エピローグ「涙の記録」
抗いの声は、かすかでも消えない。
涙は、誰かを変えるために流れる。
その日、祝祭は——崩れ始めた。
ソウタ・ミナセ、死亡。
死因:式典中の「配信事故による混乱」および「転倒による致命傷」。
公式記録は、そう簡潔に締めくくられた。
映像のアーカイブは即座に削除され、ニュース番組はすべて編集済みの祝辞に差し替えられた。
誰も、何も、見ていなかったかのように。
——そう、政府は思っていた。
けれど、あの日。
あの瞬間。
確かに見た者はいた。
感じた者もいた。
祝祭の会場で、“祝われるはずだった少女”は、壇上で泣いた。
拍手をせず、マイクの前で立ち尽くした。
その理由を問われて、こう答えたという。
「だって、怖いの。“死ぬのが当たり前”って、言われるのが」
各地の式典で、笑わない者が増えた。
“拍手拒否”をする遺族。
「祝われたくない」と泣きながら逃げ出す高齢者。
「なんで死ななきゃいけないの?」と泣く子ども。
テレビはそれらを報じなかった。
だが、SNSには記録が残った。
そして、広がった。
「誰かが、泣いてくれる世界で、生きたかった」
その言葉とともに。
ナナは、地下の記録室でモニターを見つめていた。
その中には、ソウタの最後の映像——そして、彼のメッセージが残っていた。
彼が残した手書きのメモは、端末のフォルダに保存されていた。
ナナはそれを開き、そっと指先でなぞる。
「僕の死が、誰かの“生”のきっかけになったら、それでいい」
「祝われなくていい。ただ、“泣いてくれる誰か”がいてくれたら、それだけで」
「心を持って、死にたい。心を持って、生きたかった」
その文字を読み終えたとき、ナナの頬に一筋の涙が伝った。
彼女は涙を拭おうとしなかった。
誰かの死を、誰かがちゃんと悲しむ。
それが、当たり前の世界になるように——
ナナは記録端末を閉じ、小さく笑った。
「……バカだな、あんた」
でも、その涙こそが。
この世界で最初の、本物の祝福だった。
彼の死は、終わりじゃなかった。
世界のどこかで、“本物の祝福”が生まれ始めている。




