表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/31

ジャンルを気にする白狐

 ――コチコチコチ……。

 深夜になっても、未央たちは一階の居間にいた。

 柱時計の音が静かな空間を伝う。

「来ますかね~」

「来てくれないと、困ります」

 Tシャツにゆるいズボンに着替えた小鳥遊、そしてTシャツに短パンの未央は居間であやかしが来るのを待っていた。

 風呂に入りさっぱりした未央は、長い黒髪を下ろしている。

(何か、話さなくては……)

 向かい合い、正座する二人。胸の内には、気まずさと不安が入り混じる。

「白狐さんはどこかに隠れてるみたいですけど、あやかしってそもそも来たらわかるんですかね」

「未央先生の前に白狐さんが来たときは、どんな感じだったんですか?」

 小鳥遊は、未央と白狐の出会いについて聞いていなかったことに気づく。

「白狐さんは、私がここに引っ越してきた日にやってきました。夜中の三時頃に原稿を描いていたら、『ここのベタ忘れてるぞ』って声がして、ふっと隣を見上げたら白狐さんが原稿をのぞいていました」

「怖くなかったんですか?」

 彼の疑問はもっともだ。

「普通の状態じゃなかったんです。賞の締切直前だったもので、もう極限で……。うとうとしてはペンタブのペンが何度も眉間に突き刺さってましたからね。しかも白狐さんたら私の描いていたシーンに『衆道とはもっと荒々しいものだ』って……もうそんなこと言われたら『そこらへんもっと詳しく』ってなるじゃないですか? 男同士の絡みなんてそういう動画を参考にするしかないから、リアルな意見が聞きたくて」

 頬に右手を当て、悩みを告白する未央。

「動画、観るんですね」

「……今のは忘れてください」

「いえ、参考文献として必要なものかと」

 二人の間には気まずい空気が流れた。

「あの、俺はBLが特別好きっていうわけではありませんが、パプリカ・マルゲリータ先生の作品には人の揺れ動く感情があるって感じていて、おもしろいなって思っていますから」

「あ、ありがとうございます」

 なるべく早く、作家名を変えなくては。未央はそう思った。

「なので、創作活動にかかわることで俺に言いにくいなっていうことは気にしないで欲しいといいますか……。夏目さんのように、同性のBLファンみたいな意見交換はできないかもしれないんですが、なるべく先生の気持ちに寄り添えるようにがんばりたいと思っていますので」

 小鳥遊の誠実さが、未央はうれしかった。

 これまで少女漫画の担当だったのだから、恋愛漫画に対しては偏見などないのはわかる。が、BLになると敬遠する人は多い。

 ここまで真正面から誠意を伝えられたのは初めてだった。

「ありがとうございます。連載、がんばります!」

「はい。『ハンサムビッチ学園☆淫らなトモダチ』の続きを楽しみにしています」

 今度はもっとマシなタイトルにしよう、未央はそう誓った。

 キラキラした目で誠意を振りまく小鳥遊、微妙に気まずい未央。

(どうにかして話題を変えたい)

 そう思った未央は、スッと立ち上がり台所へ行こうとする。

「珈琲でも飲みますか」

「あ、俺が淹れましょうか」

 小鳥遊も追いかけるようにして立ち上がったが、その瞬間ガタガタとガラス扉が揺れ始める。

「先生!」

 慌てて未央の両肩に手を添え、庇うように周囲を見回す小鳥遊。二人はあたりをうかがうが、小刻みに続いた揺れはすぐに収まった。

 息を呑んで気配を殺す二人。ふっと照明が消え、真っ暗闇に包まれる。

「小鳥遊さん。来ました……?」

 未央は無意識に、小鳥遊の着ているTシャツを掴む。あやかしは白狐しか知らないが、全員が全員、未央たちに優しいとは限らない。

 しかも今から来るだろうと聞いていたのは、小鳥遊を長年苦しめてきたあやかし。仲良くできる予感はしない。

 広い居間に二人きり。立ち上がったまま、じっとそのときを待っていた。

 ――クスクスクス……。

 かすかに聞こえる女の笑い声。じわりと嫌な汗が背を伝う。

(キター!!)

