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6話 やっておきたい100のコト_2

 やっておきたいこと21 食べ歩き


「あ、これ美味しい」

「私のは少ししょっぱかったです……」


 お肉の串焼きを片手に、人通りの多い商店街をめぐる。出店で売っていた串焼きを一本ずつ買って、食べながら歩いていた。


「じゃあちょうだい」

「あゆみさんって細いのに意外と食べますよね……」


 香奈の食べかけを貰う。確かに香奈がもらった方はスパイスが多めにかかっていたようで塩味が強かった。


「あー、お酒ほしい」

「ここに未成年がいるので今日は我慢してくだい」


 帰ったら飲も、と思いながら賑やかな店を眺める。食べ歩きで有名な通りは、私達と同じように手に何かを持って歩いている人が多い。

 売っているものも、食べやすいように売られていて、思わず目移りしてしまう。


「焼小籠包だって」

「テレビで紹介されているのを見たことがあります」


 四個入りを注文すると、すぐに焼きたての小籠包が出てきた。湯気が凄い。


「ぜったい火傷するやつじゃん」

「ちょっと待ちます?」

「でも熱い方がきっと美味しいやつ……」


 箸で割ってみると中から熱々のスープが漏れ出す。


「あー、スープがもったいない」

「レンゲがないと食べるの難しそうですね」


 我慢しきれず、ふーふーと息を吹きかけてその半分を口に含む。


「あっつ! でも美味しいー。ほら香奈も」

「私は熱いの苦手なので、もう少ししてからが……」

「いやいや、これは熱い時に食べるべきだよ。あーん」

「え、えっと自分のタイミングで食べられますから」

「そんなこと言わずに~」


 私が食べたもう半分を、箸でつまんで香奈に差し出す。すると香奈は少し迷いながらもぱくりと口にした。


「あ、あふい! ……けどおいひいれふ」

「でしょ」


 なんか普通に遊んでるだけな気がするけど……こんなんでやりたいこと見つかるのかなぁという疑問に気づかないふりをして、私はもう一つを慎重に口に入れた。




 やっておきたいこと6 山登り


「高尾山って山なの?」

「山ってついているので山なのでしょう」


 香奈はそう答えたけど、若干疑問を含んでいた。なんたって観光客が多いこと。


「私もあまり激しい運動は勉強に差し支えるかと思ってここを選んだのですが、山登りというより観光地巡りですね」

「まぁいいんじゃない? 私もいきなり富士山行きましょうとか言われるよりいいし。子供の時に来たっきりだなー」

「私もです」

「いや香奈はまだ子供じゃん」

「……もう少し小さな時です」


 少しムッとした香奈が先を歩く。山登りというイメージが先行して歩きやすい靴できたけど、もう少しお洒落目の靴でもよかったかもしれない。


「もう少し歩いたところにケーブルカーがあるのでそれに乗りましょう。一時間くらいで山頂ですね」

「なんかお団子が人気なんだってさー」

「それも楽しみです」


 山登り感まったくなく二人で歩いていると、視界の端にすーと近づいてくる男が見えた。サングラスをしていて金髪で、だけどきっちりスーツを着ている。

 それは香奈と歩いた時に、何度か見たような雰囲気を持っていて。


「香奈、こっち」

「ひゃっ!」


 香奈の手をとって観光客の波に紛れる。ちょうど海外からの団体さんがいたから、それを壁にしながら先を進んだ。

 最初は可愛い叫び声をあげた香奈も、なんとなく感づいたようで、私達は少し急ぎ足でケーブルカーの駅手前に到着した。振り向いてもさっきの男は見当たらなくて、ほっと息を吐き出す。


「いやー、山でもああいう人はいるのか」

「なんですかね? 観光客を狙ってるんでしょうか?」

「ほんとどこにでも出るね。スカウトって」


 私達が気づかなかったら、あの後声を掛けられて名刺を渡されていたはずだ。場合によってはしつこく付きまとわれる。香奈と行動するようになって、どんな人が声をかけてくるのかがなんとなくわかるようになっていた。


「山の上まで行けばいないでしょう」

「いたらさすがに笑っちゃうな」


 ケーブルカーの待ち列の中、私達は笑いあう。


 そんな山登りと言えないような日でも、次の日私はきっちり筋肉痛になって、もう少し運動しないとなと反省した。




 やっておきたいこと87 裁判傍聴


「絶対寝るかと思ったけど、意外と面白かったね」

「裁判内容にもよると思いますけど、今日は特別インパクトがあったんじゃないでしょうか」


 裁判所近くの喫茶店で、今日の感想を言い合う。

 なんてったって傍聴したのは浮気裁判だ。女性も男性もヒートアップして、まるでドラマの中のような罵りあいがあった。裁判長がいくらハンマーを叩いてもそれは止まらず、やがて警備員まで出てくる騒ぎで一度中断したほどだ。


