1.ピンク髪の転生ヒロインは、運命の人を探さない
最後までお付き合いいただければ幸いです。
よろしくお願い致します。
イリリアン王国の王都にある、セント・ディール学園に併設された学生寮の一室で、その日私は、学園の制服を身に纏い鏡の前に立っていた。
だけどここで急に違和感を覚える。目の前に映る自分の姿にだ。
そこにいたのは、腰までおろされたピンク色の髪と、青空色の大きな瞳、それに柔らかそうなぷくぷくほっぺたと形の良い唇を持った、年齢よりも幼く見える、けれど胸はそこそこあるという小柄な美少女で。
どこかで見たことがある……記憶を辿っていると急激に頭痛が襲ってきて、そして────。
私は、自分には不慮の事故で亡くなった女子高生の前世があって、なぜかその時にドはまりしていた乙女ゲームのヒロインに転生していることに気付いた。
勿論、鏡に映るこの少女が現世での私の姿。名前もゲームのデフォルト名と同じ、アリス・メイトだ。
確かに私が住んでるこの国もこれから通う学園もゲームの舞台となる場所だし、攻略対象だった王子様達や宰相の息子、騎士団長の息子も通っているらしい。
うん、やっぱりゲームの世界だ。
かといって頭にお花が咲き乱れる能天気なヒロインにはなる気はない。だってここは私にとっては現実世界なのだから。
確かにイケメンと恋に落ちるのは魅力的だけど、彼らとハッピーエンドを迎えるのはかなり大変だ。
そもそもゲームと同じく特待生として入った平民の私は、学費も寮費も食費も教材費に至るまで全て無料になる代わりに、卒業までの試験で常に総合で五位以内に入らなければならず、成績を落とした時点で即刻退学のゲームオーバーとなる。
それに、恋の相手は皆貴族の出身。
仮にゲームが終わったとしても、ヒロインの人生は続いていく。
ちなみにこのゲームには四人のキャラが出てくるけど、第一王子殿下アレクサー様と恋仲になった場合は、将来ヒロインは王妃に、それ以外だと貴族の夫人になるパターンと、アレクサー様の弟殿下を攻略した場合は、世界中を飛び回る大商人の妻になる。
勉強するのは苦じゃないけど、貴族としての礼儀作法を学んだり、義務であるお茶会や夜会に出席したりするのは正直めんどい。
あとすごい船酔いするので、世界中を船で回るとかもう死亡フラグにしか感じない。この学園に来るときも、そっちの方が安く済むからと航路で来たけど、後悔した。どんな薬も役立たずで、二度と乗るものかと固く心に誓ったほどだ。
つまりゲームのヒロインとして真の意味でハッピーエンドを目指すためには、勉強も礼儀作法も死ぬほど頑張りながら貴族社会の荒波に生涯その身を置き続けられる鋼の精神が必要となる。
もしくは、一生船酔いと付き合っていくか。
うん、無理だな。そんな心を削ってまで、乙女ゲームのヒロインになりたくない。
というわけで、私がヒロイン転生には気が付いたけど、ゲームには一切関わらないことに決めた。
それに、この学園で優秀な成績で卒業できれば、非常に狭き門ではあるけどたとえ平民出身で女性であっても、高給取りとして知られる王城の官吏になることも夢じゃない。私はバリバリと働きたいのだ。その為に私はこの学園に入るための試験を受けたのであって、断じて恋人を作るためではない。
なのに一週間ほどかけて王都入りし、学生寮にも一番乗りで入り、ウキウキで制服を着てみたらまさかこんな展開になるなんて……。
でもまあ、入学前に思い出せたのはよかった。
それにヒロイン転生しているともっと前の段階で気付いたとしても、私がこの学園に通う意思は変わらなかっただろう。
ただ、私がヒロイン生活を満喫する気がないとしても、このピンク髪だけでもなんとかしたい。この世界は赤や青や金など色んな髪色があるけど、ピンク色の髪を持つ人間は滅多にいない。
つまり、この髪色は非常に目立つのだ。
ということで、面倒ごとに巻きこまれるリスクを少しでも回避するため、髪をこの世界では最も多い、ダークブラウンの色に染めることにした。
ついでにヒロインと同じだった髪型を変えようと思い、なんか面倒だったので長かった髪を肩くらいの長さにバッサリと切ってしまうことにした。
他にも、顔には度なしの丸眼鏡を装着して、空色の瞳を隠すべく、日本でいうところの濃い茶色の色付きコンタクトのようなものをはめ込む。
身長はどうしようもないけど、胸はさらしを巻いて大きさを抑える。少し息苦しいが、万が一のためだ。
こうして入学式の前日、改めて制服を着て鏡の前に立つ私は、どう見てもゲームヒロインの姿とはかけ離れたものになった。
○○○○
この学園には二つのクラスがある。
平民や商人出身、男爵、子爵までの比較的低位の貴族出身の子供の集う下位クラスと、伯爵家以上の爵位を持つ子が入る上位クラスだ。
当然私は下位クラスだし、攻略対象者たちは上位クラスな上そもそも学年も違うから、何も行動をおこさなければ接点はない。
実家は港町で食堂を営んでいる至って平凡な出なので、もしかしたらみんなには馬鹿にされるかも……と密かにびくついていたんだけど、ありがたいことにそんなことはなかった。
なんでも特待生として入学できる生徒は非常に少ないみたいで、私の入学は実に五年ぶりの快挙だったらしい。
だからクラスの子たちは、家庭教師もつけずに独学で勉強して好成績を修めた私に結構な熱量で話しかけてきたし、そのコツを教えてほしいとクラスのみんなが集まってきて、気付けば定期的に勉強会を開催することになった。
にしてもみんなどうしてそんなにテンション高いんだろう……と内心不思議に思っていたら、この学園、最終卒業試験においてもしも下位クラスの全員の合計点が上位クラスを上回った場合、王家が全面的にバックアップして、良い就職先を優遇してもらえたり、婚約者がいない者にはいい条件の相手を探す手伝いをしてくれるらしい。
勿論、人として外れていたり、普通に考えて無茶な要求は無理だけど、たとえ身分の差が天と地ほどあったとしても二人が想い合っていれば、王命という形で結ばれることも可能だと。
どこかで聞いたことがある……どころか、まさしくゲームでヒロインが貴族の方々と結ばれるために必要な条件が、それだった。
ゲームではただ自分の勉強面でのパラメーターと攻略対象者たちの好感度をマックスにさえ上げていれば、ヒロインの卒業時での最終試験で下位クラスが上位クラスを上回り、その結果ヒロインはヒーローと結ばれる、ってエンディングに勝手になっていた。
だからこそ、そもそもモブ扱いされていたクラスメイトとの会話のシーンは皆無だったけど、こんなにみんな熱く盛り上がってたとは思わなかった。
一方で上位クラスが優勝しても特に何もない。
なぜなら幼い頃からずっと家庭教師をつけている彼らが勝つのは当たり前のことだから。逆に負ければ恥さらしなクラスだったという評価が一生ついて回るらしい。
で、私というイレギュラーな生徒が入学してきたことによって、もしかしたら史上初の下剋上が狙えるかもと沸き立っており、結果クラスは一致団結していた。
上位クラスとはまだ点数は離れてるけど、時間をかければ点数の底上げは狙えるかもしれない。当然私も、勉強に熱が入る。だっていい就職先、紹介してほしいし。
結果、私は自分がヒロインだったということも忘れかけ、ひたすら勉強に精を出していたんだけど、ある日それを思い出させる状況に直面することとなる。