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ちょっとその話詳しく

 ファミレスでの遭遇から、約一週間。

 未央はTシャツにデニムというお決まりの姿で、黙々と仕事に励んでいた。

「ん~!!」

 何時間も同じ姿勢でいた未央は、大きく両手を上げて伸びをする。

 そんな姿を見て、寝ころびながらBL漫画を読んでいた白狐がニッと笑った。

『ようやく終わったか』

「まだです~。でも一区切りはつきました」

 首に右手を置き、ゴキゴキと鳴らした未央はすくっと立ち上がる。

「白狐さん、珈琲飲みますか~?」

『もらおう』

 あやかしに食事は必要なく、白狐が酒や珈琲を好んで嗜むのは単なる嗜好らしい。

 台所にある珈琲メーカーは外国製。これだけは未央がこだわったものだ。

 豆を挽くときには道路工事さながらの爆音がするものの、隣家と距離のあるここなら気兼ねなく使用できる。

 二つのカップに珈琲を入れた未央は、居間のテーブルにそれを置いた。ミルクと砂糖を入れて、カフェオレを作ったら、それをごくりと飲み一息つく。

「あぁ~、幸せ~」

 斜め横には、白狐が胡坐をかいて座っていて、未央と同じく珈琲を飲んでいる。

(妖狐って美形なんだなぁ。妖怪辞典のイラストとはえらい違い。あやかしって、もっとおどろおどろしい顔つきだとばかり思っていたのに)

