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3.ヒロイン(仮)と宰相の息子ディラン


 あの疑惑の日から数日後。


 放課後、私は図書室の机を一つ陣取って勉強に勤しんでいた。

 もうすぐ各科目で小テストが行われるので、その対策のため、ここ何日かは図書室で過ごしている。


 実はここにはある攻略対象者がおり、私としては万が一を考えて近付きたくはなかったけど、持ち出し厳禁の蔵書には勉強に役立つことがたくさん記載されている。なので仕方なく足を運んでいるのだ。 

 

 鉛筆をカリカリ動かす音と紙をめくる音だけが聞こえる張り詰めた空気は、けれど下校を告げるチャイムが鳴った途端、一気に霧散した。


 使用した本を返却したり、荷物を鞄に入れたり、各々が帰宅の準備に取り掛かっている中、それは突然起こった。


「ディラン様っ、実はその本私も読みたいと思っていたんですぅ。よければディラン様が読まれた後にぃ、私に貸してもらえませんかぁ?」


 どこかで聞いたような若干間延びした大きな声が図書室中に響き渡り、私を含めた生徒たちが一斉に声の方に顔を向けた。


 すると目に飛び込んできたのは、例のあのピンク髪のデイジーが、今まさに部屋を出て行こうと扉に手をかけたとある男子生徒に話しかけているところだった。


 女子生徒が最近悪い意味で噂のデイジーだったこと、そしてその相手がこともあろうに、絶対零度のブリザードを撒き散らす貴公子と名高いディラン・パシフィック様だと知った私と図書室に残っていた生徒の皆さまは、思わずひっと息を引きつらせる。


 彼もまた、攻略対象者だ。

 ディラン様は現宰相様の息子で、将来はアレクサー殿下の忠臣となって国を支える人物になると言われている。

 淡い水色の髪と理知的な濃紺の瞳を持っていて、成績は常に一位を叩き出す天才的な頭脳の持ち主。

 滅多なことでは感情を出さず、無駄を嫌い、常に冷静沈着で、彼の前に立つ者は思わず萎縮してしまうこともしばしば。故に裏では、ブリザードの貴公子と噂されるほど。


 そんな彼との恋愛ルートだけど、彼の態度は初期からほとんど変わらない。甘い言葉を囁いたり、照れたり、笑顔の回数が増えたりなど、ない。

 いつヒロインにデレてくれるのか……と懐疑的になりながらも攻略を続けていくのだが、本当に途中のほんのちょっとの場面と、最後の最後、告白シーンでわずかに笑顔が出るくらいで、ほとんどのユーザーの心が折れるだけに終わった。

 

 彼との出会いイベントは、まさしく目前で行われている通り。

 どうしても課題で必要な本があったヒロインが、とある男子生徒がそれを読んでいることに気付いて、読み終わるのを待って次に借りようと声を掛ける。

 するとディラン様は、「平民が急に話しかけるのは不敬だと習わなかったのか」と冷たく言い放つ……というもの。


 一応生徒同士は身分に関係なく公平だ、と学園では言われているが、そんなものが建前であることは、クラスが身分差で分かれていることからしても明白だ。

 アレクサー殿下をはじめとした攻略対象者たちはそんな現状をよく思っておらず、現在官吏の職の多くを上位の貴族が独占しているところも、能力があれば身分関係なく積極的に採用すべきだと考えており、学園のクラス分けも撤廃すべきだと考えている。


 が、当然生徒の、特に上位貴族の中にはその考えを厭う者も多くおり、ディラン様もその一人だ。彼はアレクサー殿下に態度を窘められても、頑なに改めない。 彼の父親であるルーデン様もアレクサー殿下と同様の考え方の持ち主であるにもかかわらずだ。


 そんなディラン様だからこそ、初期はヒロインへの当たりは台風並みに強烈。けれどもヒロインはそんなディラン様に対し、「無礼は承知しております。ですがどうしても課題を解くのにその本が必要なんです」と、物怖じせずに返すのだ。

 ディラン様はその課題がどういったものかを尋ね、それなら奥の本棚にある別の書物の方が参考になるはずだと、なんとアドバイスをくれる。

 無礼は嫌いだが勉強熱心な人は好ましいらしく、これをきっかけにディラン様と仲良く────プレイしながら全く実感はなかったけど────なっていくという流れだ。

 そして最終的には、ヒロインと接していくことで自分がいかに穿った見方で他人を見ていたかを理解し、相手が平民でも態度を軟化させるようになる。


 この先も同じ展開になるんだろうか。

 私以外の皆も、そこから動かず動向を見守っている。


 ────いや、なにせ現場が唯一の出入り口のドアの真ん前。

 あのディラン様相手に、帰りたいからそこどいてくださいと言うわけにもいかず、否応なしにギャラリーと化してしまった私達は必然的に終わるまで待つしかないのだ。

 