「私はちょっと疲れました。一度裁判傍聴をしてみたいと思っていたので参考にはなりましたけど、お互いの言葉が強いので……」

「私はあのハンマー叩くの気持ちよさそうだなって思ってた。裁判官も悪くないな」

「裁判官になるにはいろいろと遅いと思いますけど……。あとあれはガベルという名前みたいです」

「いいなぁーガベル」

「本当にいいと思ってます?」


 紅茶のシフォンケーキを食べながら想像する。なにか気に入らないことがあっても、ガンガン叩けばストレス解消になる気がする。


「香奈は浮気のラインはどこまでだと思う?」


 浮気の裁判ということもあって思いついた疑問を投げかける。

いちごのタルトをもぐもぐとしている香奈は、相変わらず食べている時だけは年相応に見えた。


「……手をつないだらですかね?」

「その心は?」

「肉体的接触はNGです」


 なるほど……思ったより厳しめな感じだなぁ。


「あゆみさんはどうなんですか?」

「あー……聞いといてなんだけど、なんか想像つかないや」

「浮気されるのがですか」

「いや、私が誰かと付き合うのが」

「今まで恋人とかいなかったんですか?」

「小学校時代から列を作れば最後尾にいるのが私だったからね……高身長女の需要は少ないの」

「そうでしょうか?」

「……香奈はそうじゃないみたいだけど」

「面倒なだけですよ」


 香奈くらいの可愛さがあれば背の高さも別らしい。


「あーでもなんか女の子には妙にモテたけど」

「え」


 ピシリと、香奈の動きが止まる。


「……どうしたの?」

「い、いえ、そのような発想がなかったもので……でもでも、あゆみさんは凛々しいですしスタイルも整っているので、どちらかというと女性人気が高いのは納得できるかもしれません」


 香奈はイチゴをフォークで指して……ぽとりと落としたのを気づかないでなにも刺さっていないフォークを口にした。なぜか動揺しているらしい。

 その会話以降、なぜかポンコツになってしまった香奈をフォローしながら、その日は終了した。



 やっておきたいこと55 バンジージャンプ



「ほんとにやんの?」


 渓流の中、高い位置に作られた一本の橋の上、すでにしっかり命綱がつけられた状態で、私は呟いた。

 後ろを振り向けば少し離れたところでキラキラした眼をした香奈が、スマートフォンを片手に手を振っている。


「あそこにいるの妹さんですか? 美人姉妹ですね! よぉし、ここは一つ、お姉さんの勇気あるとこ見せちゃいましょう!」


 隣には若干軽そうな男がいて、この男が用意した命綱までも軽そうな気がしてめちゃくちゃ心配になる。だけど今更それに抗議するのは遅すぎて……なにせ一歩先に地面はない。


「はい、いきまーす! 飛ーんで飛んで飛んで! 鳥になれ! いってらっしゃい!」


 ぽんと少しだけ背中を押され、強力な力で地面へと引き込まれる感覚。


「これ飛ぶんじゃなくて落ちるだけじゃーん!」


 遠くから「あゆみさーん、誕生日おめでとー!」という声が辛うじて聴きとれたけど、その後の記憶はよく覚えていない。




「ひー、お腹痛い……なんでちゃんと突っ込んでるの?」


 お腹を押さえて笑いこけるのは、本当の姉の方、恵奈だった。


「いや、あれ計画したの半分恵奈でしょ」

「いい誕生日になったっしょ?」

「今までで一番インパクトある誕生日でした! ありがとう!」


 あの日、私は香奈に目的も聞かされず連れ出され、ずいぶんと山奥に来たなぁと思えばバンジージャンプの受付をさせられてた。

 予約済でお金を払うことはなかったけど、そこに書かれていた料金は意外とお高めで、誕生日だとしても中学生が出すような金額じゃなくない? と香奈に聞いたら、半分は恵奈が出してくれたようで、姉妹に騙されたような気分だった。

 香奈はしっかり動画を撮っていて、恵奈にもすぐに共有されて、こうして笑いの種になっているわけだ。


「もう十分笑ったでしょ。それよりも恵奈の就活はどうなの?」

「あー、就活かー」

 若干涙を浮かべて笑う恵奈に進捗を聞く。私はやっと就活部にエントリーシートを添削してもらったくらいで、実際に説明会や面接をするのは四年になってからでもいいかなーと思い始めていた。

 そしてきっと恵奈もそうだろうなと勝手に想像していた。だけど返ってきた反応は、なんだか私が思っていたのと違うことに気づいた。

 やってるわけないじゃーん、みたいな予想していた言葉は特になくて、グラスに刺さったストローをくるくると回す。付き合いも長くなってわかるけど、それはなにか言いづらいことを言おうとしている時の反応だった。


「えっと、驚かないでほしいんだけどさ」

「なに?」

「ある意味決まったことがあって」

「は? えっ、嘘! 早くない? 私まだ面接も受けてないんだけど」

「まぁまぁ、ちょっと落ち着いてよ。あんまり注目されたくないから」


 大学の食堂、もうお昼を過ぎているとはいえ、何人かの人はいる。

 私の声に、近い席の人が少しだけこちらに視線を向け、すぐ自分たちの話へ戻っていった。


「恵奈に先を越されるとは……それでどんなとこなの?」

「あーとね」


 就職したならすぐに言ってくれればいいものを、恵奈は妙に口籠る。

 そこでふと違和感を感じる。普通に就職したなら、恵奈の性格ならすぐに言いそうな気がする。それも会ってすぐに軽ーく報告するくらいが一番自然に想像できる。そうじゃないとしたら、恵奈が言いたいことは就活のことか?

 思考の渦に囚われそうになった私に、恵奈は意を決して、その答えを言った。


「ダ、ダンナに就職しました~なんて?」


 なにがなんて? だ。


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