4.ヒロイン(仮)と騎士団長の息子ザイル
「アリス! 一生のお願い!! フランク様にお礼の品を渡したいから、付き合ってほしいの!」
ディラン様とデイジーの初対面の翌日に、同じクラスの友人である子爵家令嬢のメイニーに、放課後そうお願いされてしまった。
騎士団長様のご子息様であるザイル・フランク様も勿論、攻略対象者である。
銅色の髪をツンツンに逆立てた、ニコっと笑った時に見える歯がキラリと眩しいナイスガイ。バキバキの腹筋を含むムキムキ肉体を持ち、将来お父さんと同じ職に就くだけあって剣の腕は超一流。
性格は大らかで、この人を愛すると決めたら惜しげもなく愛を伝えてくる。
ザイル様とは、ゲーム通りだと学園に入る前に出会うという前段階がある。
王都の裏通りに迷い込んでしまった際に暴漢に絡まれ、助けてくれるのがザイル様なのだ。
その時は名前も言わずに立ち去ってしまうのだが、たまたま学園でザイル様を見かけたことで恩人が彼であると知り、その時のお礼を兼ねて贈り物を持参して、訓練終わりの彼にプレゼントするというのが彼との学園での最初のイベント内容だ。
勿論私はそもそもの出会いを避けるため王都に足を運ばずにおこうと思っていたが、新学期の準備等の為に買い物に行かなければならなかったので、渋々外へ出た。
が、ヒロインの持つ引力的なもののせいか、うっかりザイル様と道で鉢合わせそうになり、さすがにこれはまずいと思って一目散に退散したおかげで何とかその前段階のイベントは起こさずに済んだ。
というかこのザイル様、頻繁に誰かを助ける機会に恵まれているらしく、目の前にいるメイニーをはじめとした何人もの生徒たちが、彼に助けられたそう。
正直自分から近付く真似はしたくないんだけど、他ならぬ友人の頼みだ。それにこの容姿だし、万が一もないだろう。
そう判断して放課後、彼がいる学園内の訓練場にやってきた。
攻略対象者たちの中では一番話しやすいザイル様は、この世界でもそうらしい。
既に彼の周りには、たくさんのファンと思しき令嬢たちが並び、ちょうど休憩中のザイル様に様々な物を差し出していた。
高級品であるチョコレートや、貴族御用達店のスイーツ店の紙袋に入ったお菓子、それに上等な生地のハンカチ等々。ザイル様はそれらを一つ一つしっかりと受け取り、にかっと笑いながらお礼を言っている。
その様子を見ていたメイニ―は、袋を後ろ手に隠しながら、悲しそうな声色で言った。
「やっぱりこれじゃ駄目だったかな」
彼女が用意していたのは、一冊の本だった。それは随分前に絶版になった、非常に古びた表紙の子供向けの絵本のようだ。
メイニー曰く、彼女がザイル様に助けてもらったのは王都の図書館内だったそうで、そこで少しだけ話をした時に、子供の頃にザイル様が読んでいた絵本が話題に上がったらしい。その本を読みたくて図書館を探していたけど、見つけらなかったので残念そうにしていたと。
で、それを知ったメイニーは、その本を探し出して、助けてもらったお礼にザイル様に渡そうと思ったのだと。
その会話はまさしくヒロインが彼との初対面イベント時に交わすもので、しかもその本ってゲーム中盤で手に入るものなので、それをこんな序盤から渡せるなんてすごいなと思って理由を聞いたら、この絵本の著者がなんとメイニーの叔父だったらしく、彼から直接もらってきたんだと。
もう、彼女がザイル様ルートのヒロインでいいんじゃないかって思える。こんなの好感度が上がるに決まっているじゃないか。
なら、私は私の役割をさっさと果たすだけだ。
「メイニー、絶対に大丈夫だから。……とりあえず行くわよ」
「え、ちょっとま……」
待たない。
私は強引に彼女の手を引くと、列の最後尾につく。そして遂に彼女の番になった。
「あ、あの、ダレル子爵家の次女、メイニーと申します………」
私はただ黙って彼女の隣に立って見守る。
少しだけ長い沈黙が続くけど、ザイル様は待ってくれていた。そしてようやく意を決したのか、メイニーは手に持っていたプレゼントを彼に差し出した。
「……少し前に王都の図書館で、絡まれていたところを助けていただいてありがとうございます! こ、これ、よかったら受け取ってもらえないでしょうか!?」
それがお菓子でも刺繍したものでも、お洒落なものでもなく、ただの古びた絵本だと気付いた周囲の女子生徒たちは、馬鹿にしたように笑っていた。
が、それも本当に一瞬のこと。
「これは……そうだ、確かに俺が探していたものだ。ほ、本当にもらってもいいのか!?」
なんせ受け取った当の本人が、今までで一番強い熱量で喜びの声を上げたのだから。
「だけど一体どこでこれを?」
「えっと、実はそれを書いたのは私の叔父なんです。それで用意することができて……」
「なんだって!? それは知らなかった! 別に礼などよかったのに。困っている淑女を助けるのは、紳士として当然の行いだからな。だが嬉しいよ。ありがたく頂戴する」
気付けばそこは二人の世界になっていて、話は大いに盛り上がっていた。
なので私はそっとその場から離れる。私だけでなく、他のご令嬢たちも、なんとなく勝てないと悟ったのか一人、また一人と立ち去っていく。
ゲーム通りの展開……どころか、ゲーム以上の光景になっている。
あんな最強アイテムまで出されちゃ、これは例のヒロインもどきが出てきたところで勝ち目はないだろうなと思った。
……と考えていたまさにその時、鼻歌交じりのピンク髪とすれ違う。
慌てて視線を向けると、件のヒロイン(仮)がプレゼントを片手にザイル様に突撃しに行くところだった。
が、受け取ったザイル様は何とも微妙な顔をしていた。
基本的に何をもらっても笑顔の人なのに一体何を渡したのかとそっと様子を伺ったら、
「最強アイテムはまだ手に入らなかったんでぇ、わたしぃ、ザイル様の為に、心を込めてクッキーを作ってきたんですぅ。ちょーっと失敗しちゃったんだけど絶対に美味しいと思うので、食べてくださいね♡」
そんな彼女の持った透明な袋の中には、ちょっとどころの失敗じゃない、黒こげの丸い何かが入ってるのが見えた。
しかも、あのヒロインの手作りとか、食べるのが怖い。
「あ、ああ、ありがとう」
受け取り拒否したいだろうけど、そうはいかないだろうなぁ。彼の性格的にも。
これがあの冷徹貴公子様ならバッサリいきそうだけど。
受け取ってもらって満足したのか、彼女は再び鼻歌交じりでどこかへと行ってしまった。
で、その後の展開はというと。
あれ以来メイニーとザイル様との仲は急速に発展し、わずか一か月で二人は婚約者になってしまった。
「良かったわね、メイニー」
「あの時アリスに一緒に来てもらってよかった! 一人だったら絶対に渡せなかったもの。それに、今度一緒にデートすることにもなって……!」
いつも凛として綺麗なメイニーだけど、ザイル様の話をするときは可愛い乙女になる。恋ってすごいなぁと思いながら、二人のデートの行き先を尋ねると、彼女はそれはもうふにゃっとした幸せそうな笑顔で言った。
「ザイル様のおうちで一緒に筋トレするの」
……うん、恋って本当にすごい。