 ここにいる白狐は、髪の色こそ白だが老人のそれとは違い、格段に艶がある。触るとなめらかで、とても気持ちがいいのだ。

 キツネ耳はふわふわで、機嫌のいいときはぴょこぴょこ動いていてちょっとかわいい。凛々しさと柔和さがバランスよく共存した顔立ちは、白い狩衣がよく似合う。

「ねぇ、白狐さん。そういえば、あやかしってどんな恋愛するんですか?」

 衆道に詳しいということは恋愛経験もそれなりにあるのだろう。これほど美しい妖狐がモテないはずはない。

 白狐は未央の疑問に、淡々と答える。

「恋人はいたりいなかったりだ。人間とそう変わらん」

「あやかしも、付き合ったり別れたりするってことですか?」

「そうだな。だが我らは決まった相手にそう執着しない。執着が異様に激しいあやかしもいるが……。あやかし同士だけでなく、人間と恋に落ちる者もいるぞ」

 人とあやかしの恋。未央はうっとりとした表情で「いいな~」と漏らしたが、白狐はふっと苦笑した。

「よいことばかりではない。人間と恋に落ち、消滅するあやかしもおるからな」

 穏やかでない話に、未央は眉根を寄せる。

「消滅って、一緒に心中するとか? あ、呪い殺すとか?」

「呪い殺すのは、愛ではなく恨みでは? まぁ、恋などせず、人の生き血や精魂を吸い取るあやかしもおるが」

 自分が出会ったのが白狐でよかった、と未央は心の底からそう思った。

「人とあやかしの恋は、たいてい報われぬまま終わる。稀に、双方の想いが成就することもあるが、人の子を身ごもったあやかしは子を産んだ後に消えることもある」

「消えるって、死ぬってことですか?」

「そうだ。うまくいけばあやかしも半妖となる子どもも助かるが、霊力をまったく持たない人の血が濃い子を産んだ場合、あやかしは消滅する」

 未央は、こてんと首を傾げてさらに問う。

「人の血が濃い子はどうなるんですか? 親のあやかしが死んじゃった遺児は」

「どうなるもこうなるも、普通に人間として生きていくしかあるまい」

 半妖とは一体どんな姿なのだろう、と未央が妄想していると、白狐がいきなりまさかの事実を暴露する。

「おまえの先祖は、雪女(ゆきめ)と恋に落ちたのだが」

「はぃ!?」

 珈琲カップを片手に、驚きで目を瞠る未央。もとから大きな目が、今にも落ちそうなほど大きく見開かれた。

「今なんて!?」

「だから、おまえの先祖は雪女(ゆきめ)と」

「聞いてませんけれど!?」

「言っておらんかったか?」

 愕然とする未央に、白狐はさも当然のように言い放つ。

「あやかしに縁もゆかりもない者の前に、我が現れるわけがなかろう。視える視えないに適性があるように」

「知らないから、そういうこと知らないから! え、なんなの? 白狐さんって、古民家に憑りついてたんじゃないんですか?」

「付喪神でもあるまいし、棲み家などにこだわりはない」

 突然のお知らせに、未央は開いた口が塞がらずにいた。

「おまえの先祖は、雪女(ゆきめ)との間に子を成した。生まれた子に霊力はなく、雪女(ゆきめ)は子を産んですぐに消滅した。その子がまた人と交わり、子孫を残し……血は薄れておるが、おまえは姿形がよう雪女(ゆきめ)に似ておるぞ」

 白狐は懐かしむように、未央の顔をまじまじと眺めた。

「え、私が黒髪で色白だから? そんな人、日本中にいっぱいいますよね」

「色彩ではなく顔立ちが似ているのだ。未央を見たとき、すぐに先祖返りだとわかった。もっとも、中身はまったく違う。雪女(ゆきめ)は豪気なやつだった。最初に説明してもよかったが、おまえがBLを嗜んでいたせいでついそちらに気を取られたのだ」

「それは、仕方ないですね」

 この二人にとって、BLは最優先事項だった。

「ほかに聞きたいことは?」

「えーっと、あぁっ!? 冷え性なのはもしかして」

「それはおまえの不摂生が原因であろう」

 未央は半眼で白狐を見ると、空になったカップを持って台所へ向かった。

 頭を整理する時間が必要だ。

 先祖返り。白狐は未央のことをそう表現したが、日常生活に利益も不利益もないらしい。未央に特殊な力が備わっているわけではなく、白狐のように興味を抱いて近づいてきた妖怪の姿が視えやすいだけ。

 これといってメリットもデメリットもないという。

「私って、白狐さん以外の妖怪も視えます?」

 二杯目の珈琲を入れて戻ってきた未央は、ふとそんなことを尋ねる。

 白狐はきょとんとした顔で未央を見返した。

『雑魚など視えるわけないだろう。我や雪女(ゆきめ)は別格だ。強いあやかしは普通の人間にも見えることがあるが、雑魚はそう易々と視えん』

 自慢げな白狐だが、未央は怪訝な顔をする。

「それなら小鳥遊さんは?」

『ふむ。小鳥遊は未央より霊力が強い。生まれながらの才だな』

 半妖を祖先に持つ私よりって、と未央は驚く。

『霊力にも相性があるからな。意識して我らを見ることを心がけておらねば、自在に使うことは難しい。小鳥遊は宝の持ち腐れだ。使い方をわかっておらぬ』

「じゃあ、幽霊が見えるとか、白狐さんみたいに強いあやかしが一緒に住んでいるとかそういうわけじゃないんですね」

「…………」

 未央の問いかけに、白狐はしばし沈黙した。

(あれ? 何かあるの?)

 コチコチと、古時計の音が聞こえる部屋。白狐が黙ったのは気になるが、未央も黙って珈琲をすすって待った。

『聞かれなかったから言わなかったが、小鳥遊には、あやかしが憑いておる』

「はい!?」

 予想外の発言に、未央はテーブルに身を乗り出す。

「小鳥遊さんにあやかしって、私には何も見えなかったですよ!?」

『そばにはいない。ただし匂いがした。女のあやかしの匂いがな』

 どういうことなんだろう、と未央は眉根を寄せた。

『小鳥遊からは人間の女の匂いがせん。かといって男の匂いもない。おそらくはタチの悪いあやかしに好まれ、そやつが人間の女を遠ざけておるんだろう』

 未央の頭に、先日聞いてしまった会話が浮かぶ。

(あんなイケメンが、未だ童貞な理由はそれか……!)

