第二話「祝われる者たち」
誰かの死を祝うことが、まるで誕生日を祝うかのように語られる。
そんな国で、僕の「順番」が回ってきた。
「なあ、ソウタ。もう決まったのか?」
放課後の教室。夕焼けが窓際の机を赤く染める中で、リクが何気なくそう訊いてきた。僕はプリントをまとめながら聞き返す。
「何が?」
「“祝日”だよ。お前のさ」
言葉に詰まりそうになる。
リクの口調は、まるで「誕生日、いつだっけ?」と聞くような軽さだった。
“祝日”——それはこの国で人が「死ぬ日」を指す。
僕たちは一定の年齢になると、政府から“祝日通知”を受け取る。通知が届けば一週間後に式典が開かれ、みんなの前で命を終える。それが名誉であり、祝福であり、人生の完成だとされている。
「まだ。通知、来てない」
僕はできるだけ平静を装って答える。リクは「へぇ」とだけ言って、また自分の机に戻った。
教室の壁には、今月の祝日予定者の名前と日付が貼り出されている。写真の下には花が添えられ、「残りわずかな時間を、笑顔で」と書かれている。
誰も疑問に思っていない。
みんな、当たり前のこととして受け入れている。
だけど、僕は違う。僕だけが、違う。
♢♢♢
家に帰ると、すぐに地下室に向かった。祖父が残してくれた、埃にまみれた書庫。そこには、この国が今の姿になる前——“死”が祝われる前の時代の記録が眠っている。
数年前に偶然見つけてから、ずっと人知れず読み続けていた。
古い日記帳、黄ばんだ新聞、切り抜かれた書類、そして“記録されていない歴史”。
ある日記に、こう記されていた。
「母が死んだ。病室で手を握ったまま、最後の言葉も聞けなかった。涙が止まらなかった。父は無言で部屋に閉じこもり、妹は何も食べられなくなった」
「どうして人は死ぬのか、どうして戻ってこないのか。そんな当たり前のことが、怖くて仕方がない」
「こんなに悲しいのに、誰も慰められない。これが“死”なのだと、思い知らされた」
読み進めるたびに、胸が痛くなった。
僕の知っている“祝われる死”と、そこに書かれた“悲しまれる死”は、まったく違うものだった。
この国では、今や人が死ぬと笑う。
でも、昔は泣いていた。
それが“普通”だった。
“正しい”ことだった。
なぜ、変わってしまったのか――
さらに調べていくと、「大疫禍」という出来事にたどり着いた。およそ百年前、致死率の高い感染症が国中に蔓延し、一時的に死者数が今の百倍を超えたという。
人々は精神を病み、自殺が続出し、社会が崩壊寸前まで追い込まれた。
そのとき、政府が打ち出した“精神的対策”のひとつが、「死を祝う」という思想だった。
「人が死ぬことを肯定すれば、悲しまなくて済む」
「悲しまなければ、人は壊れない」
最初はただの応急処置だった。
けれどそれが数十年のうちに制度になり、教育になり、祝祭として組み込まれ——
ついには、誰も疑問を持たなくなった。
僕はゾッとした。
これは“文化”なんかじゃない。
正気を保つための強制的な忘却だった。
♢♢♢
その夜、母の声に呼ばれてリビングに戻ると、テーブルの上に一通の封筒が置かれていた。
金色の縁取りに、赤い蝋印。
僕の名前が、宛名に刻まれていた。
まるで、誕生日プレゼントのように。
でもそれは、“死の予定通知”だった。
震える手で封を開けると、日時と会場、祝辞の予定者の名前まで丁寧に書かれていた。
一週間後、僕は「祝われて」死ぬ。
でも、何よりも恐ろしかったのは——
その紙を読んだ母の表情が、とても嬉しそうだったことだ。
一通の封筒が、僕に命の終わりを告げる。
でも、それを読んだ家族の笑顔が、なによりも恐ろしかった。




