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5話 やっておきたい100のコト_1

「うあー」

「ほれほれ頑張れ。まだ一文字もかけてないぞ」


 机の上にある一枚の紙を前に、私は息を吐きだす。それはいわゆるエントリーシートと呼ばれるもので、就職活動の一歩目を踏み出すために必要不可欠なものだった。

 今のご時世パソコンで作るのが当たり前だけど、本格的な就活を前に一度は手書きで記入し、就職活動支援部(略して就活部)で添削を受けるのが、本校の習わしだ。


「んなこた言ったってさぁ、自分の長所とか自分で分かる訳なくない?」

「そんなの適当に書けばいいんだよ。こんなとこで一つ一つ考えてたら就活なんて進まないって」

「恵奈はどうしたの?」

「AIに書かせて私が添削をしたものを出した」

「AIて」


 でも本当に会社に出すわけじゃないし、それで通ったならいいのか。


「私もそうするかなー」

「実際自分で書いた方がいい文章になる気はするけどね。文学部の端くれなんだからもっと言い回しよくできるんじゃない?」


 文学部だから文章が上手いかと言われると、そんなこと全然ない。自慢できることと言ったら背の高さくらいしかない私には、講義の課題以上に何を書いていいかわからなくなってしまう。

 一人で書ききるの、まず無理かも……こんなんで就活できるのか不安になるけど。


「……香奈にでも聞いてみようかな」

「香奈も今日用事って言ってたけど、これから会うの?」

「そう」


 私達が大学三年になるのと同じく、香奈は中学三年になっていた。

変わり映えのない日々を送っているうちに、いつの間にか夏は過ぎ秋になり、私達は就職活動、香奈は受験という大きな現実と対峙していた。といっても、私達と違って香奈は気合が入っているらしく、ほぼ一日勉強付けの日々を送っているらしい。


「なんか特待生目指してるんだって?」

「みたいだね。上位1%らしいよ」

「うわぁ」

「自分の妹とはいえ、ちょっと引くよね」


 そんな香奈は息抜きと称して、だいたい月に一度私を遊びに誘ってくれる。といっても大体カフェに入って近況を話したり、なにか近くでイベントがあればふらりと見に行くくらいだけど、それは香奈だけでなく私にとってもいい息抜きになっている。


「お姉ちゃんはなんかしてやってんの?」

「いやなんにも。私も就活で忙しいふりしてるからさ。家じゃお互い不干渉かな。だから代わりにあゆみが相手してやってよ」

「私も忙しいはずなんですけどねぇ」


 とは言いながら、私は忙しくなるための一歩目を踏み出すことができていない。まだなにも書き込まれていない紙をいったん鞄の中にしまって、とりあえず現実逃避を決め込んだ。




「ねー、私の長所ってなんだと思う?」

「刹那的に生きているところでしょうか」

「それなにも考えてないって言ってない?」

「そうは言っていませんよ。言葉の裏を疑うのはよくありません」


 香奈が笑いながら紅茶で満たされたカップを手に取る。中学の制服のまま合流した香奈は、初めて出会った時よりますますその容姿を洗礼させていた。本当にアイドルかモデルをしていないのが不思議なくらいの美少女っぷりで、その威力は会う度に増している気がする。

 前までは徹底してルール逸脱は許さないような性格だったけど、だんだんと私に毒されてきたのか、少しお茶するくらいなら制服で付き合ってくれるようになったのは、ひそかな進歩だと思っている。


「希望する職種がないのであれば、条件などを見て決めればよいのでは? 都心もすぐですけど、職場が家から近い方が楽だと思います」

「それがいいかもねー、満員電車には乗りたくないし」


 私の住んでいる場所は東京郊外、電車で三十分も揺られれば中心地へ行ける。選り好みしなければ働く場所に困ることはない。


「私としては、もう少し希望を持って就職してもらいたいものですけど……夢とかはないんですか?」

「ないねぇ」


 もっと小さな時は将来の自分を想像してみたりもしたけど、今となっては暮らしていけるだけで十分だと思っていた。

 香奈はそんな私の姿勢に、少し不満そうにしているけど。


「私が思うに……あゆみさんは未経験のことが多いのではないでしょうか? 経験がなければそれが魅力的なのかもわかりません。路上の隅に宝石が落ちていたとしても、それが宝石だと知らなければただの石と通り過ぎてしまいます。私も全てではありませんが、知らなかったと感じたことはとりあえず調べるようにしていますよ」


 凄い、私中学生に経験が足りないと言われてる。

 でも実際のところ、経験が足りないというのは的を得ていた。あえて香奈には言ってないけど、小さいころから身長が高かったから、あまり派手なことをしないように、縮こまるように過ごしてきたのが私の人生だ。

 といっても身長の高さは隠しようがなくて、高い位置になにかを張り付けたり、どうしても必要とされた時は手伝ったりもしたけど。それでも引っ込み思案な性格はここまで治らなかった。


「そこで、こういうのがあります」


 過去のことを思い返していた私に、香奈がスマートフォンで表示したページを見せる。


「『大学生でやっておきたい100のコト』?」

「これはよくある啓発本ですが、中身は結構面白いと思いました。未来は過去の自分が作ります。この本の内容を順次経験していけば、天職とは言いませんがあゆみさんの興味が何に反応するのか、それくらいは分かるのではないでしょうか」

「なんで大学生向けの本読んでるの?」

「興味があったので。大学生だけではなく、20代、30代、40代でしたい100のコトという本も読了済です」

「毎年代100個しなきゃいけないやつじゃん」

「ともかく、最低限あゆみさんを活動的にする効果はあるでしょう。これを一つずつやってみてください……といってもなかなか気は進まないと思うので、私と会った時に本の中から何かを一つやってみるというのはどうでしょう。リストを見てください、なにか気になるのはありますか?」


 内容を見せてくる香奈はいつもよりテンションが高くて、ふとその様子を見て、香奈も受験勉強でストレスが溜まっているんじゃないかと気づく。

 香奈の言う通り本の内容を実践していっても、進んで就活をするようになるとは私には思えない。けどせっかく香奈が提案してくれたんだし、それで何かしら見つかるかもしれないなら、香奈のストレス解消がてら付き合うのもいいかな。


「じゃあ……まず手軽にコレで」


指を指した項目に、香奈はさっそく来週の予定を立て始めた。

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