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私が親友の妹JCと、いつか一緒に住むまでの話  作者: シキ


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閑話 東谷香奈と少し先

「北海道ですか?」

「うん、イベント自体は二泊三日なんだけどね」


 二十二時を回って私が帰宅すると、あゆみさんは必要なものをリストアップしていた。紙の上には等間隔な文字でタオルが何枚とか、化粧品の名前が並んでいる。


「イベントは土日祝の三日間なんだけど、せっかく北海道まで行くなら有給使って延長してもいいよって先輩が言ってくれて。きっと私が全然有給使わないからだろうけど」

「北海道旅行ってことじゃないですか。その先輩とですか?」

「と思ってたんだけど、その先輩は忙しいから日程通り帰っちゃうみたいでさー。でも一人で周るのもなんだかね……」


 そんな話をしながら、ペンを1回置いてあゆみさんはキッチンでお湯を沸かし始める。


「香奈は早く手洗ってきなー。さすがに夜は寒かったでしょ」

「あ、はい」


 温暖化の影響で夏が長いといっても、十月ともなれば夜は寒い。私はサークルで星座観察するイベントがあって、今日は夜遅くまで出ていた。

 私が手を洗って戻ると、マグカップから湯気が出ている。


「ノンカフェインだから気にせず飲んで。シャワー入ったら早めに寝てね」

「……ありがとうございます」


 一緒に暮らし始めて5か月、まだまだあゆみさんの知らない一面があることを、私は改めて感じていた。

 例えばこうやって、仕事のことに関しては特に念入りに準備をすることとかもそうだ。それに一人暮らしだった時よりもだいぶだらしなさが改善されて、服を脱ぎ捨てることもなくなったし、いつまでも寝ているようなこともなくなった。

 あゆみさんの世話をすることがなんだかんだ楽しかった私にとっては、ちょっとだけ物足りなくなってしまったけど、今日みたいに優しくしてくれると、それはそれでとても嬉しくなってしまう。


「あったかい……」


 マグカップはいい香りのハーブティーで満たされていて、あゆみさんも色違いのマグで同じものを飲んでいる。その一瞬一瞬が、今一緒に暮らしていることを実感させてくれる。


「もしかしたらしばらく一人にさせるかもしれないけど、お土産たくさん買ってくるから楽しみにしててね」


 お茶を飲み終わったあゆみさんは、またペンをとる。

 頑張っているあゆみさんに、わたしはなにをしてあげられるだろうか。大学生活は意外と忙しくて、私の中でひそかな目標だったお金を稼ぐ手段はまだ見つけられていない。

 料理や掃除は二人でやることにしているけど、お金周りはほとんどあゆみさんの負担だし……だからもう少しなにか役割が欲しいけど、そういうとあゆみさんは別に気にしなくていいと言う。

 

 社会人ならまだしも、学生の本文は勉強で、それはもちろんわかっているつもり。だけど今の状況じゃあゆみさんに世話をされているようで、それは公平じゃないような気がして。でもそんな気持ちはきっと私の中だけで、ただ我儘なんだろうけど。

 もっとあゆみさんの喜びそうなことをなにか、と私は頭を悩ませた。




「それで、こうなったんだ」

「こうなりましたね」


 あゆみさんと私は、札幌駅で合流した。

 札幌駅は多くの人が行き交っている。あゆみさんはその人の中でも1つ背が高いし、最近はサングラスが標準装備だから見つけやすい。


「しかも講義休んでまでねぇ、私も大学時代はよくやったけど、香奈がそうするとは思わなかったな」

「あゆみさんと一緒にしないでください、私はこれっきりです。ちゃんと友人にノートを貸してもらうことも約束していますし」

「もっと肩の力抜いてもいいのに……まぁでも、来てくれて嬉しいよ。北海道なんてなかなかこれないからもったいないなと思ってたんだ」

「せっかくなのでたくさん観光しましょう。イベントはどうだったんですか?」

「特に問題なく。有給もあるし今日はゆっくり観光できるね」


 今日も明日も平日だけど、その全て私は自主休校と、今考えてもとんでもないことをやらかしている。でも、あゆみさんが北海道を旅行したそうにしていたのはなんとなくわかったし、あゆみさんだけ一人で周るのは私に遠慮しているような気もしたから、こうするのが一番ベストな選択肢だった。

 

