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3話 家出(公認)_1


『家出してきたので、今夜泊めてください』

「……中学生泊めたら、私捕まったりしない?」

『母と姉には伝えていて、同意がありますので問題ありません』

「それってただのお泊りなんじゃ」

『家出です』


 とある土曜日、夜ご飯を適当に済ませごろごろしていると、香奈が訪ねてきた。スマートフォンには恵奈からのメッセージがあって、『香奈がそっちに行くから世話してやって』とある。


「あがってー」


 液晶の向こう側に見える香奈は、とても不機嫌な様子に見えた。家出ってことは家にいたくないってことで、家庭内トラブルかなんかなのは間違いないんだろうけど。


『なんもできないよ』


 恵奈にそうメッセージを送る。


『いいよなんもしなくて。一晩で済むと思うからよろしく』


 私の小さな抗議に、恵奈からはそう返信されてくる。少しは事情を説明してくれてもいいもんだけど、と思いながら、床に落ちている服を素早く拾い集め洗濯機の中に入れた。




 香奈は、私の大学の友人である恵奈の妹だ。

 少し前に二人で買い物をすることがあってから、たまに香奈の用事に付き合うようになって、それは今も継続している。

 今ではお互いに気を遣うことも少なくなり、普通に冗談を言い合える関係になって、大学生と中学生という歳の差はあれど、恵奈と同じくらい気軽な友人になった。


「これは泊めていただくお礼です」


 香奈はリュックにコンビニ袋を持って現れた。帽子を深くかぶっているのは外見を隠すためだろう。


「ありがとー、ってダッツじゃん! 四つもある!」


 香奈のお土産に小躍りしそうになる。収入源がバイトの大学生に高級アイスはなかなか手が出ない。


「コンビニにある全種類を買ってきました。後で食べ比べましょう」

「え、四つ全部食べるの? そんなギルティなことしたことないよ」

「今日はそうでもしないとやってられません。すみませんが少し汗をかいたので先にシャワーをお借りしてもいいですか? アイスはその後にしましょう」

「あぁ、うん。シャンプーとかは好きに使っていいから。タオルは――」

「タオルはあります。お借りしますね」


 いつも通り話し方は丁寧だけど、その仕草にも不機嫌さが表れていた。

 ……これはかなり怒ってそうだな、今までも少し不機嫌になることはあったけど、こんな香奈は初めて見る。

 香奈はリュックを背負ったまま脱衣所の向こうに消える。時刻は二十時を回ったところで、長い夜になりそうだなぁと思った。




 脱衣所から出てきた香奈は白のシルクのようなパジャマを着ていた。シワ一つない新品みたいなパジャマは、香奈自身の背の高さも相まってパジャマのモデルとして載っていてもおかしくなさそうだ。


「あゆみさんのドライヤーいいですね。家のより早く乾きました」

「いいでしょ。乾かすの面倒だから強いやつにしたんだ」


 香奈の髪はセミロングで、私よりも少し長い。

 本人にも聞いたけど、髪にはあまりこだわりはないみたいで、特にいじっているのも見たことがない。でも若さのおかげもあってつやつやの髪はいつも光を反射させている。私は軽く染めたりしてるからそのつやはとても羨ましく思った。

 シャワーをして少し気分も落ち着いた香奈は、脇に置いてあったクッションを手に取り小さなテーブルの正面に座る。そのクッションは「いつも借りるのは申し訳ないから」といつか香奈が持ってきたもので、何度か来るうちに、部屋の一角にはちょっとした香奈の私物ゾーンが出来ていた。


「アイス買ってきちゃいましたけど、あゆみさんはご飯食べました?」

「食べたよー。これからお酒でも飲もうかなーって思ってたとこ」

「そうですか、さっそくアイス食べます?」

「食べよう食べよう」


 冷蔵庫からアイスと缶チューハイを持ってくる。最初はアルコール度数7%のいわゆるストロング缶に手をかけたが、長くなるかもしれないことを考えてアルコール度数の軽いものにする。


