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22話 小さな公園で

 飲み会の場に急に現れた香奈に手を引かれるまま歩いて、ピタリと止まったのは小さな公園だった。

 そこでやっと手を放したと思うと、香奈は小さなベンチの上で膝を抱えて丸くなる。

 

「……死にたい」

 

 小さくそんな言葉が聞こえた。

 どうして香奈があそこにいたのか、一緒に見えたかさねのせいなのか、聞きたかったことはたくさんあったけど、それを聞くのは今じゃなくてもいい。

 私は香奈の隣に座って、背中をさすってあげる。

 少し身体が震えて、香奈は泣き始めてしまった。香奈の不機嫌な様子や、怒ったりするのは見たことあったけど、ちゃんと泣いているのは初めてで、私はなんて声をかけていいかわからず、隣で寄り添うしかなかった。




『先輩の友達に説明しといた、お金も気にしないでいいよ』

 

 スマートフォンにかさねからメッセージが届いていた。ありがたいことに後処理をしてくれたみたいで、ありがとうと返信しておく、紅葉と碧にも改めて謝らなくちゃ。

 香奈はもう泣き止んでいるようだけど、なかなかダンゴムシ状態から復帰してくれない。

 夜もだいぶ更けてしまって、ふと香奈の門限は大丈夫かなとか気になったから、恵奈には一緒にいることを連絡しておいた。

 

「……あゆみさん、先帰ってください」

 

 絞りだしたような香奈の声は、まだ湿っぽい。

 

「本当にそれでいいの?」

「……やっぱりいてください」

 

 こういう素直なところが可愛かったりするんだよなー、と思いながら頭を撫でてあげる。

 やがて、はぁー、と長い息を吐いて香奈は抱えていた足を降ろした。

 

「私の中にあんな感情があったなんて、知りませんでした」

「香奈のあんな声初めて聴いたから、私もびっくりした」

「忘れてください」

「忘れられないよ……香奈には悪いことしたし」

「何がですか? 出会いを求めに行くのはあゆみさんの自由です」

 

 そうは言うけど、その言葉のトゲはぜんぜん隠しきれてない。

 

「付き合いとはいえ、もっと香奈がどう思うか考えてから返事するべきだった。私の興味を優先しちゃった」

「やっぱり興味はあったんじゃないですか」

「興味っていっても男にじゃないよ? 私が男に興味が持てるのか確認したかったってこと」

「それは……どうだったんですか?」

 

 香奈はどうやら私が考えていることに気づいてくれたみたいで、その瞳にはさっきまでと違って少しの期待がこもっていた。

 

「少し話しただけだったけど、話してても面白くなかったし、やっぱり男と付き合うのは今のところ考えられないかな」

「よかった……これでやっぱり男子がいいって言われたら、私はこのまま身投げしていました」

「そこまで? ちょっと香奈怖くなってきた」

「ごめんなさい、今ブレーキ壊れてるみたいで。……寒くなってきましたし、とりあえず帰らなきゃですね」

 

 香奈がふらりと立ち上がる。少しだけよろけた身体を私は受け止めた。

 

「壊れたまま言ってしまいますけど、今日、泊めてくれますか? ……一緒にいたいです」

「……いいよ」




 電車を乗り継いで家へ向かう、私の部屋まで会話は特にないままだった。

 交代でシャワーを浴びて、私達はベッドの上で向き合う。なんとなく明かりはつけなかった。今日は満月で、月明りでも十分明るいし、これから話すことはあんまり明るいと話しづらい。

 

「落ち着いた?」

「はい、今日はいろいろなことがあって疲れました」

「それなら、今日は寝てもいいけど」

「いえ、それは結局先伸ばしにするだけなので、今日全部済ませることにします」

 

 そのセリフはどこまでも香奈らしい、そして私も、その言葉をしっかりと受け止める準備をした。

 

