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1話 親友の妹_1

別の連載『シキの小話小箱』に投稿していた「sister day」を長編化したものです。

以前の作品をお読みいただいた方は5話からが新話となります。

書き溜めは100000字程度ありますが、調整しながらになるため更新はゆっくりになります。

お付き合いいただければ嬉しいです。

 ふぁ〜と大きな欠伸が出て、涙が少し滲んだ。

 広い講義室、最後列で講義を聞いている私たちに、先生は見向きもせず話を進める。

 もちろん真面目に受けている人の方が多いけど、スマートフォンでゲームをしていたり、すでに寝ている人も何人かいた。いちいち注意してたらキリがないから、先生もただ機械のように講義を進める。

 たまに思いついたように画面に映るスライドの内容をノートに書き込むけど、内容が飛び飛びで改めて見ると暗号のようになっていた。

 

「ねぇ、もうそろそろいいんじゃない?」

「ん〜でも眠くなってきちゃったしな」

「あんたいつも眠たいじゃん……まいっか、私は約束あるからお先にー」

 

 隣を見ると机の上のものは綺麗さっぱり消えていて、もう講義室から抜け出す準備は済んでいるようだ。

 

「あゆみも気が変わったら連絡して。あ、ついでに宿題出たら教えてね」

「了解ー」

 

 一緒に講義を受けていた友人の恵奈は、先生が黒板の方を向いている隙に音もなく講義室を出ていく。この授業は最初に出席をとるから、その後部屋から抜け出す人が一定数いた。恵奈のように。

 私はもう一つ大きな欠伸をして、我慢しきれず腕を枕にする。抑揚のない先生の話は最高の子守唄で、簡単に私を夢の世界に誘った。




 北城大学文学部二年、それが私の今の身分。

 学生だけどあまり勤勉とは言えず、単位の取りやすい講義を受けて、授業の出席も必要最低限。

 空いた時間は友人と遊んだり、たまに単発のバイトをしたり、そんな変わり映えのない毎日を送っている。


 「んー……」

 

 今日も無事授業が終わり、大きく伸びをする。大体寝ていた気がするけど。

 先に授業をエスケープした恵奈からは、カラオケ店の場所を記した連絡が来ていた。ぐっすり昼寝をしたせいで若干の気だるさが拭いきれず、今日は帰るね、と一言メッセージを送る。

 帰りにスーパーへ寄って適当なご飯とお酒を買って、家でダラダラしようと外へ繋がるドアを開ける。

 

「うわっ!」

「あ、ごめんなさい」

 

 トン、と胸のところに頭が当たる。私がぼーとしていたせいか、目の前にいた女の子とぶつかってしまったようだ。

 

「ちゃんと前見て……な、なんでもない」

 

 少し不満そうに漏れたその言葉は、私を見上げると慌てたようにすぐに去ってしまう。

まるで私がとって食べてしまうような反応だった。

 ふと、ガラスに映る私を見やる。猫背でごまかしているけど、そんなことじゃ背の高さは全然ごまかしきれない。

 やっぱり178cmの背は、女にしては高すぎる。

 さっきの子も思ったより私が大きくて怯んでしまったのだろう。高い背というのは、私がいくら無害を演じていても威圧感があるみたいで、こういったことは時折あった。

 男ならまだしも、女でこれだけ背が高くても得することなんて少しもない。

 服のサイズはないし、靴だって可愛いものは履けない。歩いてるだけで見られるし、初対面の人の最初の感想は決まって『背高いね』になる。

 できるなら今すぐこの背を誰かに分けてあげたい。そんな不可能な願望を思いながら、私は猫背のまま駅への道のりを歩き出した。

 



 雨の音で目が覚める。

 時計を見ると9時を指していて、休日にしては早い目覚めだった。気圧のせいか若干重たい頭を我慢してベッドから抜け出す。

 今日は恵奈とお昼を食べる約束をしている。どこか適当な場所でふらふらショッピングをして、夜には居酒屋へ入るのがいつものパターン。恵奈相手なら服に気を使わなくていいし、その辺に落ちてるのを着ればいいか。

 半分寝ている頭でそんなことを考えながらスマートフォンを見ると、恵奈から風邪ひいたからキャンセルにしてほしいとのメッセージがきていた。……確かに昨日会った時マスクはしていたけど、悪化しちゃったか。

