10話 クリスマスプレゼント_1
十二月、すっかり寒くなりコートが欠かせなくなった季節。
大学内でもクリスマスが近づくにつれ、どこか浮ついた空気が流れはじめる。学内のベンチではところかまわずくっついている男女が見られるし、友達と話せばあの二人が付き合った、とかもう別れたとか、自然と恋愛話が多くなる。
そんな浮いた話もない私は、去年までは恵奈という同じ立場の人がいたから、クリスマス当日は愚痴を言い合いながら酒で流して過ごした。それはそれで楽しいクリスマスではあったけど、今年はその状況も変わってしまった。
「プレゼントどーしよー!」
その問はもう十回くらい聞いた気がした
「本人に聞けばいーじゃんそんなの」
「聞けるわけないでしょー。婚約後初めてのクリスマス、気合入れないと」
講義が一コマ分空いたから、私は恵奈と近くのカフェへ来ていた。
最近の私は香奈の影響もあってか授業にちゃんと出るようになっていて、単位取得も前より難しくなくなっていた。対して恵奈は、お嫁さんという就職先があるせいか講義もサボりがちで、こうして二人で話すのは実は久しぶりだったりする。
「プレゼントねぇ、先生だったら、なんか仕事に使うものがいいんじゃない? ネクタイとか」
「なんか父の日って感じじゃない? それ」
「それもそうだけど……じゃあお財布とか?」
とはいえ、恵奈は大切な友人で間違いないから、あれはこれはと意見を出す。
実際こういう時は、送るものには大体目星はついていて、どれがいいかなーって話したいだけだったりもする。
「クリスマスはその人と過ごすんだよね」
「そうだよ。イブは家族で過ごして、クリスマスは各々別行動だね。月曜日だからうちの母親は仕事だし」
「それ香奈にバレたりしないの?」
「彼氏が出来たことくらいはもう察してるんじゃないかな。結婚することまでは考えてないと思うけど」
「さすがに結婚は予想つかないよ」
昨日、香奈からのメッセージはクリスマスの予定を聞くものだった。つまり今のところは香奈もクリスマス当日はフリーらしい。
クリスマスなのに相手もいないと思われてしまうという小さな意地から、そのメッセージにはまだ返信していないけど。
「去年は二人でスイーツビュッフェに行ったよね」
「あー、ホテルのね。あそこ結構よかったよね。あゆみが全制覇しようとしてて手伝ったんだっけ」
「元取らないといけないし。本当は今年もそんな感じで過ごすのかなって想像してたけど、恵奈が先に抜けるとは思わなかった」
「私も、一年前の私に婚約してるよって教えてあげたら笑い飛ばしちゃうだろうな」
去年を思い出しながら、笑って話してくれる恵奈。結婚しても、時々こうしてお茶できればいいなと私は密かに思った。
夜、パソコンで履歴書を一通書き終えた私は、大きく伸びをする。
就職活動も本格化してきて、その波に飲まれるように私も何通か応募していた。
まだ内定はないけど、コスプレを経験してから自分に少し自信がついた気がして、就活も上手くいき始めていた。ついこの間も近くにある会社の面接を終えてきたところだ。
昨今は求職者有利の傾向もあって、香奈に心配されていたフリーターにはならなそうな感じがしている。就活もいずれ働くのも、直視したくない現実だけど、香奈の眼が厳しいからとりあえずどこかには就職しておかないと。
もう一度履歴書を見直して、誤字がないことを確認してから、その日の内にメールで送信した。こういうのは勢いが大事で、見れば見るほど書き直したくなってきりがないから、さっさと送ってしまうのが吉。
一仕事終えた私は、香奈へメッセージを送る。
『クリスマスだけど、一緒にスイーツビュッフェ行かない?』
私が保留にしていたクリスマスの予定を送ると、一分もしないうちにメッセージが返ってくる。
『いいですね。追い込みのご褒美としてちょうどいいと思いました』
『じゃあ二人で予約しておくね』
『その後は、あゆみさんの家に行ってもいいですか?』
香奈と会うときは、遅くならないようにいつも昼からにしている。お昼にビュッフェを済ませても14時とかだし、問題ないかな。
『いいよ』
『ありがとうございます。あと、せっかくのクリスマスですし、プレゼント交換とかどうでしょう?』
『いいね、予算は三千円くらい?』
大学生にしては低い予算だけど、相手は中学生だから、このくらいの値段設定がちょうどいい。
『大丈夫です、楽しみにしていますね。では引き続き就職活動頑張ってください』
『香奈もね』
「さて」
さっきまで堅苦しい文章を書いていて、ごちゃごちゃしている頭を切り替えるためにベッドへ倒れこむ。今日は寝るだけ……それだけなんだけど。
「中学生へのプレゼントって何を買えばいいんだ?」
プレゼントの下調べをしているうちに、結局夜更かしになってしまった。
「こ、これ、完成品」
「ありがとう」
