24話 クリスマスの夜に_1
社会人一年目、十二月。
仕事にも少しだけ慣れ、年末の連休が楽しみなような、また実家の手伝いをしなきゃいけないから憂鬱なようなそんな時期に、恵奈からおめでたい連絡がきた。
連絡が仕事中にくるものだから、私はそのことが気になってあまり仕事に集中できなくなってしまって、いくつかミスをしてしまった。上司には心配されたけど、理由を話すと定時に帰るようにしてくれて、本当にいい先輩だと思った。
仕事が終わって速足で向かったカフェには、分厚いコートに髪を後ろでまとめた恵奈が手を振ってくれていた。
「恵奈、妊娠おめでとう!」
「いぇーい、ありがとう」
恵奈の小さい鞄には『お腹の中に赤ちゃんがいます』と書かれているキーホルダーがかかっていて、それが恵奈のお腹の中に赤ちゃんがいるんだという実感を誘う。
「今はどのくらい?」
「二か月だね、気分悪くなることもあるけど、まだ平気な方かな」
「そっか……ってことは来年の夏には恵奈がお母さんになるのか、似合わなー」
「私もそう思う」
学生の時は毎日のように会っていたのに、就職してからは電話で話したりすれど、顔を合わせるのは月に一度くらいの頻度になっていた。それでも私達の間に流れる空気は学生の時のままで、くだらない話を交えながら、お互いの近況を話す。
恵奈はやっと仕事を辞められるとどうやら妊娠よりもそっちの方が嬉しいらしい。
「やっぱ仕事私に向いてないわ。怒られてばっかだし」
「辞めても大丈夫なの?」
「うん、うちの夫結構貯めこんでるからさー。私が5年くらい働かなくても問題ないっぽい。まぁ生んで保育園とか幼稚園に預けるようになったらパートでもするかなーって思ってるけど」
恵奈の人生は私とは違う道を歩んでいて、話を聞けば聞くほど知らない話があって、その事実に驚いてしまう。ちょっと前まで同じ時間を過ごした友人は、卒業して一年も経っていないのにこんなに違いがあって、人生というものはわからないもんだなと実感する。
「あゆみも男作んなよ。誰かと暮らすってやっぱりいいよ」
「男ねぇ……」
そんな言葉に、恵奈は私と香奈のことを全く知らないんだと気づかされた。
「うーん……」
「え、なになに。もしかしてなんかあった? 仕事でどっかのモデルと知り合ったり?」
モデルとは何人か知り合ってはいる。けど、今はそうじゃなくて。
今は私の我儘で待ってもらっているけど、もし香奈の心が変わらなくて、高校を卒業して改めて私に答えを求めたら……私はそれを受け入れるだろうし、今まで待たせてしまった分一緒に過ごしたいと思っている。
ただ一緒に暮らしたりするためには、いろいろな障害があって、その一番の高い壁は香奈のお母さんのことだろうと私は考えていた。香奈が成人したとしても、親の許可があるとないでは心情的にも手続き的にも結構な差がある。それに香奈の発言を聞く限り、お母さんは香奈のことを溺愛しているイメージがあるから、素直に香奈を家から出させるのも考えにくい。大学生が終わるまでは実家から通うことを希望するんじゃないだろうか。
そんな香奈が、高校を卒業して私と一緒に住むと家族に告白したら……うん、揉める未来しか見えないな。
もしそうなった時に、恵奈が味方になってくれるのなら、心強いんだけど。
「あのさ、凄く言いづらいんだけど」
「うんうん!」
きっと、恵奈には先に話しておいた方がいい。私の親友である恵奈には。
うきうき顔の恵奈に、これから話す内容を思うと気がすごく重くなりながらも、言葉を選びながら話し始めた。
「……ってことなんだけど」
話している途中から、期待していた顔からだんだんと苦悶するような表情になった恵奈は腕を組んでうんうん変な声を出してた。
「いや、仲いいなーとは思ってたけど……まさかそんなことになってるとは」
「最近香奈とは話してないの?」
