5.魔女との抱擁、そして下着事情
おにぃちゃんが行ってしまった。
………………悲しい。
………………………………悲しい。
………………………………………………悲しい。
何と言えば良いかわからない。
おねぇちゃんもまだ、このおにぃちゃんの部屋にいるまま。
「ポラリス君、部屋に戻ろっか」
「はぁい、おねぇちゃん…」
ミリスおねぇちゃんは、おにぃちゃんが行って悲しくないのかな?
僕は悲しいけど。
……………でも、おねぇちゃんがいるから、安心できる。
おにぃちゃんがいないのも2日間だけだしね。
我慢我慢……。
「ポラリス君?」
「…………おねぇちゃん、お願いがある」
「………ポラリス君、なに?」
「……………………おねぇちゃんは僕の部屋に戻って 僕はもうちょっとここにいたいから………」
「……………わ、分かった……」
おねぇちゃんは僕の部屋に戻っていった。
「………………………………………」
僕は無言で、おにぃちゃんのベッドに寝転んだ。
「……………………………………………」
僕はいつもこうだ。
おにぃちゃんが出かける時になったら、駄々をこねてついて行く。
ついていけなかったら、こうやっておにぃちゃんのベッドに寝転ぶ。
そして、
「…………おにぃ………ちゃん…………おに……………ぃちゃん……………行か……ないでよぉ…」
こうやって僕一人で泣く。
だって悲しいんだもん。
いつもは1人で寝てるけど、
それはおにぃちゃんがこの部屋にいたから。
安心感があったから。
でも今は違う。
ここにおにぃちゃんはいない。
2日間だけだとしても、長い。
「……お…にぃちゃん…………おにぃ……ちゃぁぁ……ん…」
僕が泣いているところで、
「………………………ポラリス君、どうかしましたか?」
おねぇちゃんが来た。
泣いてるのが分かったのかな…。
もしかして、心配させちゃったかな……。
僕は急いで涙を拭った。
「大丈夫だよ、おねぇちゃん!」
おねぇちゃんに笑顔を見せ、心配させないようにする。
「……………………」
それでもおねぇちゃんは僕のいるベッドに近づいてきて、
「…………………無理、しなくてもいいんですよ?」
僕を抱きしめた。
「…………うわっ………」
少しバランスを崩し、僕はその場に倒れ込む。
倒れ込んだ先はベッドだから、痛くはない。
「………ポラリス君、なぜ泣いていたのです?」
おねぇちゃん、やっぱり聞こえてたんだ。
「…………おにぃちゃんが………その………行っちゃったから………」
おねぇちゃんにとっては、どうでもいいことなのかもしれない。
そして泣くほどでもないだろうし。
「……………大丈夫ですよ、ポラリス君………… ……………お兄ちゃんはこの2日間が終われば帰ってきます なので我慢してくださいね?」
おねぇちゃんは、優しく僕の頭を撫でた。
力は弱く、手には温もりを感じる。
「…………ポラリス君は、お兄ちゃんのこと好き?」
「……うん、大好きだよ」
「………良かった、それは私もです
お兄ちゃんは私を助けてくれて……………
…そこから、好きですね……」
おねぇちゃんは、おにぃちゃんに助けられたんだよね。
確か、初めておねぇちゃんを連れてきた時に言ってた。
「……………そんなランス君ですが、おっちょこちょいなところもありまして…………前なんか、服を買ってきたと言ったので、中身を見たら黒の服と柄のない真っ白なズボンが入っていましたね……………欲しかった下着はなかったですが……………おかげで今も男用を履いてます………………」
おにぃちゃん、変態。
「………まぁ、そんなお兄ちゃんですが、何やかんやで頼ってしまうんですよね…………」
おねぇちゃんも、おにぃちゃんのことを頼ってるんだ。
「…………おねぇちゃん、ありがとう おかげで元気出たよ!」
もう、泣かない。
おねぇちゃんが元気づけてくれたのに泣くわけない。
笑顔だ、笑顔。
「…………ポラリス君………ありがとうね…」
何がありがとうなんだろう。
何でおねぇちゃんは顔を赤くしているのだろう。
まぁ、良いか。
――――――
もう夜だ。
おねぇちゃんは寝た。
でも僕は寝てない。
なぜなら、
「おーい、ポラリス、こっちおいでよ」
「ポラリス君、こっちこっち」
今、僕は食堂にいるからだ。
おねぇちゃんは寝たからその隙に来た。
そしてここの守護団のお兄さんたちと話している。
「いやぁ、しかしランス、行っちゃったな」
……………。
「……そんなこと、言わないで…」
「あぁ、ごめんごめん、つい……」
そんな事言われたらまた泣いちゃうじゃん……。
もう泣かないって決めたばっかりなのに………。
「……ところでポラリス ランスの奴が連れてきた女について知らないか?」
女?
