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18話 帰省_2


「あらー! 可愛い子つれてきたねぇ!」

「東谷香奈と申します。短いですがお世話になります、こちらよろしければ」

「気にしなくていいのに! 礼儀正しい子で嬉しいわぁ。ほら、お父さんも」

 

 作業場にいるお父さんは、よく見ないと分からないくらいの角度で会釈をする。

 

「お父さんは恥ずかしがり屋だからあんまり話さないけど気にしないで! お昼はもう食べたかい?」

「いえ、私もあゆみさんもまだです」

「じゃあお昼食べて、午後からお店に出てみようか! あゆみ全然大学のこと話さないから、いろいろ聞かせておくれ」

「もちろんです、あの、よろしければ私もあゆみさんの小さな頃のことを聞かせてください」

 

 お母さんはかなり押しが強くて声がうるさい。逆にお父さんはほとんど話さないから、足して二で割ればちょうどよさそうなのが私の両親だった。

 ふとお父さんと目が合って、お母さんの煩さに私が首をふると、お父さんも同じように首を振り返してくれた。一年振りに帰ってきたけど仲には変わりはないようだ。

 

「香奈さん、お帰りなさい」

「黒川くん、久しぶり」

 

 そこにお父さんの下で職人見習いをしている黒川くんが声をかけてくれる。

「なんか凄い可愛い人連れてきたね。高校一年って聞いた気がするけど」

 

「そうだよ。誠英高校の一年生」

「本当なんだ……僕より背高いんじゃないかな」

 

 黒川くんは少し小柄で、確かに香奈より少し小さいくらい。身長がコンプレックスなのかよく気にしているし、私と横並びになると童顔も合わさってすごく若く見える。ちなみに、本人はすでに大学を卒業しているから私より年上だ。

 

「可愛いからって気にしてると、ゆりちゃんに妬かれちゃうから気を付けてね」

「そ、そうだね。その辺りゆりはちょっと怖いから」

 

 そんな黒川くんはアルバイトのゆりちゃんと付き合っている。本当はお母さんが将来の私の夫に、と悪だくみをして黒川くんを連れてきたらしいが、身長差がありすぎて私も黒川くんもそういう感じにはならなかった。

 その代わり、その後アルバイトで入ったゆりちゃんが黒川くんに恋をして、いつの間にか付き合い始めていた。

 

「誰が怖いっていいました?」

「ひっ!」

「あ、ゆりちゃんも久しぶり」

「あゆみさん、お久しぶりです」

 

 そして話していたゆりちゃんは、いつの間にか黒川くんの後ろに立っていた。

 ゆりちゃんは大学進学で上京してきて、私より一つ年下だ。長い黒髪は丁寧に手入れされていて外見はまさに大和撫子って感じ。いつもニコニコしているから店番にはぴったりで、今や私よりも立派な看板娘である。

 

「……確かに可愛いらしい方ですね。優君もそう思いませんか?」

 

 上目遣いのゆりちゃんが黒川くんに詰め寄る、あーこれはいつものやつだ……。

 

「ゆ、ゆりの方が可愛いよ」

 

 黒川くんも分かっているのか、ゆりちゃんの圧に目を泳がせながらそう返す。ここで選択肢を間違えるとゆりちゃん怖いから。

 

「……ありがとうございます。女将さん、お客さんが呼んでますよ、いつもの方です」

 

 しばらく黒川くんを見つめていたけどその答えに満足したようだった。

 ゆりちゃんはちょっと愛が重くて、少しでも目移りすると詰め寄って自分しか視界に写らないようにする。私から見ると、その行動は可愛らしいなーと思っちゃうけど、黒川君は少し怯えているようだった。

 

「じゃあしばらく私が表に出るから、四人で休憩入っちゃいなさい。あゆみ、ご飯終わったら香奈ちゃんの制服用意してあげて」

「わかったー」

 

 一年ぶりの帰省は、外観も内側も全く変わってなくて、同じ空気が流れていた。なんだかんだ安心する。

 お昼は実家の居間の方でとる。冷蔵庫のものは使っていいものだと認識しているから、たまたまあった焼きそばで私と香奈の分二人前を作った。

 黒川くんとゆりちゃんは同じ内容のお弁当だ。明らかに手作りされたもので、黒川くんは順調にゆりちゃんに染められているらしい。

 ゆりちゃんは初め香奈に対して若干当たりが強いようにみえた。きっと黒川くんを気にしてのことだろうけど、香奈がゆりちゃんになにかを話すと、途端にその壁はなくなって仲良く話をしていた。いったいなにを言ったのだろう……。

