第四話「逃げ場所のない世界」
世界に、心の居場所なんてもうないと思っていた。
でも、僕と同じ“怖いと思った人間”が、他にもいたんだ。
家を飛び出したのは、夜の十時過ぎだった。
家のドアを閉める音はやけに大きく感じられて、少し身をすくめてしまった。
でももう、引き返すつもりなんてなかった。
冷たい風が肌を刺す。シャツの襟を立てながら、僕は住宅街を抜け、誰もいない駅前を通り、足の向くままに歩いた。
誰にも見つからずに、どこか遠くへ行けたら。
そう思いながら。
頭の中は、さっきの会話でいっぱいだった。
「死を恐れるのは、未成熟だ」
「笑って死ぬのが正しい」
本気でそう言っていた。
僕の両親は、心の底から、何の疑問もなく。
「どうして……僕だけが、間違ってるみたいなんだよ……」
喉の奥で、熱いものがこみ上げてくる。
でも泣くのは嫌だった。泣いたら、認めてしまいそうだったから。
“本当に一人なんだ”って。
気づけば、僕は旧市街に足を踏み入れていた。
錆びついた看板、剥がれたタイル、窓の割れたビル。再開発から取り残されたこの場所は、学校でも「危険区域」として近づかないように言われている。
でも、今の僕には一番落ち着く場所に思えた。
この場所だけは、誰も笑っていなかった。
そのときだった。
背後から、声がした。
「ねえ、君も、“怖い”って思ったの?」
振り返ると、街灯の下に一人の少女が立っていた。
黒いパーカーのフードを深くかぶっていて、顔の半分は影に隠れていたけど、目だけがはっきりと見えた。
その目は、僕と同じだった。
恐怖と、疑問と、怒りと——諦め。
「……君は?」
「ナナ。あんたと同じ、“まともな側”の人間。
この国じゃ、それだけで異常者扱いされるけどね」
「まとも……」
僕は思わず繰り返していた。
この言葉を、どれだけ待っていたんだろう。
「じゃあ、君も……死を祝うのは、おかしいって……」
「もちろん。誰かの死に、笑えるわけがない。それが普通でしょ?」
ナナはそう言って、懐から小さなチップを取り出した。
薄く、透明で、少しだけ光っていた。
「これに、“昔の映像”が入ってる。政府に消される前の、記録映像。本当の“死”の姿」
「……見せてほしい」
ナナは僕を見つめ、静かに頷いた。
「でも、覚悟して。この映像を見たら、もう元には戻れない。この世界に、心の居場所はなくなる」
「——それでもいい」
もう、とっくに無くなっていたから。
小さなデータチップの中に、本当の死が詰まっている。
覚悟を決めた僕は、ついに扉の向こうへ足を踏み入れた。




