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7話 それぞれの進路

「いやねぇ、運命ってこういうことなんだなって思ったよ」


 始まりは恵奈が高校生の頃まで遡る。とある日、恵奈のクラスに一人の教育実習生がやってきた。その教育実習生は顔は普通だがノリが良く、比較的生徒と歳が近いこともあって、少ない期間でクラスの人気をかっさらっていった。

 恵奈はその頃、美術部に所属していた。その教育実習生も美術専攻していたこともあり、二人の距離は他の生徒より少しだけ近く、話すことも多かった。ただその時に恋に落ちたとかはなく、教育実習期間が終わるとお互いにそんな人もいたなぁと思い返すくらいの関係だった。

 恵奈が卒業した後、教育実習生は恵奈の母校に先生として就職したけど、その話も風の噂で聞く程度の話で、恵奈はすぐに忘れてしまっていた。


 転機は今から半年前、恵奈は家の近くにある一件の飲み屋で、その先生と再会した。その先生は学校でなにかトラブルがあったようで、一人にも関わらずかなり深酒をしていた。それはカウンターから動けなくなってしまい、恵奈につかまりながらでないと帰れないほどだった。

 恵奈も一応昔話した時のことを知っていたから、放り出しておくこともできず、泥酔した先生に案内されるまま小さなアパートへと辿り着き。


「ヤッちゃったと?」

「いやいやさすがにそこまではしなかったよ。でもさー、先生を担いだ時になんかピンときたというか」

「ピンと?」

「この人の人生をこれからもこうやって支えていくような気がして」


 相手はお酒に負けて支えられてるんだけどそれでいいのか? と思ったけど、なぜか照れて笑う恵奈に突っ込みは入れづらい。

 恵奈はそこで既成事実を作ることもできたけど、あえてしっかりと介抱し、朝、先生が目覚めた時にはテーブルの上に白米と味噌汁、焼魚におひたしと理想の朝ごはんを用意した。


「なんか食べてる途中で感動して泣き出してさー。それにもきゅんときて」

「恵奈って料理できたんだ」

「いや、ご飯は炊飯器で炊いたけど、味噌汁はインスタントだったし、お魚はコンビニのだよ」


 きっとさも自分が作ったように出したことが想像つく。

 そこから連絡先を交換して、数回会ううちに交際を始め、その後も猛アタックした結果。


「昨日無事プロポーズしたってわけ」

「……昨日? 恵奈から?」

「そう、昨日、私から。まだ親に挨拶とかなーんもしてないし、他の人に話すのはあゆみが最初かな」

「それは……おめでとう」

「うん、ありがとう」


 なんか全体的に恵奈らしい報告だった。その話だと交際も半年くらいなんだろけど、結婚が決まったのはおめでたいことだ。

 私にとっては想像できない結婚の仕方で、それで大丈夫? と思うところもあるけど、恵奈の幸せそうな話し方を見ていると聞きたいことなんて吹っ飛んでしまった。


「しかし相手が教師とは意外だね」

「そうだねー、私もそう思う。一応公務員だし、仕事は大変そうだけど給料も悪くないみたい……あっ、そうだった。それでこの話だけど、香奈には言わないでおいてくれる?」

「どうして?」

「香奈にとっては突然家族が増えるわけじゃん? 来年受験だし、あんまり気にすること増やしたくないんだよね。だからとりあえず今は婚約状態にして、式も届けも落ち着いてからにしよっかなって」