 『了解、お大事に』と返信をして、ぽっかりと空いた午後の予定をどうしようかと思いながらベッドへ戻る。

 カーテンの隙間から窓の外を見上げる。しとしとと降り続く雨は、天気予報を見る限りお昼には止む予報で、お出かけには問題なさそうだけど。


 「寝るか」


 まだほのかに暖かさを残しているベッドは、その選択が正しいと言ってくれているようで。

 私はそのまま目を瞑った。




 ピンポーン


「ふあ」


 時計はいつの間にか昼前、二時間以上も寝ていたらしい。

 なんか荷物でも頼んでたかなぁとインターフォンの液晶をのぞき込むと、見覚えのない女の子が立っていた。


「……どちらさま?」

『辻あゆみさんの部屋で間違いないですか? 私、香奈っていいます。東谷恵奈の妹です』


 液晶の中にいる女の子から言われ、恵奈ってそういえば東谷って苗字だったなとか、恵奈とは遊ぶ約束をしていたけど、妹とも約束してたっけ? とかを眠たい頭で考える。


『あの、姉から伝言があるんですけど』

 

 どう返答すればいいか、そんな迷いが伝わったのか、香奈は一枚の紙を取り出した。


『そのまま言いますね……寝てるだけだったら少しは外出しな。私の妹、用事があるからついでに連れてってやって、とのことで』


 まるで寝ているのがお見通しのような、いやその通りだったけど。


「入っていいよ」


 ただその言葉は明らかに恵奈がいいそうな感じで、不思議と眠気がなくなっていた。スマートフォンを確認するとまったく同じメッセージが来ていて、恵奈の妹なのは間違いないみたいだ。

 マンションのオートロックを解除すると、少しして自分の部屋のインターホンが鳴る。


「どーぞ」

「おじゃましまー……す」


 恵奈が私を見て、一瞬固まった。


「どうかした?」

「……いえ、姉も同じような恰好して寝ているので、少し驚きました」

「あぁ」


 そういえばTシャツにパンツのままだった。さすがにお客さんに失礼かと、床に落ちているルームウェアを拾う。


「……姉の服もよく床に落ちてます」


 香奈からの視線は明らかに批判的でなんだかいたたまれない。

 初対面でも遠慮ないこの視線は、香奈が大物なのか、私が恵奈に似すぎているのかどっちかだな。そんなことを考えながら拾ったルームウェアを着る。


「会ったことあったっけ? 私達」

「私が家で一方的に見たくらいかと。ご挨拶はしていませんね」


 恵奈とは大学に入ってから仲良くなった友人で、そんなに長い付き合いではない。だけど相性はよく、今ではなんでも話せる親友のような立ち位置だった。実家暮らしで何回か家にお邪魔させてもらっているけど、香奈は……いたかな、覚えてない。香奈のいう通り、少なくとも紹介はされていないか。


「妹いるって聞いたことあったかなぁ……何歳?」

「中学二年、14歳です」

「え、中二⁉」


 香奈は中学生にしてすでにそのスタイルは完成されていた。推定165cmの高身長、顔は小さく足も長い。あどけなさが残るがかなり整っていて、大きな目が印象強い。セミロングの髪はただ降ろしているだけで、あまりいじったりしていないけど、それでも十分カースト上位の可愛さで、街を歩けばすぐにでもスカウトされそうな見た目だった。まだ高二と言われたほうが信じられる。


