11.休日の目撃
秋も中頃に行われた試験では、ディラン様のおかげか、少しだけ苦手だった科目も危なげない点数を取り、首位の座を維持することに成功する。
「毎度毎度この俺様の上に名前を刻みやがって……! おい、アリス! 次こそは俺が勝つ!!!」
私のせいで毎回二位の座に甘んじているザッカリー・バリビオンのもう何度目か分からない宣言を聞きながら、私は適当に相槌を打つ。
「あー、うん、そうだね、勝てるといいね。だけど私だけに気を取られるのはどうかと思うよ」
なにせ今回の三位はメイニー。前回から大幅に点数を上げていて、ザッカリーの点数にかなり迫っている。
「これもザイル様への愛の為せる業よ」
お人形のように綺麗な顔に微笑みを浮かべ、満足げに頷くメイニー。
彼女は勉強の合間に伯爵家であるザイル様の家に嫁ぐための花嫁修業もこなしながらだったので、言っていることもあながち間違っていないだろう。
覚えていろよ! と悔しそうな顔で捨て台詞を残して早足で去るザッカリーと、彼の後を追いかけるクラスメイト達を見送った後、私は早速ディラン様にこのことを報告すべく待ち合わせの場所へと向かう。
テスト前はさすがにお菓子作りには精を出せず今日は手ぶらだけど、ディラン様の前には既にカフェテリアで提供されているスイーツが並んでいた。
尋ねると、ディラン様のクラスの子たちや、下の学年の生徒に勉強を教えたお礼にもらったという。
昔より話しかけやすくなったからなのか、最近は教えを請われることが増えたらしい。そしてゲーム同様、勉強熱心な子を好むディラン様は時間が合えば彼らの指導をしている。
流れに乗って私も何か買ってこようかと思ったけど……まあこれだけあれば十分だろう。私の分はまた今度持っていこう。
「パシフィック様のお陰で、今回も良い結果を残せました。ありがとうございます」
とりあえず断りを入れて彼の正面に座り、盛り盛りに盛られた生クリームを噛みしめるディラン様に今回の順位とともにそう伝えたら、口の中に甘さの余韻が残っているからか、緩んだ頬のまま彼は首を横に振る。
「いや、俺はただほんのちょっと君の手助けをしたに過ぎない。あの結果は全て君の努力によるものだ」
「だけど、やっぱりパシフィック様には敵いません」
彼はスイーツを作りつつ、私や他の人に勉強も教えながらなおかつ生徒会の仕事もこなしていたのだから。
それにディラン様は入学してからこれまで、一度も今の順位を落としたことがない。私も今のところはなんとか一番上をキープしているけど、これを卒業まで……となるとちょっと自信がない。学園一の秀才の名は伊達ではないのだ。
私ももっと頑張らないとと密かに闘志を燃やしつつ、幸せそうに甘味を摂取するディラン様を見つめながら、それはともかく次に持っていくお菓子は何にしょうかと思案する。
甘蜜芋スイーツは既に出し尽くした感があるので、次は栗きんとんとかどうだろう。この国にはないものの別の大陸にはそれっぽいものがあって、私の住んでいた港町ではよく市場に並んでいた。
両親は大好きで、この季節になると大量に作ってはご近所さんにおすそ分けしてた。手伝ったことはあるので作り方も頭に入っている。
他にも栗もどきを使ったスイーツのレシピがないかなとこの後で学園の図書室へ探しに行ったものの、めぼしいものは見つからなかった。
テストも終わって少し時間の余裕もできたことだし、こうなったら、次の休みの日にメイニーとザイル様の出逢いの場となったあの中央図書館まで足を運んで探してみようと思い、二週間ほどテストの為にずっと勉強に明け暮れ寮に籠っていた私は、久しぶりに王都へと出てきたんだけど。
…………休日に、どえらいものを見てしまった。
図書館へ行く道の途中にある、一軒の可愛らしいお店。
何十メートルも前から甘い匂いが漂うそこは、私でも名前を聞いたことのあるスイーツブッフェのお店だ。
この国でも五本の指に入る実力の菓子職人がプロデュースしており、価格も良心的で、味もさることがなら種類も多く、定番スイーツから季節ものまで数十種類もの商品がずらりと並んでいるという話だ。