「香奈もコーラならあるけどー」

「いただきましょう」


 いつもならあまりジュースを飲まない香奈も、今日はその針が振り切れているらしい。それならとことんやろうと、スナック菓子も取り出した。

 小さな机の上はさながらパーティーのようになっていた。これでケーキでもあれば誰かのお誕生日会に違いない。


「それじゃ、乾杯ー」

「乾杯です」


 缶とグラスをコツンと慣らし、ほとんどジュースのような味がするチューハイを飲む。

 香奈もアイスやスナック菓子をつまみながら、コーラを少しづつ減らしていた。

 しばらく他愛もない話をする、といっても香奈の口数は少ない。私と恵奈と大学生活の話をすれば、笑ったり反応を返してくれたりはするけど、ずっと違うことを考えているような、そんな感じだ。

 アイスやお菓子も大体消費してしまって、私が話すのを止めると部屋の中は急に静かになる、そろそろ頃合いかな。


「聞いてもいい? 家出の理由」

「……いいですよ。あゆみさんの意見も聞かせてください」


 香奈は持ってきたリュックから冊子を取り出して、私に手渡す。


「旭星華付属高校?」

「私、もともと進路が誠英高校でしたけど、この学校に進路変更をしようと思いまして」


 ペラペラとそのパンフレットを見る。北海道の広大な大地で……。


「って北海道! ちょっと遠すぎない?」

「羽田から飛行機で1時間半くらいあればいけますよ。旭川なのでそれなりに街の規模も大きいはずです」

「旭川……ラーメン」

「あと、新子焼と呼ばれる鳥の半身焼が有名でしょうか。動物園もありますね」


 生まれも育ちも東京の私にとって、それはとても遠いところのように思えた。遊びに行くとしても周辺の県に出向くくらいで、北海道と言われても寒い、雪が降る、くらいしか想像ができない。


「これに反対されてるってこと?」

「そうです。通学した際の費用、高校時のカリキュラムがどのようなものか、将来の展望をプレゼンテーションでまとめて発表しましたがダメと言われました」

「プレゼンテーションかぁ、そっかぁ……」


 中学生で家族にプレゼンテーションするなんて香奈くらいじゃないか? と少し疑問に思いながらも、かなり理論武装をしたんだろうなーということは想像できた。

 私は一人っ子だけど、もし妹がいて居間とかでプレゼンテーション映されたら苦笑いするしかない。


「なんでこの高校なの?」

「私、将来宇宙に関する仕事に就きたくて。いろいろ調べた結果、その高校が一番確立が高いかなと」

「宇宙ってNASAとか?」

「代表的な企業だとそうなりますが、私はそこまで自分の実力を過信していません。先生からは海外の学校も考えてみないかと話はありましたが、私自身国外に出ることをあまり考えていないので、どこかの観測所とかが理想でしょうか」

「うーむ」


 これをもし中学生の頃の私が親に言ったのなら、笑い飛ばされるか頭の心配をされるかのどっちかだけど……。

 香奈の優秀さはかなりのものということを私は知っている。中学の全国模試では1ケタ順位だし、参考書はすでに高校生向けのテキストを一部使用していて、英語も結構話せる。一言で表すなら、香奈は天才だった。

 話を聞いていて少し意外だなと思ったのは、海外に留学しないと言っていること。よくテレビで紹介される天才は、海外留学をして、ハーバードなんちゃらみたいな大学を出て、有名企業に就職して、毎夜パーティーをするようなセレブ生活を……。

 いや、香奈はパーティーとかあっても断りそうなタイプだな。

 いろいろ考えを巡らせるが、私の足りない頭では香奈の進路についてはとやかく言えなそうということだけ分かった。


「でもさ、高校生になって誰も知らない土地に行くのって寂しくない?」


 だから私は、その話を聞いて感じたことだけ言ってみた。もし私が香奈の立場だったら。高校生になって遠く離れた土地に一人で向かうことになったら。

 そんな私の言葉に、香奈はぜんぜん予想外のことを言われたような、少し驚いた表情を見せた。

「寂しいとかは……考えたことないです」

「私は寂しいけどなー、せっかく仲良くなった香奈が遠くに行くの」

「……」


 香奈は少し考えてくれているようだった。

 私は香奈の進路に責任なんて取れない。香奈が北海道に行くなら、寂しくなりながらもきっと送り出してあげると思う。

 だけど私の言葉はあまりにも自分本位で、ちょっとずるかったかなと思ってしまった。

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