 香奈のことを考えると、恵奈の言うことも理解できた。香奈も意外と恵奈のことを慕っているみたいだから、衝撃も大きいかもしれない。


「私も一緒に暮らすのは大学卒業してからにしようと思ってるし、そこら辺はゆっくり進めるよ。結婚の了承はカメラに入れてるから覆されることもないし」

「うわー、やばい女だ」

「隠し撮りしたわけじゃないよ? 結婚式にプロポーズの動画流したいなーって思って」


 うーん、でもそれを利用しようとしてるならやっぱりやばい女だ……。

「まぁ付き合いはちょっとダンナ優先になるけど、これからも妹共々よろしくね」




「結婚祝いですか?」

「えっ?」


 それは『やっておきたいこと47 高いところで世界の大きさを知る』で東京スカイツリーの展望デッキに二人で来ているところだった。

 香奈がふとそんなことを言って心臓が跳ねる。


「いえ、あゆみさんが結婚祝いどうしようかなって呟いてたので」

「うそ、口に出てた?」

「出てましたよ。どなたか結婚されたんですか?」

 

 クスクスと隣で笑う香奈は、今日もばっちり美少女だ。

 最初に会った時は全然着飾っていなかったけど、私と出かければ大丈夫と思ってくれているのか、最近は自分好みの服装で来ることが多くなった。おかげで前にも増してガードが大変。

 

「えーと、そうなの。親戚なんだけどね」


 まさか香奈のお姉ちゃんだよ、とは言えるはずもなく。


「そうですか。親戚ならば一万円程度が目安でしょうか? この後見に行きますか?」

「もう少し先だからまだ買うつもりはなかったけど……でも見に行くくらいならいいかな」

「わかりました」

 

 内心ドキドキしたけど、姉妹だからか香奈の好みは恵奈の好みであることも多い。香奈が好きそうなものを見てればヒントになる。

 

「世界の大きさ、わかります?」

「んー……わかんないや」

「私もあまり実感はないですけど、空は少し近く感じますかね?」

 

 高いところで二人並んでいると、なぜだかぼーっとしてしまう。眼下を見ていた私が視線を上にすると、香奈の言う通り白い雲がいつもより少しだけ近く感じた。ゆっくり流れている雲は、やがて視界から消えていき、どこからともなくまた現れる。

 

「そういえばさ、誠英でよかったの?」

 

 前々から気にしていた疑問が、不思議と口から洩れた。

 それはもう一年も前で、香奈が進路を北海道の高校にしたいと家族と衝突したときのことだ。私の家に家出してきた香奈は、一晩私と話した末、進路を都内の高校に変更した。

 香奈が選んだことだから、その理由について私は聞かなかった。でもずっと気になっていたことは確かで、それはきっと私の影響が間違いなくあって。

 それを実際に答え合わせをする勇気がなかったけど、今この瞬間なら、空が責任を受け止めてくれる気がした。

 香奈は私の問に特に気にした様子もなく、空を見上げている。

 

「家出させてもらった後、もう一度よく考えてみました。進路というより、私のことを。……母については、おねー……姉から聞いてますよね?」

「少しね」

「姉がどのように母のことを話したかわからないですが、私に対して結構過保護なんですよね。母と歩いていても、結構な頻度でいろいろな人に話しかけられるので、そのせいでどんどん拍車がかかるような感じで……実は今でもGPSはONですし、仕方なく一人で出かける時は2時間に一度定期連絡が必要です」

「うぇ、マジ? よく家出許してくれたね」

「母の中では、あゆみさんは信頼できる立ち位置みたいですよ。姉も知っていますし、何度か家にも遊びに来ていましたから」

 

 今日もあゆみさんといるので連絡の必要はないです、と付け加える。

 

「……でもきっと、それが煩わしかったんです。私はまだ義務教育も終わっていませんし、ただの、少し目立つ子供です。だから母が守ろうとしてくれるのは当然のことなんですけど、高校生に近づいて、少しだけ子供じゃなくなって、母から離れて暮らしてみたいという気持ちが少なからずあったんだと思います」

 

 それはいわゆる小さな反抗期なのかもしれないと思った。

 でもそれが行き場のない気持ちであることも、母親に言えない気持ちであることも、賢い香奈はちゃんと分かっていて。

 進学を理由に遠くへ行きたいというのは、ちょうどいい理由だったんだろう。

 