『あやかしは自らの匂いさえつければ、そばにおらんでも気に入った者を守ることができる。あやかしが小鳥遊に心を砕くあまり、他の女を近づけまいとしているのだろう。別に死ぬわけではないが……』

「死ぬわけではないが?」

 これ以上、何があるというのか。未央は目を眇める。

 白狐は、何の感傷もない声音で端的に告げた。

『このままでは一生独り身だ』

 本人が好きで独身ならばそれでいいだろうが、あやかしの一方的な想いのせいで恋愛がうまくいかないなんてかわいそう。未央は小鳥遊を不憫に感じた。

「彼女ができないし、彼氏もできないかもしれないってことですよね」

 発想が彼女に留まらないのは、腐女子なので仕方がない。

 白狐は嘆く未央に向かって、さらりと言った。

『まぁ、あいつには未央が世話になっているからな。小鳥遊本人が望むなら、我がそのあやかしを退けてやってもいいぞ』

「本当ですか!?」

 未央はスマホを取り、すぐに通信アプリLIMEを起ち上げた。

 もちろん、小鳥遊に連絡を取るためだ。

『しかし、あれほど霊力があれば神社を継げばよいものを……きっと多くのあやかしが力を貸してくれるだろうに』

「お兄さんが継いでいるって言っていましたよ。さすがに二人で神主をやるわけにはいかないんじゃ」

 最近は神社やお寺も儲からないと聞く。きちんと大学まで出られたならまだよかったのでは、と未央は思った。

『ところで未央、遊んでいていいのか』

 休憩でまったりしてさらに話し込んでいるうちに、すでに一時間ほど経過してしまっていた。小鳥遊から返信が来るのを待つ間、仕事を片付けなければ。

「あああ、急がないと!!」

 未央はテーブルに珈琲カップを置いたまま、仕事部屋に飛び込んだ。


 小鳥遊が古民家を訪れたのは、意外にも早く、その日の夜だった。

 ファミレスで会って以来、一週間ぶりだ。「どうしても伝えないといけないことがある」という文面から、緊急性を感じ取ってすぐに来てくれたのだ。

 しかし開口一番、彼は謝罪の言葉を口にする。

「この間は失礼しました。友人が先生に対して失礼なことを」

 今日呼ばれたのは、ファミレスでの祥吾の一件への苦情だと思っているらしい。

「あ、違います! お話っていうのはまったくの別件で。いったん中へどうぞ?」

 小鳥遊を居間へ通すと、未央は珈琲を淹れて彼と向かい合った。

「今日こちらに来ていただいたのはですね、どうしてもお知らせしないといけないことがございまして」

 担当編集が作家に会うことは、めったにない。何年もメールだけで原稿のやりとりをするということもあるくらいだ。

 未央の場合、会う目的があやかしセクハラなのでこうして何度も古民家に招くことになっているが、ほとんどの用件が顔を合わせなくても解決する。

「「…………」」

 未央は小鳥遊の顔を見て、何から切り出せばいいかと悩んだ。

 いきなり「憑りつかれていますよ」と伝えていいものか、と思考を巡らせる。

 しばらく無言で見つめ合った後、とりあえずは現在の状況を聞くことにした。

「小鳥遊さん、彼女は?」

「え?」

 不躾にもほどがある。未央は質問してから後悔した。

(しまった。コミュニケーション能力のなさ!)

 ただし、小鳥遊は特に気にした様子もなくさらりと答える。

「彼女はいません」

「そ、そうですか……」

 白狐はそんな二人を楽しげに眺めていた。

「未央先生は、彼氏はいらっしゃるんですか? いや、彼女? 夫? パートナーって言った方がいいんでしょうか」

「選択肢が多い!!」

 どうやら小鳥遊はBLに耐性があるばかりか、ジェンダーに適応しているらしい。配慮しすぎて選択肢を増やしてしまった彼を見て、未央は笑った。

「付き合っている人はいません。だからこんな古民家に引っ越せたんですけれどね」

 こんな不便なところに住むなど、彼氏がいたら反対されそうだ。未央は部屋を見回してみる。雰囲気はいいが、一般的に住むには不便だ。

 駅から遠いことはもちろん、家の中だって夏は暑いし冬は寒い。築二百年ながら家そのものはしっかりしているが、台所や浴室などの設備は古めかしく暮らしやすいとは言い難い。