「じゃあ早速行きましょう。今回は私が日程を考えましたので、あゆみさんはついてきていただくだけで大丈夫です」

「うん、頼りにしてるよー。っていうか香奈の言う通りにコート持ってきて本当に正解だった。十月の北海道ってもう冬なんだね……」

「東京とは全然違いますよね、空気まで違う気がします」


 駅から外へ出ると、冷たい風が吹き付けてきて身を縮ませる。あゆみさんがすぐ隣まで来てくれたから、自然に腕をとった。


「これでちょっとはマシでしょ」

「ありがとうございます」


 といっても寒いのは寒いから、私達は自然に早足になった。一番最初は札幌駅から五分くらいの場所にある、有名な観光名所。


「ここがかの有名な時計台……」

「ビルの中にあるとあまり風情がないですね」


 その時計台はがっかり観光名所と噂されるだけあって街の中にぽつんとあった。赤い屋根と白い木造の建築物は、高いビルの合間だけど牧歌的な印象を受ける。一角には写真用の台があって、観光客が写真を撮影していた。

 どうやら中も見て回ることができるみたいだから、寒いのもあって中に入ると、部屋の中には資料が展示されていた。


「旧札幌農学校演習場……」

「もともとは講堂だったんですね」


 私は古い資料を見るのも好きだけど、あゆみさんはそこまででもない。今回はあゆみさんを楽しませるために計画した旅行でもあるから、さらっと流し読みをして、二階のクラーク博士の銅像と写真を撮って、時計台を出た。


「すぐ近くに札幌テレビ塔がありますね」

「東京に住んでいるとスカイツリーとかあるから、そこまで高いと思わないね」


 少し移動して大通公園、テレビ塔はあゆみさんのいう通りあんまり背は高くないけど、なんだかレトロ感があって可愛い。


「あ、あそこのワゴンでとうもろこしが食べられますよ」

「とうきびって書いてあるけど……北海道来たら食べるしかないよね」


 小さなワゴンで売っているのは『とうきび』や『じゃがバター』。北海道らしいものばかりで、あゆみさんは悩んだ末どっちも頼んでいた。


「香奈、先に食べなよ」


 あつあつのとうきびを渡される。気温が低いせいもあって湯気が凄い。熱そうなじゃがバターを慎重に食べるあゆみさんを写真で撮ってから、私も光り輝く粒に小さく噛り付く。


「ん、甘いですよ! このとうきび! 果物みたいな甘さです!」

「へぇー、ちょうだいちょうだい。こっちもじゃがいも自体が凄く甘いよ」


 半分に割ったじゃがバターをもらう。もちろんそれも絶品で、こんな公園の小さなお店で売っているのが信じられない味だった。




「こんなところに水族館あるの?」

「みたいですよ。これです、AOAO……あおあお? って読むみたいですね」

「東京にもサンシャイン水族館あるけど、最新は進化してるんだねー」


 商業ビルのエスカレーターに乗りながら、先に入手していたパンフレットを開く。『AOAO SAPPORO』と書かれたその水族館はどうやら最近出来たみたいで、あまり大きくない商業ビルの中に詰め込まれていた。

 チケットを買って中に進むと、いくつもの小さい水槽に魚がいて、それは水族館というよりなにかの研究所のようであった。それでも、魚の説明は詳細だし、関連する書籍が展示してあって、思わず足を止めてしまう。


「これはこれで面白いですね。大きい水族館とは違ったアプローチというか」

「あんまり食べられそうな魚いない……」

「このあといっぱい食べられますから、我慢してください」


 違う階層にはなんとペンギンが結構な数いて、元気に歩き回っていた。こんな小さいスペースでも飼育できるんだ……。


「香奈はやっぱりイルカとかペンギンとかの方が好きだよね」

「そうですね、魚より可愛さがわかりやすくないですか?」


 六角形の台座の上を集まって歩くペンギンや、水の中をすいすい泳ぐペンギンを見ているのはなかなか飽きない。他の水族館より距離が近くて、手を伸ばしたら触れそうな瞬間もある。

 群れでいたペンギンが、密集しすぎて他のペンギンを水に落としたりもしていた。


「あゆみさん、あゆみさん。今の見ました?」

「見てなかった」


 ぱっ、とあゆみさんを見ると、その視線はペンギンではなく私に向いていて、なんだか優しい表情をしている。


「ぺんぎんに夢中な香奈が可愛くて、見てなかった」


 かぁーと、顔に熱がこもる。

 あゆみさんはこういうことを悪気なくいうものだから、時々反応に困ってしまう。決してからかっているとかじゃなくて、本当に私のことをそう思っていたことが言葉に現れているから余計に。


「も、もう! こっち見ないでください。主役はペンギンなので」

「ゴメン、それもそうだね」


 あゆみさんは視線を戻すけど、私はさっきと違って好きなはずのペンギンに視線を戻せないままだった。




 お昼は有名な回転寿司屋さんに入る。

 さすがに東京の回転寿司やさんとは比較にならないくらいネタが大きくて、私もあゆみさんもたくさん食べた。夜ご飯もあるのに私は少し食べ過ぎてしまったくらい。

 前から知っていたけど、あゆみさんはよく食べる。自分では太らない体質と言っているけれどそれは日々の努力があってこそで、モデルになってからは朝のランニングは欠かさないし、まとまった時間が出来ればジムに行く。頭脳労働より身体を動かす方が好きみたいで、書類仕事で煮詰まった時とかも長い時間汗を流す。

