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王宮に到着したのは予定より2時間も早く、まだ西の空の端に太陽が残っていた。
出迎えたのは王弟と使用人、そして医師と数名の看護師だ。
それを窓から見たアリアがひゅっと口笛を吹く。
「さすがキリウス殿下だわ。ちゃんと国王夫妻を遠ざけてくださっている」
「うん、ちゃんと話は通っているみたいだね」
三台の馬車が止まると、医師と看護師、そして数人の使用人が担架を持って駆け寄った。
アランが緊迫した声を出す。
「三台目だ。気をつけて運んでくれ。場所は北の客間だ、侍女長が知っている」
「畏まりました」
マスクと手袋をした使用人たちがサマンサを担ぎだし、その後ろを医師たちが続く。
先導するのは事情を知らない侍女長だ。
頭からかけられた毛布の隙間から、サマンサの手が出てきて、手を振るようにひらひらと動いた。
「あのバカ……」
口ではそう言いながらも、アリアはホッと大きな息を吐いた。
その肩をアランがポンと叩く。
「さすがだ。アリアを心から尊敬するよ」
「ありがとう、ここからはあなたとマリオの出番よ。頑張ってね」
「ああ、体を張って誰かを止める修行は十分に積んだ」
側近の3人に王弟が近寄って来る。
「お疲れさん。この奇策は誰の知恵だ? まあ聞かなくても分かるけど」
アリアが笑顔を浮かべた。
「ただいま戻りました、王弟殿下。サポートしていただき心から感謝申し上げます」
「いや、感謝したいのはこちらの方だ。それにしても一気に片づけたな。まさか殺すとは思わなかった。良くアマディが納得したものだ」
「ええ、割とすんなり受け入れてくださいました。サマンサの為人もわかりましたし、今後に繋がる良い旅となりましたわ」
「ああ、それこそご先祖様のお導きというものだろう。俺もたまには墓参りでもするかな」
後ろでカチャッと音がして、馬車のドアが開いた。
使用人に続いて降りてきたアマデウスの腕には、ルルーシアが抱かれている。
「どうした! ルルちゃんも具合が悪いのか?」
「ああ、叔父上。ただいま戻りました。いえ、ルルはよく眠っているので、起こさない方が良いかと思いまして」
「そ……そうか。それなら良かった。今夜はこのまま寝かせてやりなさい」
「はい、ルルの部屋に運びます」
宮殿に入っていくアマデウスを見送りながら、キリウスがボソッと言った。
「あのアホは何も気付いていないようだな」
それには誰も返事をしない。
その沈黙こそが返事だと受け取ったキリウスが言った。
「可愛い甥のために、教育的指導をしてやらねばならんな」
三人は俯いて聞こえなかった振りをした。
そして翌朝、国王夫妻に帰還の挨拶を済ませた王太子夫妻は、新しい執務室へと向かった。
ルルーシアが出した答えは『執務室を分ける』というもので、アマデウスは泣く泣く同意するしかなかったのだ。
「まあ、素敵な部屋ね。それに広くて明るいわ」
ルルーシアに従っているのはアランとマリオだ。
「壁紙は王妃殿下がお選びだと聞きました」
「へえ……王妃殿下って意外と少女趣味なのね。でも色が落ち着いているからしっくりくるし、なんだか心落ち着くわ」
ドアがノックされ、メイドが顔を出した。
「まあキャロ! どうしたの? お父様と一緒に来たの?」
メリディアン家に残したはずのキャサリンが、嬉しそうな顔で入ってくる。
「ご主人様のお計らいで、さる伯爵家の養女に迎えていただき、王宮への出仕が叶うようになりました」
「まあ! お父様ったら、どこまでも私を甘やかすのだから。でも嬉しいわ。百人力を得た思いよ。エディも来てくれるし、これで私も頑張れるわ」
「ご主人様より、これをお渡しするようにと」
キャロラインがワゴンを引き入れると、食べきれないほどのスイーツが載っていた。
「さっそく持って来て下さったのね。ところでお父様は?」
「ご主人様は大変お忙しくしておられます。当分は会えないが、お菓子は毎日届けるとの事でございました」
「そう……いろいろ手を尽くして下さっているのね。ねえ、マリオ。殿下とアリアを呼んできてくれない? メリディアン家のスイーツは世界一なの。見た目も味も私が保証するわ。キャロ、お茶の準備をお願い」
「ただ今すぐに」
マリオが頷いて部屋を出ると、キャロラインが紅茶を淹れ始めた。
「俺は初めて見たけれど、アリアからは良く聞かされていました。これが噂のメリディアンスイーツなのですね」
アランがルルーシアに声を掛ける。
「アリアは止めないといくらでも食べてしまって、食事ができなくなるのよ。今日も見張ってなくちゃ」
ルルーシアのこれほど嬉しそうな顔は久しぶりだとアランは思った。