 だが未央は、この家を気に入っていた。

「通勤するのには不便でも、未央先生の場合は仕事に集中できてよさそうですよね。白狐さんもいてくださるなら、なおのこと」

 未央は、小鳥遊も自分と同じように勘違いしていることに気づいた。白狐はこの家に憑いているんだと思っている。

「あ、それなんですけれど、実は白狐さんは家に憑いているのではなくて……」

 説明すると、彼は驚いて、でも納得した表情に変わる。

「なるほど。白狐さんは、未央先生に会いたくてここに来たんですね」

「そういうことになるんですかね?」

 あはは、と笑う未央。

 そこで白狐からすかさず「違う」と言われてしまう。

『雪女が男児を生んだのを見届けて、我は少し散歩に出かけたのだ。そして日本中をぷらぷらして、戻ってきたら未央の気配を感じた』

「え、それっていつの話ですか?」

『四百年ほど前か』

 時間の感覚が違いすぎて、未央は額を手で押さえる。

「白狐さんの感覚ってどうなってるんですか? 散歩したら四百年?」

『今の時代は、衆道がひた隠しにされていて驚いたぞ。かつては当たり前であったのだが』

「え、何その時代、ちょっと詳しく」

 未央は突然食いついた。

 彼女は完全に忘れていた。小鳥遊にあやかしが憑いていると伝えることを……。

『かつて、身分の高い武士には成人前の男児が仕えていてな。それらは主人の身の回りの世話をするんだが、肉体関係を持つのも当然だった』

「公式BL!」

『あぁ。とはいえ男同士の睦み合いを嫌う者も当然おったがな。衆道は娯楽のようなものだ』

「でも、相手は成人前なのにいいの? 小姓とかそういう子たちよね?」

 未央は眉根を寄せた。現代では確実に逮捕される。

『むしろ、そこが需要だな。そやつらは女の代わりじゃから、成人前の体の方が柔らかい。まぁ、男が好きだから衆道をという者もおるが、ほとんどの者は女が足りぬ代わりに男を召していた。今の時代は男も女も似たような数だが、数百年前は男の方が圧倒的に多かったからな。それに醜女(しこめ)より美しい男児を欲するのは道理』

「それは道理ですか?」

『しょせんは人がすることだ。一貫性のない、その時々の習わしにすぎん。だから未央も、己の成すことをそう恥じる必要などないぞ』

 暗にもっとBLを描けという白狐。

 未央はその腹がわかっているから「はいはい」と笑う。

 そんな二人に、小鳥遊は穏やかな目を向けていた。

 が、突然に今日の用件を思い出した白狐によって、和やかな雰囲気が一変する。

『そうだ、小鳥遊。おまえ女ができないだろう? 童貞だとすぐわかる』

「ごふっ……!!」

 いきなりの指摘に、小鳥遊は思わず口から珈琲を吹き出した。

 未央はサッとティッシュを取り、小鳥遊に手渡すと自身もテーブルの上を拭く。

 そして、慌てて事情を説明した。

「小鳥遊さん、あなたには女のあやかしが憑いているそうなんです。彼女ができないのは、あやかしがマーキングしているせいです」

「マーキング!?」

 驚く小鳥遊に、白狐は尋ねた。

『これまでに、不審な女の霊やあやかしを見たことはないか?』

 しばらく考え込んだ後、小鳥遊は首を横に振って否定する。

「心当たりはありません。祖父母の霊や付喪神であれば、幼い頃は何度か」

『ふむ。おまえに憑いているあやかしは、よほど人に溶け込むのが上手いらしい』

 白狐の目がおもしろそうに笑っている。

「溶け込むのが上手いとは? あやかしっぽくないってことですか?」

『それもあるが、永きにわたり世を見ていると観察眼が養われるからな。我のように高位のあやかしであれば、人に擬態することはたやすい』

 そう言うと白狐の耳がするすると小さくなっていき、髪と目は黒に、そして衣服も小鳥遊が来ているポロシャツにズボンへと変わった。

 その姿はどこからどう見ても、普通の人間である。

「うわぁ! すごい! でもイケメンすぎます。目立ちます」

 白狐はすぐに姿を戻した。

『ただし、擬態している間は感覚が鈍るからな。我はあまり好かん』

 人に化けているあやかしは、他の妖怪の気配に気づきにくい。自分より高位のあやかしに目をつけられると攻撃されて消される可能性があるので、擬態したまま生活するのは向かないそうだ。

