11話 クリスマスプレゼント_2
「メリークリスマス!」
「メリークリスマスです」
私達は軽くグラスを合わせて、誰かの誕生日を祝福する。
十二月二十五日、クリスマス当日。私も香奈もすでに冬休みに入っていて、昼前にゆっくりと集合し、スイーツビュッフェのお店に入った。
さすがクリスマスとあって、見た目も綺麗なケーキが並んでいる。お皿一杯にケーキを並べて席に戻ると、香奈は先に席に戻っていて、私と同じようにケーキを……とってきてない。なぜかパスタとサラダがあった。
「スイーツビュッフェなのに……」
「すみません、それが醍醐味なのはわかっているんですが、スイーツは食事の後じゃないとなんだか気持ち悪くて」
スイーツビュッフェといっても、ちょっとした軽食も用意されていて、香奈は先にそちらを回ってきたようだった。
私としては、せっかくのスイーツビュッフェだからパスタとかで胃のスペースを埋めるのはもったいないと思っちゃうけど。
「まぁいいや、たくさん食べるぞー。いただきまーす」
「いただきます」
今更無粋なことを言っても仕方がないので、全メニュー制覇を意気込んで、私はフォークを手に取った。
「う、気持ち悪い……」
「だから言ったじゃないですかー。ほら、着きましたよ。」
ケーキを山ほど食べた後、私は気分を悪くしながら家までたどり着いた。ケーキだけでも全種食べようと少し無理をした私に対し、香奈はスイーツの種類を半分も攻略してないで食事を終えていた。そもそも元を取るという発想がないらしい。
帰ってきてすぐにベッドへ倒れこむ、着ていたコートは香奈がクローゼットへかけてくれていた。
「……今日は大人っぽい恰好をしてるね」
ふと香奈のコートの下が目に入る。チャコールのニットに、ワイン色のスカートはひざ下まで。スカートは緑と白のチェック柄で、クリスマスカラーなことがわかった。普通の中学生なら少し背伸び感がある服装かもしれないけど、香奈にはばっちり似合っている。
「そういうのは最初に見た時に言うものですよ。……あゆみさんも、今日はちゃんとカッコよかったです」
「クリスマスだからねぇ」
今日はちゃんと100%の服装で行った。服装に悩んで少し遅刻しそうになったのは黙っておく。
「ほら、お水飲んでしばらく横になってください。まだ夜もありますし」
「ありがと」
自分の部屋ということもあって、遠慮せず横になる。お腹の中にケーキが詰まってるのが分かる、しばらく動けないかも……。
ベッドの上で横になりながら、ふと自分の部屋に香奈がいることを不思議に思う。これが恵奈だったらなんの疑問もないのに、実際にいるのは歳が5つくらい離れた中学生で、綺麗な服を着ているのを気にせず、せかせかと掃除を始めようとしている。汚れちゃうから別にいいのに。
きっと香奈にとって、私は姉の代わりなのだろう。恵奈は香奈とほとんど干渉してないと言っていた。恵奈はそれでいいと思ってるんだろうけど、私から見た香奈はまだ姉離れできていなくって、世話焼きで、そして少し寂しがり屋。それを埋めるように、私とよく会って、世話を焼いてくれる。
私が恵奈の代わりになっているかはわからないけど、少しでもその寂しさを埋めてあげられればいいなと思いながら、目を瞑った。
かりかり、とした音に目が覚める。
「あ、起きました?」
「……ごめん、寝ちゃってた。今何時?」
「十八時になるところですね」
香奈は机に勉強道具を広げている、鉛筆の動く音に目覚めたらしい。
「こんな日に勉強しなくてもいいのに」
「これは気分転換みたいなものなので」
と言って見せたのは、数学ⅡBと書かれた参考書だった。
「……それ高校二年とかでやるやつじゃない?」
「勉強は気になればいつでも学べるのがいいところです。高校二年にならないとやってはいけないと決まっているわけではないですし」
香奈の言いたいことは分かるけど……いや、もうⅡBやってるとかやっぱ訳わかんないわ。
「気分はどうですか?」
「だいぶ良くなった。ついでにお腹も減ってきた」
「それでは、パーティー二部といきましょう」
香奈はテーブルの上を片付けて、冷蔵庫から大きなオードブルを取り出す。
パーティー二部は、いわゆるお家パーティーだ。ケーキはたくさん食べたからさすがに買わなかったけど、スーパーで売っているような簡単なオードブルを用意していた。茶色の見た目ばかりの料理だけど、これもまたクリスマスらしい。
そしてなにより家ならお酒解禁――
ピンポーン
「あ、来ましたね」
インターフォンがなったと思えば、なぜか香奈が反応する。
対応しようとしたら、「あゆみさんは座っててください」と言われてしまった。私の家なんだけどな?
