第六話「最後の祝福」
祝われるために生まれてきたわけじゃない。
僕は、自分として死にたいだけだ。
目を覚ましたとき、空は晴れていた。
雲ひとつない青空。
いつもと変わらない朝。
でも、今日は違う。
今日、僕は“祝われて”死ぬ。
式典服はすでに整えられていた。金の刺繍が入った真っ白な布地。
母はにこやかに整髪剤を手にし、僕の前髪を丁寧に整えてくれる。
「あなた、きっと素敵になるわ。立派な姿を、みんなに見てもらいましょうね」
父は食卓で新聞を読んでいた。
その手には、震えも迷いもなかった。
「胸を張れ、ソウタ。この日を迎えられることを、誇りに思え」
僕は、頷いた。
そして、胸元の袖裏に手を伸ばす。
ナナから託された小型デバイスが、そこにある。
あとは——タイミングだけ。
リムジンで会場へ向かう道中、沿道には僕の名前を掲げた旗がはためいていた。
「祝・ミナセ・ソウタ」
「門出を祝して」
「最後の一歩に拍手を」
そこに込められた善意が、なによりも重たかった。
この国では、“祝うこと”が正しいと信じられている。
会場に到着し、式典服に袖を通した僕は、舞台裏に案内された。
ステージの奥で、母と父が待っていた。
「あなた、本当に立派になったわね」
「母さん、感動してるわ」
「お前の姿、ちゃんと見てるからな」
「この国に、恥じない行いを」
僕は、しばらく二人の顔を見つめていた。
そして、口を開いた。
「……ありがとう。でも——僕は、祝われたくない」
母が一瞬だけ、瞬きを止めた。
「え……なに?」
「僕は、死にたくない。
笑われながら消えていくなんて、まっぴらだ」
父が、眉をひそめる。
「何を言ってるんだ、ソウタ。これは人生で最高の、名誉ある瞬間だぞ」
「……だったら、そんなもの、いらない。僕は、泣いてくれる人が欲しかった」
そのまま、僕はステージへと歩き出す。
父が呼び止めた。
「ソウタ、やめろ!何をする気だ!」
振り返った僕は、はっきりと言った。
「僕として死ぬために行くんだよ」
——そして、壇上へ。
「本日、新たな門出を迎える若者を紹介いたします。ミナセ・ソウタ君。どうぞ!」
拍手の嵐の中、ライトを浴びながら壇上の中央へ進む。
袖の中で、デバイスが起動する。
一歩、二歩、三歩。
壇上の中央で、マイクを手に取る。
世界が、静まる。
「……僕は、死にたくありません」
瞬間、会場の空気が固まった。
ざわめきが、波紋のように広がる。
「僕は、“祝われたくない”。死ぬことは、怖い。誰かが僕を笑って見送るなんて、耐えられない。
——僕は、生きていたいんです」
そして、ナナの仕掛けたプログラムが作動する。
巨大スクリーンに、古い記録映像が現れる。
祝われていない死、泣いている人々、悲しみと向き合う人間たちの姿。
観客席から、声が漏れ始める。
「これ……なに……?」
「どういうこと……?」
司会者が動揺して何かを叫ぶ。警備員が駆け込んでくる。
でももう遅い。
僕は、カメラに向かって微笑む。
涙を浮かべながら、心からの笑みで言う。
「誰かが、泣いてくれる世界で、生きたかった」
その言葉が全国へ放送された直後——
母の顔がスクリーンの隅に映った。
笑顔は消え、口元がわずかに震えていた。
目には、初めて見る“迷い”が浮かんでいた。
父は、ただ呆然と立ち尽くしていた。
手は握り拳のまま、動かず、何も言えなかった。
でも、僕にはそれで十分だった。
あの人たちの心にも、何かが残ったなら——
僕は、意味のある“死”を手に入れたのだと思える。
そして、意識が——暗転する。
誰かが、泣いてくれる世界で、生きたかった。
その言葉は、世界に届いた――たとえ、僕がいなくなっても。