 手短なお昼の後、私は香奈を連れて制服をストックしている部屋へ行く。

 制服はお母さんがデザインしたもので、なんかの時代劇に出てくるお団子屋の娘の服を参考にしているらしい。青のストライプの着物に、もう一枚紺の上着、腰にはエプロンを巻いて三角巾をする。古風でなかなか可愛く、何年か前にはなんかの雑誌に掲載されたこともある。

 

「制服、用意していただいたんですか?」

「私のお古だよ。私の成長に合わせて何種類も作ったからいっぱいあるんだ」

 

 高校までは店先に出てたから、その時のだったら香奈のサイズでもちょうどいいかな。

 

「このサイズならいけるか……ちょっと着てみて」

「わかりました。えっと、更衣室とか」

「うち特にないんだよね。居間の隣の部屋でみんな着替えるからそっちでお願い。襖閉めれば見えないし、着替え中って掛札もあるから」

「わかりました」

 

 香奈が着替えている間に、私はその場でぱぱっと着替えてしまう。大学生になってからさすがにサイズは変化しなくなったから、同じ制服で事足りる。

 それから少し待って。

 

「ど、どうでしょうか?」

 

 少し恥ずかしそうに出てきた香奈は、まぁ似合っていた。サイズもちょうどいいようで申し分ない。

 時代劇の中に出てくるお茶汲みといわれればまさにその通り。

 

「ちょっと胸がきつい気はしますけど……」

「ん?」

「あ、いえ、何でもないです。問題ないです」

 

 ……危ない危ない、ちょっと私も圧が出ちゃった。

 そういえば香奈は高校生だし、育ち盛りだし、そういうこともあるよね、そうだよね……。

 私はあんまり育たなかった自分の胸に心の中で涙して、香奈を連れてお店の方へ向かった。

 

 今回、香奈が体験するのは接客だ。仕事内容はお会計、梱包、商品の受け渡しとかで、そんなに難しいことはない。

 さらにうちに来るお客さんのほとんどは、看板商品である『新月』を購入していく。『新月』は個数別で箱に入っているものを売っているし、金額もレジ登録しているから、正直一人でも回せたりする。

 ただ年末になると少し忙しなくなるから、この時期は二人でだと安心。今回は私と香奈とゆりちゃんの三人だから、少し戦力過剰となる。教えながらならちょうどいいだろう。

 

「一応お団子とかも売ってるんだけど、常連さんがたまに買ってくくらいだね」

 

 人がいないうちにゆりちゃんにレジを任せて、まずは商品案内。

 

「新月、いろいろな種類があるんですね。粒餡だけかと思ってました」

「中身の餡を変えれば新商品になるからね。粒餡、こし餡、白餡、さくら餡、ずんだ餡……最近はチョコ餡なんてのもあったかな? うわ、ゆず餡初めてみたかも」

 今年の新商品のようで、オススメ!と小さなポップが貼ってある。

「道の駅とか、お土産売り場とかで売ってるのみたことあるでしょ? 実際はここでの売り上げよりも、そういう外での売り上げがほとんどだよ。本店まで来る人は本当に好きな人か近所の人だけ」

「なるほど……マーケティングがお上手だったんですね。やっぱりお母さまですか?」

「と思うでしょ? 実はお父さんがそこらへん上手くてね……」

 

 帰ってきてからまだ一度も声を聞いていない気がするけど、お父さんは交渉事になるとしっかりと意志を持って話す。作業中とのギャップが凄い。

 

「じゃあ次はレジの使い方ね」

「よろしくお願いします」

 

 結果から言うと、香奈はすぐに店番に慣れた。

 どちらかというと面白いのはお客さんの反応で、初めて入ってきた人は私の背の高さを二度見して、香奈の姿に戸惑って、というのが良く分かる。香奈が全力の接客用笑顔で出迎えるのはなかなか威力あるから、その気持ちはわからないでもない。

 常連さんは昔からの付き合いが多く、すぐ私に気づいて挨拶してくれて、新しいバイトの香奈を可愛い可愛いと褒めちぎっていく。年配の方が多いのもあって、香奈のアルバイト初日はお客さんと話すのに多くの時間をしめた。

 

