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2.ヒロイン(仮)と第一王子アレクサー

 

 それは、中庭で友人達と昼食を取っている時だった。

 少し離れたところでキャッ! という少女の叫び声が聞こえてきた。なんだろうと何気なく顔を向けた私は、思わず目を見開く。


 そこには、地面に倒れている、元の私と同じピンクの髪をした女子生徒と、彼女に手を差し伸べる男子生徒の姿があった。


 ものすごく見覚えのあるイケメンに、そうか、ここって乙女ゲームの世界だったなと久しぶりに思い出した。そして、あれがどうやら攻略対象者の一人、アレクサー殿下だということも。


 この世界の、特に貴族の子息たちは皆イケメンである。だが画面上ではなくリアルの人物として初めて見る殿下は、そんな彼らすら凌駕するほどの顔面偏差値の高さだった。

 少し長めの黄金の髪を風になびかせながら、王子様然として腰を折って手を差し出す御仁。紫とグレイが混じり合った特徴的な瞳の色は、王家にしか顕在しないもの。


 そしてこのシーン。

 紛れもなく、アレクサー殿下とヒロインの出会いの一幕だ。


「怪我はしていないかい?」

「あ、ごめんなさい王子様ぁ! ちょっと急いでいてぇ、前を見ていなくてぇ……」


 アレクサー殿下の手を掴んだ女子生徒は、べったりとした喋り方で答えて立ち上がった後も、急いでいると言った割にはなぜか殿下の手を離さず、彼を舐めるように見つめている。

 あまりに露骨な態度に耐え切れなくなったのか、殿下が口を開いた瞬間、彼女ははっとした表情になってその場でぺこりと頭を下げ、再び走ってその場から去ってしまった。


 その様子に、周囲で見ていた生徒たちの大半が唖然とする。


 アレクサー殿下はとんでもないイケメンなので、ほとんどの女子生徒が密かに想ってしまうのは、まあ仕方がないこと。

 なんだけど。

 あんな露骨な態度を、本人を前に堂々とできるのがある意味すごい。

 

 にしてもあの子、髪色といい、やりとりといい、まるでゲームのヒロインみたいだ。

 それに…………。


 アレクサー殿下がしゃがみ込むと、地面に落ちたハンカチを拾う。彼女の落とし物のようで、彼はそれをじっと見つめている。


 いやいや、これ本当にゲームと同じだ。


 ゲームでは、王子である自分にぶつかったにもかかわらず気にも留めてないようで、再び走り去ったヒロインに、アレクサー殿下は興味を持つ。

 そして彼女の落とし物を拾った殿下は、これを届けるのをきっかけとして、ヒロインとの恋愛を進めていく────。


 私は友人にあの怪しげな女子生徒について聞いてみた。


「ああ、あの子ね。私達と同じ一年生で、上位クラスのベレール伯爵家の次女のデイジーよ」

「昔から少し変わった子だったみたいだけど、少し前からおかしな言動に拍車がかかったみたいで、髪だって学園に入る前に急にピンクに染めたんだって。しかも男子生徒にべたべたしたりするから、同じクラスの女子たちからはすごく嫌われてるっぽいよ」


 なるほど、私がそうだったんだから、他に転生者がいたっておかしくない。

 そもそも変わった子だったみたいだし、そのデイジーって子がどのタイミングで前世的なことを思い出したのかは分からないけど、あの様子だと絶対にゲームのことは知っているはず。

 じゃなきゃ、髪をピンクに染めるとか、そんな奇行に走る理由が思い当たらない。


 もしかして彼女は、ヒロインになりきり、アレクサー殿下ルートに入るつもりなんだろうか。

 まあ、私に影響がなければそれでいい。クラスだって違うし。


 ただ、アレクサー殿下に関してはゲームと明らかに違う部分がある。

 それは、ゲームでは極めて冷えた関係だった婚約者様と、この世界では非常に良好な関係だということ。


 しばらく殿下の方を伺っていると、一人の女子生徒が彼の元へと歩いてきた。


 アレクサー殿下と同じ輝く金の髪と、純度の高いアメジスト色の瞳。肌は抜けるように白く、この学園に通うどのご令嬢よりも美しく、佇まいも洗練されている。

 彼女こそがアレクサー殿下の愛しの婚約者、ダリアン公爵家のエリザベス様だ。


 アレクサー殿下はエリザベス様に気が付くと、すぐさま蕩けるような笑顔を向けた。


「リズ、午前の授業ぶりだね。昼食を一緒に取れなくてとても寂しかったよ」

「あら、クラスも生徒会もずっと一緒ではありませんか」

「それでもだよ。だけど今こうして会えて、不足していたリズ成分が補充された」


 見ているだけで胸焼けするレベルの溺愛ぶりだ。二人が両思いなのは見ているだけでよく分かるけど、特に殿下からエリザベス様に漏れだすハートマークの多さは半端ない。

 正直あの二人の間に入るなんて、余程の豪胆な心の持ち主じゃないと無理だと思う。まあ、入っていったところで追い返されそうな気もするけど。


 尚も二人の動向を観察していると、エリザベス様が殿下の手にしたハンカチに気付いたようで、わずかに小首を傾げた。


「そちらはいかがされたんですの?」

「ああ、いや、さっき女子生徒にぶつかったんだけど、どうやらその彼女が落としていったものらしい」

 

 その言葉に、わずかにエリザベス様の顔色が曇った。しかし殿下は愛しい婚約者の些細な変化を見逃さなかった。


「君が心配することはない。私は彼女に会っても何も感じなかった」


 すると安心したようにエリザベス様は息を吐くと、アレクサー殿下の手からハンカチを取った。


「これは私の方から返しておきますわ」

「いいの? でももし君が彼女に何かされたら」

「大丈夫ですわ。ですから私に任せてくださいませ」

「分かった」

「それでその方は」

「一年生のデイジー・ベレール嬢だ」

「やはり彼女の方が……」


 そう言ったエリザベス様は、ふと顔を上げると私をまっすぐに見据えたように見えた。

 けれどすぐに視線を戻してアレクサー殿下を伴って中庭から立ち去って行った。


 後に残った生徒は、相変わらず仲睦まじい二人だったなと口々に感想を述べていたけど、私の意識は別のところにあった。


 ゲームとは少し違って、未練たらしく殿下の手を握り続け見つめていたヒロイン(仮)。

 殿下が口にした台詞、そしてエリザベス様が呟くように言った、彼女の方という言葉。

 なにより立ち去る直前に感じた私への視線は、勘違いじゃない気がする。


 やはりあのデイジーという生徒、自分がヒロインになるつもりじゃないだろうか。そしてエリザベス様も、そのことに気付いている気がする。        

 当然私が本来のヒロインであることも分かっていて、けれどここまでがっつり変装して勉学に勤しみ、攻略対象者たちに全く近付かないことから、私がゲーム通りに動くつもりはないと思ってもらえているんだろう。

 いや、是非そう思っててほしい。

 ないから。あのアレクサー殿下を奪うとか、死んでもないから。


 とにかく、この感じだと、デイジーはヒロインに成り代わるつもりなのだろう。

 私のこの予想は、後日別の場所でとある現場を目撃したことで決定的なものになる。


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