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笑いながら見送ったキリウスが言う。
「なんだか一周まわって変な方に振り切ってるねぇ、うちの甥っ子は。なぁルルちゃん。アマディに秘密でオペラを見た時の気分はどうだった?」
少し考えてから返事をするルルーシア。
「そうですわね、少し胸が痛みました。でも好きでもないものにお誘いするのも……」
「好きでもない? アマディはたぶんオペラを見たことが無いよ」
「そうなのですか? 王太子として何度かご経験があるのだとばかり思っていました」
キリウスがニコッと笑う。
「君たちが婚約したのは12歳だろ? 学園に入る前の子供がオペラなんて退屈でじっとしていられるわけがないから、連れて行ってはいないんだ。婚約後はふたりとも忙し過ぎてそれどころじゃなかったし。まあ、そんなこんなであの子は未経験なんだよ」
「左様でございましたか。聞いてみないと分からないものですわね。私はてっきりご覧になった上で、興味を持たれなかったのだと思っておりました」
「そうだよね。聞いてみないと分からない。でも、聞いても信じられないってこともあるよ。人って結局は自分が想像した答えを求めちゃうんだよね。良くも悪くも自分が想像した答えと違うと失望したりして」
ルルーシアが何度も頷いた。
「分かるような気がしますわ。求められる答えが分かってしまったら、無意識のうちにそれに応えようとしてしまいますもの。ああ、だから殿下はご趣味のことを言えなかったのでしょうね。私が求める答えではないとお考えになったのね」
「あの子は小さい頃から自分に自信が持てない子だったからね。頭は良いんだよ? 人の話をちゃんと聞けるし、理解しようとする根気もある。きっとイザという時はきっちりやってくれる。でもね、そのイザという時が来たことが無いんだよ。敢えて言うなら今かな?」
プッと吹き出すルルーシア。
「それは我が国が安寧ということですわね」
「そうだね。俺はアマディは国王向きの性格をしていると思うんだ。兄上もそうさ。それは何かわかるかな?」
ルルーシアはじっと考えた。
「家臣の言葉を真摯に聞くという姿勢でしょうか」
「うん、その通りだ。あの親子は自分が最優秀ではないということを知っている。だからこそ王に向いているんだよ。俺なんて世界で一番頭が良いのは自分だと思っているもんね。他者の意見がバカバカしく聞こえるから、ちゃんと聞く気になれない。だからきっと独裁政治をするだろうなぁ。黙って言われたことだけやっておけ! バカタレ! みたいな感じで」
「まあ! それは危険な思想ですわね。フフフ」
ルルーシアは真面目な顔で力説するキリウスを楽しそうに見た。
「そうでしょ? それと王族にとってとても大切なことがあの親子には備わっている」
「なんでございましょうか?」
「見栄えの良さだ。結局政治なんていうものは、官僚がおこなうものさ。国の命運を1人で決めて良いわけがない。官僚たちが白髪になるくらい頭をひねって出した答えが政策になっていくんだ。だからこそ、それを最終決定する者は、きちんと聞いて理解する責任がある。そして見目麗しい人間の言葉は、国民も他国も聞く気になるんだ。見栄えが良くて、頭も良くて、行動力もあるけれど、冷静な自己批判ができる傀儡。これが理想の国王だ。俺には絶対に無理なんだよね。あの親子に比べたらダークなイメージでしょ? にっこり笑って他国を侵略しそうな感じで」
「まあ! キリウス殿下ったら。本当に面白い方」
「俺と一緒にいると楽しいって言ってくれる女性は多い。でも、心から愛し一生を捧げると誓ったのはたった一人さ」
ルルーシアが頷いた。
「存じておりますわ」
「それなら良かった。君はやはり賢いね。かわいい甥っ子が嫉妬で眠れないといけないから、今日は義姉上と兄上に席を譲ろう。その代わりアマディを誘って星でも見に行く?」
「星でございますか?」
「うん、俺は知っているよ? ルルちゃんは密かに星の本を読んでいるよね」
「まあ! ご存じでしたか」
「なぜか聞いても?」
キリウスの言葉に、ルルーシアは恥ずかしそうに笑った。
「ずっと幼い頃……まだ殿下と婚約をする前の事です。父について王宮を訪れるたびに、なぜか殿下とはよく出会っていたのです。父の仕事が終わるまで庭園で遊んでいると、殿下がやってきて、独りぼっちの私に星の話をして下さったのです。とても楽しいひと時でしたわ」
「なるほど。そんな小さなころからアマディはルルちゃんを見染めてたってことか」
「ある日、木陰で話せば良いのに、バラの庭園の真ん中に座り込んで、話に夢中になった私が倒れてしまったことがありました。殿下が私を背負って運んでくださったそうで、邸に戻って父にこっぴどくしかられてしまいました」
「ああ! 覚えてるよ。アマディも兄上にこっぴどくしかられていた。あれはルルちゃんだったのか。まあ、運んだっていってもほんの数メートルさ。あの子も倒れちゃったから」
「そうだったのですか? それは存じませんでした」
「熱で苦しいだろうに、ずっと同じことを言っていたよ『僕の星のお姫さま』ってね。アマディの星のお姫さまはルルちゃんだったのだね」
「それを言うならアマデウス様は私の『星の王子さま』でしたわ。目をキラキラさせて、一生懸命説明してくださって……きっと殿下はもうお忘れなのでしょうね」
キリウスがポンと手を打った。
「ああ、ルルちゃんが引っかかっているのはそれか。君は自分以外の女性に、自分にしたように星の話をしたアマディに失望したんだね?」
ルルーシアが悲しそうな顔をする。
「失望したというなら自分に対してです。殿下がサマンサ嬢と星の話をしていると聞いた時、私ではダメだったんだなって思いましたから。聞くばかりではなく、もっと質問したり、自分でも調べたりして話を盛り上げることができていれば、きっと今でも殿下は……」
「そうか……でもね、ルルちゃん。その後すぐにあの子は星を趣味にしていることで、とても傷ついたんだよ。だから大好きな君に嫌われたくないって思ったのだろう。星の話をする男は軟弱なのだそうだ」
「そのお話はつい最近聞きました。きっとお辛かったでしょうね。でもサマンサ嬢とは星の話をなさった。私では力不足だったということでしょう?」
「違うと思うけど……俺は甥っ子が可愛い。だからひいき目に見ているのかもしれないけれど、男というものは好きな女の子に嫌われるのはとても怖いことなんだ。彼女に言えたのは本当に恋愛感情がなかったからじゃない?」
「そうでしょうか……」
「うん。だってあの狸娘がもし狸息子でも、助けるためには同じことをしたと思うよ。まあ側妃にはできないけど、側近にはしたかもね。貸してやるから働いて必ず返せくらいのことは言うはずだ。あの子にとっては人生で初めて得た友人だったんだ。必死で助けただろうと思う。ところでルルちゃんはアマディのどこが好きだったの?」
キリウスの唐突な質問に、ルルーシアは目を丸くした。




