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17話 帰省_1

 世は師走。

 大学も冬休みに入り、年明けまであと五日となったある日、私は実家へ向かう電車の中にいた。

 一般的な大学生なら、年末に実家に帰ってゆっくりするみたいな人も多いけど、私は実家兼和菓子屋の手伝いという名目の帰省で、お母さんに急かされて仕方なく帰っている。

 毎年のことだから慣れもあるけど、やっぱりこの電車の中は気が重い。大学よりよっぽど重労働だから、すでに自分の部屋が恋しい。

 しかも、今回は去年とちょっと違う帰省になっていて。

 

「和菓子屋さんでお手伝いできるなんて、楽しみです」

 

 隣には小さめのキャリーバックを持った、うきうきな香奈が一緒に電車に揺られていた。




 ことの発端は、去年と同じように香奈と二人でクリスマスパーティーをしていた時にかかってきた電話だった。

 

「わかったわかった、早めに戻るよ」

 

 クリスマス頃になると思い出したように電話してくるお母さんは、とにかく早く帰ってきなさいと同じ内容を繰り返す。私は適当に聞き流しながら、まだ何かを言っている途中でその電話を切った。

 

「お母さまですか?」

「そう、毎年恒例だから……今年は就活終わってるし暇だって把握されてるからなー」

 

 でもゆっくり手伝いに行けるのも今年が最後だろうし、早めに帰ってもいいかな。そして来年からは仕事を理由に帰る日程を減らそう。そんなことを計画していると、隣にいた香奈が身体を寄せてきた。

 

「あの、すごく忙しいんですよね?」

「元旦は座る暇もないくらい忙しいよー。猫の手も借りたいってやつ」

「私もお手伝いできませんか?」

「……香奈が?」

「はい、猫の手よりは役に立つと思います」


 私の部屋に二人だけ、別に他の誰も聞いていないのに、その会話はまるで内緒話をするようだった。

 香奈の瞳は期待に揺れていて、私を上目遣いに見つめる。こないだの文化祭から香奈を意識している私は、早まる鼓動に気づかせないように距離を開け、年末のことを考える。

 香奈が店舗で売り子してくれたら……素直に人一人増えるのは助かるか。うちは制服も着物っぽくて可愛いし、香奈にもきっと似合う。ただ年末は多種多様な人が来るから、香奈が話題になるとますます忙しくなってしまう可能性があるくらいかな。

 お母さんもきっとこの時期手伝ってくれる人は大歓迎だろうし。


「やってみる? ただし、香奈のお母さんと高校の了解がとれれば」

「必ず勝ち取ってきます」

 

 その目はやる気に満ちていて、この様子ならよっぽどの理由がない限り来てくれるだろうなと思った。


 次の日、香奈は家に帰ってすぐに交渉をしたようで、宣言通り一泊二日のアルバイトとして働く許可を勝ち取ってきた。

 本当は年始までいたかったらしいけど、さすがに一週間近い外泊は認められなかった。私も年始のあの地獄は知らなくていいと思うから、それでよかったと少し安心したくらい。

 一応お母さんに連絡したけど、何人でも連れてきなと即決だった。あんたにも友達がいるんだねぇと言われたのが少し癪だ、娘をなんだと思っているのか。

 そんなこんなで、私は香奈と一緒に電車に揺られている。実家のある場所は都内中心より千葉県寄りで、そんなに急ぐこともないから鈍行でゆっくりだ。

 お土産まで用意してきた香奈は準備万端だ。いつもは可愛らしい服装だけど、今回はアルバイトということもあって、髪はしっかりとまとめて、服装も大人しめだった。

 

「第一印象は大事ですから」

 

 と香奈は言うけど、うちの親の印象を良くしてどうするんだろう……。

 やがて電車は、時間通りに目的の駅へと滑り込む。降りる人はまばらで、駅もそんなに大きくない。駅前の寂れた風景が帰ってきたなと感じさせた。

 実家までは駅からほど近い場所にあるから、そこからは徒歩だ。

 

「あー、今からでも自分の家に帰りたい」

「頑張りましょう。私も力になりますので」

 

 確かに一人で帰省するより気分は楽だけど、それでもとても面倒くさい。

 重い足をひきずるように、ゆっくり歩いても駅から十分程度で店が見えてきた。

 

「ここですね」

 

 辻和菓子店と書かれた看板は、去年と変わらずにそこにある。お店といっても、外観は少し大きな一軒家だ。店の正面はだいぶ改装してあって小奇麗になっている。備え付けられた小さなベンチは、三人程度座れるようになっていて、お団子を食べるのにちょうどいい。


「裏にもう一つ玄関があるから、そこから入るよ」

 

 店の横を通り過ぎ裏に回る。裏からみると完全に普通の一軒家になって、一気に生活感が漂う。

 玄関の引き戸はやっぱり鍵がかかってなく、開いた途端餡子の甘い匂いがした。その匂いに、あぁ実家だなと否応なしに思わせられる。

 

「ただいまぁー」

「お邪魔します」

 

 声をかけたけど特に誰も出てくる気配はない。

 

「たぶん店の方にいるね、とりあえず私の部屋に荷物置くか」

「お店の方には何人いらっしゃるんですか?」

「えーと、お母さんが店番でしょ。あとゆりちゃん……白井ゆりちゃんって大学生のアルバイトが一人と、作業場にお父さんと、その弟子の黒川優くんで四人かな」

 

 説明しながら荷物を持って二階へ上がる。廊下の一番奥が元私の部屋で、一応部屋を残してくれている。毎年帰る度に店の荷物が増えていくから、そのうち物置になりそうだけど。

 

「ここがあゆみさんの部屋……わっ、学習机がある」

「小学生の時から使ってたやつだね」

 

 あまり綺麗ではないけれど、特に捨てる理由もなく使い古された学習机がそこにあった。

 

「横にお花のシールがたくさん貼ってあります」

「小学生の時に流行らなかった? シール交換とか」

「いえ、私の時はなかったですね……すごい! 教科書も残ってますよ!」

「……なんか楽しそうだね」

「楽しいです。あゆみさんの小さなころを想像してしまいます」

 

 誰だって小さな頃はあると思うけど。

 香奈が熱心に私の小さな時の形跡を探しているのが、少し恥ずかしくなる。

 

「とりあえず、お母さんのとこに行こうか」

「あ、はい。そうでした」

 

 香奈は壁にかかっていた小さな鏡を発見して、髪を整える。

 

「そんなことしなくても十分可愛いと思うけど」

「可愛いですか!?」

 

 ふと零れた呟きだったけど、香奈は過剰に反応した。

 

「え、うん」

「もう一回お願いします」

「なんで?」

「これだけ一緒にいて、可愛いって言ってもらえたのは初めてなので」

「……そうだっけ?」

 

 いつでも香奈は可愛いと思ってた気がするけど、たしかに直接本人に言うようなことじゃないか。

 

「可愛いですか?」

「……可愛いよ」

 

 だがそう聞かれてしまえば、返す言葉は一つしかない。

 

「えへへ」

 

 なんだこの空間は……私の元部屋なのになんか空気が桃色なんだけど?

 

「ほ、ほら、早くいくよ」

「はーい」

 

 明らかに上機嫌になった香奈を連れて、私はお母さんを探しにいった。

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