「私はもう家出てるし、実家は近いから結構帰るけど、香奈も生徒会で忙しいみたいだしさ。たまに近況報告するくらいかな。あゆみと相変わらず仲がいい話は聞いてたけど、中身まではねぇ」
「……どう思う?」
ここで反対と言われたら、私は香奈と会えなくなるだろうなと思った。香奈がいくら私と一緒にいたいといっても、友人でありその姉である恵奈の意見を、私は無視できない。
もし香奈にもう近づかないでと言われたら、私はそうするしかない。
「……なんだか酷い顔してるね」
しばらく悩んでいた恵奈は、私の表情がそんなに不安そうだったのか困ったように笑った。
「私は普通に男と結婚したから、それが普通だと思っちゃってるけど。……香奈がさ、私と同じようにどっかの男と付き合って、結婚して、子供産んでってのは、全く想像できないんだよね」
賛成でも反対でもなく、恵奈はそう切り出す。
「香奈は私の妹だけど、頭の作りは私と違って全然優秀で、だから将来もっと凄いことをするんだろうなーってなんとなく思ってた。なんかの研究で大勢を救ったり、新しい星を見つけて自分の名前をつけたり、もしかしたら宇宙飛行士になったり。香奈には無限の可能性があって、それをつかみ取る力がある。香奈は夢を叶えるためにまっすぐ進むだろうから、そこに恋愛の要素を挟む余裕なんてない、そんな想像をしてた」
「……うん」
「そんな香奈があゆみを必要だと言うんだったら、きっと香奈の人生にはあゆみの存在が大切なんじゃない? んーと、凄いことをするためのブースターみたいな? 私は女同士とかよくわかんないけど、香奈が目指すものをあゆみが応援してくれるなら、私は味方になるよ。私は香奈が凄いことを成し遂げた時に、あれは私の妹なんだぞ! って自慢するのが密かな夢だから。……あっ、私がそう思ってるってこと、香奈には絶対言わないでね」
「そっか……ありがとう」
「え、ちょっとなんで泣いてるの」
自然と涙が出てきたのは、その答えに安心したからだろうか。ぽろぽろと零れる涙は、思ったよりも私が香奈のことを好きだったようで、離れなくていいんだという思いと、それを応援してくれる恵奈が親友で本当に良かったと思った。
「えぇい、泣くな泣くな。今日は私のお祝いしに会いにきてくれたんでしょ」
「ぐすっ、そうだった……」
気まずそうにしている恵奈に謝って、なんとか涙をひっこめようとするけど、それはなかなか止まらなくって。私が泣き止むまで恵奈は待ってくれた。
「それにしても……あゆみが妹になるのか」
「妹?」
「え? だって香奈と結婚すんでしょ?」
「……結婚?」
想定していなかった単語が恵奈の口から飛び出して、私は最初その意味を捉えきれなかった。思わず口に出した音はぜんぜん現実感が伴ってなくて、出したそばから空中に消えていくようで。
「なに、そこまで考えてなかったの? 遊びか、遊びだったんか?」
「いや、結婚っていっても私達女だし」
「籍は入れられないけど、同じ指輪でもして、結婚式っぽいことすればそれは立派な結婚だよ。私達も実際に婚約してから籍入れるまでに結構期間空いたけど、籍入れなくてもプロポーズ終わってからは結婚した気分だったし、今更紙一枚で変わるような関係じゃないでしょ」
実際に結婚した人からそういわれると、なんだか説得力がある。
私にとっては、そのうち一緒に住むくらいがゴールになっていて。その先のことはほとんど考えが及ばなかった。
「あゆみがぽーっとしてるのは今更か……香奈は絶対そこまで考えてるよ。考えうる限界までシミュレーションするような子だから。あゆみにそういうのは向いてないから、香奈の傍にいてあげればきっとうまくやるでしょ」
「なんか私酷い評価じゃない?」
「大学四年一緒に過ごした私の評価だからね、適格でしょ」
「……私の大学の時の評価だと、恵奈もちゃんと子育てできるようなイメージないんだけど?」
「それは私も自信ない、今からめっちゃ不安。たまに話聞いてね」
お互いの評価が低いことに、私達は二人で笑った。