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アランがゆっくりと首を振る。
「いいえ、少し過労気味ですが体調はいつもと変わりません」
「でも顔色が……殿下? 大丈夫ですか? 無理にお誘いして申し訳ございません」
そんなふたりを見ていたモネ公爵がアリアに言った。
「アリアと言ったかな? すまんがルルを連れて厨房に行ってきてくれないか? みやげの中にルルの大好きだったロマニアの菓子が入っているんだが、きっとどれがそうなのか分からないと思うんだ。ルルなら分かるだろう?」
「ええ、おじい様。きっとあれね? 楽しみだわ。でも殿下が……」
モネ公爵がニコッと笑う。
「彼なら大丈夫だよ。急がなくて良いからね。お前の旦那さんと少し話もしたいんだ」
暗にふたりにしろと言っているのだと察したルルーシアとアリアは部屋を出た。
「さあ、話をしようか。君は今にも泣き出しそうな顔をしているぞ?」
「モネ公爵……ご心配をかけて申し訳ありません」
「いやいや、ルルの夫なら私の義孫だ。心配するのは当たり前だよ。で? 君は何をそんなに憂いているんだね? こう見えても私は悩みを解決するのは得意なんだよ。話してみなさい」
アマデウスは迷いつつも、自分の犯してしまった失態やその後のこと、そしてルルーシアとキースの会話を盗み聞いてしまったことなどを正直に打ち明けた。
「なるほどなぁ……異性の友人か。私にもそういうのがいるが、君はきっと何かを間違えたんだろうね」
「はい……距離感とか、夜に呼び出したこととか、いろいろ思い当るところはありますが、一番はまずルルに言わなかったことだと思っています」
「うん、なぜ言わなかったのかな?」
「ひとつは軟弱な男だと嫌われたくなかったことで、もう一つはルルに秘密のプレゼントをしたかったのです」
「秘密のプレゼント?」
「はい、必ず新星を見つけてルルにプレゼントしようと、そればかり考えて……バカでした」
「なるほどね。そうかぁ、なかなか上手くいかないものだねぇ。ひとつ聞いても良いかい? あの子が初めて学園に行った時、君とその娘が一緒にいるのを見たと言ったね? その時あの子はどういう態度をとったのかな?」
「僕は見られているとも気付かずにいました。ルルは何も言わずに早退していました」
「ははは! どうやらあの子も臆病者のようだね。私も同じような経験があるよ。学生の頃にさっき言った女性の友人と一緒に図書館にいた時、当時婚約者だった妻に見られたことがあるんだ。こっちは疚しい気持ちは無いからへらへら笑ってるだろ? すると妻はいきなり私の胸倉を掴んだんだよ」
「えっ? 公爵の胸倉を……公爵夫人が?」
「そう、鬼の形相でね。殴られると思ったけれど、心当たりが全くない。慌てたよ」
そう言いながらモネ公爵が懐かしそうに目を細める。
「すると彼女は図書館内だというのに大声で『浮気?』って聞くんだ。もちろん否定した。すると妻は友人の方を見て『あなたはどういうつもりなの?』って聞いた。彼女は驚いて『ただの友達です』って返すのが精一杯だった」
アマデウスの後ろでアランが目を見開いている。
「彼女はすぐに疑問を正そうとしたんだ。後で聞いたけれど、私が曖昧な態度をとるようならキッパリと婚約を解消するつもりだったらしい」
「誤解は解けたのですか?」
「うん、妻は友人だということを理解してくれたが、適切な距離感のことは何度も言われた。結婚してからは私より妻との方が仲がいいくらいでね、今でもよく一緒に遊んでるよ」
「そうですか……なんだか羨ましいですね」
「今でも付き合いがあるところかい?」
「いえ、カレンに関しては僕が間違っていました。その気がない彼女をその気にさせたのは僕の行動だったのだ思います。羨ましいのは本音で話し合えたところです。僕はいまだにルルに一線を引かれてしまっていて……」
「なぜそう思う?」
「きっと僕のことをもう好きではないのでしょう。それでもルルが嫁いできてくれたのは、政略というか義務感なのだろうと思います。おじい様を失望させたくなかったのでしょうね。それにルルにはもう……好きな人が……」
モネ公爵は懺悔するように言葉を吐くアマデウスの震える拳を見ていた。
「今言ったことのうち、どれかひとつでも確認したかい? 本人じゃなくてもいい。ちゃんと確認して確証を得ているものは?」
「え……あ……いや……」
「全部君の想像だろ? 自分が不幸になることで罪悪感を少しでも軽減したいという防衛本能がそうさせているんじゃないか? 君の国は平和だし、近隣諸国とも上手くやっているから、今のところ何の問題もない。でもそれは水面下でものすごく多くの人間が動き支えているからだ。その者たちは何をしているかというと、収集した情報が確かだという証拠を集めているということさ。言いかえれば確証を得ようと昼夜を問わず動いているんだ」
「確証を得るために動いている?」
「そうだよ。頭が良くて決断力があって、通訳を介さなくても諸外国と意思の疎通ができる。そこそこの野心を持ちながらも、対外的には穏やかな表情を崩さない。これが王家、特に国王に求められる必要最低限の資質だ」
「必要最低限ですか」
モネ公爵は口角を上げて頷いた。
「それらを習得することがゴールではなく、スタートラインに立てる最低限の条件さ。だから君もルルちゃんも子供の頃から教え込まれてきただろう? それを身につけたうえでどうするのか。それを見つけ出すのが『王太子』と呼ばれる期間にしなくちゃいけないことだよ」
「王となって何をするのかを考える期間ですか。その答えで賢王となるか愚王と呼ばれるかが決まる……」
アマデウスが息を呑むと同時に、後ろに控えるアランとマリオの喉も鳴った。




