52
休暇が明けたアマデウスの執務室では、主不在の間に側近二人がお茶を飲んでいた。
「最近さあ、殿下ってやたらと妃殿下の執務室に行くよね」
「今は通常業務だけだし、新妻のご機嫌伺いで必死なんじゃないの?」
アリアの言葉にカレンが不思議そうな顔をする。
「あの二人って思い合っているの? 私にはそうは見えないんだけど」
「あの二人は相思相愛だったわよ。あなたがかき回すまではね」
カレンが肩を竦める。
「そんなつもりじゃなかったのよ。本当に友達だったもん」
「まあサマンサは死んじゃったし、今更どうでも良いわ。いずれにしても殿下は必死よ。いまだにルルーシア様はキスも許しておられないし」
「えっ……そうなの? そりゃ必死にもなるわ」
「結婚したのに我慢の日々……お辛いでしょうね」
アリアはカレンに気づかれないようにチラチラと表情を窺っている。
急に黙ったカレンが、カップを置いて立ち上がった。
「私ちょっと図書室へ行ってくるわ。来月の収穫祭のことを調べたいから」
「ええ、ゆっくりしてきなさいな。急ぐ案件は無いからこっちは大丈夫」
そう言うとアリアは、茶器を片づけるためにメイドを呼んだ。
カチャカチャとカップをワゴンに載せている間に、出て行こうとするカレンの背中を見て、アリアはメイドに小さく頷いた。
ワゴンを押して部屋を出たメイドは、廊下の端にワゴンを隠し、すっと姿を消す。
その頃ルルーシアの執務室では、アマデウスがキリアンに文句を言っていた。
「叔父上、今夜はダメです。昨日も行ったじゃないですか」
「なぜだね? 今夜のオペラは主役の女優が素晴らしいと評判なんだが。ルルちゃんも観たいよね? それに昨日は俺じゃなくてキースが連れて行ったんだ」
ルルが苦笑いをする。
「だったら僕も行きます」
「あそこの劇場は王室専用ルームが狭いだろ? 護衛を含めても6人が限界さ」
「6人なら僕も入れるでしょう?」
「だって席は4つしか無いんだよ? 今日は義姉上もお誘いする予定だから無理だよ」
ぷくっと頬を膨らませるアマデウスにルルーシアが言った。
「それほどご覧になりたいのでしたら、私の分をお譲りいたしましてよ?」
アマデウスが泣きそうな顔でルルーシアを見た。
「ルルが行かないなら僕も行かない!」
「まあ、殿下ったら」
執務机に座ったままその会話を聞いているアランとマリオは、心の中でアマデウスにエールを送っていた。
しかし口にも態度にも出すわけにはいかないので、あくまでも心の中でだけだが。
「困った子だねぇ。だったら君も入会するかい? オペラ同好会を作ったんだ。義姉上もメンバーだよ」
「母上も?」
「うん、後は侍女長とか文官も何人かいるよ」
「そうなんですか……私はてっきり叔父上とキース・レイダー卿とルルだけが行っているのだと思っていました」
「まあ、実際に王室専用ルームに入れるのはその3人と義姉上だけだからね。同好会は時々集まって、観劇した舞台の感想を言い合うだけだよ」
ルルーシアが再び口を開く。
「一緒に見なくとも感想を聞いているだけでも楽しいのです。殿下もお作りになっては?」
「何を?」
「天体観測クラブとか?」
「天体観測クラブ? そんなので集まるかな……でももし作ったらルルも入ってくれる?」
ルルーシアが答える前にキリウスが言った。
「おう、俺は入るぞ」
アマデウスが嫌な顔をした。
「叔父上は良いです」
「バカだなぁ、俺が入ったら王宮中の女性たちがこぞって参加するぞ? なんせ星を見るだけならタダだからな。オペラは経費が掛かるから参加者が自ずと限られるんだ」
「まあ、星を眺めるのはただですから……ねえルル、君も入ってよ」
すっかりクラブを立ち上げる気になったアマデウスは、粘り強くルルーシアを誘う。
困った顔で頷いたルルーシアを見て、アマデウスは心の底から安堵した表情を浮かべた。