「背、どのくらいあるの?」

「前の身体測定で163cmでした。今はもう少し伸びているでしょうか?」

「はぁー、最近の子は発育がいいのね」


 ぶしつけな私の上から下までの視線に、恥ずかしそうに顔を背ける仕草は、それだけでクラスの男子を落とせそうな気がした。


「そんで、なんで恵奈の代わりに香奈が来たの?」

「書店に行きたくて」


 そうして見せてきたスマートフォンの地図には、少し遠くの書店が表示されていた。

 大型ショッピングモールの中にある書店で、ここから駅でいくつか移動する必要がある。その存在は知っているが、私も行ったことはないショッピングモールだった。


「この書店は参考書が豊富で、いろいろ見て選びたいなと」

「一人で行かないの?」

「私、方向音痴で……あと一人で出歩くとよく声を掛けられるので、少し遠くに行くときは母か姉に連れて行ってもらうんです」

「なるほど」


 どちらかというと方向音痴より防犯面が大きな要因かな。私がついていくのも、保護者付きならトラブルが少ないってところだろう。


「わかった、準備するからちょっと待ってて」


 お昼をどこかで食べて、その後書店に行って、お茶をして夕方には帰る。もともと恵奈と遊んでいても同じような予定になるし、問題ない。

 私はその辺に落ちていた服を……そのまま抱えてクローゼットへ向かった。服を拾った時のなんだかじっとりとした香奈の視線が痛かったから。


「仕方ない、ちゃんとした服でいくか」


 クローゼットの一部はちゃんとしたお出かけ用の服がかかっている。いくつかピックアップしているうちに、ふとあることを思いついて、私は奥の方から服を引っ張り出した。


 デニムパンツとYシャツ、レザージャケットで合わせたコーデは「かっこいい服装ですね」とのコメントを頂いて、香奈的に合格のようだった。

 化粧もいつもより少し時間をかけ、家を出たのは十三時。ちょうど雨も上がっていて日差しがさしはじめている。

 香奈もお昼はまだで、もちろん私も起きてから何も食べていないから、ひとまずお昼を済ますために、駅まで向かう途中のとあるお店へと案内をする。


「着いたよ」

「ここ、ですか?」


 私の言葉に、香奈はポカンと口をあける。

 そこは一件のマンションだった。一階部分はテナントとなっていて、今の時間は閉店している居酒屋が並ぶ。私達がいるのはその端、地下へ続く階段の前だ。立て看板が出ていてこの先の店が営業中なのはわかるが、階段の中は最低限の明かりしかない。


「……なんだか不気味ですね」

「だよね。私も最初はそう思ったな」


 私が躊躇なくその階段を降り始めると、香奈も慌ててついてくる。左手に違和感を感じたと思うと、ジャケットの袖が掴まれていた。怖いの苦手だったら悪いことをしたなと思いながら、短い階段を降り、その先の扉を開く。


「いらっしゃいませ」

「二人で」


 そこは恵奈と良く来る隠れ家的居酒屋だった。昼営業ではパスタ専門店に変わっていて、リーズナブルながら本格的なパスタが食べられるお気に入りの店だ。

 店の中の雰囲気に香奈も安心したようで、袖を掴む手はいつの間にかなくなっていた。


「ここ、美味しいんだ。恵奈ともよく来る」

「へー……大学生って、こういうところに来るんですね」


 メニューを香奈に渡す。


「あゆみさんは?」

「私はもう決めてるから」


 私と違って初めての香奈は真剣にメニューをのぞき込んでいる。

 ここは種類も多いから、決めるのになかなか時間がかかる。私も一年かけてレギュラーメニューを全部食べた。


「では……明太子とホタテのパスタで」


 迷って決めたパスタは姉の恵奈がよく注文するもので、思わず笑ってしまった。

 店員さんに注文をお願いした後、香奈に大学生活の話を質問される。私と恵奈は遊んでばっかりで、授業をさぼったりしていることを言うと白い目で見られた。

 私が香奈の中学生活のことを聞くと、香奈が通っている中学は私の母校で話がはずむ。知っている先生もまだ何人かいるみたいで、なんだか懐かしい気持ちになった。

 話しているうちにパスタが到着する。香奈は目を輝かせてフォークを手に取った。


「美味しい!」


 外見だけ見ると大人っぽい香奈も、食べている途中は年相応の反応だった。

 それでもフォークの扱いはしっかりしているし、食べ方もなんだか品がある。マナー講習でも受けたのかなと疑ってしまうくらいだ。


「それはよかった」


 私もボロネーゼをフォークに巻きつけて口に入れる。ここのボロネーゼは一度ハンバーグを作って、それを崩してボロネーゼにするみたいで、肉汁が強くて美味しい。


「急に姉が羨ましくなってきました……」

「恵奈は連れてってくれないの?」

「こういうとこはないですね、ファミレスとかはありますけど」

「もし気に入ったら恵奈に連れてきてもらえばいいよ。お許しが出ればだけど」

「はい、頼んでみます! それでですね、もしよろしければですけど……」


 申し訳なさそうにする香奈の視線の先には、ボロネーゼがあった。私がお皿を差し出すと、香奈も嬉しそうに自分の皿を差し出してきた。


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