらうというもの。
その商品というのも、他の大陸からもたらされる香辛料であったり、国の僻地で作られているワインだったり、はたまた蚕から造られる絹糸だったり、果物だったりと、その時によって違う。攻略本曰く、三十種類のうちのどれかについて、らしい。
ゲームだったらそれこそ本を片手に正解の選択肢を選べばいいだけだけど、リアルではそうはいかない。
大体ワインの種類について細かく話すとか、勉強してないと普通に無理。そんなのばっかりなのだ。
しかし正解が続けば徐々に彼との親睦は深まっていき、最後はヒロインを自身の商会に誘い、彼の片腕となって世界を飛び回るというエンディングになる。
けれど答えを間違えるとその場で攻略不可になる。
攻略する気のない私にははなから関係ないけど。
だけど私の引きが強いせいか、それともデイジーのウィリー殿下への執念が運命を引き寄せたのか、そんなウィリー殿下と自称ヒロインの初対面シーンに、またもや私は遭遇してしまった。
「それってもしかして、東アズール国でしか作られていない物のことですかぁ??」
カフェテリアでランチ中、二つ向こうのテーブルにウィリー殿下を中心とした集団が座ったのを見て、まさかなと思ってたけど、そのまさかだった。
席はどこもほぼ埋まっているので今更移動できないし、仕方なくお皿の上のバジルチキングリルを細かく切って咀嚼していたら、彼女がやってきたのだ。
そして彼らの後ろでさりげなく聞き耳を立てていた────そう装っているけど、実際は盗み聞きしていると丸わかりだった────かと思うと、急に鼻息荒くどや顔になって、例の生クリームにキャラメルとチョコソースをこれでもかとかけたような甘ったるい声で、ウィリー殿下達の会話に割り込んでいった。
その相手が、今学園で話題を攫っているデイジー・ベレールだと分かった瞬間、全員が何とも言えない表情を浮かべる。
デイジーは今ものすごく失礼な振る舞いをしているのだが、それでもウィリー殿下はそれを咎めることなく、それよりも彼女が口にしたことの方が気になったらしく、余っていた椅子に座るよう勧めた。
「君はベレール家のデイジー嬢、だよね。ところでさっきの話なんだけど、君は彼の国のその商品について詳しかったりするのかな?」
どうせ視界に入らなくても声はめっちゃ聞こえるし、こうなったら最後まで見届けようと決めた私は、食事の手は止めずに様子を伺う。
まあ、同じテーブルの友人たちは元から見物する気満々だったようで、随分前からフォークとナイフが動いていない。私たち以外の周囲の生徒も似たようなものだけど。
そんな周囲の視線を知ってか知らずか、くねくねした動作で座ったデイジーは、ウィリー殿下の言葉に、鼻の奥を膨らませて満面の笑みで答えた。
「勿論ですよぉ! だってウィリー殿下の質問に対する受け答えは、説明も含めてぜーんぶ頭に入ってますから」
「何が頭に入ってるって?」
意味が分からず首を傾げたウィリー殿下に、慌ててデイジーは何でもないですと返す。
そしてデイジーは話題を変えるように、彼の質問への回答を饒舌に語り始めた。
東アズールはここよりもはるか遠くに位置する、冷涼な気候が特徴的な国だ。
だが、その気候だからこそ作れる、特徴的なアイスワインと呼ばれるものが存在する。
たまたま凍って使えなくなった葡萄で造ったことにより生まれた、偶然の産物。
甘くて極上の味わいなのだが、ワインとして売るにはどうだろうと造った側が考え、葡萄が凍るほどの気候の時にだけ、自分たちが楽しむように作っているのだ。
あくまでも、デイジー曰く、である。
「アイスワインっていう名前らしいですよ! まだどこも知らないワインですし、もちろん知名度はぜーんぜんないんですけどぉ、ものすごーく美味しいから、絶対に売れると思うんですよねぇ。しかも今のところはそこ以外で作ることが難しいしぃ」
喋り方は相変わらずだけど、言っている内容は一見するとまともに聞こえる。
「もし殿下があれに目をつけているようだったらぁ、早めに交渉しといた方がいいと思いますよぉ?」
だが、彼らの表情は固い。それどころかうさん臭そうな目でデイジーを見つめている。
その理由が分かっている私は、ハートマークを乱舞させて見つめるデイジーにこっそり同情の視線を送る。
沈黙が続く中、それを破ったのはウィリー殿下の突き放すような冷たい声だった。
「君に助言を求めたのが間違いだったみたいだ。時間を取らせてすまないね。そろそろ昼休みも終わる頃だし、僕たちは戻ろうか」
そう言い残すと、一行は席を立ち、足早にカフェテリアを去る。
「え、ちょっとぉ、待ってくださいよぉ!! 私ぃ、めっちゃちゃんとしたアドバイスしたのに、なんでそんなに冷たいんですかぁ!?」
予想とは違うウィリー殿下の反応に、慌てた様子でデイジーが追いかけて行った。
「……ねぇ、薄々勘付いてはいたけど、彼女って頭がずいぶん残念なのね」
残った食事を急いで、でもあくまでも優雅に口に運びながらの友人からの言葉に、私は苦笑いを浮かべながら同意する。
なぜなら、彼女がしたり顔で語ったアイスワインの話。
確かに製造方法は合っているし大変希少価値も高い代物だけど、あれの生産地はこの国の北側である。
そしてゲームでは、ヒロインとウィリー殿下がその土地を持つ領主の元へ行って、そのアイスワインを定期的に製造してくれれば全て自分たちが買い取ると領主に告げ、やがて蜜を濃縮したような極上の味わいのワインの虜になった貴族たちによって、その名が知れ渡っていく……という流れだった。
が、この世界では既に、ダリアン家によって名前が知られつつあった。それは殿下の婚約者であるエリザベス様の生家であり、多分彼女もゲームの知識があったから、それを利用したんだろうなと思う。ましてその北側の土地の中には、ダリアン家の領地の一部も含まれているのだから。
一方の東アズール国は、東の海を渡った先にある大陸の半分を占める大国だ。
温暖な気候が特徴で、そこで造られているのは質の高い香辛料だ。中でも特に、黄金胡椒と呼ばれる物は、その名の通り、まるで黄金のような煌めきを持ち、香りも他とは段違いだが決して他国には流出せず、全て東アズール国の王族にのみ献上されていた。
このことはゲームをしてるからこそ知っていることで、他国と鎖国気味なあの国の黄金胡椒のことは、他の人たちも詳しくは分からなかったのだ。ゲームではその情報を足掛かりに東アズール国との交渉に乗り出すんだけど。
おそらくウィリー殿下もそこを知りたかったのだろう。
なのにデイジーは、我が国の特産品のことも知らなければ、東アズール国そのものについても知識が間違っている。
黄金胡椒はともかく、気候や国の規模くらいは一般常識として生徒が皆知っていることだ。
しかしあれだけ自信満々に覚えてるって感じだったのに。覚えるならきちんと記憶しててほしいもんだ。
これでデイジーは、全ての攻略者との最初のイベントに失敗したことになる。
ということはイコール攻略失敗ってことになるのだろうか。少なくともゲームではそうだった。
けれどやっぱり私には関係ない。これで彼女も少しはおとなしくなるだろうか。
そしてこのままゲームとか関係なく平穏な学園生活が送れるといいな、なんてこの時は呑気に考えていた。元々自分から首を突っ込んではいないから、平穏だったと言えば平穏だったんだけど。