14話 香奈と文化祭_1
メルキューレはコスプレを題材とした雑誌らしい。
昨今のコスプレ文化の普及は目覚ましく、日本はもちろん、海外でも一般的な趣味として浸透しはじめている。
日本ではアニメの聖地が多いこともあって、そのような場所で撮影しているところを見かけることもある。コスプレ用のウィッグや服、細かいところでは化粧品なんかも、コスプレ用の商品があったりする。
メルキューレはそのような撮影に適した場所やアイテムを紹介しながら、コスプレを国内外にさらに普及させようと刊行された比較的新しめの雑誌だ。
新しいながらもすでにコスプレイヤーからはある程度の支持を受けており、業界唯一の雑誌ということもあって安定して売れているらしい。かさねも毎月買っているみたいで、かさねが作った服も何回か紹介されているみたいだった。
そんなメルキューレを出版している株式会社服書房から、かさね経由でコスプレイヤーとしての仕事の打診があった。私は特にSNSとかやっていないから、かさねに連絡を取るしかなかったのだろう。
電話の向こう側では『凄いチャンスだよ!』とかさねに何回も言われ、絶対やった方がいいと結構な熱量で言われた。その時はピンときてなかったけど、いろいろと詳細を聞いているうちにかさねの熱が移ってきて、とりあえず話を聞きに行こうということにした。
その数日後、株式会社服書房へ打ち合わせに行って、今回オファーをしてくれた担当者さんとお話をして。
なぜかその一月後に、私は服書房から内々定をもらっていた。
「あゆみさん、内々定おめでとう!」
「お、おめでとう」
少しお洒落なカフェで、私は香奈とかさねから内々定祝いをしてもらっていた。店員さんが小さなケーキを持ってきてくれて、その上のチョコプレートには『内々定おめでとう!』の文字が躍っている。お誕生日ケーキみたいなことは子供の時にしてもらった以来で、嬉しいやら少し恥ずかしいやら。
「まさかの企業コスプレイヤー……もっと一緒にROM作りたかった」
「会社の方からは就職するまでは好きにしていいって言われてるけど、期間的にあと一回か二回できればいい方かもね」
「私は詳しい話を聞いてなかったんですけど、なんでこんな急に決まったんですか?」
香奈がケーキを切り分けながら聞いてくる。私も内々定まで決まるスピード感が早すぎて今だに実感がないんだよな……。
「もともとはコスモデルの打診受けて会社に打ち合わせしに行ったら、話の流れで就活中ってことが話題にになってね。打ち合わせに同席してたのが人事の人で、まだ採用枠余ってるからよかったらどう? って言ってくれて」
「採用枠余ってることってあるんですか?」
「しゅ、出版社、激務のイメージ。それに本は売るところ自体が少なくなっているから、業界的には明るくない。人気もそんなに高くない」
「確かに昨今、本屋さんが減っているというのはニュースでも度々話題にはなりますね。将来性は問題ないんでしょうか?」
「将来性まではわからないけど……人事の人も、面接に来る人はそんなに多くないって言ってたかな。でもそんなに急に本がなくなることはないし、電子書籍もあるから会社自体が厳しいってわけじゃないみたい。実際の現場もそこまでブラックってわけじゃないみたいだし、私はモデルも兼業するから給料もプラスされて悪くないし……あと、たまたま社内モデルしてた人が辞めたのもあるって」
「つまりタイミングが良かったんですかね?」
「わ、私は服書房、いいと思う。先輩のコス、メルキューレ向きだし」
「心配なのは業界の知識が全然ないことだと思うけど、それは追々教えてくれるって。部門として広報になるみたい。SNSとかやらなきゃいけないのかなー」
「今の時代、SNSは必須、たぶんやると思う。というか、先輩がやってないのことが不思議なくらいだった。今から炎上の練習しておいた方がいい」
「炎上? 燃やすの?」
「も、燃えるものの周りに人は集まるから。ふふふ」
なにか経験があるのか、かさねは不適な笑いをしている。
「SNSは少し心配です……心無い人たちの声が聞こえてしまうこともあるでしょうし」
「まだ始まってもないから、そんなに心配してもしょうがないよ。当たって砕けろっていうしね」