玄関でなにかの荷物を受け取ってきた香奈は、ダンボールから綺麗にラッピングされたそれを取り出した。
「これが私からのクリスマスプレゼントです」
「えぇ、当日配達……」
「合理的でしょう? それに中身はあゆみさんが好きなものですよ。開けてみてください」
自信満々の香奈に言われるがまま、綺麗に包装されたそれを開封する。
「て、お酒じゃん!」
「桃のリキュールです。あゆみさんにはこういうのが一番かと思いまして」
中から出てきたのは綺麗なピンク色をしたリキュールだ。確かに嬉しい、なんか身に着けるものよりもずっと嬉しいかもしれない。
「ちゃんと炭酸水も用意しています、今日はいつもみたいにとやかく言いませんのでご自由に。でも気持ち悪くなる前に止めてくださいね」
「ありがとー! 凄く嬉しいよ! ……でもこれどうやって買ったの?」
「姉のアカウントを使わせてもらいました。なので実際は姉の名前でここに届くようにしています」
「あ、ほんとだ」
確かに送り主の名前は恵奈になっている。
「ちゃんと姉にも了承はとっているので、問題ないかと」
「香奈……」
出会った頃の香奈ならこんなこと許さなかっただろうに……成長? したね……。
「じゃあありがたくいただくね、っとプレゼント交換だから私も渡さないと」
部屋の棚に隠していた小さな包みを渡す。
「はい、香奈。メリークリスマス」
「ありがとうございます! 開けていいですか?」
「もちろん」
香奈は包み紙についているテープを丁寧にとり、中に入っていた箱をあける。
「これはボールペンですか? 梅の模様ですね」
私が選んだのは、少しお高めのボールペンだった。軸に伝統文様があしらわれたシリーズがあって、その中でも色合いが可愛かった梅の花を選んだ。
「可愛い……」
「高校生になっても使えるようなやつがいいかなって思って。それともう1つ」
今度は小さな紙袋を香奈に手渡す。
「ベタなやつだけど」
私的にはこっちが本命だった。香奈は綺麗にテープをはがして中身を取り出す。
「合格祈願のお守りですね。……吉慈神社? ここ、結構遠い神社じゃ?」
確かにその神社は少し遠い場所にあった。だけど『合格祈願に最強の神社』というネットの口コミを見て、ここしかないと電車とバスを乗り継いで行ってきた。
「香奈のことだから心配はしてないけど、それでも神様に香奈を見守ってくださいって言ってきた。あと少ししかないけど頑張ってね」
「……ありがとうございます、これがあれば百万力です」
香奈は本当に大事そうに、その合格祈願を手に笑ってくれた。
それからは楽しくお酒の時間だ、香奈はジュースで乾杯をする。
テレビをつけながら、二人で他愛のない話をしていた。
「ん? そういえば……さ、サンタさんには何お願いしたの?」
「なんでそんな怯えながら聞くんですか……もううちにはサンタの文化はありませんよ」
「よかったー、中学生ならぎりぎり信じてる可能性もあるかなって思って」
「デンマークにちゃんとしたサンタクロースはいるので、信じてはいますよ。……実は小学生の時、姉がその役をやってくれてまして」
「え、恵奈が?」
「はい。ちゃんとサンタ服も用意して、小学三年くらいまではそうしてましたね」
その頃なら恵奈は中学生のサンタか……妹のためとはいえ偉い。
「次の日に姉の部屋に入ったらサンタ服が部屋の隅に脱ぎ捨てられていて、いろいろと察しました」
「その頃から整理整頓はできなかったんだね……」
と、香奈のクリスマス事情を聞いたり。
「うわー……カッコいい……。結局顔出したんですね」
「うん、でもこれじゃ誰かわからないでしょ」
パソコンの中には、かさねからもらったROMの画像が写されていた。
かさねはソウエイのもう一人の弟子、ヒロイン枠の少女のコスプレだ。
「んー……見比べたらわかるけどって感じでしょうか」
「そんなにたくさん売れないだろうし、これで顔隠すのはちょっとROMの意向とも違う気がして」
「確かに、顔が見えていた方が映えますね……そういえばあれから調べたんですけど、かさねさんのサークル、結構有名みたいですよ。かなりの数売るんじゃないかと思いますけど」
「え、マジ? 次のROMも付き合う約束しちゃった」
「どのくらいの数売るかは聞いておいた方がいいかもしれませんね。あと次撮影する時は私も呼んでください」
かさねに貰ったROMを二人で見たり。
「何見てるの?」
「友人から連絡が来て、今クラスでクリスマス会やってるんですよ」
「え、そっち行かなくてよかったの?」
「その中に私に告白してきた男子が7人いて、その内の2人に今日告白しようとしている女子が3人いてもそう言えますか?」