「あゆみさん、好きです。これは家族に言う好きとかではなく、一人の女性としてあゆみさんを愛しています。今までこの気持ちに名前を付けなかったのは、女性同士とか、歳の差とか、このままの関係でも十分心地よかったとか、いろいろな要因がありましたけど、もうこの気持ちを騙しながら過ごすことはできません。歳の差とか性別以上に、私にはあゆみさんという存在が必要です。だから……だから、私と付き合ってください。……返事を頂けますか?」

 

 香奈の大きな瞳は強い光を放っていて、まっすぐに私を見据える。

 月明かりに照らされる香奈は、本当に綺麗で、可愛くて……そして愛おしく思えた。こんな女の子が、私を好きと言ってくれているのはなにかの物語のようで、でも紛れもない現実で。それは頬をつねって確かめなくても、私の胸の鼓動がそう教えてくれる。

 私も香奈と同じように、香奈のことだけを思って、口を開く。

 

「ありがとう、香奈の気持ち、すごく嬉しい。……私も前から、ずっと考えてた、香奈とのこと。前に言ったよね、『恵奈の妹』じゃなくって、一人の『香奈』として見てるって。きっとその時から、私も香奈と同じ気持ちだったんだと思う。でも、その上でね」

「はい」

「……もう少し、待ってもらってもいいかな」

「その気持ちを、言葉にはしてくれないんですか? まだ香奈さんの中で、名前は付けていませんか?」

「いや、名前は付けてるんだけど」

「ではそれを聞かせてください」

「いや、えっと……」


 香奈が言う通り、私がこの気持ちを言葉にすれば、香奈との関係がぴったり決まる。だけど私には、最後の最後で気になることがあって、それを言葉にできない。


「これ以上、まだなにか障害がありますか?」

「あの、ね」

「なんですか?」

「……だって香奈、まだ高校生だから」

「え」

 

 私の最後まで気にしていたことに、空白が生まれる。そしてたっぷり一分ほど絶句した香奈は大きくため息をついた。

 

「えー……そこですか、くだらない……」

「いや、くだらなくないよ。下手したら私捕まるからね?」

「その可能性が全くないとはいいませんけど、今それを理由にしますか……いえ、わかりました。つまり私が大学生になればいいってことですね? 来年には飛び級して大学生になれば」

「いや、それは普通に今の学校を卒業してね」

「ちなみに16歳で結婚できることは知っています?」

「……まずは成人してからね」

「成人年齢が引き下げられたのを感謝する時がくると思いませんでした。二十歳までは流石に待てないので」

 

 そういえば二十歳から十八歳に成人年齢が引き下げられてたんだっけ。

 

「香奈が高校を卒業したら、私の気持ちもちゃんと言葉にして伝えるから。だから、それまで待っていてほしい」

「……わかりました」

 

 本当に仕方なさそうに、香奈はそう言ってくれた。

 

「今は我慢します。しますけど、その代わりに、約束を形にしてくれませんか?」

「形?」

 

 眼を瞑って待つ香奈がそこにいた。その唇は、ちょんと出ている。

 え、これ……しなきゃいけないやつ? 私、初めてなんだけど……。

 鼓動が煩くなってくる。っていうか気持ちもちゃんと伝えてないのに順番逆じゃない? それは私のせいだけど。

 少し待ったら諦めてくれ……いや、いつまでも待ってそうな気がする。

 今、してもいいのか。私は迷いに迷って、でも香奈に顔を近づける。

 そして。

 

「意気地なし」

「……うるさい」

 

 おでこにキスすることで、その山を乗り越えたのだった。




 次の日、なぜか私の鞄から出てきた香奈のスマートフォンにいろいろを察しながら、香奈のお母さんからの連絡通知がめちゃくちゃ残っていて私は焦った。

 香奈は私に聞かれたくないといって、脱衣所でお母さんと言い合いをしたようだけど、その間私はお母さんには申し訳ない気持ちしかなかった。

 

「気にしなくていいですよ。いつものことなので」

 