「砕けちゃダメじゃないですか?」
香奈のツッコミを私は聞こえないふりをして、切り分けられたケーキをぱくりと食べる。私にとってはどんな形でも、就職活動が終わった、ということが一番嬉しかった。もう休日にスーツで社会人ごっこをしなくても済むんだ……。
「あ、そういえばプレゼントがありまして。内々定祝いってわけではないんですけど」
ある程度ケーキが消えたころ、香奈が鞄から茶封筒を取り出した。
「ま、まさかの現金」
「違いますよ! それにかさねさんの分もあります。かさねさんは持っているかもしれませんが」
そういって取り出したのは二枚のチケットだった。
「一月後に私の高校で文化祭があって、その関係者枠のチケットです。良かったら来ていただけませんか?」
誠英高校の文化祭は二日間の日程で開催される。
一日目は生徒と招待された関係者のみで、二日目は一般の人でも自由に出入りすることができる。この辺の進学校ということもあり、展示されているもののレベルが高いのが特徴で、来客数もそれなりに多い。香奈からもらったのは一日目の関係者入場チケット、そちらは二日目と比べたら来客もそんな多くなく落ち着いて回ることがらしい。
かさねも手に入れようと思えば、香奈と同じく誠英高校に通っている妹からもらえるようだけど、もともと行く気がなかったみたい。
「こ、高校生怖いし……」
「私も高校生なんですが」
かさねが言うには、どうやら不特定多数の高校生の中に飛び込むのが怖いようで。
それなら私は恵奈でも誘って行こうかなと思ったけど、香奈が言うにはダンナと行くらしく、流石に一人では寂しいからやっぱり渋るかさねにお願いして一緒に行くことになった。
「それで、香奈はなにをするの?」
「クラスでは展示を。あとは生徒会に所属したので、一応ステージで演劇をする予定ですけど」
「へぇー、見たい見たい!」
「……ですよね」
香奈は見られたくなさそうな反応だったけど、私は展示よりもずっとそっちの方が楽しみで、香奈がどんな役をするのか想像が膨らんだ。
そしてあっという間に文化祭当日。
かさねを家まで迎えにいくと、すでに夏だというのに真っ黒いワンピースと深い帽子で出てきた。
「いやいやカラスか。さすがにそれはなくない?」
「め、目立ちたくない……」
「そっちの方が目立ってるって。私の方が嫌でも目立つから、後ろに隠れてればそんな目立たないと思うよ」
そう言ったら合点がいったようで、すぐに明るい色のワンピースに着替えてきた。なんだか少し幼い服装だが、かさねの身長も150cmくらいしかなくあんまり違和感はない。大学生というよりかは高校生に見えるけど、服装のわりに前髪のメッシュがどうしても目立ってしまって、ちょっとパンクな感じもした。
そんなかさねを引き連れて、電車に乗って誠英高校へと向かう。駅から五分程度の、立地のいい場所にその高校はあった。
校門では、係の生徒がチケットを確認していて、私はかさねと合わせて二枚分のチケットを見せた。
「は、い。確認しました」
受付をしてくれた女の子は、やっぱり私の背の高さに少し戸惑っていた。それから私の後ろにいるかさねに視線を合わせ、二人分のパンフレットを渡してくれる。これ、外から見たらどんな関係性に見えるんだろうな……。
そうして校門を抜け、靴箱が並んだ玄関を潜り抜けると、学校の中はお祭りのにぎやかさが満ちていた。
大きな声で呼び込みをする男子の声、コスプレをして宣伝している女子生徒、紙の器に入った小さなドーナツを食べ歩く子供……それはきっと、明日の一般開放の日よりも少ないんだろうけど、それでも十分人は多い。
「なんか懐かしい空気ー」
「……人、多い」
ぱっと見た限り、その文化祭は私が高校生の時にやっていたものとそれほど変わらないように見えた。ただパンフレットの中身をみると、小難しいことが書かれている展示が多く、そこにエリート校の片鱗を感じさせる。
「とりあえず香奈のクラスに行ってみようか」
「うん」
香奈のクラスは1年1組、教室も一階にあり玄関からもすぐ近くだ。
香奈が所属している生徒会の演劇は、昼過ぎから体育館で予定されている。それまでに香奈と会えればいいかな、と私はその時なんとなく思いながら香奈のクラスへ足を向けた。




