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私が親友の妹JCと、いつか一緒に住むまでの話  作者: シキ


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閑話 姉と妹_1

お久しぶりですが閑話追加です。


 妹は、先に生まれた私よりもずっと出来が良かった。

 なのに姉妹仲があんまりこじれなかったのは、6歳というちょっと間の空いた歳の差があったからだと思う。香奈が生まれた時のことも子供ながらにうっすらと記憶があって、お母さんが小さなおさるさんみたいな香奈を抱いているところが頭の隅に残っている。『お姉ちゃんだから妹を見ていてあげて』とお父さんからよく言われた記憶もあった。

 けどそう言っていたお父さんが病気で死んでしまったから、赤ん坊だった香奈の世話は、私とお母さんとで分担してこなすしかなかった。

 お母さんは仕事が忙しいから、小学生の私がやるしかないことはたくさんあって、やがてそれは私の生活になった。香奈のために学校が終わったらすぐに帰ったり、友達よりも香奈と一緒に遊んだりするのだって普通のことだった。

 香奈が成長するにつれて特段可愛くなっていったのも、仲が良かった1つの要因だと思う。香奈はいつも私の後ろを追いかけてくるから、私の中には姉というよりも母親に近い気持ちができていた。ついてくる香奈が可愛くて、嬉しくて、ついつい構いすぎてしまうのも仕方のないことだったと思う。


 私が中学生になった時、香奈は小学生になった。その頃から香奈は本当にしっかりしていて、ある程度自分のことが出来るようになり、私の負担もだいぶ減った。とはいえ、なにかあるとおねーちゃん、おねーちゃんとすぐ頼ってくるから、呼びかけてくれれば別のことをしていても途中で止めて香奈の話を優先した。友達がどうしたとか、道で野良猫を見た、とか特に話の内容がないことの方が多かったけど、忙しいお母さんの代わりに私が聞いてあげなきゃと思っていた。

 その頃は香奈にも友達がたくさんいて、近くの友達の家に一人で遊びに行くこともあった。姉ながら心配だったけど、私も中学校に上がってから目新しいことばかりで、勉強は小学校の時よりずっと難しくって、過保護という言葉を知った私は前より香奈のお世話をしなくなっていた。

 香奈の様子が変わったことに気づいたのは、私が高校受験に追われ、香奈が小学3年の時。香奈は友達の家へ遊びに行くことがほとんどなくなっていた。平日は学校併設の図書館にぎりぎりまでいるし、休日は近くの図書館に出掛けることがほとんど。

 とある日曜日なんて、朝から図書館に出かけて、お昼前に一度帰ってきてご飯を食べたらまた図書館に出かけるなんてこともあった。それがたまの一日なら気にしないんだけど、毎週のように通い詰めていれば、当然気になってしまう。

 心の隅で心配が膨らんでいたけど、私も受験で忙しかったから、その香奈の生活は手間がかからなくて楽だった。ご飯は毎回一緒に食べていたし、私が息抜きに友達と遊びに行ったりしている時は、きっと香奈も遊びに行っているんだろうと勝手に想像していた。

 だから香奈が本当に友達と遊んでいないことを知ったのは、私の受験が終わり、高校に入る前の春休みのことだった。

 

「あの、香奈のお姉さんですか……?」

「そうだけど?」

 

 私が家の玄関を出てすぐ、小さな女の子に声を掛けられる。

 

「私、香奈ちゃんと同じクラスの渡辺みゆりっていいます。あ、あの、ちょっとお話できますか? 香奈ちゃんのことで」

 

 その時、すでに香奈の身長は普通の小学生女子と比べてずいぶんと高くなっていたから、その子が香奈と同じクラスを分かって、なんだかずいぶんと小さいなぁと思ってしまった。

 

「そこの公園でもいい?」

「だ、大丈夫です、ありがとうございます」

 

 私が先を歩くと、みゆりちゃんはおどおどと私の後ろをついてくる。

 公園までは少しの距離しかないけれど、私はその間にいろいろな可能性を考えた。すぐに思いついたのは、香奈が虐められているということ。香奈は姉の私からみても可愛い、それもその辺の子と比較にならないくらい。だからそれを僻んで虐められている可能性はゼロじゃない。

 香奈が虐められているなんて、少し考えるだけで怒りがこみあげてくる。もし虐めている子がわかったらその家に凸るくらいはぜんぜんするだろう。

 でも虐められているにしては家での香奈の態度に変化がない。それに香奈だったら、なにか嫌がらせを受けても上手く返り討ちにしそうだし。それともまだ虐めは始まっていないけど、なにかを目撃したみゆりちゃんが、香奈のことを思って私に話しかけてくれたとか?

 家の近くにある小さな公園はちょうどよく誰もいなかった。私とみゆりちゃんは古びたベンチに座る。


「それで? 香奈がどうしたの?」

「はい、あの、言いづらいんですけど……」

「うん」

 

 言いづらいこと、あんまり良いことは思い浮かばない。胸の内から勝手に込み上げてくる怒りをなんとか押さえつける。

 

「こ、このハンカチを渡してほしくて」

「ハンカチ?」

 

 渡されたのは綺麗にたたまれたハンカチだった。それはどこかで見覚えがある。

 

「あ、これ香奈のハンカチか」

「そうです。私が廊下で転んだ時に香奈ちゃんがこれを貸してくれて。それから返すタイミングがなくて」

「香奈に直接返せばいいんじゃない? 同じクラスなんでしょ?」

「それはそうなんですけど……」

 

 その後の言葉がなかなか出てこない。

 

「そんなに言いづらいこと?」

「香奈ちゃんには内緒にしてくれますか?」

「……うん、わかった。絶対内緒にする」

 