おねぇちゃんのことかな?
でも言っちゃダメって聞いてるし……。
「確か、紫髪の…………… 何か魔女っぽいよな!」
「バカ、魔女なら寮に連れてこないだろ」
「そっかそっか……」
このお兄さんたち、魔女について知ってるんだ。
でも、言っちゃダメなんだっけ?
「………なぁポラリス あの女って魔女なの?」
「………言わない…」
「「”言わない”?」」
え、これで良いんだよね?
おにぃちゃん、これで良いんだよね?
「ポラリス、魔女なら離れた方が良いぞ? あと、言ってくれたほうが良いぞ?」
え、え………。
「魔女なら離れろ
食われちまうかもしれないぞ?
ランスとお前が殺されるかもしれないぞ?」
え…え………え………。
「………まさかとは思うが、魔女、ではないよな…… 魔女だったら殺さるし家を燃やさせるし…………」
う、うぅ…………。
「ポラリス、どうなんだ?」
「ポラリス、教えてくれ」
「ポラリス、このままだとこの寮が危ない」
う、うぅ………………うぅ………………。
「…………………魔女…………………………だよ…………」
お兄さんたちは口ろ揃えて言う。
「「………………………………そう、か…」 」
おにぃちゃん、約束破っちゃったよ………。
でも、この人たちはいい人だから良いよね?
「ポラリス、よく聞け
魔女を見た者は不幸になり、なんなら殺されることもある
そんな恐ろしい存在だ」
「……………そんなはず………ないよ…」
まさか……おねぇちゃんがそんな事するわけないよね…………。
「この世の悪いこと全ては魔女が起こしているんだ」
おにぃちゃんと言ってることと違う………。
これが悪い噂?
「ただの噂話でしょ? 信じないよ……」
そうだ、僕はおねぇちゃんを信じたい。
そしておにぃちゃんも信じたい。
言われたことは守らなくちゃ。
「……ポラリス、これは噂じゃないんだ……
昔、俺の住んでいた村は環境が悪くてな、每日のように飢えに苦しんだものさ………… しかし、とある女が街から出ていくと、村は一気に成長
畑が増えて飢えなんかに苦しむ人はいなくなった……
……つまり、この出ていった女が魔女で、そいつがどこかへ行ったから、村は良くなった
そういうことになるんだ」
「俺もそんな事あったな……」
「分かる、俺も…」
………………。
「俺なんか、前に住んでた街にある女が来たら、いきなり火事になる家が増えて… 俺は無事だったけど、その女を街全体でこらしめたんだよ」
………………。
噂、じゃないのかも………。
「ポラリス、魔女は危険なんだ
良く打ち明けてくれた
お前はいい子だな……」
お兄さんは、僕の頭を撫でてくれる。
「魔女がいるとなれば、ランスはなぜ隠したんだ?
あいつも何か考えてやがるのか?
……まぁ良い、ひとまず魔女を撃退だ 勿論、ポラリスもな」
…………この人たちはいい人だ。
信じて良い。
おねぇちゃんは悪い人だ。
信じちゃいけない。
おねぇちゃん、さようなら。