「香奈さんは覚えがいいですね。この様子なら明日も問題ないでしょう」

「ありがとうございます。ゆりさんの説明もわかりやすかったです」


 レジ締めをしながらゆりちゃんが香奈をそう評価する。

 ゆりちゃんは香奈がいることもあって、明日は黒川くんと二人でお休みをとっていた。毎年ありがたいことに年末年始は連勤してくれるから、ゆっくり休んでほしい。

 

「ではまた。香奈さんも頑張ってくださいね。よければまたお話しましょう」

 

 後片付けや掃除も終わって、アルバイトであるゆりちゃんは時間通りに先に帰っていった。私は明後日とかにまた会えるけど、香奈にとっては一日限りの先輩だ。

 少し遅くなった夜ご飯、お母さんがお寿司を取ってくれていた。大きい桶がテーブルの上を占領している。


「先に頂いては悪い気が……」

「いいのいいの! あの人なんて余り物でいいんだから!」

「お父さん待ってたら本当に九時とかになっちゃうから、先食べよ」

 

 和菓子職人は夜は遅いし朝は早い。お父さんと黒川くんは明日の仕込みもあるからまだ働いている。

 香奈に『あゆみさんが跡を継ぐんですか?』と聞かれたこともあったけど、この生活を小さい頃から見ていたらそんなことは考えられない。

 お母さんはしゃべりながら数貫お寿司をつまみ、マシンガンのように話したいことを話したら(大体私の愚痴)満足したようで、先にお風呂へ向かった。

 二人残された私達は、ゆっくりお寿司をつまむ。

 

「なんかお店が終わっても忙しいですね」

「朝の仕込みはお母さんも手伝うし、朝四時とかに起きるよ」

「お父様は?」

「たぶん仕込み終わり次第ちょっと夜ご飯食べて、十時には寝るんじゃないかな。今は朝何時に起きてるんだろ……」

「和菓子屋さんって大変なんですね」

 

 和菓子中心で生活が回るのが我が家だ。中学生の時はそれに嫌気がさしてたびたび母親と衝突したこともある。

 

「朝方うるさくて起きちゃうかもしれないから、私達も早めに寝ようか」

「その方が良さそうですね」

 

 お母さんはお風呂から上がって、私たちに声をかけた後、すぐに寝室に行ってしまった。いつもは私も朝の仕込みを手伝うけど、香奈がいるからか明日は店番からで良いという指示を貰っている。

 香奈に先にお風呂に入らせ、その後に私も続く。今日の疲れをお湯に溶かして部屋に戻ると、パジャマ姿の香奈はなにかを熱心に見ていた。

 

「あぁ、アルバムか」

「そこにあったのでつい……」

 

 部屋の隅には私の想い出の品が入った棚がある。この家を出る時にほとんどは処分してしまったけど、両親と私が残したいと思ったものだけ一つの棚に詰めてあった。

 

「可愛いですね」

 

 そのページには若いお母さんが赤ちゃんを抱いている写真があった、赤ちゃんはもちろん私。

 

「そうかなぁ」

「この赤ちゃんがあゆみさんだと思うとなおさら可愛く思います」

「面影もないと思うけど」

 

 ページを捲るたびに、私が成長していく。幼稚園、小学生、中学生……。

 

「身長、小学生の時にはもう高かったんですね」

「男子よりも高かったから、やっぱりいろいろ言われたよ。その頃は身体の大きさでまだ勝てる時代だったから、追いかけまわしたら止めてくれたけど」

 

 追いかけていた男子が転んで怪我をして、相手の親に謝りにいったなんて思い出もある。

 中学生の入学式の写真の時には、もうお母さんの身長を追い越していた。

 

「お父様が身長高いんでしたっけ?」

「うん、私と同じくらいかな」

 

 お母さんも別に小さい方じゃないから、単純に遺伝した感じ。

 

「あゆみさんがこんな風に成長したんだなって思うと、なんだか愛おしくなりますね」

「お母さんみたいな気持ちじゃん」


高校生以降になると写真は一気に少なくなる。一番最後は大学入学の時の写真で、それは家族三人一緒に写っていた。あれからもう四年経つことに早いなと思ってしまう。よく考えたら香奈とも会って二年経つんだ。最初、私の家に突然来た時には、手伝いとはいえ実家に招待するようになる考えもしなかった。

 

「ねぇ、今度香奈のも見せてくれる?」

「私の見ても面白くないと思いますけど……」

「それは私も同じでしょ」


 しばらく香奈の家には行っていない。いつか同じように香奈の小さいころの写真を見てやろうと思った。

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