 たくさん食べても太らないのは少しずるいな、と一緒に住む前は思ってたけど、最近はそんなこと思えなくなってしまった。毎日のように欠かさず走りに行くあゆみさんを、私は尊敬している。

 その後もショッピングモールで服を見たり、雑貨屋やお土産屋さんでいろいろ買い込んで、手荷物がいっぱいになって一度郵送したり、見かけたアニメショップに入るとあゆみさんがイベントのファンに見つかってちょっとした握手の列が出来たりと、そんなことにしているうちに時間はあっという間に過ぎ。


「今日の〆はここです」

「夜パフェ! スタッフの子が話してたんだー、札幌といえば夜パフェだって」


 狭い階段、その先にあるお店へ入るとまるでバーみたいな内装だった。お洒落な制服を着た店員さんに案内され、メニューを渡される。


「え、お酒がある」

「パフェにもお酒を使ってるものがありますね……」

「……今日はいいよね?」


 あゆみさんが上目遣いで許可を求めてきた。

 あゆみさんはお酒に強くて、相当飲まないと酔わない。普段家にいるとあるだけ飲んでしまうから、お酒の量は私が管理していた。もちろん飲みすぎは身体に良くないから、いろいろ相談して今の状況に落ち着いている。


「あんまり飲みすぎないでくださいね」

「もちろん、明日もあるから一杯だけのつもり」


 飲み物と一緒に、事細かに入っているものが描かれたパフェも1つずつ注文する。


「香奈が来てくれて本当によかった。私だけじゃどこ行ったらいいのかわからなくてふらふらしてただけかも」

「勇気を出して休んできてよかったです」

「それにしても……そうか、こういう状況なら香奈も休んでくれるのか」

「いえ、今日は特別ですよ? 私を休ませてどうしたいんですか」

「またこうやって旅行行きたいじゃん? 私の仕事、休み不安定なこと多いから香奈とあんまり合わないし」


 確かに最近は土日であゆみさんが仕事に行くことも増えた。イベントとかはどうしても休日にやることが多いから、必然的にそうなってしまう。もちろんその代わりに平日が休みになるけれど、そうなると平日は大学に行く私と一緒に出掛けるのは難しい。ちょっと寂しい時もあるけど、お仕事なら仕方ないと私は割り切っている。


「実は結構気になってたんだ。せっかく一緒に住めるようになったのに、あんまり一緒に出掛けられないの。学生だった時は、もう少し学校帰りとかに会ってたような気がして」


 そして、私が思ってもないことでいろいろと悩んでいるあゆみさんも、最近知るようになった。そういう時の悩みはだいたい私のことで、あゆみさんが私のことをよく気にしてくれていることがわかって内心嬉しくなる。

 ……いや、だけどちょっと待って。もしかしてそうやって悩ませているのは、私のせいでもあるのでは? とふとした考えが頭をよぎる。

 私は今の生活になんの文句なんてないし、毎日が幸せだけど、あゆみさんがそう悩んでしまうということは、それが上手く伝わっていないってことでは?

 感情表現するのがつい恥ずかしくって、それに最近は生活の慣れもあって前のように気持ちを伝えることをおろそかにしていたのかもしれない……そう考えて気づいた。


「なるほど、これがマンネリというやつですか」

「マンネリ? もうそんなとこまで来てる? 私達」

「いえ、そうではありませんが……きっとこういう小さなヒビが積み重なることで、大きな傷になってしまう。これは危機といっていいです、今気づけてよかった」

「……なんか話飛んでない? 大丈夫?」

「飛んでません」


 そしてその危機を脱するために、私は1つ息を吸う。


「あゆみさん、好きです。私は毎日幸せです」


 ちょうど飲み物を配膳してきた人が、ビクリと手を止めるのがわかった。


「え、ちょ、ちょーっと待って! それ今じゃないから!」

「いえ、気づいた時に言った方がいいですし、あゆみさんには私の気持ちが伝わっていないと思いました。この旅行の間に、それをしっかり自覚させなくちゃ」

「え、えー……私、ちょっと相談しただけなのに、どうしてこうなった?」


 困惑していた店員さんから飲み物を受け取る。

 私があゆみさんのことをまだまだ知らないように、あゆみさんにも私の気持ちをもっと知ってもらわないといけない。そのためにどうしたらいいだろう。

 私は残りの日程でどのやってそのことをわかってもらえるのかを考えながら、あゆみさんとグラスを交わした。


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