「あの、俺は一体どうすればそのあやかしを祓えますか?」

 縋るように問いかける小鳥遊。その目は必死だった。

『我が小鳥遊に匂いを上書きすれば、それに気づいたあやかしが自らやってくる。そこであやかしを倒せばおまえは解放される』

「「匂いを上書き?」」

 二人は同時に声を上げた。

(ちょっと嫌な予感がするのは気のせいだろうか)

 不安を抱く未央。だがここはもう白狐に頼るほかはない。

 同じくそう決意した小鳥遊は、まっすぐに白狐の目を見て訴えかけた。

「お願いします。俺はもう一生独り身で、彼女もできないで生きていくのかと思っていました! これまで好きな子ができてもなぜかうまくいかなくて……運よく付き合えても数日で他の人を好きになったとフラれたり」

 どうやらこれまで悪あがきはしてきたようだ。あやかしのせいとも知らず、さぞつらかっただろうと未央は同情する。

「どうか助けてください!」

『わかった。それではこちらへ』

 手招きされ、白狐のもとに近づく小鳥遊。未央はその様子を、ごくりと唾を飲み込んで見つめていた。

 居間に漂う緊張感。未央は自分のことのように胸がドキドキと鳴っていた。

 小鳥遊は、これまでに見たことのないような覇気のある目をしている。

(やっぱりイケメン。これであやかしから解放されれば、美女を食い放題だな)

 よかったねと母親のような気持ちで喜ぶ未央。

『覚悟はよいか』

「……はい!」

 いつのまにか正座していた小鳥遊は、片膝を立てて腰を浮かせた白狐と正面から向き合う。そして、ぐっと歯を食いしばった瞬間、事件は起こった。

「ええっ!?」

「ぎぇぇぇ!!」

 未央の叫び声が古民家を突き抜ける。

 小鳥遊の肩に手を置いた白狐が、彼の額におもいきり口づけたのだ。

「いやぁぁぁ!!」

 未央の狼狽えようは、当人である小鳥遊に匹敵するほどだ。

『額は人間の脳に近く、全身に霊力を行き渡らせるにはこれが手っ取り早い。我の霊力でおまえをマーキングしたのだ』

「…………」

『小鳥遊?』

 返事はない。

『おい、未央。今夜はここに小鳥遊を泊めるから、支度をしろ』

 一人いつも通りに話す白狐だったが、二人は身動きしない。

「うわぁぁぁん! 違うの! 接近してもいいけれどそれは違うの!!」

 目に涙を浮かべて叫ぶ未央に、白狐は怪訝な顔をする。

『何が違うというのだ』

「現実のチューが見たいんじゃないの! この先どうなるかを妄想するのがいいの! リアルを見たいんじゃないの!」

『額くらいでおおげさな。今すぐこやつを剥いてやろうか』

「ダメに決まってるでしょう!?」

 怒る未央。ただし白狐はどこ吹く風だ。

 言い合いになっていると、ここでようやく小鳥遊が再起動した。

「あの、俺がここに泊まるってどういうことですか?」

『小鳥遊に匂いが上書きされたとなれば、すぐに例のあやかしがやってくるはずだ。だからここで監視する』

 白狐が言うには、小鳥遊がどこにいたとしても、匂いの上書きはあやかしに伝わる。ここまで徹底的に彼を色事から遠ざけるほど強い執着を持っているのだから、必ず姿を見せるというのだ。そこを白狐が捕まえるというものだった。

 二人は仕方なく、白狐の案にのる。

「小鳥遊さん、お父さんのTシャツやズボンでよければ貸しますから……」

「すみません、先生。何から何まで」

 遠慮する気力もなくなった小鳥遊は、あっさりと受け入れる。

 あまりに哀れに思った未央は、彼の背をぽんぽんと叩いて慰めた。


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