「なんて? ちょっと相関図書いてくれる?」
「つまりですねぇ……こんな感じです」
「中学も結構ドロドロしてるんだ」
「私がいないと平和な場面は多いですね。実害はないようにコントロールしてるんですけど、受験期も相まってちょっとみんなぴりぴりしてて」
「それでも恋は止められないんだね」
「学校で過ごす時間も残り少ないですからね。告白は受験前じゃなくて卒業式にした方がいいとは思いますけど」
そんな話をしながら、夜も更けて。
私は香奈からもらったお酒が飲みやすくて、なんだかふわふわとした気分になっていた。
「あ、そういえばこれも持ってきてたんでした」
料理もなくなって、香奈が軽くテーブルの上を片付けてくれた後、香奈が取り出したのは私にとってとても見覚えのある箱だった。
「『満月』かー」
「はい、今日はちょうど満月なので」
『満月』はこの辺りで名の知れた和菓子だ。満月のようにまん丸の最中で、中にはあんこがたっぷり入っている。『満月の日、月の端を味見しませんか』というCMはこの辺りであればみんな知っていて、手土産には人気の商品だった。
もちろん私も、それは知っていて。いや、知りすぎているくらいで。
「お茶と合うので、結構好きなんですよ。最後にいかがですか?」
「いやー、私はいいや」
そんな私の断りは、香奈には少し予想外だったようで。
「……そういえば今日のスイーツビュッフェも、ケーキばかりで和菓子には手を付けていませんでしたっけ。和菓子は苦手でしたか?」
「いや、苦手ってわけじゃないんだけど……。それうちで作ってるお菓子だから、食べ飽きてるの」
「……作ってる? あゆみさん酔ってますか?」
「酔ってるけどね。裏に書いてあるでしょ、辻和菓子店って。それ私の実家」
「え、本当に書いてある」
数日前に、お母さんから連絡があったことを思い出す。満月は年始の手土産としてもよく選ばれるから、実家兼店舗の年末年始はまさに猫の手も借りたいほど忙しい。
だからお母さんは私をあてにして毎年早く帰るように電話をしてくる。帰ったら帰ったで、店番をしたり、和菓子を作るのを手伝ったりしているうちに、帰省なんてあっという間に終わってしまう。
大学の友人からは、実家に帰ったらなにもしないでゆっくり過ごすみたいな話をよく聞くが、私は実家に帰った方がよっぽど忙しいから、できれば帰りたくない。
いろいろお金だしてもらっているから、帰らないわけにもいかないんだけど。
という話を香奈に聞かせる。
「あゆみさんは跡を継いだりはしないんですか?」
「私が男だったら考えてたって。思いのほか満月が地域に根付いちゃったから、ゆくゆくは事業売却を考えてるみたい。余生はそれで優雅に過ごすって」
「実はちょっと不思議だったんです。あゆみさん、一人なのにいいマンションに住んでますし、家賃も高いんじゃないかなって」
香奈は『満月』を一つ開けて、ぱくりと食べる。私も用意してくれた温かいお茶を飲んだ。……暖かさが染みる。
「就職が決まらなかったら、実家でしばらく雇ってあげるよとは言われてるんだ。けどそこまで親の世話になるのもなって思って」
「その考えは、立派だと思います。いつかは親離れしなければいけませんし」
「……香奈も?」
「そうですね。私もいつかは親離れすると思います。それがどのくらい先かはまだ予想がつきませんけど、少なくとも自分で稼げるようになるまでは、育ててくれた母の傍にいたいと思います。そうでないと、母もきっと寂しいと思うので」
香奈は親離れといったけど、香奈の話を聞く限り、離れられないのはお母さんの方だと思った。
私と香奈の状況は全く違うけど、お互い自分の足で歩きたいと思っているのは同じで。そのために私は香奈を手伝ってあげたいと思うし、私もがんばらなきゃなと思った。
「眩し……」
カーテンの隙間から日差しが漏れていた。いつの間にか寝てしまったようで、香奈と実家の話をした後の記憶がない。甘くて飲みやすいから結構量もいったしな……。
少し痛む頭を我慢しながら起きようとすると、腕になにかが当たった。
「うわぉ」
毛布をめくりあげると、そこには丸くなって眠る香奈がいた。私は服のまま眠ってしまったようだけど、香奈はちゃんと着替えたようで、どこから見つけたのか私のパジャマを着ている。
時計を見ると八時を回っていて、いつも早起きの香奈がこの時間まで眠っているのは少し珍しい気がした。毛布を捲ったままでもまだ目は覚めないようで、少し身じろぎをして寝息を立てていた。
なんだか猫みたい……少し大きいけど。
起こさないように毛布を直して、私ももう少し、香奈の暖かさを感じていることにした。