 リアルな夏のホラーに、未央は心の中で絶叫した。

「未央先生。巻き込んでしまってすみません」

「そんな遺言みたいなことを言わないでくれません!?」

 次の言葉を探し出す前に、突然三メートルの距離に着物姿の女が現れた。

『ふふふ……、よくも私の明日真に手を出せたものよのぅ』

「「っ!!」」

 明らかにこの世のものではない、女の姿。

 長い黒髪に十二単のような華美な衣、切れ長の目はとても冷たい。爪が黒く、鋭利な先端は怪しげに煌めいている。

『私のかわいい明日真。そんな女、今すぐ処分してやろうぞ』

「私!?」

 確実にとばっちりだ。慌てる未央だったが、すぐに目の前が真っ暗になった。

 小鳥遊が未央を庇い、ぎゅっと抱きしめて女に背を向けたのだ。

「未央先生は関係ない! 何もしないでくれ!!」

 しかしその態度が、あやかしの怒りに油を注ぐことになる。

『そんなに女が大事かえ……? あんなに小さかったかわいいおまえを、ずっと守ってきてやったというに……! あの頃に殺してしまえばよかった』

 見る見る間に殺気立つ女。その黒い爪がスルスルと伸び、錐のように変化した。

「白狐さん! 助けて! 早く助けて!!」

 未央の叫び声が、古民家の天井に反響する。

 ここでようやく、天井からふわりと白狐が降り立った。白狐は二人と女の間に立つと、眉間にシワを寄せて言った。

『未央。聞いたか。幼子の頃から小鳥遊に憑りついていたらしいぞ』

「はい、そうみたいですね」

『これは、おねショタというジャンルではないか?』

「「は?」」

 とてつもなく長い沈黙が流れる。

 未央も小鳥遊も、一瞬で恐怖が吹き飛んでじとりとした目を白狐に向けた。

「白狐さん、今そんなこと言っている場合ではありません」

 未央がそう突っ込むと、あやかしと相対した白狐は背を向けたまま「そうか」と答えた。

『久しいな、蜘蛛よ』

 白狐はニヤリと口角を上げ、女のあやかしを眺める。

『小鳥遊は我の(えにし)。引いてもらおう』

 未央はドキドキしながら、あやかし同士のやり取りを見つめる。

「蜘蛛って、もしかして絡新婦(じょろうぐも)?」

 絡新婦は、男の生き血を吸う蜘蛛の妖怪だ。善悪の諸説はあるが、いずれも女の姿をした妖怪だと伝わっている。

『また執念深い女に魅入られたものだな。小鳥遊、男冥利に尽きるぞ』

「うれしくありません……」

 小鳥遊がそう呟くのはもっともだった。

『白狐様、そのものは私が目をかけてきた子です。お返しいただきとうございます』

 しなをつくり、よよと泣き崩れる真似をして見せる絡新婦。ただし、黒い爪は尖ったままで、その悲しげな姿は本当かどうか疑わしい。

(隙を見せたところを、さくっと殺る気にしか見えない)

 小鳥遊に抱きこまれたままの未央は、絡新婦の様子を見てそう思った。

 しかし当然ながら、白狐に泣き落としなど通用しない。

『めんどうだな、消えろ』

 スッと右手を翳した白狐は、赤い光をその手から発した。ボウッと燃え上がった炎に見えるそれは、瞬く間に絡新婦を包み込む。

『キャァァァァ!!』

 思わず身を竦めるほどの断末魔。

 地獄の業火に焼かれるようなその光景に、小鳥遊も未央も目を奪われる。

『未央、あやかしに話し合いはない。力で制するものだと覚えておくのだ』

「それ覚えていて役立ちますか!?」

『がぁぁぁぁぁ!!』

 赤から青に変わった炎。ゆらゆらと揺れる光に包まれ、絡新婦はあっという間に消滅した。

 再び静寂が戻った居間。白狐がこちらを振り向くと、照明の灯りが戻った。

『ふむ、どうだ小鳥遊。気分は』

「はぁ……」

 目の前で起こった出来事に、思考がついていかない。二人とも、微動だにできずただそこに突っ立っていた。

 焦れた白狐が「んん?」と顎でしゃくると、小鳥遊がおずおずと返事をする。

「どう、と言われても、憑りつかれていたこともわかっていなかったので特に変わりはありません」

『それでいい。精魂を吸い取られていたら、今頃その場に倒れているからな』

「あ、そうなんですか」

『ところでおまえ、結局どっちが好きなのだ? 未央は柔らかいだろう? やはり女の方がよいか?』

「「は?」」

 突然にそんなことを言われ、二人はようやく自分達が抱き合っていることに気づいた。

「「うわぁ!!」」

 飛び退いて背を向ける二人に、白狐は呆れた目を向ける。

『おまえたち、なぜそう遠慮する? 人間の寿命は短いのだから、今すぐ睦み合っても問題あるまい』

「大ありです! 白狐さんの価値観とは違うんです!!」

 未央は真っ赤な顔で叫んだ。

 あやかしとは一体どういう感性をしてるんだ、と頭を抱える。気に入った男の子に呪いをかけるようなことをしたり、ましてそれをおねショタと言ってみたり、絡新婦も白狐もつかみどころがない。

『まぁ、よい。我は散歩に出るから、二人は仲良くやってくれ』

 白狐の言葉にぎょっと目を瞠る二人。

 小鳥遊にいたっては、見るからに狼狽えている。

 そしてそんな小鳥遊に近づいた白狐は、その白い指で彼の顎を持ち上げる。

『女を知ってから男を知るのもいいぞ。自分に合うのはどちらか、よく吟味するがいい』

「なっ……!?」

「白狐さん!!」

 ――スパーン!

 未央は居間の隣にある襖にかけより、それを勢いよく開けた。

「そのまま! そのまま、撮らせてくださいっ!」

 続き間である仕事部屋に駆け込んだ未央は、充電ケーブルを引きちぎりそうな力でデジカメを手に取る。

 しかしその内心は、BLでないことで大荒れだった。

(うわぁぁぁ! びっくりした! 小鳥遊さん、意外にがっしりしてた!)

 写真を撮りたかったのは本心であり、条件反射に近い。が、あのままあの場に二人きりにされては、気まずすぎる。

 予想外の出来事に動揺し、未央はとっさにごまかしたのだった。

 ――カシャッ!  カシャッ!  カシャッ!

 小鳥遊は顎を持ち上げられた状態で、恥ずかしげに目を伏せている。

 撮影した写真をすぐさま確認した未央は、ここであることに気づいた。

(あれ?  絡新婦からは解放されたけれど、白狐さんに捕まっている?)

 小鳥遊があやかしから解放される日は、まだまだ来そうにない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