 みゆりちゃんの口からなにが飛び出してくるのか、なんだか不安になってきた。でも私の妹が嫌な思いをするなら、姉の私がなんとかしないといけない。

 私の決心がみゆりちゃんにも伝わったのか、手をぎゅっと握って話し出す。

 

「か、香奈ちゃんって綺麗だから、話しかけづらいんです」

「……うん?」

「私、時々香奈ちゃんと一緒のグループになることがあるんですけど、横顔とかすっごい綺麗で、テレビで見るアイドルみたいなんです。同じグループの男の子とかも、よく香奈ちゃんをみてぼーっとして、香奈ちゃんに注意されたりして。私と違って大人っぽいし、話しかけるのも遠慮しちゃうっていうか」

「あー……可愛いのはわかってるけどそこまでじゃなくない?」

「なに言ってるんですか! 学校の人ぜーんぶ合わせても香奈ちゃんには勝てませんよ! 背だって6年生よりおっきいんですから!」

「てっきり虐められたりとかそんな話かと思ってた」

「香奈ちゃんといじめるなんて! 私のクラスが許しません! 確かに香奈ちゃんのことが気になって、いやがらせをしてきた男子もいましたけど、すぐにクラスのみんなでしゅくせーしました!」

 

 しゅくせー、粛清? 小学生なのに難しい言葉知ってるなぁ。

 ともあれ、どうやら香奈は虐められていないらしい。みゆりちゃんの話だと、香奈の見た目が他の子と違いすぎて話しかけづらいってこと? クラスの中に一人だけ大人がいるって感じかなぁ。確かに隣にいるみゆりちゃんを観察すると、香奈とはぜんぜん違うし、同じ学年とは思えない。

 

「クラスでの香奈ってどんな感じ?」

「えっと、本を読んでいます。難しい本です。いつも真剣に読んでいるので、邪魔しないように見守っています」

「みんなそんな感じんなの?」

「そうですね」

 

 でもそれって実質一人で過ごすようなものなんじゃないかなぁ……最近図書館に通い詰める理由が、なんとなくわかった気がする。

 

「それで次のクラス替えで、一緒のクラスにならなかったら、このハンカチを返すタイミングがなくなっちゃうと思って、今のうちに渡したくて」

「うーん、どうしようかなぁ」

 

 みゆりちゃんの話を聞く限り、香奈はどうやら……まぁうすうす気づいてはいたけど、気軽に遊ぶ友達がいないみたい。

 でもその理由は普通じゃなくて、遠くから美術品を見るような保護? のような理由。私にとっては毎日香奈と会っているから、感覚が麻痺してるだけなのかもしれないけど。もしかしたらみゆりちゃんみたいに思ってしまうのが本当なのかもしれない。

 ふと視線を上げると、公園の外を歩く香奈を見かけた。重そうなリュックを抱えていて、きっと今日も図書館へ行くんだろう。

 

「おーい、香奈ー!」

「え! 香奈ちゃん? ほんとうだ!」

 

 私の声に気づいた香奈は、ちょっと速足でこっちに寄ってくれた。

 

「おねーちゃん、遊びに行ったんじゃ……あれ、みゆりさん?」

「は、はわわ……香奈ちゃんが私の名前を……憶えててもらって嬉しいです!」

「覚えてって同じクラスじゃないですか、でも確かにあんまり話したことはないですね」

「香奈、クラスメイトにそんな敬語使ってんの? 家みたいに話せばいいじゃん」

「う、いいでしょ。別に……」

 

 私と話すときとは違って、敬語にモードチェンジした香奈は、確かに少しとっつきにくそうな気がした。というかこんな話し方をする香奈は、私からしたらだいぶ違和感がある。

 

「香奈、今日も図書館行くんでしょ?」

「そうだよ」

「みゆりちゃん、香奈と仲良くなりたいんだって。今日は二人で遊びに行けば?」

「え、おねーさん!」

 

 小学生なんて、一日一緒にいれば仲良くなれる。少なくとも私の時はそうだった。必要なのはきっかけだ。そんなことを思って、私は香奈にみゆりちゃんを押し付けた。香奈だってたまには友達と遊んだほうがいいだろうし。

 

「……そうなんですか?」

「えっと、あの、その、今日はこれを返しに……」

「あ、私のハンカチ。そういえばみゆりさんに貸したんでしたっけ」

「みゆりちゃん、香奈も毎日図書館通いで、たまには遊んだほうがいいと思うから、今日は付き合ってやってよ」

「わ、私が香奈ちゃんと歩いても大丈夫……?」

「いいからいいから、ほら行った!」

 

 困惑する二人を無理やり公園から追い出す。二人の背は姉妹かと思うほど差があったけど、香奈ならきっと上手くやってくれるはず。みゆりちゃんも、ハンカチを返しにわざわざ家まで来てくれたんだしきっといい子はず。

 

「なんだかいいことしたかもなー」

 

 私もそんなことを想いながら、スキップしながら友達との待ち合わせ場所に向かった。


 その後、香奈とみゆりちゃんは無事お友達になれたらしく、香奈の話からは時々その名前を聞けるようになった。たまの休日は一緒に出掛けているようで、私の心配も少しだけ減った。

 残念なのはせっかく仲良くなったというのに、中学進学をきっかけにみゆりちゃんが引っ越してしまったこと。

 引っ越す直前まで、みゆりちゃんは泣きながら香奈にしがみ付いていて、ご家族に無理やり引きはがされて去っていった。香奈は呆れた仕草を見せながらも、車から手を振るみゆりちゃんに大きく手を振り返し、最後には少しだけ涙をこぼしていた。

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