25話 クリスマスの夜に_2
終わりまでの目処がたったので、毎日更新に戻します。
今年のクリスマスも香奈と二人で過ごすことになった。
香奈が話題のイタリアンランチを予約してくれて、香奈がお手洗いに立った隙に私がそこの代金を支払う。香奈はちゃんとお金を用意していたみたいだけど、社会人になった私を舐めないでもらいたい、私はこれでもそこそこ稼いでいるのだ。
というか、モデル込みでやってるから普通の新卒よりもずっと高い給料をもらっている。そして使う機会もないから、貯まる一方だったりする。
食事の後は、暗くなるまでクリスマスカラーの街を歩く。都内では至る所でイルミネーションをしているから、そのいくつかを見て回って、夜ご飯前には私の部屋へ向かう。
少し大きくなったテーブルを二人で囲んで(今までのは一人用だったから買い換えた)、クリスマスパーティ第二部が始まる。
お酒と近くで買った茶色いものばかりのオードブルは、去年のクリスマスを彷彿とさせた。
「あ、そういえばあゆみさん写真撮っていいですか?」
「別にいいけど」
香奈はインカメラに切り替えて私と香奈と、テーブルにあるケーキとオードブルを含めて写真を撮る。
「今日あゆみさんの家に泊まるっていったら、お母さんが写真を必ず送ることを条件にしまして。どうやら彼氏が出来たのか疑っているみたいです」
「クリスマスだから疑われても仕方ないか」
「彼氏ではなく彼女だとは思ってもみないでしょう」
「いや、まだ彼女ではないけど」
「一年と半年後には、そうなっているはずですよ」
そう聞くとその時はあっという間にきてしまいそうだ。今更覚悟してないとはいうまい。
「そういえばさ、香奈は結婚ってしたい?」
恵奈との会話を思い出し、ちょうどいいタイミングだと思って聞いてみる。本当はもう少しお酒が回ってからの方が聞きやすいけど、聞いた内容を忘れてしまう可能性もあるから、まだ頭がはっきりしているうちに。
「えっ、しますけど」
そして恵奈の予想通り、香奈はさも当たり前のようにそう答えた。
「私と?」
「なに言ってるんですか? あゆみさん以外の人がいるんですか? もしかしてあゆみさん……私の他に」
ちょうど香奈がケーキを切り分ける途中で聞いたものだから、ケーキナイフがきらりと光を反射していて少し怖い。
「あー、違う違う! 香奈が一番だから!」
「ならいいんですけど……なにかありました?」
切り終わったケーキの半分が目の前に置かれる。真っ白なショートケーキは苺までちゃんと半分に切られていて、流石香奈だなぁと思った。
「こないだ恵奈と会ってさ。その時に言ったんだよね、私と香奈のこと」
「えっ、おねーちゃん知ってるんですか⁉」
香奈のおねーちゃん呼びは、私達二人の時はあまりしないから、結構驚いているみたいだった。
「うん」
「こないだ会った時は何も言ってこなかったのに……そ、それで、なんて言ってました?」
「応援してくれるって。恵奈は、香奈の将来を楽しみにしてるみたいだよ。それを応援してくれるなら、私たちのことも応援してくれるって」
「そう……ですか」
香奈は少し浮かせていた腰を元に戻す。
「反対されると思った?」
「いえ、姉が一番予想つかないと思ってしました」
「恵奈のためにも、なんか大きなことしないとね」
「いえ、まぁそれはどうでもいいんですけど。姉の自慢に使われるのも癪ですし」
「そうなんだ」
「私は……姉にもですが、世間にも、私とあゆみさんの関係はあまり理解されないと思っています」
それは香奈がこの関係をどう思っているか、なかなか聞きづらかったことだった。
「姉もそうですけど、恋愛は異性とするのが一般的で、最近理解は広まっていますが同性での恋愛は少数派。法律的にも婚姻はできません。でも私のこの気持ちは疑いようもなく恋で、この先の人生もあゆみさんとこうして暮らしたいと思っています」
まっすぐなその気持ちは、聞いている方がなんだかむず痒くって。お酒のせいじゃなく顔が赤くなってしまう。
「私は、もともと母親にも姉にも伝える必要はないと思っていました。公的な結婚はできませんが、例えば一緒に住もうと思えば、その口実はなんとでもなります。シェアハウスも今時珍しいものではないですし、むしろ女性同士な分、母の心理的ハードルも低くなると思っているくらいです。来年姉に子供が生まれれば、そちらの方に興味が向くと思いますし。だから、私とあゆみさんの関係はこの先も秘密にしていようと、そう考えていたんです」
「……ごめん、勝手に恵奈に話して」
「結果的によかったので、とやかく言いません……けど先に相談して欲しかったのは事実ですね。あゆみさんにとっては姉も友人ですので、関係を認めてほしいと思うのはわかりますが」
「あの……お母さんにもお付き合いの許可もらうのって」
「不可能です」
控えめに言った私の提案を、香奈はすぐさま切り捨てる。
「あゆみさん、私の母には絶対に言わないでください。母が知ってしまえば、おそらく私達はもう会えなくなると思います」
「そんなに?」
「そんなにです。といっても、大学生になってしまえば私も家を出ようと思うので、深刻な話でもないのですけど」
「香奈が家出るの、お母さんは許してくれるかな?」
「どうでしょう。いろいろと外堀は埋めているつもりですけど、その話はまず大学に合格してからですね」
「そういえば、大学ってどこか決めたの?」
「決めてますよ」
香奈はあっさりと、東京で一番有名な大学の名前を口にした。
夜中、風の音に目が覚める。
私の腕の中にすっぽりと収まって寝ている香奈は、静かに寝息を立てていた。なんだかいろいろと考えてしまったせいで、浅い眠りを繰り返していたような、そんな気がする。
香奈を起こさないように慎重にベッドから抜け出して、冷蔵庫から水をコップに入れ飲み干す。冷たさが身体の中をゆっくりと通り過ぎていく。
今日は月が明るくて、ベッドで寝ている香奈の表情が分かる。いつもの大人びた表情はなくて、寝ているその表情は可愛いと思った。そして、やっぱり離れたくないなとも。
私はもともと自発的じゃない。だから香奈のことを素直に可愛いと言うことだって稀だし、自分の気持ちを言葉にするのだって、本当はもっと前からすることだってできた。それをしなかったのは、きっと香奈に甘えているだけで。
でも香奈に対しての気持ちは、だんだんと抑えることができなくなっていて。
水がなくなったコップを置いて、ベッドへと戻る。
自分がずるいのはわかっている。けど香奈がよくよく寝ていることを確認して、その頬に、そっと口づけをした。
「香奈、私も好きだよ」
きっと香奈が高校を卒業するまで、私は一歩引いた態度を取り続けるだろう。それは私にとっての社会的なけじめで、私自身のストッパーでもある。
それでも目の前の大切な存在に、もう少しだけ歩み寄れればと私はそう思うのだった。