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冷めた紅茶をキャロラインが淹れ替えているのを、漠然とした視線で見ているアマデウスに、モネ公爵が優しく言う。
「王太子として仕事をしているだろう? なぜこの仕事が自分に振られているのか考えてみなさい。これは君たちにも言えることだ。側近の仕事というのは、言われた通りに資料を集めたり、スケジュールを調整することだと思ったら大間違いだぞ」
アランとマリオが姿勢を正した。
「アマデウス王太子殿下、君はもう少し『疑う』ということを覚えなさい。人を疑い自分を疑うんだ。本当にそれで良いのか? もっと良い方法があるのではないかってね。良い意味でズルくないと、一国の頂点に立つのは難しいよ」
「……」
キャロラインが淹れたばかりの紅茶を口に運ぶモネ公爵。
主不在の部屋は、まるで無人のように静まり返っていた。
その空気を破るように立ち上がったアマデウスが、モネ公爵に深々と頭を下げる。
「モネ公爵……いえ、お義祖父様。僕を鍛えていただけませんか。ルルが一線を引いているのは、僕が頼りないからだと思います。僕は強くなりたい……そうしないと国民の暮らしを守れないですし、何より最愛のルルに信頼して貰えない。国のために王家に嫁いでくれたルルが、安心して身を委ねることができるほどの強さが欲しいのです」
「そうか。君はスタートラインに立つ資格を得たことがゴールだと勘違いしていたのかもしれないね。結婚もそうだよ、ゴールではなくスタートだよ」
「はい。目から鱗が落ちた思いです。僕は本当に甘かった……恥ずかしいです」
「しかし鍛えるといっても、私は来週には帰らなくちゃいけないんだ」
「僕を……僕を連れて行っていただけませんか。このままじゃ絶対にダメなんです。どうかお願いします。モネ公爵のお側で勉強させてください」
「勉強だけならここでもできるだろ? 君のまわりにはこの私でも引くほどの腹黒がたくさんいるじゃないか。それに君はルルちゃんが他に心を移していると思っているんだろ? 離れるのは不安じゃないかい?」
モネ公爵がチラッと側近たちの顔を見た。
「はい……不安です。でもこのままの僕ではもっと離れていってしまうと思います。遅まきながら真相は確認しますが、もし本当だったとしても引き戻してみせる。強い男になってもう一度惚れさせてみせます」
「ほう? なかなか良い顔になったじゃないか。まあ幸いにしてローレンティア国王夫妻は健康だし、まだまだ気力も充実しているからね。それにキリウス殿も残るしな……そうか、君の覚悟はわかった。でも1年が限界だな。1年間ひとりで頑張ることができるかな?」
「必ず成し遂げてみせます」
モネ公爵がアランとマリオに顔を向けた。
「国王夫妻に謁見申請を出してくれ。王弟殿下と宰相、それからメリディアン侯爵とロックス侯爵も同席するように手配を頼む」
「はっ!」
アランはアマデウスの側を離れるわけにはいかないだろうと判断したマリオが急ぎ足で去って行った。
モネ公爵が聞く。
「彼はルルちゃんの側近だったよね? そして君がアマデウス王太子殿下の側近か?」
「はい、アラン・フェリシアと申します」
モネ公爵はニヤッと笑うだけで何も言わず頷いた。
マリオが戻るより早く、ルルーシアとアリアが顔を出す。
アリアが押しているワゴンには、ロマニア国の銘菓と呼ばれるジンジャークッキーの箱が積まれていた。
「ああ、それだ。たくさん持ってきたからみんなでいただこうか。今から……たぶんすぐに全員揃うと思うよ」
ルルーシアが小首を傾げているとマリオが駆け込んできた。
「今からでもすぐにおいで下さいとのことです」
モネ公爵がルルーシアを見て微笑んだ。
「ほらね」
そしてアマデウスを見る。
「行こうか」
アリアの代わりにアランがワゴンを押した。
モネ公爵の後ろに続く王太子夫妻、その後ろには側近たちが神妙な顔で並んでいる。
すれ違う人たちは、そのあまりの迫力に道を譲り、立ち止まって頭を下げた。
通されたのは国王の執務室と繋がっている会議室だ。
国王夫妻と宰相と王弟は揃っていたが、ふたりの侯爵はまだ顔を見せていない。
「さあ、どうぞこちらに。メリディアンとロックスはすぐに参りますので、それまではロマニアのお話などをお聞かせください」
国王がにこやかに出迎えた。
ジンジャークッキーが皿に盛られテーブルに並んでいく。
「このクッキーにはストレートティーがお勧めですよ。ルルちゃんは蜂蜜をたっぷり入れるんだよね?」
「おじい様! 私はもう子供ではありませんわ」
ルルーシアがぷっと頬を膨らませた。
その横顔を見つめながら、アマデウスは悲喜交々という表情だ。
「お待たせしました!」
入ってきたふたりの侯爵はじんわりと汗をかいている。
「急がせて悪かったね」
国王がそう言いながら席を指さした。
暫しの談笑の後、モネ公爵が目配せをしてアマデウスを促した。