 すると予想通り、否、ゲーム内で声をかけられたときの三倍は不快そうな表情を浮かべながら眉をひそめて、苛立たしい声でディラン様が口を開いた。


「身分が下の者から急に話しかけるのは不敬だと習わなかったのか。しかも親しくもない人間に名で呼ばれるなど不愉快だ。それに品のない喋り方だな。ベレール家はいつから人語を話す家畜を放出するようになったんだ」


 ゲームより数倍辛辣な台詞だった。

 ディラン様の声は全く大きなものではないが、皆が手を止め耳を澄ましていたため、よく聞こえた。


 確かにあの喋り方には物申したい感じはするけど、家畜って。


 するとデイジーは唇を尖らせ、真っ向から反論する。


「ひっどーい! この学園では身分の差なんてないはずですよね!? 差別です! しかも家畜なんて、こんな可愛い家畜がいるわけないじゃないですかぁ!! でもこれから私と仲良くしていけばぁ、あなたの凝り固まった固定観念も崩れると思いますぅ。だから安心してくださいねっ!」

「……は?」


 ゲームをしてるから、まだ私には分かる。けれど、そうでない者からしたら彼女の発言はまさしく意味不明だろう。絶対零度の御仁の口から戸惑いの一音が出たことも、何ら不思議じゃない。

 想定外の言葉に固まったディラン様を前に、ここでデイジーはようやくゲーム通りの言葉を口にする。

 

「それで声をかけたのはぁ、次の課題でディラン様の持っている本を参考にしたいのでぇ、貸してほしいなぁって思ってるからなんです!」

 

 うん、そう、確かにゲーム通りなんだけどさ。

 

 でも、本当にあの本が必要なのか。

 もっと言えば、そもそも彼女はあの本がどういったものなのか理解できているのか。


 ディラン様も同じことを思ったらしく、片眉を上げると少し意地が悪そうに口角を上げる。


「ほう、この本が必要だと?」

「はいっ!」

「なら当然、君はこの本の題名を読めるんだな?」

「勿論……」


 と、ここで彼女の口が止まる。

 そしてたらりと流れる汗。目はパチパチと頻繁に瞬きを繰り返し、その顔には明らかな動揺が見られる。


 それが全ての答えだった。


 ディラン様は失礼する、と一言溢すと、その場を後にする。そして残されたデイジーは、悔しそうに唇を噛みしめたあと、図書館の生徒達が自分を見ていたことに今ようやく気付いたのか、見世物じゃないわよ!! と叫ぶとようやく部屋を出て行った。


 予告なく起こされた嵐がようやく去り、私達も図書室から帰宅の途へつくことができる。帰りながら面々が口にするには、やっぱり先ほどの出来事のことだった。


「彼女、最近話題の例の子だよな?」

「やっぱり? そういやぁ、この前はアレクサー殿下とお近づきになろうとして、見事にダリアン様に撃退されたらしいぞ」

「それであの方に鞍替えか。……ある意味勇気あるよな」

「勇気がなきゃ、あのバカップルで有名な二人の間に入ろうとしたり、パシフィック様に突撃しに行けないだろう」

「にしても、あの方が持ってた本って、結局なんて書いてあったんだ?」

「俺も読めなかった。どこの国の言葉だろうな」


 やはりあの文字が解読できた生徒はいないみたいだ。


 あれは海を渡った先にある大陸で使われているナウマン語。私はその大陸と取引のある港町にいたから、たまたま分かった。

 そんなナウマン語で書かれた本の題名は、『有名職人が教える! 誰でも作れる簡単スイーツレシピ』である。


 なんかもう、色々と意外過ぎる。ディラン様が作るのだろうか。

 そういやなんか設定で、実は甘いもの好きってのがあったな。ゲームではその設定は全くいかされていなかったけど。


 なにはともあれ、今のところ私には何の害もない。あるとするなら、彼女に攻略される予定の殿方たちだろう。


 そして、ディラン様にこっぴどくやられた彼女は、きっと次の相手とのロマンスを求めて突撃しに行くんだろうなぁとなんとなく予想がつく。


 なので、勿論そちらには近付かないように努めようと思っていたのだが……。


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