「だから進路変更したのは、その気持ちを自分の中で自覚したことが大きいですね。偏差値は誠英の方が上で、選択肢が広くとれることは分かっていましたし、本格的に将来を決めるのは大学受験の時でもいいかなと思いました。あと……」

「あと」

「あゆみさんが、私がいないと寂しいって言ってくれたから。そして私もそう思ったので」

 

 その言葉になんて返答すればいいのか、私はわからなくて。

 とにかくなぜか顔が熱くなるのをごまかすために、空を見上げ続けるしかなかった。 




 結婚祝い探しといっても、やっていることはウィンドウショッピングに変わりない。あれが可愛い、これが似合うとお店を回っているうちに時間は過ぎていった。

 

「そういえば就職活動の方針はなにか決まりました?」

「うぐっ」

「ないんですね」

 

 立ち寄ったカフェで休憩中、香奈の言葉に少しせき込む。

 

「思い返せば遊んでばかりでしたからね。100あるといってもやったのは10もいかないですし……公務員のお勉強はしていないんですよね?」

「うん」

「……あゆみさんって、大学でなにを学んでいたんですか?」

「やめて! そんな非情な問いかけをしないで!」

「非情もなにも……まぁうちの姉も同じようなものですし、あんまり言わないでおいてあげましょう。適性検査はどうでした? SPI試験もやってみたりしてます?」

「なんでそんな就職事情に詳しいの? 本当に中学生?」

「本当に中学生です。このくらい常識の範囲内ですよ」

 

 いや、普通の中学生はこんなこと言ってこないんじゃないかな……。

 私の大学は就活部のサポートがあるけど、自発的に通わなければ支援は受けられない。そこまで就職率に力を入れているかというと微妙なところで、その緩い感じに甘えているのもあった。

 

「ではまずSPI試験を受けましょう、予約すればいつでも受けられるはずです。スマートフォン出してください」

「なんで?」

「今すぐ予約するので」

「慈悲はないのですか……?」

「強いて言うなら今与えているところです。ちゃんとやらないとフリーターになっちゃいますよ」

 

 流石にそんなことはない、たぶん、きっと。



 

 香奈は手加減してくれてたんだなぁと思いながら、スーツとパンプスの社会人コーデで電車に揺られる。足もパンパンだし、身体はガチガチだけど、まだ用事が一つ残っている。

 今日は日曜日だけど、合同会社説明会でこうして出勤みたいなことをしている。その段取りはもちろん香奈が用意してくれた。

 

「行くだけで500円のクオカード、四社訪問でもう一枚もらえるはずです。今日の夕方にこのお店でまたお会いしましょう。あ、そこのお店クオカードしか使えないはずなんですけど、どうしてもそこのパフェが食べたくて。受験勉強を頑張っている私にご褒美を頂けますよね?」

 

 もちろんクオカードだけ使用できる店なんかあるわけないし、パフェを頼んだら余裕で1000円を超えるような店だ。すぐに嘘とわかるが、中学生にそこまでお膳立てをされて行かないという情けない選択はとれない。

 リュックの中には冊子やら参加品やらが詰まっていて、電車が揺れるたびにがさがさと音がした。その冊子の中の会社に、一年後入社している自分を想像してみるけど、なんだかそれはちぐはぐな想像できなかった。

 

「す、すみません」

 

 そういえば香奈は喫茶店で待っていると言っていたけど大丈夫かなぁ。香奈のことだから律儀に先に入っているだろうけど、運が悪いと男が対面に座って口説いている時がある。疲れてるし余計な相手したくないからいないといいけど。

 

「あ、あの!」

「わぁ!」


いきなりの大声に私まで大きな声が出てしまった。声の方向に視線を下げると、いつの間にか小さな女の子がこちらを涙目で見上げている。


「……私?」

「そ、そうです。よければ少し時間ありますか?」

 

 その話し始めは、男が香奈に話しかける時になんとなく似ていて。

 女の子が私にナンパしてくるのは流石に予想外すぎた。


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