大学内、テーブルとイスがいくつか並ぶ通称テラスと呼ばれているスペースで、かさねから一枚のCDを手渡された。
「いい出来。本当に、年末は一緒に行かないの?」
「あー、人凄いんでしょ? ならいいや」
それは年末のお祭りへの誘いだった。かさねは他の友人とサークル? 参加をしているみたいで、そこで今回撮影した画像を集めたROMを売り出すらしい。
このROMを作るために撮影したのはついこの間、私にとっては二回目の撮影で、それもまた新鮮な体験だった。一緒にコスプレを合わせたかさねもまったくの別人で、いつものおどおどとした態度は全くなくポージングをしていたから、コスプレというものはやっぱり別人になれるんだと思う。
「う、売れたらまたお金渡す」
「別にお金目当てでやったわけじゃないんだけどね」
「ダ、ダメ、こういうのはしっかりしないと、いけない」
私としてはコスプレという文化に触れられただけで、十分なリターンがあったけどと思いながら、年末のお祭りが終わった後に、またかさねと会うことを約束した。
その後、だらだらと雑談をしている途中に、テーブルの上にあったかさねのスマートフォンが震える。画面を見たかさねは、わかりやすくため息をついていた。
「どうしたの?」
何も言わず見せてくれた画面には、距離の近い女の子が二人映し出されている。
「こ、この右の……鈴葉が、本当はソウエイ役だった」
「あー確かに似合いそう」
そこにはショートカットで中世的な子が写し出されている。髪は染めているのか青くて、耳にいくつかピアスを開けていた。その隣に写るのは、こっちも髪を派手に染めている、お人形みたいな服装をした女の子だった。
「そういえばどうしてその子……鈴葉さん? はソウエイ役降りたの?」
「か、彼女が出来て、束縛が強めだから他の女と撮影させてくれないんだって。この隣のコ」
「彼女?」
「……鈴葉もそのコも、もともとコスプレイヤーしてて、私が二人を引き合わせたから……たまにこうやって仲良くしてるところを報告してくれる。正直迷惑」
「えっと、鈴葉さんは女の子……だよね?」
「そ、そう」
「こういう業界ならよくあるの?」
「コスプレイヤー同士で意気投合して、そのまま付き合うことはたまにある。長く続くことは少ないけど」
「はぁ」
コスプレイヤーというか、私は女性同士なことを聞きたかったんだけど。まぁ、私の知らない世界がきっとそこにはあるんだろう。
「そういえばさ、香奈とプレゼント交換することになったんだけど。何をあげればいいと思う? 相手中学生だからさ、あんまりわかんなくて」
話を変えるために私がプレゼントのことを相談したら、かさねは先ほどと同じようにため息をついた。
「ここにも仲良し自慢をしてくる人がいた……」
「いや、私と香奈はそういう関係じゃないからね? 相手中学生だから」
なぜかいじけ始めたかさねを宥める。かさねもスイーツビュッフェに誘ってみたけど、馬に蹴られたくないと言って断られてしまった。
授業が終わり、プレゼントを探しに繁華街へ向かう。
街はクリスマス一色で、どこへ行ってもクリスマスソングが流れている。ショーウィンドウに並ぶコートも、クリスマスを見越してか華やかなものが多い。クリスマスにいい思い出はないけれど、この街が華やいだ雰囲気は好きだった。
ふらふらと、足の向くままお店を覗いていく。自分で三千円とは言ったけど、その値段で用意しようとすると服も買えない。せいぜいマフラーとか手袋とかで、それでも香奈は喜んでくれるだろうけど、せっかくの受験前だから、もっと力になれるものを送りたい。
そう思いながらもなかなかピンとくるものは見当たらなかった。
ちょっと探しつかれてきた時にスマートフォンが震える。その画面上の名前を見て、一瞬出るか迷ったけど、どうせ何回もかかってくるからと思い直して通話を繋ぐ。
「なにー、お母さん」
「あんた年末帰ってくるんでしょうね」
開口一言目、お母さんの言葉は予想通りのものだった。
「帰るよ、そのうちね」
「うちの状況分かってるんでしょ。早めに帰ってきなさいよ」
「わかってるって、じゃ忙しいからまたね」
まだ何か言っていたけど、すぐに電話を切る。話したって特に実のある話もないから、要件だけ分かれば十分だ。
……せっかくいろいろ見てたのに、さっきの電話でなんだか気分が萎えてしまった。今日は帰って酒でも飲むかなぁ。
進行方向を変えようとした時、久しぶりにお母さんの声を聴いたのがきっかけになったのか、昔の記憶が蘇る。それは私が香奈と同じように高校受験の前、お母さんがクリスマスにあるものをプレゼントしてくれた。
「そっかそういうのもあるな。というか受験前ならそれが普通か」
思い出すきっかけがお母さんからの電話だったのは少し癪だけど、私はスマートフォンで地図を呼び出す。少し遠いけどいけない距離でもない。
……今年は少し早めに帰ってやるか。