第一話「鐘が鳴った日」
人が死んだとき、あなたは笑えるだろうか。
この世界では、それが「当たり前」になってしまっている。
最初に鐘が鳴ったのは、祖母が死んだ日の朝だった。
その朝、窓の外からゆっくりと、しかし確かに胸を打つ音が響いてきた。
カーン……カーン……
乾いた空気の中に染み渡るような音。まるで教会の鐘みたいだ、と僕は思った。でもそれは、礼拝でも、結婚式でもなかった。
“誰かの死”を告げる音だった。
町内放送がすぐに続いた。
「お知らせいたします。本日、ミナセ・シズエ様が永眠されました。心より、お祝い申し上げます」
お祝い、だって?
そのとき、僕は初めて耳にした言葉に、妙な違和感を覚えた。
祖母は、長い間寝たきりだった。僕が物心ついた頃にはすでに車椅子だったし、会話らしい会話も、最近ではもう交わせていなかった。それでも、彼女は確かにそこにいた。僕にとっては、大事な家族だった。
だけど、僕が寝室から出ると、家の中には笑い声が広がっていた。
リビングのテレビでは「祝福速報」と題されたニュースが流れていて、アナウンサーが明るい声で言った。
「今日もまた、多くの尊い命が、新たな旅路へと旅立ちました。おめでとうございます」
母はテーブルの上にケーキを並べていた。白い生クリームに、金の文字で「感謝と祝福を」と書かれている。
父は電話で親戚に報告していた。「やっと楽にしてあげられたよ。みんなで祝ってる」
僕は、言葉を失った。
「……ばあちゃんが、死んだんだよね?」
そう問いかけた僕に、母はにっこりと笑った。
「そうよ。ようやく、苦しみから解放されたの。だから、ちゃんと笑わなきゃ。ね?」
僕は、笑えなかった。
町ではその日、ちょっとしたパレードがあった。祖母の名前が記された白い旗が掲げられ、人々が拍手しながら通りを歩いた。
子どもたちは「祝日だ!」「おめでとう!」と叫んでいた。
その夜、祖母の遺影の前で、僕は一人だけ泣いた。
でも、母に見つかると優しく、けれどはっきりと叱られた。
「ソウタ、泣いたらいけないわ。死は悲しむものじゃないの。おばあちゃんも、あなたの笑顔を見たいはずよ?」
あのとき、僕は黙って頷くしかなかった。
けれど心の奥底に沈んだ違和感は、ずっと消えなかった。
♢♢♢
それから数年が経った今。
僕はもうすぐ、自分の“祝日”を迎えることになる。
どうして、人の死が祝われるようになったのか。
誰も疑問に思わないこの世界で、僕はその理由を探し始める。
たった一つの、本当のことを知りたくて。
——あの日、鐘が鳴った意味を、確かめたくて。
死が祝われるという常識の中で、たった一つの違和感が僕の胸に残った。
その音は今も耳の奥で鳴り続けている――あの日、祖母が死んだときの鐘の音。