どうも甘いもの以外にもごはん系のメニューも豊富で、ここを訪れたことのあるクラスメイト達に、今度はアリスも一緒に行こうと誘われていた。
やはり人気店のようで、まだお昼には早い時間にもかかわらず店内の席は、外から見ただけで既に八割ほど埋まっているのが確認できた。
よく午前中から甘いものをそんなにたくさん食べられるなと思いながらお店の前を通り過ぎようとして────そこで私は、思案顔を浮かべて入り口に立ち尽くす、よく見知った美丈夫の姿を見つけてしまったのだ。
けれど彼に目を留めているのは私だけではない。
そもそもあのお方は非常に目立つ容貌をしている。だから彼の正体を知らないであろう通行人たちも、男女問わずその美貌に目を奪われている。
そんな衆人の視線すらものともせず、もしくはそれに気付けないほどに悩んでいるからなのか、先ほどから店内の様子と入り口ドアを見比べ、小さくため息をついていた。
彼の性格を表すかのように、首元のボタンを開けることなくかっちりとした私服姿の公爵家のご子息様が、一体こんなところで何をしているのか。
いや、想像はつく。私はなんとなく彼のため息の理由に思い当たり、声をかけることにした。
「パシフィック様」
「!?」
名前を呼ばれた瞬間びくりと体を震わせたディラン様は、私の存在を認識すると、動揺したように声を上げた。
「あ、その、き、奇遇だなアリス・メイト。まさかこんなところで会うとは」
恥ずかしそうに頬を染めつつ上ずった声で話すディラン様を前に、胸がぎゅんとなって思わずその場に蹲りそうになる。が、さすがに公衆の面前でそんな醜態を曝すわけにもいかないのでそれはぐっと堪え、軽く挨拶を交わすと、
「私はこれからこの先の図書館に行くところだったんですけど。パシフィック様はえっと、先ほどからここにいらっしゃったみたいですけど。もしかして、入りたいけど恥ずかしくて入れないから躊躇している……っていう感じですか?」
するとディラン様の顔が更に赤くなり、なんなら耳の辺りまで朱に染まっている。その顔色のまま、ディラン様は口を開く。
「……君の言う通りだ。実はここはずっと気になっていた店なんだ。最近は学園でも気兼ねなく甘いものを食べられるようになったから、今日は意を決してやってきたんだがどうも入りづらくてな。ここで二の足を踏んでいた」
ディラン様の気持ちは分からなくもない。
外から見る感じ、お客さんはどうやら全員女性みたいだし、やっぱり学園と外じゃ勝手が違うだろう。それにお店も普通のカフェじゃないし。
「護衛の方は一緒に入ってはもらえないんですか?」
確かディラン様の外出時には、影から彼の動向を見守るパシフィック家お抱えの専属護衛が付き従っていたはず。けれどディラン様はふるふると首を横に振る。どうも断られたらしい。
なら代わりに私が一緒に行けばいいんじゃないだろうか。折角お店の前まで来たのにこのまま帰るのはもったいない気がするし、このお店はまさしくディラン様の好みだろう。
私はこっそり自分のお腹と相談する。幸い今日は軽くしか朝食をとっていないので、お腹に空きスペースはある。ついでに早めの昼食にしてしまおう。
ということで、私は早速ディラン様に提案する。
「でしたら今から私と一緒に入りませんか? ちょうど朝ご飯が食べ足りなかったなって思っていたところでしたので」
「だが、君は甘いものはあまり得意ではないだろう。無理やり付き合わせるのはさすがに申し訳ない。それにこれから図書館へ行くのだろう?」
「平気です。食べた後に行けばいいんですし。それにここ、ごはん系もあるって聞いたんで、実は私も気になっていたんです。で、……とりあえず、中に入りませんか?」
こうしていつまでも入り口にいたって仕方がない。さっきからお店の店員さんが、入るのか入らないのか結局どっち!? って目でこちらをチラチラ見ているし。
だから席が埋まる前に早く行きましょう?
そう言ったらようやくディラン様は私を伴って入店する決意を固めたのか、嬉しそうに頷いた。
「ならありがたく君の言葉に甘えさせてもらおう」