 香奈は気にしていないようだったけど、私はいつか菓子折りを持って挨拶しに行こうと決めた。


 そんな一夜がすぎても、私達の関係はそこまで急激に変わらなかった。

 強いて言えば香奈の気持ちが定まったこともあって、前より露骨に好きをアピールするようになったこと。その押しが強くて、ちょっと対応に困ることもある。

 そして一番変化したことといえば、輪をかけて香奈が可愛くなったことだ。

 最初は私の贔屓目かと思ったけどそんなことはなく、私が横にいても街中で声をかけてくる人の数が格段に増えた。とある日はどこかの名刺を五枚ももらっていて(それは全部ゴミ箱に捨てられる運命だけど)いつかそれでトランプでもできるかなんて話したりもしたくらいだ。


 残ったの春休みを、私達は惜しむように毎日遊んで、そして四月になった。



 

「月曜日……やだ」

「まだ日曜日の午前中ですけど」

 

 四月後半、あと少しでゴールデンウイークを迎えるというとある日。私は香奈が作った朝ごはんを食べながら、そんなことを呟く。香奈と会う約束をした日、香奈はたいてい朝からうちに来るようになっていて、こうやって朝ごはんを作ってくれる。午前中は私の家の世話をして、午後に一緒に出掛けるのが最近のパターンだ。

 

「お仕事は順調って言ってませんでしたっけ?」

「うん、上司の人も優しいし、広報の仕事も結構楽しいよ。今月末は初給料だから楽しみ。でも働くという行為が嫌なの」

「そんな笑顔で言われても……働かざる者食うべからずです。この目玉焼きだって、香奈さんが稼いでいるから食べれるんですよ。しっかり稼いできてください」

「……はい」

 

 香奈の作る目玉焼きは半熟加減が好みで美味しい。これを食べられるように頑張らなきゃ……。

 

「香奈は生徒会長どう?」

「まだ選挙をしていないので、なったわけではないですけど、すでに忙しいですね」

 

 香奈は前生徒会長から時期生徒会長を指名されたようで、もう生徒会の仕事を仕切っているらしい。

 

「前生徒会長も教えながら手伝ってくれるので、まだ楽だと思います。本格的に始まったらやりたいことがいくつかあるので、忙しくなるのはそこからでしょうか。まずは古いまま残っている校則がいくつかあるので、そこから手を付けようかと」

「校則? そういうのって生徒会が決めるの?」

「変更するのは教師の方ですけど、生徒からの意見がないと基本動きませんので」

「それもそっか」

「それより面倒なのは、お手紙の方ですね」

 

 お手紙とは、いわゆるラブレターのことだ。香奈が入学したときもそれなりにあったみたいだけど、二年生になってその量が急増したらしい。

 主な理由として、生徒会長になって生徒に対しての露出が増えたこと、と香奈は分析しているけど、私としては香奈が可愛くなったからだと思っている。

 

「というか今の時代でもラブレターってあるんだ」

「クラス内はグループで連絡とれますけど、それ以外の方は私の連絡先を知るすべがないので、自然とそうくなるのではと思っています。まだ直接告白してくる人がいなくなったのでそれは楽ですけど」

「いなくなった?」

「ファンクラブの方に協力いただいて、直接告白を考えている人をシャットアウトする仕組みを作りました。いちいち人気のないところに呼び出されるのは少し怖いですし」

 

 どうやらファンクラブの方も香奈が掌握してるようで、生徒会長と合わせれば裏の王じゃんと思ったけど口に出さなかった。

 

「お手紙のお返事も、好きな人がいると書けるようになったので、そのうち減っていくとは思います」

「そんなこと書いて大丈夫なの?」

「希望を持たせるのはよくないですから。本当はお付き合いしている人がいますって書きたかったんですけど、誰かさんが保留をしたおかげで書けませんし」


 それについては私は何も言えないけど、どっちにしても学校は荒れそう。

 

「まぁそんなことより、ゴールデンウィークはどうしますか? いい温泉があるんですけど、一緒に行けたらなぁって」


 香奈は学校の話をあんまり話したがらない。でも話を聞くに充実した学校生活を送っているのは想像できた。私もゴールデンウィークまで頑張らないとなと思いながら、残ったご飯を口に入れた。

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